昨日の敵は今日のパパ!

波湖 真

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「こちらの絵は、そうですね。四年前に手に入れたものです」
「四年前……」
私が四歳の頃だ。
「ど、どこでですか?」
「確か、マイクロ諸島のカラサンドでございます」
「マイクロ諸島……」
そう、四年前だとマイクロ諸島に来たばかりでお金がなかったんだ。
「あれは本当に珍しい出来事でした。公爵様は普段あまりショッピングされる方ではありません。しかも、芸術方面には全くご興味もない方です。それなのに、レストランに飾られていたこの絵を見た途端、売ってくれとおっしゃいまして……。オーナーの方も大事にされていたようで、かなり高い値段で購入されたはずです」
「そうなんですか」
「しかも、絵をご自分でお持ちになったので大変驚きました。それがまさかお嬢様のお母様の絵だとは……」
そういってハハハと笑ったニコルソンの顔は心なしか引き攣って見える。
「パパはどうして気に入ったんですか? もちろんママの絵は誰でも好きになると思うんですが……」
「確か……もちろん空の色合いもお気に召していましたが、一番気に入られたのはあの小さな家の絵だと聞いております」
「あの家ですか?」
「はい。何か?」
私はガバッとニコルソンの方に身を乗り出した。
「あの家!! パパとママが暮らしていた家なんです!!!」
「は?」
「ママから聞きました。あの家は思い出の家だって。パパと暮らした家だから本当は離れたくなかったって」
「まさか…‥実在しているのですか?」
「たぶん……私が生まれる前に離れたらしいので良く知らないですが」
ニコルソンの顔が一瞬考えるように顰められる。
「どこら辺かもご存知ないですか?」
「……ごめんなさい。私が生まれてからは転々としていて……」
「ふむ……お嬢様の絵には他の建物も書かれていますよね」
確かに私の絵には知っている建物をいくつか描いている。
「はい」
「あの建物はどちらのでしょう?」
私は迷っていた。あの建物の出所を語るとどうしても私の宝物を見せることになってしまう。
それでも、今しかパパに思い出してもらうチャンスはないかもしれない。
「ちょっと待っててください」
私は椅子から立ち上がると、クローゼットに向かう。
そして、ここにくるときに抱えていたカバンを持って戻って来た。
「これはお嬢様のお荷物ですね」
「はい。えっと、あの建物はこれです」
カバンの中から、小さな絵を何枚か取り出した。
「これは……」
手の平くらいの小さなキャンバスには様々な絵が描かれている。
街並みだったり、建物だったり、山々だったり、花畑だったり。
その建物の絵が、あの絵の建物の元になったものだ。
「ママが、大事にしなさいってくれたんです。毎年お誕生日に新しい絵をくれて、ママがこの絵の場所が私の故郷だって言ってました」
「そうですか……」
ニコルソンはテーブルの上に八枚の絵を並べてみると立ち上がって眺めている。
「これは、この国の建物で間違いなさそうですね」
「え? この国?」
「はい、こちらをご覧ください。この建物は教会だと思いますが、教会の屋根にこのような球体を飾るのはこの国の独自の習慣です」
「……知らなかった」
「あと、この花畑の花ですが、見覚えがあります。どこかで見たはずです」
ニコルソンは思い出そうとしたが、無理だったようだ。
「はぁ、申し訳ありません。やはり思い出せませんね。少しお時間をいただいてもよろしいですか?」
「はい」
「この絵はお嬢様の宝物なんですね」
ニコルソンはそう言ってにっこりと微笑んだ。
私は絵を見て、大きく頷いた。
「はい!」
この日以降、私はパパの周りをうろちょろするのをやめた。
私の顔よりも、絵の場所を突き止めた方が確実だし、暫く顔も見たくない。
あんなふうに怒るなんて、はっきり言って大嫌いだ。
ママのためには我慢しなくちゃと思うけど、無理。絶対無理。だって、ママの絵を投げた人だよ。理解できないし、理解したくない。
まぁ、何も覚えていないのに、ママの絵を手に入れたことは、少しは認めてあげるけど。
私は窓から元庭園だった場所を散歩しているパパを見ながら、ため息を吐いた。
そして、パパが私の窓の下にやってくるとサッとカーテンの陰に隠れる。
「…………」
今日もパパは私の部屋の窓をジッと見つめている。
あの日からその時間はどんどん長くなっている。
別に何か言うわけではないが、何か言いたそうな顔をしていることは否定しない。
そんなパパを、窓からそっと見つめるのが日課になっている。
何故なら、その顔からは目を離せない。
いつもの冷たい顔でなく、とても寂しそうな顔をしているからだ。
何であんな顔でこの部屋を見ているのだろう。
私のことが嫌いで、ママのことは犯人だと思っている人なのに。
私は今日もパパの顔を見て、モヤモヤしてしまった。
この数日は、このままパパが立ち去るのを待っていたが、今日は違う。
いい加減、話したほうがいいだろうと思うのだ。
私はカーテンに隠れたまま、話しかける。
「何してるんですか?」
私の声にパパはビクッと体を揺らす。
そして、俯いてからパッと顔を上げた。
「悪かった」
「え?」
あのパパが謝った? なんで?
「お前の絵を見て、我を忘れてしまった。手荒なことをしてすまない」
パパは私が見ているかどうかもわからないのに、その場で深々と頭を下げる。
「あの絵は私の胸を騒つかせるのだ」
パパはそう言って胸に手を当てて、情けなさそうに笑う。
「可笑しいだろう? あの絵を見た時から手元に起きたいと思って手に入れたのに、あの絵を見るといたたまれない気持ちになる。それでも、毎日目にしたくて書斎に飾ったのだ」
私はそろりと顔を覗かせる。
「ママの絵だって知らなかったんですか?」
「知らなかったな。誰の絵ともわからないのに、あれだけ心を動かされた。お前には理解できないだろうが、心が見知らぬものに動かされることは恐怖に近い」
「怖いの?」
思わず聞き返した私にパパは顔を上げた。
「ああ、恐ろしいな。でも、気になるのだ」
そうか、パパも怖かったんだ。
知らない家に心が動かされる恐怖はわからないけど、知らないことって怖い。
私だって初めての場所は怖いもん。
「パパは、ママの絵が見たいんですか?」
あの日以来、ママの絵は私の部屋にある。
「ああ、見たい。見たくてたまらない」
そう言ってパパは寂しそうに笑った。
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