昨日の敵は今日のパパ!

波湖 真

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「ママ……」
熱い息の下、私はママの背中を追う。
「ママ! パパがいたのよ! パパは生きてたよ!! ママ! ママ!」
いくら叫んでも笑顔のママはどんどん遠ざかっていく。
「ママ! 待っててね! 絶対私がパパを連れていくから! 誰にもママを悪く言わせないからね!!」
ママを追いかけて手を伸ばした途端、深い穴に落ちたような暗闇に包まれる。
スーッと落ちていく感覚に身を委ねていると、誰かに手を握られた。
誰だろう? ママにしては大きい手だ。
「んっ……」
「「アンジュ!!」」
耳元で叫ばれて、キーンと頭が痛くなる。
「やめ……」
掴まれていない方の手を額に当てる。
熱い……
「おぼっちゃま方、お下がりください。そんな大きな声を出されたらお嬢様も休めません」
この声は知ってる。そう……ニコルソン……
「はっ! 魔力補完装置!!」
パチっと目を開けると目の前には三人の顔が見える。
ネイトとサイラスとニコルソンだ。
「よかったよーーー」
サイラスが目に涙を浮かべて私の体に抱きついて来た。
「え?」
「大丈夫か? どこか痛いところはないか? 腹は減ってないか? ああ、まずは飲み物だな」
ネイトはアタフタと尋ねるとそのまま視界から消える。
「お嬢様、ようございました」
ニコルソンは笑顔で私に向かって頷いている。
「お嬢様!!!」
バタンと、ドアが開く音と共にミリアの声が響いた。
「……ミリア?」
「もう!! 心配しましたわ。もう三日もお目覚めにならず……私は……」
「三日?」
「そうだよ! 僕も兄さんも君に酷いことをしてしまったよ。ごめんよ。本当にごめんよ。大丈夫かい? ごめんよーー」
サイラスは今にも泣きそうな顔をして、私の体を揺する。
どうも私はあの庭園で倒れてしまったらしい。
それで、三日も熱を出していたと聞いて、いたたまれない。
なぜなら、みんなの顔に心配という文字が大きく書かれているような感じなのだ。
「私、どうして……あの……庭園は?」
私が聞くとサイラスは私の額に手を当てて優しく答えた。
「大丈夫だよ。まだ熱がある。もう少し休むんだよ」
「水だ!!」
そこにネイトもやって来て、私に冷たい水を飲ませてくれる。
「お前はすごいぞ!! 安心しろ! 今はゆっくり休むんだ。いいな?」
まだ聞きたいことが、いろいろあったけど今は確かに体が重い。
それにすごく眠い……
私はかすかに頷くと、再び深い眠りに落ちていったのだった。

「寝たか?」
ネイトはベッドの上で眠る小さな妹を見たまま、サイラスに尋ねる。
「うん。寝たね」
サイラスもまた、視線を妹人向けながら答えた。
二人はこの三日間、全く休めなかった。
魔力石の影響で熱の出たアンジュが心配で何をしても手につかないのだ。
そして、とうとうアンジュが眠っている部屋に長椅子を持ち込んで看病していたのだ。
「まだ、熱が高いな」
「うん。だけど、目が覚めたんだ。あとはゆっくり休めば大丈夫なはずだよ」
あのあと、医師の診断により、アンジュは魔力石を破壊したことによる影響で、発熱していると言われた。
そして、五日以内に目覚めなかったら危険だと言われていたのだ。
その後の二人は地の底よりも落ち込んだ。
深く考えずにこの小さな妹に魔力石を壊すように唆すなど、許されることではない。
その罪悪感と後悔を胸に二人はアンジュの看病にあたっていたのだ。
「アンジュが目覚めたら、、謝らないとな……」
「はい。僕達はこの子を危険に晒したんだもんね」
「ああ、あんなにアイツのことを嫌っていたのに、なんで俺は同じようなことをしちまったんだ……」
頭を抱えるネイトにサイラスはその背を叩いた。
「しっかりしてください!! 僕らは取り返しのつかないことをしましたが、今、アンジュは頑張っているんです」
「そうだな。俺はこれからコイツの幸せを第一に考えることを誓う」
グッと拳を握りしめたネイトからは本気のオーラが漂う。
「僕だって、アンジュに楽しいことをさせてあげたいです」
サイラスの言葉にネイトも深く頷いた。
「アンジュは何が好きなんだ?」
「うーん。なんでしょう。でも、甘いものとかは好きそうですよね」
「甘いものか。確かに子供は好きそうだな。そういえば、チョコレートが好きだと聞いたぞ」
「一緒に食べに行きたいですね」
「ああ。もちろん、アンジュが許してくれるなら……だけどな」
ネイトはサイラスの方を向いて、少しかしこまる。
「サイラス、話がある」
「はい。なんですか? かしこまって」
コホンと、ネイトが咳払いをする。
「俺はアイツにどうしようもないことをした」
「はい」
「許してもらえなくてもしょうがないと思う」
「そうですね」
「でも、俺はアンジュを本当の意味で妹として受け入れると決めた」
「え?」
「兄として、全ての責任を追う。そして、アイツ、いや、あの子が幸せになるよう全力を尽くす」
ネイトはそう言って握り拳を天に掲げる。
「それに……俺はスッキリしたんだ。アンジュのおかげで、アイツにずっと言いたかったことを言えたからな」
「ははは、それは僕もです。兄さんが妹だと言うのなら、弟の僕の妹にもなりますね」
そう言うとサイラスは、親指を立てる。
「……ああ、これからは三人兄弟だな」
「はい!」

私が次に目覚めた時、世界がほんの少し変わっていたのだった。
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