黄泉がえり令嬢は許さない

波湖 真

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王宮生活

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私達はお茶会の会場へやって来た。
既にたくさんの人が会場で、談笑している。
私達の到着を知った騎士の一人がバッとクラウス様に剣を捧げると敬礼する。
その音で会場内で談笑していた人々が次々と頭を下げて礼を取った。
私達は一段高く設えられた壇上の横に到着するとクラウス様が車椅子の前に回って私に手を差し出してくれる。私はその手を取るとゆっくりと立ち上がり、そのままクラウス様のエスコートで壇上に登る。
「皆、今日は集まってくれてありがとう」
クラウス様が一歩前に出て声をかけると人々が礼を解いて立ち上がる。
「今日は私の素晴らしい婚約者を皆に披露目めたい」
人々の視線がクラウス様の隣にいる私に向いた。
「グランデカール公爵令嬢アーデルハイド嬢だ。皆知っているように彼女には大変な不幸が襲った。想像するのも悍ましい体験だ。しかし、彼女は黄泉がえり私の元に戻って来てくれた」
人々がうんうんと頷いている。
「アーデル、こちらへ」
クラウス様が私を初めて愛称で呼んで優しく手を引くと一歩前に出させる。
彼の顔からは愛しい婚約者に対する慈愛しか感じられない。
私は緊張してクラウス様の隣に立った。
「ただ、彼女はまだ回復には至っていない。しかし、私は彼女が心配で、とても一人では居させられない」
一旦言葉を切るとクラウス様がグイッと私を引き寄せた。
「だから、今後のあらゆる会議やイベントには彼女を同行することにした。皆の理解を望む」
会場がシーンと静まり返る。
パチ、パチパチ
会場のどこからか拍手が起こり、それが会場中に広まった。
「御婚約おめでとうございます」
「おめでとうございます!!」
お茶会ではあるが、初めて婚約者としてお披露目されたのだ。婚約発表と言っても良いと理解されたようだ。
クラウス様は満足そうに頷くと私の頬に唇を寄せた。
突然のキス(頬にだが)に私の顔はボッと赤く染まる。
そんな私を見た人々が一層強く拍手してくれる。
暫く鳴り止まない拍手にクラウス様が軽く手を上げた。するとピタリと拍手が止んで視線がクラウス様に集まった。
クラウス様は本当に王太子殿下だ。こんなにも大勢の人々が彼の一挙手一投足に注目している。
「ありがとう。皆もこの場を楽しんで欲しい。音楽を」
クラウス様の言葉に楽団が楽しげな音楽を奏で始める。そして、人々は各々に談笑を再開した。
「上手くいったな」
クラウス様は私の方を向いていつもの笑顔でニヤリと笑った。
「キ、キ、キスを」
私が頬に手を当ててクラウス様を睨む。
「しょうがないだろう? 君は緊張からか表情が硬すぎた。あれでは皆が認めまい」
「でも……」
その時壇上に向かって物凄い勢いでやってくる人影があった。
「来たか……」
クラウス様は私の手を引くと裏に用意されている休憩用のソファに案内した。
私達がソファに腰を下ろした途端カーテンで仕切られた入口がバサリと開けられて仁王立ちしたお兄様が現れた。
「で、で、殿下! アーデルを、アーデルを!」
顔も般若のようだ。
「リヒャルド、落ち着け。頬にキスしただけだ。挨拶だろう?」
お兄様は憤怒の表情で私を見るとハンカチを持って近づいて来た。
「アーデル、可哀想に。大丈夫だったかい? 本当にお前は婚約してもいいのかい? 体調だってまだまだだろう?」
そして、私の顎に手を添えるとクラウス様がキスした頬をハンカチでゴシゴシとこする。
「酷いね。元々私達は婚約する予定だったんだぞ」
「あの時はアーデルハイドが本当に幸せそうに笑ったから仕方なく……。今は違うのが私にはわかるんです!」
凄いわ。お兄様は能力はないのに、私の事をとても良く見てくれているのね。
お兄様の心の声は聞こえない。本心からの言葉だ。
私はお兄様のハンカチを持った手にそっと手を添えた。
「お兄様、ありがとうございます。確かに今は以前とは違いクラウス様を盲目的にお慕いしてはいないかもしれません。でも私はクラウス様と話してきちんと納得した上でここに居るのですわ」
「アーデル」
お兄様は泣きそうな顔をした。
「泣かないでくださいませ。私は自らの意思でクラウス様との婚約を発表したの。本当に大丈夫なのです」
お兄様は目元をグイッと拭うと立ち上がる。
「わかった。また、私はアーデルを自らの庇護下に置いてしまったようだね。クラウス殿下、差し出がましい真似をいたしました」
クラウス様に一礼したお兄様はクルリと踵を返すとそのまま立ち去った。
「アーデルハイド嬢」
「はい」
思案顔のクラウス様が私を正面から見つめる。
「やはりリヒャルドにはきちんと話した方がいいと思う」
「能力のことですか?」
「ああ、それと君が殺されかけたこともね」
「でも、お兄様は我を忘れてしまいます」
「そうかもしれないが、リヒャルドは君をよく見ている。あれでは私達の間に婚約者としての関係以外があるとすぐに気付くだろう」
確かにそうかもしれないが、私が殺されかけたと話すと今度こそ本当に監禁されるか疑わしい人物を皆殺ししそうな気がする。
私が余程不安な顔をしていたのだろう。クラウス様は私の隣に腰を下ろすと先程のように頬に手を添えた。
「君との交渉で、君の自由と安全は私が担保する。それは今でも変わらない」
「はい」
「君が望むなら、リヒャルドのこともうまく抑えてみせる」
「クラウス様を疑うわけではございませんが、お兄様はかなり難しいかと……」
するとクラウス様はあの誰をも魅力する笑顔で片目を閉じた。
「君は知らないかもしれないが、リヒャルドは長年の友人だよ。彼はうまく使えば本当に優秀な男なんだ。これまでもこれからも彼は私の腹心だ。任せてもらえないだろうか」
「……」
「それに君の言う犯人捜査だって彼がいた方が物事が動きやすいと思う。私もそれほど君に付き合える時間はないし、リヒャルドなら君と一緒にいても誰も不審に思わないだろう」
確かにクラウス様の言う通りだ。お兄様と私なら一緒にいても何ら不思議はないし、お兄様はクラウス様の側近だからどこにでも入る許可を得られるはずだ。私はゆっくりと頷いた。
「分りました。お兄様に全てを話しましょう。ただ一つだけよろしいでしょうか」
目の前のクラウス様がにっこりと微笑む。
「なんだい?」
「全て私の口から話します」
「難しいんじゃなかったのかい?」
揶揄うように言うクラウス様をしっかりと見つめる。
「それでもこれは私の問題です。私が話すのが筋というものですわ」
「わかった。これは君に任せよう。よしそれじゃあお茶会に戻ろうか」
クラウス様は満足そうに立ち上がると私に向かって手を差し出した。その顔は王太子然としておりすっかり優しく婚約者を溺愛する王子様だった。
「はい」
私はその手を取って立ち上がった。
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