昨日の敵は今日のパパ!

波湖 真

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「今、行きます」
パパの言葉に私は頷くと、宝物の鞄を持って外に向かう。
ママの絵を見せるべきか?
ううん、迷ってる場合じゃない。
パパがママの絵を見たいと言っているということは、ママのことを無意識の中では覚えているんだ。
そうじゃないと、こんな広い世界でママの絵を買うわけがない。
私はガチャガチャと音を立てながら、パパの居た場所に向かう。
「パパ!!!」
見るとパパはさっきと同じ場所で待っていた。
「パパ! こっちに来てください」
私はそういうと、テラスにあるテーブルに向かう。
そして、テーブルの上の埃を払うとカバンから宝物の絵を取り出して、慎重に並べる。
「…‥これは、何だ?」
パパがやってくると並べられた絵を見て尋ねてきた。
「ママの絵です」
「お前の母親の絵……」
パパはフラフラとテーブルに近寄ると、一つ一つの絵を時間をかけて眺め始めた。
私はその様子を黙って見守る。
もちろん、また投げられてはたまらないので、パパの後ろにピタリと着いていくのを忘れない。
パパは絵をそれはそれはゆっくりと鑑賞している。
それこそ、絵の中の何かを読み込んでいるようだ。
「……これは……」
パパもニコルソンと同じ絵で立ち止まる。
「それは教会みたいです。ニコルソンがその球体の飾りはこの国独自のものだと言っていました」
「ああ、確かにそうだ。しかし、こんなところに? ん? この花は…………」
パパは顎に手を当てて考え込んだと思ったら、その花畑の絵を手に取る。
「私はこの景色を知っている……」
「え? 本当ですか!!」
「ああ、どこかで見たはずだ!」
私は身を乗り出してパパに説明する。
「ママが言ってました! この絵はパパと過ごした場所だって!」
その言葉にパパは、ギロリと私を見据える。
「……何だと」
ああ、また、私はパパを怒らせてしまったらしい。
「あっ、もちろんパパが思い出したくないことは知ってます。でも、ママは、絶対犯人じゃありません」
私が叫ぶように言うと、パパも視線をずらしてくれた。
少しだけ、私のことを考えてくれたのだろう。
「しかし、この場所にあの日のヒントがあるかもしれない。わかるか?」
パパはそう言って、私の顔を見つめる。
「……はい、たぶん、ここにはパパにとって良くない思い出もあると思います」
「お前は私にお前の母親のことを思い出して欲しいと言ったな」
「はい」
「では、この絵を渡して欲しい」
「え? だ、ダメです! この絵は私の宝物です!」
「宝物?」
「はい、毎年お誕生日にプレゼントしてくれたんです! 私の故郷の絵なんです」
「尚更、ここを見つけ出して確認しなくてはならないな」
「貸してくれ」
「でも、本当に宝物で……」
私が渋るとパパが膝をついた。
「お前にとっての宝物だと言うことはわかった。取り扱いには注意する」
「投げたりしませんか?」
「しないと誓おう」
パパの目は真剣だ。
そして、これはパパの記憶を取り戻す最大のチャンスだろう。
「わかりました。でも、本当に大切にして下さい」
「ああ、わかった。心配ならば、いつでも見にくるがいい」
私はテーブルの絵を一つ一つ見つめてから頷いた。
「……よろしくお願いします」
「ああ」
そうして、ママの絵はパパの元に渡ったのだった。
それからは早かった。
パパは絵に描いてある建物や花を分析して、国中の村を調べるとあっという間にこの場所の候補が三つに絞られた。
私は今日、その報告をパパから聞くことになっている。
ママは本当にあの絵に場所を閉じ込めたのだ。
「よく来たな」
今までとは違い、パパは私を初めて快く出迎えてくれる。
「ありがとうございます」
私は頭を下げる。
「何について、礼を言っている?」
「えっと、私の故郷について調べてくれたから?」
「まぁ、そうだな。しかし、まだ最終確認が済んでいない。まずは話を聞こう」
そう言って私を椅子に座らせると、パパは人を呼んだ。
三人の秘書が、部屋に入ってくる。
「始めてくれ」
「はっ!」
そう言うと、その人は一人ずつ調べた街についての説明を始めた

「という訳で、こちらの村は最もお探しの場所に近いはずです」
三人の報告はわかりやすかった。
そして、全ての場所に絵と近いものが存在している。
「下がれ」
「はっ!」
三人が部屋を出て行くと、パパは私に向き直る。
「どうだ。どの村が近いと思う?」
「一つ目の場所は山に囲まれているので違うと思います」
「二つ目の場所は、うーん、近いと思いますが、三つ目も……」
私は迷って唸る。
パパはそんな私の頭に手を置いた。
「え?」
こんなことは初めてだったので、ドギマギしてしまう。
「二つ目と三つ目に人を送ろう。いや、直接行くか……」
パパの呟きに私は飛びついた。
「私も行きます!!!」
「や、やめるのだ」
パパは困惑したように私の手を離すと二、三歩下がる。
「あっ、ごめんなさい。でも、もし行くなら私も連れて行って下さい」
「何故だ」
「見てみたいですし……そうだ。私はママによく似ているから、誰か覚えているかもしれません!!」
私の取ってつけたような理由にも関わらず、パパは少し考えて頷いた。
「……許可しよう」
そうして、私の初めてのお出かけが決まったのだった。
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