黄泉がえり令嬢は許さない

波湖 真

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王宮生活

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「落ち着いたか?」
クラウス様の優しい声に私は頷いた。
「少し座ろう」
クラウス様は私を抱きしめたままソファに腰を下ろしてその膝に私を横抱きにする。
「あの、一人で座れます」
「いいから、少し黙っていてくれ」
真剣なクラウス様に私は何も言えずクラウス様の膝の上で固まった。
クラウス様はそんな私の頭を撫でるとグイッとその胸に引き寄せる。
私はソファに座るクラウス様の膝の上に横抱きにされてその大きな胸にもたれかかる体制になった。
「ベルナンド、騎士を大庭園に向かわせろ」
「もう、行かせた。で?」
ベルナンド様はかなりお怒りなようだ。目も声も座っている。
「全部話すから怒りを収めろ」
クラウス様は私の頭を撫でながらも真剣な声でベルナンド様に話しかける。
「……わかった。話してくれ」
どかりと目の前のソファに腰を下ろしたベルナンド様は足を組んでこちらを睨みつけた。
私はそのお怒りの顔から視線をずらして気配を消そうと目を閉じる。その甲斐あってか、ベルナンド様は私など見えていないかのようにクラウス様の言葉を待っているようだ。
「あの婚約発表の日にアーデルハイドは誰かに殺されかけたんだ」
「……あの大階段か?」
「そうだ。事故となっているが、アーデルハイドは突き落とされたと証言している」
「なっ! それなら早く言え!」
「だが、証拠は何もない。今のところアーデルハイドが言っているだけだ」
「侍女は? 護衛は?」
「彼らからも証言はない。皆気がつくとアーデルハイドは階段下に倒れていたと言っている」
「どうしてそんなことに……」
「アーデルハイドが仮死状態になったことで、事故に異議を唱える者がいなかったんだ。だから、初動捜査は行われていない。それが大きいな」
クラウス様が悔しそうに顔を歪める。
「おい! この襲撃はアーデルハイド嬢が黄泉がえって無事だということがこの前のお茶会で皆に広まったからか!」
「可能性は高いな。まさか、こんなに早く再び襲ってくるとは……。想定外だ」
私はクラウス様の膝の上でゆっくりと手を上げた。
「あのーー」
「どうした?」
クラウス様は私の頭を撫ででいた手を止める。
「今回の襲撃は同一犯でしょうか?」
私は首を傾げて確認する。
「それはそうだろう? それ以外に君が襲われる所以はない」
「私もそう考えていましたが、おかしいところがあるのです」
「おかしいところ? 何か心当たりがあるのか?」
ベルナンド様も身を乗り出して来る。
「私が目覚めてから既に半年が経っています。今更だとは思いませんか?」
「……確かに」
「それにこの王宮よりグランデカール公爵家の方が警備は手薄でした。両親も私を気味悪がってましたし」
「確かに公爵家ではリヒャルドだけが君の味方という感じだったな」
「はい。ですから今更感が否めないのです」
私は襲撃のショックが通り過ぎて少しは冷静になれた頭を働かせる。あの声ことを話すのなら今しかない。
「それと……私」
「どうした?」
ベルナンド様の声にハッとする。そういえばベルナンド様は何も知らなかったはず。
「あ、いえ、ベルナンド様。先程は本当にありがとうございました」
深々と頭を下げる。クラウス様の膝の上からだが。
「ああ、無事でよかった。今後は俺も警護レベルを上げるが、しばらくは大人しく王太子宮にいた方が良いだろう」
ベルナンド様の言葉にクラウス様も頷いた。
「そうだな。確かに王宮内とはいえ王族のプライベート空間以外はかなり出入りは自由だから今回の襲撃についての捜査が終わるまでは部屋にいてほしい」
真剣なクラウス様の声に私は頷くしかなかった。
「……わかりました」
「それにしてもなんだってアーデルハイド嬢が襲われなくちゃいけないんだ? あの日も今日も」
ベルナンド様がわざと明るい声で暗い雰囲気を変えてくれる。するとクラウス様が何かに気づいたように私に話しかける。
「そういえば、私も君に話を聞いていなかった気がする。君には心当たりはあるのか?」
「襲われた……心当たり……ですか」
私は何度も自問自答したこの問いにもう一度答えを探る。
クラウス様は膝に乗せていた私をサッと持ち上げるとソファの隣に下ろして肩に手を置いた。
「何かあるか?」
「私は……クラウス様の婚約者になったことによる嫉妬ではないかと考えています。クラウス様は憧れの方ですし、私自身も婚約者に選ばれたいとずっと考えてきました。だから、前の時は私と同じように婚約者になりたいと思った方に突き落とされたのではないかと思うんです。それに今回も黄泉がえったことよりも再びクラウス様の婚約者となったことが引き金になったのではないかと……」
クラウス様は私の肩から手を外して、ガックリと肩を落とす。
「……私のせいか」
「それ以外には思いつかなくて……」
私とクラウス様が黙り込むとベルナンド様がパンッと手を叩いた。
「ほら、二人ともまだ捜査は始まってもいないんだろう? わからないことに落ち込むな」
