6 / 33
6
しおりを挟む
「オスカー、入るよ」
中から「ああ」という返事が聞こえる。
私はジェームスおじさんに手を引かれて部屋に一歩を踏み出した。
部屋の中にはカリカリというペンを走らせる音だけが響いている。
「おい、オスカー。仕事はやめろ」
「ああ、すまないな。あと少しで終わるから、適当に座ってくれ」
「アンジュちゃん、あっちに座ろう」
私は大きな机に座っている大人の男の人から目を離さずに頷いた。
書類の隙間から見えるその人の髪は、確かに私と同じ桃色だった。
「パパ……」
思わず発した言葉に、男の人はピクッと体を震わせる。
だが、その人は顔も上げずにそのまま書き物に戻る。
ジェームスおじさんの言っていた通り、私はあまり歓迎されていないようだ。
「さあ、おいで。ニコルソン、何かお菓子を用意してくれないか?」
「かしこまりました」
ニコルソンが退出してからも、ペンを走らせる音は止まない。
「オスカー!」
「ああ」
帰って来るのは生返事だけ。
待っている間にニコルソンが戻り、あっという間にソファテーブルにお菓子がいくつも並べられた。
「うわぁ」
私は見たこともないお菓子に目が釘付けだ。
「ああ、アンジュちゃん、好きなだけお食べ」
「いいんですか?」
「もちろんだよ」
私はジェームスおじさんの言葉に頷くと、一番気になっていたチョコレートに手を伸ばす。
実は、一度だけ食べたことがあるのだ。
ママが絵が売れたお祝いだと買ってくれたことがある。
私は、ゆっくりとチョコレートを口に運んだ。
口の中が幸せに包まれるとはこのことだ。
ねっとりとしたチョコレートが口の中を暴れ回る。
「美味しい……」
思わず、もう一度手を伸ばしてしまう。
それからはもう夢中だ。
次々とお菓子に伸ばす手が止まらない。
「美味しい! こんなの食べたことない!」
「ああ、ゆっくり食べるんだよ。ほら、飲み物も飲まないと」
ジェームスおじさんは甲斐甲斐しく私の世話を焼いてくれる。
私は頬に一杯のお菓子を詰め込みながら頷いた。
「見苦しいな」
その時、後ろから冷たい声が聞こえた。
「おい! オスカー」
私は手を止めて俯いた。
確かに初めて見るお菓子に少し夢中にはなってしまった。
でも、仕事と言って話もしてくれない方が悪いのではないか?
「本当のことだ。いくら、私の血を引いていても犯罪者の娘などそんなものだ」
私は急いで口の中のお菓子を飲み込んだ。
「ママは犯罪者じゃありません!!」
立ち上がると声の主の方へ向かう。
そして、机の前に立つと机にバンっと手をついた。
すると、今まで下を向いていた顔がゆっくりと見えてきた。
そして、私の顔を真正面から見つめて来る。
……似てる。
私が抱いた第一印象はママの描いた肖像画の人物はこの人だということだ。
確かにこんなに似ていれば、ジェームスおじさんが私の父親が公爵様だと思うはずだ。
「なんだ? 何が不満だ。神殿の遺伝魔法で私の娘だと出たらしいが、私はお前の父親になるつもりはない。そこのジェームスが、どうしてもというから置いてやるだけだ。それにお前がいれば、あの犯罪の全容がわかるだろう。お前の母親を通じてな!」
吐き捨てるようにいう公爵様は、私を睨みつける。
この人がパパだなんて、信じられない。
こんな冷たい人が……
ママが話していたのは嘘だったの?
優しい人なんじゃなかったの?
