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「大丈夫か?」
私は目深に被ったローブを更に引き下げて頷いた。
ここはサラン王国の港町アンバー。そして、私は今この人に助けられたところだった。
私の名前はアンジュ。初めて来たこの町で、迷子になってしまったのだ。
「気をつけるんだぞ! この辺りは治安も悪いし、古い街並みは複雑で迷路になっているんだ」
その人はそういって私の頭を撫でる。
制服を身につけているから、きっと治安騎士団の人なのだろう。
私は、頭を下げてお礼を伝える。
「あ、ありがとうございました」
「まったく! 親は何してるんだ? 子供を一人でこんなところに放り出すなんて、信じられん」
私は、ママの顔を思い浮かべる。そして、ゆっくりと頭を振る。
「だ、大丈夫です」
ママは、そんなことを考える人ではない。
誰かにママは良い人か、悪い人かと聞かれたら良い人だと答えるが、親に向いているか、いないかと聞かれたら、否定するしかない。
どんな人間にも向き不向きがあるように、ママは親には向いていなかった。
私のことを大人のように扱ったと思ったら、今度は赤ん坊のように可愛がる。
存在自体を忘れられて、一か月も家に帰ってこなかったこともある。
それでも、私はママのことは大好きだ。
だって、ママは本当に忘れているだけだと知っているから。
「親はどこにいる? この辺りが街の中心街なんだが……」
私はローブを少しだけ上げると、その騎士を見上げる。
大きい人だ。それに力も強そう。腰に刺している剣は使い込まれた実用性のあるものだ。
私はもう一度頭を下げる。
「もう大丈夫です! ここからなら家もわかります」
きっと、ママはいないけど……
「そうは言っても心配だ。私が送っていこう」
その声には強い意志が感じられる。
断っても、きっと押し切られるだろう。
私はため息を吐いてから、頷いた。
「わかりましました。でも、きっと母は出かけていると思います」
私がキッパリと答えるとその人は頭に手を持っていくと自分の髪をグシャグシャに掻き回す。
「でも、君はまだ十歳にもなっていないだろう? 息子がいるからわかるんだ」
「…‥八歳です」
「この国の法律では、十歳以下の子供を一人にしてはいけないんだよ。君の親は知らないのか?」
「えっと、あの……私たちは、まだ、この国に来たばかりで……」
しどろもどろに答えるとその人はため息を吐いてから私に手を差し出した。
「とにかく、家まで送っていこう」
私はその大きな手を見て、しばらく考える。
そして、意を決しておずおずとその手を掴んだ。
私とママは、一週間前にこの国へやってきた。
その前には海の向こうにあるマイコロ諸島に居た。
その前は更に向こうのアカリア王国。
全部ママの仕事の都合だ。
ママは風景画を描く画家なのだ。
ひとたび絵を描き始めると周りから音も人も時間も消える。
そして、私はママが絵を描き終わるまでじっと待つのだ。
そして、昨日、ママはいなくなってしまった。
きっとどこかでいい場所を見つけて、そのまま制作に入ってしまったのだ。
私は、ため息を吐いた。何故なら、この人がどんなに待ってもママは帰ってこない。
早くとも一か月、大作だと半年かかることもあるのだ。
マイコロ諸島ならば、知り合いも多く、皆が助けてくれただろうが、この町には知り合いがいない。
流石にマズイと思って外に出たら、迷子になってしまったのだ。
「ここ?」
その人の言葉に私は頷いた。
「入ってもいいかな?」
きっと親がいるか確認するのだろう。
もうしょうがない。私は鍵を開けるとドアを開け、その人を招き入れた。
「どうぞ……」
「お邪魔します」
「本当に親は出かけているだけ?」
部屋の様子を確認するとその人は私の目線の高さまで視線を下げて聞いてきた。
「はい」
「でも、キッチンの様子だともう何日か一人みたいだね」
「そ、そんなことありません! ママは忙しいから、私が、代わりに……」
「しかし、このまま君を一人にするわけにはいかないんだ。私と一緒に来てくれるかな?」
そう言ってその人は私の手を掴もうとする。
「い、いやーー」
バシッという音と共にその人の手を振り払う。
今までの経験では孤児院に連れて行かれる可能性が高い。
私は、孤児院が大嫌いだ。
何回か連れて行かれて酷い目にあったから。
「しかし、君が一人だと……」
「大丈夫だもん!! ママは絶対に帰ってくるもん」
私が大声で叫ぶとその人は心底困ったなという顔をする。
その時、被っていたローブが頭から滑り落ちた。
「……あ」
「え?」
ママからこの国では絶対にローブを取ってはいけないと言われていたので、私は慌ててもう一度被り直した。
「えっと、君…………」
私はこぼれ落ちた頭をローブの中にしまう。
「その髪は地毛?」
「…………」
「君の母親の髪は何色? 瞳の色は?」
「…………」
「えっと、それとも父親は?」
突然しどろもどろになったその人は、「うーん」と考え込んでしまった。
私の髪は滅多にいない桃色をしている。
ママは普通の茶色なのに……
今までそれを恥ずかしいと思ったことはなかったが、ママにこの国に来てから隠せと言われてとても悲しかった。
この国では桃色の髪は、きっと不人気なのだろう。
私は俯いてギュッと唇を噛み締めた。
「あ、ああ、す、すみません」
突然敬語を話し始めたその人は、私の手を取って今度は頭を下げた。
「お嬢様、一度出直してきてもよろしいでしょうか? 色々確認しなくてはならないのです」
私はキョトンと首を傾げる。
一体どうしたのだろう?
それでも、今、帰ってくれるのならそれがいいに決まっている。
私はコクンと頷いた。
「ありがとうございます。失礼ですが、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「アンジュ」
「お、お母様のお名前は?」
「……」
「えっと、大丈夫です。確認するだけです」
「エリザベス・ウォーホール」
その人はメモを取ると、胸に手を当てて頭を下げる。
「では、失礼致します」
そうして、嵐は去った。
私は訳もわからずに、その場に立ち尽くすしかなかったのだった。
私は目深に被ったローブを更に引き下げて頷いた。
ここはサラン王国の港町アンバー。そして、私は今この人に助けられたところだった。
私の名前はアンジュ。初めて来たこの町で、迷子になってしまったのだ。
「気をつけるんだぞ! この辺りは治安も悪いし、古い街並みは複雑で迷路になっているんだ」
その人はそういって私の頭を撫でる。
制服を身につけているから、きっと治安騎士団の人なのだろう。
私は、頭を下げてお礼を伝える。
「あ、ありがとうございました」
「まったく! 親は何してるんだ? 子供を一人でこんなところに放り出すなんて、信じられん」
私は、ママの顔を思い浮かべる。そして、ゆっくりと頭を振る。
「だ、大丈夫です」
ママは、そんなことを考える人ではない。
誰かにママは良い人か、悪い人かと聞かれたら良い人だと答えるが、親に向いているか、いないかと聞かれたら、否定するしかない。
どんな人間にも向き不向きがあるように、ママは親には向いていなかった。
私のことを大人のように扱ったと思ったら、今度は赤ん坊のように可愛がる。
存在自体を忘れられて、一か月も家に帰ってこなかったこともある。
それでも、私はママのことは大好きだ。
だって、ママは本当に忘れているだけだと知っているから。
「親はどこにいる? この辺りが街の中心街なんだが……」
私はローブを少しだけ上げると、その騎士を見上げる。
大きい人だ。それに力も強そう。腰に刺している剣は使い込まれた実用性のあるものだ。
私はもう一度頭を下げる。
「もう大丈夫です! ここからなら家もわかります」
きっと、ママはいないけど……
「そうは言っても心配だ。私が送っていこう」
その声には強い意志が感じられる。
断っても、きっと押し切られるだろう。
私はため息を吐いてから、頷いた。
「わかりましました。でも、きっと母は出かけていると思います」
私がキッパリと答えるとその人は頭に手を持っていくと自分の髪をグシャグシャに掻き回す。
「でも、君はまだ十歳にもなっていないだろう? 息子がいるからわかるんだ」
「…‥八歳です」
「この国の法律では、十歳以下の子供を一人にしてはいけないんだよ。君の親は知らないのか?」
「えっと、あの……私たちは、まだ、この国に来たばかりで……」
しどろもどろに答えるとその人はため息を吐いてから私に手を差し出した。
「とにかく、家まで送っていこう」
私はその大きな手を見て、しばらく考える。
そして、意を決しておずおずとその手を掴んだ。
私とママは、一週間前にこの国へやってきた。
その前には海の向こうにあるマイコロ諸島に居た。
その前は更に向こうのアカリア王国。
全部ママの仕事の都合だ。
ママは風景画を描く画家なのだ。
ひとたび絵を描き始めると周りから音も人も時間も消える。
そして、私はママが絵を描き終わるまでじっと待つのだ。
そして、昨日、ママはいなくなってしまった。
きっとどこかでいい場所を見つけて、そのまま制作に入ってしまったのだ。
私は、ため息を吐いた。何故なら、この人がどんなに待ってもママは帰ってこない。
早くとも一か月、大作だと半年かかることもあるのだ。
マイコロ諸島ならば、知り合いも多く、皆が助けてくれただろうが、この町には知り合いがいない。
流石にマズイと思って外に出たら、迷子になってしまったのだ。
「ここ?」
その人の言葉に私は頷いた。
「入ってもいいかな?」
きっと親がいるか確認するのだろう。
もうしょうがない。私は鍵を開けるとドアを開け、その人を招き入れた。
「どうぞ……」
「お邪魔します」
「本当に親は出かけているだけ?」
部屋の様子を確認するとその人は私の目線の高さまで視線を下げて聞いてきた。
「はい」
「でも、キッチンの様子だともう何日か一人みたいだね」
「そ、そんなことありません! ママは忙しいから、私が、代わりに……」
「しかし、このまま君を一人にするわけにはいかないんだ。私と一緒に来てくれるかな?」
そう言ってその人は私の手を掴もうとする。
「い、いやーー」
バシッという音と共にその人の手を振り払う。
今までの経験では孤児院に連れて行かれる可能性が高い。
私は、孤児院が大嫌いだ。
何回か連れて行かれて酷い目にあったから。
「しかし、君が一人だと……」
「大丈夫だもん!! ママは絶対に帰ってくるもん」
私が大声で叫ぶとその人は心底困ったなという顔をする。
その時、被っていたローブが頭から滑り落ちた。
「……あ」
「え?」
ママからこの国では絶対にローブを取ってはいけないと言われていたので、私は慌ててもう一度被り直した。
「えっと、君…………」
私はこぼれ落ちた頭をローブの中にしまう。
「その髪は地毛?」
「…………」
「君の母親の髪は何色? 瞳の色は?」
「…………」
「えっと、それとも父親は?」
突然しどろもどろになったその人は、「うーん」と考え込んでしまった。
私の髪は滅多にいない桃色をしている。
ママは普通の茶色なのに……
今までそれを恥ずかしいと思ったことはなかったが、ママにこの国に来てから隠せと言われてとても悲しかった。
この国では桃色の髪は、きっと不人気なのだろう。
私は俯いてギュッと唇を噛み締めた。
「あ、ああ、す、すみません」
突然敬語を話し始めたその人は、私の手を取って今度は頭を下げた。
「お嬢様、一度出直してきてもよろしいでしょうか? 色々確認しなくてはならないのです」
私はキョトンと首を傾げる。
一体どうしたのだろう?
それでも、今、帰ってくれるのならそれがいいに決まっている。
私はコクンと頷いた。
「ありがとうございます。失礼ですが、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「アンジュ」
「お、お母様のお名前は?」
「……」
「えっと、大丈夫です。確認するだけです」
「エリザベス・ウォーホール」
その人はメモを取ると、胸に手を当てて頭を下げる。
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