昨日の敵は今日のパパ!

波湖 真

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「やはり、お前の母親は犯罪者だった」
翌朝、食事をしているとパパがやって来て、顔を背けてそう言った。
「…………」
違う。そう言いたい。そう言うべき。そう言わなくちゃ。
「……あ……」
でも、私は何も言えずに俯いた。
私はこの国に来て直ぐに公爵邸に引き取られたのだ。
私を知っている人はあまりいない。
と言うか騎士団以外だと、公爵家の人だけ。ママ以外は……
そう、ママ以外……
私は瞳をギュッとつぶる。
「……という可能性はまだあるな」
コホンと、軽く咳払いをするとパパはテーブルについた。
「へ?」
「しかし、私は公平な捜査をするつもりだ。今回の誘拐も八年前の事件もな」
「……はい」
「その結果として、お前の母親が本当に犯人一味だったとしてもお前にはなんの罪もない」
パパは手を伸ばして、私の頭に手を置いた。
「お前が私の娘であることも変わらない」
私は思わず顔をあげてパパを見つめる。
「……そして、お前の母親が母親であることも変わらない」
私は頷いた。
私は膝の上のトレーにあるスープを掬う。
涙が溢れそうだ。
「だから、まあ、そうだな。あまり心配しすぎるな」
パパはそう言って立ち上がると、少し照れくさそうに出ていった。
私はまだベッドの上で食事していたが、スプーンからスープがこぼれ落ちているのにも気づかなかった。
そのスープの中にポトリと涙が落ちた。
「ママ……会いたいよ」
なんだか心から何かが溢れそうで苦しい。
「くっ……ふっ……ううぅ」
今は声を殺して泣くしかなかった。

アンジュの部屋のドアの前では、オスカーが部屋の中から漏れ聞こえて来るか細い泣き声に顔を顰め、手の平を握りしめていた。

「はぁ、目が痛いや」
私はパンパンに腫れた目を鏡で見つめてため息を吐いた。
いっぱい泣いたらスッキリした。
何も解決してないけど、やる気が出て来た。
まだまだ鼻声だが、私は机に座ってノートを広げる。
まずは私の誘拐事件だ。
誰が? 
なんのために?
どうやって?
この疑問を解決しないといけない。
そのためには、やっぱり実行犯のあの人達に会うしかないのかもしれない。
でも……
三人のことを思い浮かべると手足がカタカタと震えて来た。
「……こわい」
やっぱり怖かった。
さっきまでは何となく気が張っていて恐怖の感情がわからなかったが、泣いてスッキリしたら、途端に怖くなってしまう。
私は目を閉じて、ギュッと自分を抱きしめる。
その時、頭に浮かんだのはネイトの言葉だ。
私を守ってくれると言ってくれた。
妹だと言ってくれた。
私は自分の頬をパンっと叩く。
「しっかりしよう!! お兄様に助けてもらおう!」
私はまだ子供だ。出来ないことは頼って良いんだ。
私はほぅっと息を吐いた。
うん。少し気が楽になった。
ママと二人の時は一生懸命大人になろうとしたけど、ネイトとサイラスに会ってから、子供でも良いんだって思えたのだ。
それに、何があってもパパなら助けてくれる。
そんな確信もある。パパを思い浮かべるだけで心が温かくなる。
私は大きく頷くとドアに向かった。
「えっと、ここは…….」
見慣れない廊下に私はキョロキョロしてしまう。
そういえば、街の診療所だと言っていた。
せっかく勇気がでたのに、迷子になりそうだ。
部屋に戻るべきかな?
「アンジュ!!!」
ダダダダという足音の後にギュッと抱きしめられる。
「サイラス兄様……」
「どうしたの? あれ? 泣いてたのかい? うわ! 大変だ!! どこか痛かったの?」
サイラスはそういってから私の全身を確かめると肩に手を置いた。
「一人にしてごめんよ。何か欲しいものがあるかい?」
「いいえ。あの、私、お兄様達にお願いがあって……」
「なんでも言ってごらん? ああ、ここは冷えるから、部屋に入ろう。今、兄さんを連れてくるよ。すこーしだけ待っていられるかい?」
わたしがコクコクと頷くとサイラスは脱兎の如く走り去る。
「はや……」
私は拍子抜けして、そのまま部屋に戻った。
サイラスの後ろ姿を思い出すと自然と笑顔になった。
「なんか、いいよね」
今まで居なかった兄妹というものは、とても良い。
一人じゃないって思える。
私は胸に手を当てて、温かさを噛み締めた。
「どうしたんだ?」
サイラスに連れらでやって来たネイトは、私の額に手を当てて心配そうに聞いて来た。
「あの……私……」
「ん? なんでも言え」
「は、犯人達に会いたいです!」
「え? どうして? 怖かったんだろ?」
「はい、とても、今もずっと怖いです。でも、なんで私を誘拐したのか知りたいんです!」
ネイトとサイラスは顔を見合わせている。
「……お兄様達も聞いてますよね? ママが……」
「ああ」
私は二人の手を掴んでギュッと握る。
「一人だと怖いです。でも、お兄様達が一緒にいてくれたら大丈夫です!」
「俺たちがか?」
「はい!!」
これは本当だ。
「んー、アイツがなぁ」
「ですよね。許しませんよ。きっと」
「え? 誰ですか?」
「公爵様だよ。アンジュのことを心配してたからね。ジェームスおじさんにお願いしてみませんか?」
「そうだな。おっさんなら、なんとかしてくれるだろ。心配するな。お前の望みは俺たちがなんでも叶えてやるからな」
そう言って笑ったネイとの手はとても大きく感じた。
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