ママは世界で一番優しい人だって言っていたのに……
「どうした? ぐうの音もでないか?」
片方の眉だけあげて言う公爵様の顔からは、本当に私を嫌っているのがわかる。
「おい! いい加減にしろ! この子には何の罪もないだろうが! そんなことも分からないのか!」
ジェームスおじさんが、公爵様の胸ぐらを掴んで椅子から立たせる。
「お前だって、俺がどんな思いでこの八年を過ごして来たか知っているだろうが!」
公爵様もジェームスおじさんの胸ぐらを掴んだ。
今にも殴り合いが始まりそうな状況に、私は体に力を入れる。
「やめてーーーー!!」
二人が一斉に私を見た。
「お、大人は喧嘩しちゃダメなんだよ! ママが言ってたんだから! 殴り合いするような大人はバカなんだって!!」
精一杯叫ぶと後ろからパンパンと手を叩く音が聞こえて来た。
「おぼっちゃま方、お嬢様の方がしっかりしていらっしゃいますね。お二人は、よくよく反省してください」
そう言ってニコルソンは私の前に膝をついた。
「アンジュお嬢様、お部屋にご案内致します。このバカな大人達は放って置きましょう」
ニコルソンは、サッと立ち上がると私に手を差し出した。
私は未だに呆然とお互いの胸ぐらを掴んだままの二人を気にしながらも、ニコルソンの手を取った。
「さぁ、参りましょう」
そうして、私とパパの初対面は散々の結果となったのだった。
中から「ああ」という返事が聞こえる。
私はジェームスおじさんに手を引かれて部屋に一歩を踏み出した。
部屋の中にはカリカリというペンを走らせる音だけが響いている。
「おい、オスカー。仕事はやめろ」
「ああ、すまないな。あと少しで終わるから、適当に座ってくれ」
「アンジュちゃん、あっちに座ろう」
私は大きな机に座っている大人の男の人から目を離さずに頷いた。
書類の隙間から見えるその人の髪は、確かに私と同じ桃色だった。
「パパ……」
思わず発した言葉に、男の人はピクッと体を震わせる。
だが、その人は顔も上げずにそのまま書き物に戻る。
ジェームスおじさんの言っていた通り、私はあまり歓迎されていないようだ。
「さあ、おいで。ニコルソン、何かお菓子を用意してくれないか?」
「かしこまりました」
ニコルソンが退出してからも、ペンを走らせる音は止まない。
「オスカー!」
「ああ」
帰って来るのは生返事だけ。
待っている間にニコルソンが戻り、あっという間にソファテーブルにお菓子がいくつも並べられた。
「うわぁ」
私は見たこともないお菓子に目が釘付けだ。
「ああ、アンジュちゃん、好きなだけお食べ」
「いいんですか?」
「もちろんだよ」
私はジェームスおじさんの言葉に頷くと、一番気になっていたチョコレートに手を伸ばす。
実は、一度だけ食べたことがあるのだ。
ママが絵が売れたお祝いだと買ってくれたことがある。
私は、ゆっくりとチョコレートを口に運んだ。
口の中が幸せに包まれるとはこのことだ。
ねっとりとしたチョコレートが口の中を暴れ回る。
「美味しい……」
思わず、もう一度手を伸ばしてしまう。
それからはもう夢中だ。
次々とお菓子に伸ばす手が止まらない。
「美味しい! こんなの食べたことない!」
「ああ、ゆっくり食べるんだよ。ほら、飲み物も飲まないと」
ジェームスおじさんは甲斐甲斐しく私の世話を焼いてくれる。
私は頬に一杯のお菓子を詰め込みながら頷いた。
「見苦しいな」
その時、後ろから冷たい声が聞こえた。
「おい! オスカー」
私は手を止めて俯いた。
確かに初めて見るお菓子に少し夢中にはなってしまった。
でも、仕事と言って話もしてくれない方が悪いのではないか?
「本当のことだ。いくら、私の血を引いていても犯罪者の娘などそんなものだ」
私は急いで口の中のお菓子を飲み込んだ。
「ママは犯罪者じゃありません!!」
立ち上がると声の主の方へ向かう。
そして、机の前に立つと机にバンっと手をついた。
すると、今まで下を向いていた顔がゆっくりと見えてきた。
そして、私の顔を真正面から見つめて来る。
……似てる。
私が抱いた第一印象はママの描いた肖像画の人物はこの人だということだ。
確かにこんなに似ていれば、ジェームスおじさんが私の父親が公爵様だと思うはずだ。
「なんだ? 何が不満だ。神殿の遺伝魔法で私の娘だと出たらしいが、私はお前の父親になるつもりはない。そこのジェームスが、どうしてもというから置いてやるだけだ。それにお前がいれば、あの犯罪の全容がわかるだろう。お前の母親を通じてな!」
吐き捨てるようにいう公爵様は、私を睨みつける。
この人がパパだなんて、信じられない。
こんな冷たい人が……
ママが話していたのは嘘だったの?
優しい人なんじゃなかったの?
