黄泉がえり令嬢は許さない

波湖 真

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運命の日

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「何をしている!!!」
薄れゆく意識の中で聞こえた声はあまり聞き覚えがない。
「だ、誰……」
「アーデル!!!」
続いて聞こえてきたのはクラウス様の声だった。
「リヒャルド!! 何をしているのだ!!」
焦ったベルナンド様もいるようだ。強い衝撃の後首を絞めていたお兄様の手から解放された。ガクンと膝が折れて崩れ落ちる。
「アーデル!! 大丈夫か?」
クラウス様の声に恐怖に震えていた体に力が戻る。
「大丈夫……です」
私が首を押さえながらお兄様に目を向けるとベルナンド様がお兄様の胸ぐらを掴んでいた。
「おい! リヒャルド! しっかりしろ」
「……」
お兄様は未だ呆然としているようだった。
「クラウス、これは一体どういうことなんだ?」
その時初めて聞き慣れない声に私は振り返った。
「王弟殿下?」
そこにはあまり公の場には出て来られない王弟殿下のファビアン様が立っていた。
「叔父上、私にもよくわかりません。どうもリヒャルドがおかしいようです」
クラウス様は私の体を支えてたまま、顔だけをファビアン王弟殿下に向けた。
「おかしいどころではないよ。どう考えても気が触れているとしか思えないな。グランデカールは一体どうしたんだ?」
私はその言葉に血の気が引いた。確かに事情の知らない人が見ればお兄様が王太子の婚約者として披露される妹を殺そうとしたことになる。
「あの、違うのです。あの……ぐ、具合の悪くなったお兄様を支えようとしたらふらついてしまい……壁にぶつかってしまいました!!」
「…………」
クラウス様が一瞬キョトンとした顔をしたがハッとして王弟殿下に向き直る。
「叔父上、アーデルの言う通りリヒャルドは具合が良くないようです。ベルナンド、リヒャルドを医務室に」
「かしこまりました」
王弟殿下の手前だからかベルナンド様もいつもような気軽な口調ではなく騎士としてクラウス様の命令に従った。ベルナンド様に担がれるように連れて行かれるお兄様を私は不安な眼差しで見送る。
「アーデルハイド嬢は大事無いかい?」
クラウス様に支えられた私の前に王弟殿下が跪いて尋ねてくる。
「……はい、大丈夫です」
「そうか。良かった。これから大事な披露目の場だからね。君に何かあっては大変だ。前回のように……」
私はその言葉にハッとした。そうかあのままお兄様に殺されていたら正にその通りになっていたのだ。
ブルリと体が震える。
「アーデル、大丈夫だ」
その震える体をクラウス様が優しく抱きしめてくれる。
「ありがとうございます」
震える私の声にクラウス様の手に力がこもった時に場違いな声が響いた。
「あー大丈夫なら、そろそろ会場に向かわないと遅れてしまうよ」
優しげな口調にもに関わらず、イライラとした雰囲気が王弟殿下から感じられる。
「叔父上、兄が倒れたのです。少し落ち着くまでお時間を頂けますか?」
クラウス様がキッとして、言葉を発した。
「そうは言っても、兄上をお待たせするわけにはいかないよ。アーデルハイド嬢だって陛下をお待たせはしないだろう?」
ニコニコ笑いながらも目が笑っていない。この人には逆らわない方がいい感じがする。私はクラウス様の腕を、ギュッと掴みながらもコクコクと頷いた。
「ほら! 大丈夫だって。さぁクラウス、早く行くよ」
そう言って歩き出した王弟殿下を私は呆然と見つめてしまう。あんな人だったのだろうか? 確かに王弟殿下は、かなりの変わり者であまり公の場には現れない。しかも、王族にしては珍しい無能力者だ。優しげな外見から大人しい方だと思っていたが結構押しが強いようだ。
「アーデル、歩けるか?」
クラウス様の手に捕まって立ち上がると私は頷いた。色々あったが今日という日は始まったばかり、いや、これから始まると言っても過言ではない。それなのに既に疲労困憊だ。
私はふーっと息を吐いてからクラウス様を見つめる。
「大丈夫です。行きましょう」
クラウス様はサッと手を差し出してエスコートしてくれる。
「ところで、本当のところ、リヒャルドはどうしたのだ?」
私達は王弟殿下から適度に距離をとって会話を始める。
「私にもわからないのです。突然お兄様が立ち止まると私の首に手を……」
「今はやめよう。リヒャルドのことはベルナンドが上手くやるだろう。ただ、そうなると君の護衛が手薄になるな」
「会場にはソフィア様もおりますし、なるべくクラウス様のお側におりますわ」
「そうしてくれ。どちらにしても今日は私達が主役だ。手を離さずにいよう」
ギュッと握られた手はとても温かかった。
「はい」
「リヒャルドがああなった以上、やはり今日何かあると思って間違いないだろう。覚悟はある?」
「……はい」
私はしっかりと頷いた。
「わかった。私も覚悟を決めよう」
クラウス様がそう言うと前を行っていた王弟殿下が私達を呼んだ。
「ほら! 早くするんだ。兄上がお待ちだ」
私達はお互いの瞳を見てから頷くと王弟殿下の待つ会場への扉に向かったのだった。
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