昨日の敵は今日のパパ!

波湖 真

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「行くぞ! サイラス!」
「はい!」
ネイトは大きな音がした庭園に向かって張り出した。
そして、一歩を踏み出す。
咄嗟に目を閉じるが、いつものような魔法に弾かれる感覚はいつまで経っても起こらない。
「兄さん! 入れたよ」
隣のサイラスの声にネイトも目を開ける。
そこには懐かしい庭園が広がってる。
花や木はあの時のままだ。そして、母が自分たちのために作ってくれた迷路に足を踏み入れた。
懐かしくて、暖かくて、そして、とても悲しかった。
何故なら、迷路の中を池に向かって走っている道すがら、花や木が次々と枯れ果てていくのだ。
魔力の供給がなくなり、止まっていた時間が一変に流れたからだろう。
一気に花が咲いては散るを繰り返す。
それは異常な光景だ。春と秋が繰り返されているようだ。
「見えた! 池だ!」
サイラスの声にネイトは走るスピードを上げる。
草花の様子に、あの子の無事が確信できないからだろう。
「無事でいてくれ!!」
この結果を想像できなかったわけではないが、その現実を目の当たりにすると本当にあの子にやらせた自分達は正しかったのかという不安に冷や汗が背中を伝う。
記憶の通り、迷路の先に池があった。
そして、その先には小さな東屋が見える。
「アンジュ!!!」
東屋の中で倒れている妹にネイトとサイラスは慌てて駆け寄った。
「おい! 大丈夫か!!」
「兄さん!! アンジュは?」
「駄目だ。目を開けないぞ!!」
「そんな馬鹿な! そんな影響はないはずなのに……」
「とにかく、早く連れていくぞ!!」
そう言って倒れているアンジュを抱えようとした時、何年振りかに聞くアイツの声に遮られた。
「やめるんだ! 動かすな!」
「え?」
「公爵様……」
「お前達が何故ここにいる! ここは私だけの。私とイレーナの庭だ!!」
何年かぶりに見る父親とその後ろで散っては咲くを繰り返す草花。
その狂った光景にネイトの中の何かがキレた。
「何を言っている!! ここは俺たちの庭だ!!」
そう言って父親に飛びかかった。
その胸ぐらを掴んで芝生の上に倒した。
既に体格は同じくらいだった。
そんなことも知らなかった。
「ここは母上が俺達のために作った庭だ!! お前だけの庭じゃない。そんなわけない!! 今までお前が現実を見るのを待っていてやったが、もう終わりだ!! お前は母上を懐かしむことも、悲しむことにも、嘆くこともできる資格はねぇ」
「何を言っている!!」
「そうだよ!! なんで公爵様はあの日母上を守れなかったんだよ!!! どうして剣を持ってなかったんだよ!!! お前のせいで母上は死んだんだ!!!!」
二人の後ろでサイラスが大声で叫んだ。
この八年誰にもぶつけられなかった叫び。
ネイトだって、サイラスだって、ずっと誰かに言いたかったのだ。
何故自分達がこんな目に遭わなくてはならないのか!
理不尽な怒りをずっと抑え込んでいたが、もう我慢できなかった。
「お前達……」
ネイトに馬乗りになられながらもオスカーは驚愕の表情を浮かべる。
子供達がそんなことを考えているとは夢にも思っていなかったという顔だ。
「テメェだけが被害者ヅラしやがって!! 俺たちがどんな気持ちか考えもしなかったんだろうが!! 今回アイツがやって来て流石にビビったんだろ!! あんなに母上、母上言ってたくせに、実は娘までいたんだからな!!!」
ネイトがそう吐き捨てると、今度はオスカーがネイトの胸ぐらを掴んでひっくり返した。
「お前達に何がわかる! 俺の無念を! 俺の無力さをどう言えば良かったというのだ!! 俺のせいだと俺だって知っている。そんなことは百も承知だ。お前らに……お前達に合わせる顔なんかあるわけがない……」
そう言ってオスカーはネイトを掴んでいた手を離した。
そして、立ち上がると手を目元に当てて二人に背を向ける。
「……その子は魔力石に当てられている。その影響はまだわからない。まずは医者を連れてこい。いいな」
それだけ言うとそのまま振り返りもしないで立ち去った。
ネイトは肘で体を支えて、起き上がると父親の後ろ姿を見送るしかなかった。
「兄さん……」
サイラスに呼ばれて、顔を向けるとそこには未だに倒れたままのあの子と真っ青な顔をしたサイラスがいる。
自分達は父親と同じことをしている。
あの子を犠牲にして、被害者ヅラしている。
そのことに気付くと顔を顰めた。
「サイラス、ニコルソンに医者を連れてくるように伝えろ」
ネイトの声にサイラスがハッとする。
「……わかった」
タタっと走り出した弟を見送ると、ネイトは立ち上がってアンジュのそばに腰を下ろす。
「……怪我はないな」
その全身を確認して、一先ず安堵の息を吐く。
そして、その額に手を置いた。
すごい熱だ。これが魔力石の影響か……
「ひでぇ兄貴だな……俺は」
荒い息を繰り返す小さな体の脇で、頭を抱えて嗚咽を漏らした。
「くっ……」
アイツへの言葉は、自分に返って来ている。
この突然できた妹に自分達は大変なことをしでかしたのだ。
そう、被害者ヅラしていたのは自分だ。
そのこと自覚するといたたまれない気持ちになったのだった。
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