ママは世界で一番優しい人だって言っていたのに……
「どうした? ぐうの音もでないか?」
片方の眉だけあげて言う公爵様の顔からは、本当に私を嫌っているのがわかる。
「おい! いい加減にしろ! この子には何の罪もないだろうが! そんなことも分からないのか!」
ジェームスおじさんが、公爵様の胸ぐらを掴んで椅子から立たせる。
「お前だって、俺がどんな思いでこの八年を過ごして来たか知っているだろうが!」
公爵様もジェームスおじさんの胸ぐらを掴んだ。
今にも殴り合いが始まりそうな状況に、私は体に力を入れる。
「やめてーーーー!!」
二人が一斉に私を見た。
「お、大人は喧嘩しちゃダメなんだよ! ママが言ってたんだから! 殴り合いするような大人はバカなんだって!!」
精一杯叫ぶと後ろからパンパンと手を叩く音が聞こえて来た。
「おぼっちゃま方、お嬢様の方がしっかりしていらっしゃいますね。お二人は、よくよく反省してください」
そう言ってニコルソンは私の前に膝をついた。
「アンジュお嬢様、お部屋にご案内致します。このバカな大人達は放って置きましょう」
ニコルソンは、サッと立ち上がると私に手を差し出した。
私は未だに呆然とお互いの胸ぐらを掴んだままの二人を気にしながらも、ニコルソンの手を取った。
「さぁ、参りましょう」
そうして、私とパパの初対面は散々の結果となったのだった。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
運よく生まれ変われたので、今度は思いっきり身体を動かします!
克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞」重度の心臓病のため、生まれてからずっと病院のベッドから動けなかった少年が12歳で亡くなりました。両親と両祖父母は毎日のように妾(氏神)に奇跡を願いましたが、叶えてあげられませんでした。神々の定めで、現世では奇跡を起こせなかったのです。ですが、記憶を残したまま転生させる事はできました。ほんの少しだけですが、運動が苦にならない健康な身体と神与スキルをおまけに付けてあげました。(氏神談)

ローズお姉さまのドレス
有沢真尋
児童書・童話
最近のルイーゼは少しおかしい。
いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。
話し方もお姉さまそっくり。
わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。
表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成

村から追い出された変わり者の僕は、なぜかみんなの人気者になりました~異種族わちゃわちゃ冒険ものがたり~
めーぷる
児童書・童話
グラム村で変わり者扱いされていた少年フィロは村長の家で小間使いとして、生まれてから10年間馬小屋で暮らしてきた。フィロには生き物たちの言葉が分かるという不思議な力があった。そのせいで同年代の子どもたちにも仲良くしてもらえず、友達は森で助けた赤い鳥のポイと馬小屋の馬と村で飼われている鶏くらいだ。
いつもと変わらない日々を送っていたフィロだったが、ある日村に黒くて大きなドラゴンがやってくる。ドラゴンは怒り村人たちでは歯が立たない。石を投げつけて何とか追い返そうとするが、必死に何かを訴えている.
気になったフィロが村長に申し出てドラゴンの話を聞くと、ドラゴンの巣を荒らした者が村にいることが分かる。ドラゴンは知らぬふりをする村人たちの態度に怒り、炎を噴いて暴れまわる。フィロの必死の説得に漸く耳を傾けて大人しくなるドラゴンだったが、フィロとドラゴンを見た村人たちは、フィロこそドラゴンを招き入れた張本人であり実は魔物の生まれ変わりだったのだと決めつけてフィロを村を追い出してしまう。
途方に暮れるフィロを見たドラゴンは、フィロに謝ってくるのだがその姿がみるみる美しい黒髪の女性へと変化して……。
「ドラゴンがお姉さんになった?」
「フィロ、これから私と一緒に旅をしよう」
変わり者の少年フィロと異種族の仲間たちが繰り広げる、自分探しと人助けの冒険ものがたり。
・毎日7時投稿予定です。間に合わない場合は別の時間や次の日になる場合もあります。

お姫様の願い事
月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。


ぼくの家族は…内緒だよ!!
まりぃべる
児童書・童話
うちの家族は、ふつうとちょっと違うんだって。ぼくには良く分からないけど、友だちや知らない人がいるところでは力を隠さなきゃならないんだ。本気で走ってはダメとか、ジャンプも手を抜け、とかいろいろ守らないといけない約束がある。面倒だけど、約束破ったら引っ越さないといけないって言われてるから面倒だけど仕方なく守ってる。
それでね、十二月なんて一年で一番忙しくなるからぼく、いやなんだけど。
そんなぼくの話、聞いてくれる?
☆まりぃべるの世界観です。楽しんでもらえたら嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる