昨日の敵は今日のパパ!

波湖 真

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「あ、あの……どうしたんですか?」
突然周りが慌ただしくなり、私はテーブルの上にあるロケットを手に取ると部屋の隅に移動する。
ジェームスおじさんは、何人かに指示を出したり、手紙を書いたりしている。
いったい何があったのだろう。私の呟きを聞いた人は誰もいないようだ。
私は大人しく待つことにする。
ママも何かしている時に邪魔をすると、すごく嫌がるのだ。
「ふぁぁぁ」
昨日から掃除や片付けを頑張ったので、少し眠くなってきた。
仕方なくその場で座り込むと後ろの壁に体を預ける。
そして、カクンと首が落ちるのを感じたのだった。

「きみ! 起きてくれ!」
体をゆすられて目を開けると、目の前にはさっきのジェームスおじさんがいた。
「ん……あれ?」
目を開けて見回すとなんだか部屋の中がスッキリとしている。
「起きたかい?」
私は眠たい目を擦りながらも、体を起こす。
時計を見ると一時間くらい寝ていたようだ。
「えっと、これは?」
部屋の中には沢山の人がいた。
そして、その人たちが掃除や片付けをしているのが見える。
「ああ、勝手にごめんね。君一人では管理が大変だらう? 今日は掃除と食事の支度をする数名を置いていくから安心するんだよ」
ジェームスおじさんは、そう言うと私の肩に手を置いた。
「えっと、アンジュちゃん、君に大切な話があるんだ。聞いてくれるかい?」
真剣が顔に私は戸惑いながらも頷いた。
「わかりました」
私とおじさんがテーブルにつくと、あっという間に見たこともないカップとお菓子の乗ったお皿が目の前に用意されて驚いてしまった。
「甘いものでも食べながら話そう」
私は、ゴクリと唾を飲み込むと頷いた。
本当にこんな高級そうなお菓子を食べてもいいのだろうか?
私が戸惑っていると、ジェームスおじさんが、お菓子を手に取るとパクリと食べる。
「ほら! 美味しいよ。お食べ」
私は頷くとゆっくりとお菓子に手を伸ばした。
これはクッキーなのか? 何度か食べたクッキーとは全然違う。
私は、口に持って行くとサクッと食べる。
そうサクッとだ。
こんな食感のお菓子は初めてだ。
あっという間に口の中で溶けて無くなってしまう。
「……わぁ」
「口にあって良かったよ」
ジェームスおじさんはそういうと、ゆっくりとカップを傾ける。
「ああ、君のカップにはミルクを入れてあるよ。ゆっくり飲むんだよ」
「はい」
それからしばらくは私の食べる音だけが響く。
ちょっと気不味いが、食べるのをやめられない。それくらい美味しいのだ。
「えっと、そろそろ話してもいいかな?」
私は口にクッキーを頬張ったまま頷いた。
「君はパパには会ったことがないんだよね」
「……はい」
私はクッキーを、ミルクで流し込むと答える。
「ママが、私が生まれる前にいなくなったと言っていました」
「ふむ、死んだんじゃなくて……いなくなるか……」
「パパがいなくて、私が母の顔を知らないのはかわいそうだからと、この絵を描いてくれたと言っていました」
「なるほどね。君のママは画家だろう? なぜ今は行方不明なんだい?」
私はジェームスおじさんにママのことを話した。
画家で制作に入ると帰ってこないこと、それでも、ちゃんと絵が完成すると思い出してくれること。ちゃんと私のことは大切に思っていること。
今までも同じように長くいなくても大丈夫だったこと。
「そうか……でも、この国では子供だけで暮らすことはできない」
私は身を固くする。孤児院と言われるかもしれない。
「……ところで、パパには会いたくない?」
「え? おじさんはパパを知っていますか?」
「まぁ、多分ね。ママは君になんで髪を隠すように言ったのか知ってる?」
「特には……ただ、見せちゃダメってママが……」
「ママが?」
「この髪目立つから……」
そう言って私はローブを引っ張った。
「じゃあ、母親は知っているのか? でも、それなら、どうして? やはり?」
「おじさん?」
ブツブツ言うおじさんは、しばらく考えてから頷いた。
「とにかく、君はここには居られないんだ」
「……はい」
やっぱり孤児院か……
私はガックリと肩を落とす。きっとまた虐められるのだ。
「まだ、先方への確認は取れていないが、君にはランバート公爵家に行ってもらうことになるかもしれない」
「へ? 孤児院では?」
「どうして孤児院なんだい? 父親が見つかるかもしれないんだよ」
「父親?」
「多分だけどね。その肖像画はそうそう描けるものではないし、神殿に確認すれば親子関係はすぐにわかるだろう。それまではここにいてもいいけれど、確認が取れたら公爵家に行ってもらうよ」
「えっと、そのランバート公爵家で働くってことですか?」
私は働くことなら大好きだ。
もしかして父親がこの国の人間ならば、人手が足りなくて貴族の家で働かせてもらえるのかもしれない。
「任せてください! 掃除も洗濯も出来ます。料理もスープくらいなら……」
私が胸に手を当てて立ち上がると、ジェームスおじさんは違う違うと手を横に振る。
「君は働かなくていいんだ。やることは、そうだな、勉強? かな?」
「勉強? 読み書きはママに教えてもらいました!」
「いや、その、マナー? とかね。色々あるんだよ」
「ああ、やっぱり貴族の家では使用人も高い教養が必要なんですか?」
「はぁ、違うんだ。君は使用人じゃない。公爵家の令嬢になるんだよ」
「令嬢?」
私は思いがけない言葉に、頭の理解が追いつかない。
「そうだ。十中八九君は現公爵オスカー・イルド・ランバートの娘だ」
理解が追いつかない私の脳みそは、考えるのをやめた。
バッターン
私はそのまま意識を失ったのだった。
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