昨日の敵は今日のパパ!

波湖 真

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「アンジュ、これは好きか?」
目覚めると、私には兄が二人出来ていた。
もちろん、パパの息子は私の兄に間違いないけれど……そのつもりで今までも話していたけれど……今は違う。
なんというか、本当のお兄ちゃんになったような感じだ。
前は兄とはいえ、ほとんど知らない人たちだから、遠慮していたし、向こうも疑わしく思っていたと思う。
しかし、熱が下がって目覚めるとそこには私を妹として可愛がる兄がいたのだ。
ううん。それじゃあ足りない。
これは世に言う『溺愛』というやつだ。
二人は学校の寮にも戻らずに常に私の部屋に入り浸り、甲斐甲斐しく私の世話を焼いてくれるのだ。
そして、一番困っているのは呼び方だ。
「あの、ネイト様、私はもうお腹はいっぱいです」
「お兄様と呼べ」
ネイトが私のためにみかんの皮を剥きながら訂正する。
「あっ、僕のことはサイラス兄様がいいかな。ほら、アンジュの好きなチョコレートを買ってきたよ」
そう言ってサイラスは箱を私に手渡した。
「あ、ありがとうございます」
終始こんな感じなのだ。それなのに、本当に知りたいことには何も答えてくれない。
あの日何が起こったのか?
それについては、二人は貝のように口が重い。
二人がいない隙を狙ってニコルソンから聞き出したことは、パパが来たってことだけだ。
二人がパパと会ったのを見たことないし、話だけでも上手くいっているとは思えない。
修羅場だったりするのかな?
ママと街の酒場で見た修羅場は凄かった。
んー。でも、怪我とかしてないから喧嘩はしなかったのかな?
私は二人の顔を見て、首を傾げる。
「アンジュ、どうした? 腹が減ったのか?」
「え? 違います!! あの、あの日……」
「おっと、悪い。ちょっと用事が……」
「お兄様!!!」
「あれ? 飲み物がないなぁ」
「サイラス兄様!!!」
そして、そそくさといなくなった兄達に私は深いため息を吐いた。
そして、無理やり押し込められているベットから降りて、窓に向かう。
その窓からはあの庭園が見える筈だ。
あの日からずっとカーテンが引かれて見えなかったけど……
私はカーテンに手をかけると、シャーという音と共に大きく開ける。
外は夕陽に染まっていた。
そして、見下ろせるはずの庭園は……消えていた。
「え?」
そこには何もなかった。
ただ、茶色い土が広がっているだけだ。
「そんな……迷路は? 池は? 東屋は?」
お兄様達の……そして、パパの大切な庭園がなくなっている。
「もしかして……私が壊した? あの魔力石がなくなったから……だから……」
ガーンとショックを受けた私はその場に座り込んでしまう。
いくら兄達に言われたからと言って、許されるはずがない。
それでも、兄様達は私にその事実を隠して慰めてくれたのだ。
そりゃ優しくするだろう。こんな失敗をしたのだから……
「うっ……」
だめだ。涙が溢れてくる。
私はもう一度立ち上がると広大な土地を見つめる。
そこに、一つの人影が現れた。
時計を見るといつもの時間だった。
パパが庭園を散歩する時間。
パパは庭園の迷路であった場所をゆっくりと歩いている。
その姿はあの日の前と何も変わっていない。
まるでそこにまだ庭園があるかのように歩いている。
私はガックリと肩を落とした。
庭園を壊したのに、パパのルーティンは変えられなかった。
一体何をしたのだ。あーー、バカなアンジュ。
その時、いつもならば庭園を後にするはずのパパが私の部屋の方に向かって歩いて来た。
そんなことは初めてだったので、私は慌ててカーテンの影に隠れる。
パパは、そのまま私の部屋の下まで来ると、しばらくこちらを見上げていた。
ソロソロと顔を覗かせてみるが、その時すでに庭園の出口へ向かっていた。
心臓がバグバグしている。
「一体なんなんだろう?」
変わらないルーティンと、変わった動き。
私の頭は混乱している。
「あーーー! やっぱり、二人に聞かないとダメだわ!!! 今夜こそ!! 絶対に聞き出すんだから!!!」
そう決意して、私はベッドに戻ったのだった。

「兄さん!!」
弟の声にネイトはギクリと、肩を上げる。
「サイラス……」
「もうやめましょうよ! そろそろアンジュだって、体調も戻りましたよ!」
「……ああ、わかっているんだが……どうもな」
ネイトは頭を掻くとサイラスを振り返る。
わかっているのだ。あの日アンジュを行かせたのは自分達なのだから、話すのも自分達であるべきだとは。
だから、ニコルソンにも口止めしている。
ただ、アンジュの体調が戻るまでと自分の中で考えていたのが悪かった。
一度機会を逃すと中々話しづらい。
更に、あの日を境に庭園がどんどん枯れていき、あっという間に土に戻ってしまったなど、どういえばいいのだ!!
きっとあの子は自分のせいだと思ってしまうだろう。
全部、アイツのせいなのにだ!
あんな自然を曲げるような魔法は無理があったのだ。
ああ言う無理な魔法は一度バランスを崩すと止められない。
本当にアンジュが目覚めてよかったのだ。
そうでなければ、あの時間の流れに巻き込まれていたかもしれない。
「もう隠すのは限界ですよ。窓の外を見れば一目瞭然なんだから」
「……ああ」
サイラスは、情けない兄の背をパンっと叩いた。
「これからのこともあるんです! 今日、話しますよ!! いいですね」
ネイトは大きなため息を吐くと頷いた。
「……わかった」
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