「……はい」
「そうだな。とにかく暫くはおとなしくしているんだ。いいな?」
クラウス様も言い聞かせるように私の肩をギュッと握る。
「はい、わかりました」
その時私はこの状況における違和感を感じた。何かが……いや誰かが足りない。
「……あのお兄様は?」
私は周りを見渡した。私が襲われたと聞いたら直ぐに来るはずのお兄様が来ないことに気づいたのだ。
「リヒャルドは今日は休みだ。珍しいがな」
ベルナンド様の言葉に私はホッと息を吐いた。お兄様がいたら今頃大変なことになっているはずだ。
「とにかく、今現在もアーデルハイドが狙われている事がわかったからには警備を見直そう。あと、捜査もスピードを上げる。なんといっても私の婚約者だ。徹底的にやる」
クラウス様は厳しい声を出した。
「そうだな。大階段の件と犯人は違うかもしれないが、今日の方が危険だな。俺も一度庭園に戻って捜査状況を確認してくる」
そう言ってベルナンド様は立ち上がり、一礼してから部屋を出て行った。
私がその姿に頭を下げて見送った。
「で? 何か言いかけただろう?」
隣からクラウス様が不穏な声で聞いてくる。
「あ、あの」
「言うんだ」
私はその真剣な声と真剣な表情を見て覚悟を決める。今は怖いとか言っている場合ではないのだ。
「先程聞いたと言ったあの声は本当の声ではなかったのです」
「『死ね』か?」
「はい。あの声は心の声でした。ただベルナンド様は能力のことをご存知ないと思い、本当に聞こえた声と言ったのです」
「そうか。では、今日の声は心の声だったんだな?」
「はい。そして、私はあの声をお茶会でも聞きました」
「なんだと?! そんな重要なことを黙っていたのか!」
クラウス様は驚きと共にはぁと大きく息を吐いた。
「……それで、その声はどんな感じだったんだ?」
「頭が割れるほどの大音量でした」
「なっ!」
クラウス様は絶句すると今度は私の肩を揺さぶる。私はガクガクと体を震わせながらもなんとかあの時のことを全て話した。
「早く言え! 言っただろう! 音量は想いの強さだと! そんな大音量であれば本気だぞ! 誰が言っていたかわかったのか?」
私は首を横に振った。
「後ろからで、誰かはわかりませんでした。でも、どんなに声を絞ろうとしても大音量で聞こえてきて……」
クラウス様はどかりと再び隣に腰を下ろすと腕を組む。
「想いが強すぎる」
「え?」
「気を失うほどの大音量など、私だって聞いたことがない。大概の人間は囁くように心の声を発する。本心は隠すのが本能だ」
私は頷いた。確かに今まで聞いた声はコソッと話されることが多い。
「だが、私も一度大音量を聞いたことがある」
「そうなんですか!」
「ああ……」
そう言って話してくれたのはクラウス様が高熱で倒れた時のことだった。
子供の頃に流行っていた病にクラウス様が罹患してしまったらしい。一時は命の危険さえあった。
確かに昔そんな話を聞いたことがある。
「その時、母上の声を聞いた」
「王妃様ですか?」
「ああ、母上は冷静な方だ。冷たいとは言わないが常に王妃である自分を優先していたと当時の私は思っていた。褒められたこともない。心の声も私を叱責するものが多かったからな」
「王妃様は公平で常に微笑みを讃え、民の為、国の為に尽くされるお方だと聞いておりますわ」
「その通りだ。私が病に倒れても民の病院へ慰問に行っていた。熱にうなされながらも母上は私など心配されていないと考えていた」
クラウス様は窓の外を見つめる。
「そして、いよいよその日のうちに熱が下がらなければ危ないとなった時に母上が来たのだ。取り乱すこともなく、医者に話を聞くのみ。私の手を握ることもなくベッドの側に立っていただけだったと聞いている。だか、私はその時に聞いたのだ。もう殆ど意識がなかった私を呼ぶ大音量を聞いた。あまりの大きさに意識を取り戻したよ」
「それは王妃様が?」
「ああ、私が意識を取り戻すと直ぐに行ってしまったらしいがあの声は母上だったよ。回復した後も口では厳しく言うが母上の心の声は私を心配していた」
「よかったです。クラウス様が回復して」
クラウス様の懐かしむような表情がとても印象的だった。
「母上は非常にわかりづらい。心の声が聞こえなければ、未だに理解できなかったかもしれない」
私はその時クラウス様が何故この能力に固執しているのかがわかった。きっとクラウス様は否定するだろうけれど、能力を取り戻したい理由の一つに王妃様がいらっしゃるのだ。
私は窓の向こう、王妃宮に向かってゆっくりと頭を下げた。
そして、心の中で呟いたのだった。
『今少しこの能力をお借りします。でも、必ずクラウス様にお返しします!』
「コホン、まぁそう言う訳で死にかけが生き返るのだ。そんな大音量で『死ね』と考えている者にロクなやつはいない。暫くは大人しくしていてくれ」
照れ隠しのように話すとクラウス様は頬を少し赤らめた。
私はやっと心に余裕が生まれたようだ。
「はい、ありがとうございます」
ほうっと息を吐いて私は生きている自分を噛み締めた。
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