双子になんかなりたくない

波湖 真

文字の大きさ
上 下
34 / 36
別れ

34

しおりを挟む
「シャール殿下、陛下がお呼びです」
ノックと共にもたらされた知らせは殆ど接点のない父親からのものだった。
こんな可愛い娘が毒で苦しんでいたのに私には一言もなく兄様への伝言だけだなんて。呆れて言葉も出ない。
「ああ、わかった。悪いね。僕は失礼するよ。ジェイク、君はこのまま王宮に留まるように。早く着替えた方がいいな」
シャール兄様はジェイクの格好を見てそういう時もう一度私の頭に手を乗せた。
「ユーデットはまだ無理はしないんだよ」
「はい」
「兄上、少しよろしいでしょうか?」
ユアンが兄様に話しかけた。私はその様子に何か違和感を感じて首を捻る。
ユアンの言葉に少し考えた兄様がユアンを手招きしていい笑顔で笑う。
「いいよ。じゃあ、少し話そうか?」
兄様に呼ばれたユアンは私に目を向ける。
「お前はちゃんと寝ていろよ! 台無しにはするな」
「え? 何?」
ユアンはよくわからないことを言うとシャール兄様について行ってしまった。
「では、僕も失礼します」
ジェイクも頭を下げると部屋から出ていった。私は手をひらひらと振ってジェイクを見送る。
「また、後でね」
なんだか、釈然としない。毒の件はさっきの説明でわかったし、犯人は早晩逮捕されるだろう。エリー姉様の結婚により伯爵は逃げられず、神殿はこの国への足掛かりを失い、更には貴重な財源にも打撃を受けるはず。
私ももう元気だし、全てが良い方に向かっているはず。
そのはずなのに何故か不安が胸に迫る。
「なんだろう。何かを見落としてる?」
私はベッドの周りを忙しく動くメイドさん達を目で追いながら、スルリと手からこぼれ落ちそうな何かを掴もうと頭を働かせる。
「何か……」
私は軽く頭を振るがその何かを掴むことは諦めてベッドに横になった。
「姫様、お休みですか? まだ、毒の影響があるはずですのでゆっくりとおやすみください」
「……うん」
私は正体のわからない不安を胸に目を閉じた。

「ユーデット」
私は体を揺り動かされて目が覚める。
「……ん、だれ?」
「俺だ。ユアンだよ。起きろ」
「もう少し寝かせてーー」
「ユーデット!」
私は眠たい目を開ける。まだまだ部屋の中は真っ暗だった。
「まだ夜じゃない……。どうしたのよ」
「いいからさっさとこれを着ろ」
渡されたのは分厚い上着だった。私は目をこすりながらもベッドから起き上がるとその上着を肩にかける。
「そういえば、あの人の話ってなんだったのぉ」
私は眠る前にシャール兄様と一緒に父親の元に向かったユアンに声をかける。
「大したこと無い。さぁ、行くぞ」
手を引かれて立ち上がると温かいブーツを差し出される。私ははぁとため息を吐くとそのブーツに両足を突っ込んだ。
テクテクテク
「……」
「ねぇ、どこ行くの?」
手を引かれるままユアンと王宮の中を歩く。このまま行くとガーデンだ。でも、まだ暗いガーデンなんてあの外出以来のことかもしれない。
「ユアン? なにかあったの?」
何も話さないユアンに流石の私も心配になってきた。グイッとその手を引っ張った。
「ねえ!!」
ユアンは面倒くさそうに振り返ると私のことを見つめる。その瞳には普段見られない深い何かが煌めく。
「大事な話があるんだ。黙って着いてきてくれ」
私はユアンの迫力に口を噤むと頷いた。
テクテクテクテク
「ねぇ、ここって……」
ユアンが連れてきたのはガーデンの中にある小さなガゼボだった。
まだ、夜は寒い。私は少し体を震わせるとガゼボに足を踏み入れる。するとそこには既にジェイクがいた。
「ジェイク?」
「姫様、ユアン王子」
ジェイクは立ち上がると私達の前までやってくると私の手をとった。
「姫様、大事な話とは一体何でしょうか? こんな夜にこんな場所を指定されたので心配しました」
「え?」
私はユアンをギッと睨む。絶対そんなことを言ったのはユアンに違いない。
「ごめんね。それは私じゃないの」
「え?」
今度はジェイクが変な声を上げる。
「ユアン、説明して!」
そうして私達は真っ暗なガーデンの中で話を始める。
「まぁ。落ち着け」
ユアンが私とジェイクに向かってはぁと息を吐いて座るように視線を送る。
私達はガゼボに設置されているテーブルセットに腰を下ろした。
「一体何なの?」
私がブツブツ言っているのをユアンは何故かいつもと違う視線で見つめる。
「ん?」
なんだか居心地が悪い。私は文句を言うのをやめて大人しくユアンの言葉を待つ。
「ジェイクに嘘を言ってすまなかった。お前は俺が呼び出しても来そうにないからな。ユーデットの名前を使わせてもらった。だが、大事な話があるのは本当だ」
「……かまいません。本当のことなので」
え? ジェイクはユアンに呼び出されても来ないつもりなの? 
私はギョッとしてジェイクを見つめる。
「そうか。ハハハ、流石ジェイクだ。寒いし、さっさと話すか」
ユアンは乾いた笑いをした後に姿勢を正した。
「俺、エリー姉上に着いていくことにした」
「え?」
「……」
「隣国に留学するんだ。丁度いいから、嫁入りするエリー姉上についていく。シャール兄上にもあいつ……陛下にも許可をもらった」
「どうして? 私も一緒でしょ?」
私は知らず知らずにユアンの腕に手を伸ばす。
「いや、お前はここに残れ。俺だけだ」
ユアンは真っ直ぐに私を見る。その瞳には全く冗談めいたものはなく本気が知れる。
「そんな……。どうして? だって、行く必要なんてないじゃない!!」
私は手をテーブルについて立ち上がる。
いつも一緒にいた双子の片割れ。憎たらしいけど、頼りにはなる私の半身。そんなユアンが行ってしまう?
「私は絶対に嫌だから!! 認めないから!! どうしていつもいつもあんたは一人で決めちゃうの!! どうしていつも勝手にいなくなっちゃうの!! どうして!!」
私が力いっぱいに叫ぶと隣に座っていたジェイクが私の手を引いて椅子に座らせられた。
「僕も理由をお聞きしたいです。ユアン王子」
はぁはぁと息が上がった私の手を握りながらジェイクが冷静に話しだした。
「……行く必要があるからだ。もちろん、今回の毒殺未遂事件が片付いてから行く予定だ」
「だから、どうしてなの!!」
私が叫ぶとユアンがため息を吐く。
「もうお前の面倒ばかり見てられるかよ。お前は一人で嫁に行くエリー姉上が心配じゃないのか?」
「……姉様の為について行くの?」
姉様のことは好きだけど、でも、嫌だと思ってしまう。ユアンのことは、こいつは、いつでも、前世でも私の片割れなのだ。
前世でだってこいつは私を置いていってしまった。そう置いていかれるのは二度目なのだ。
いなくなって清々したと言ってたけど、だけど、前世でだって、悲しかった。嫌だった。置いていかれて本当に寂しかった。
突然私の中から前世の感情が溢れ出した。そう、誰にも言わなかったし、そう見せなかったけど、私はこいつと離れるのがすごく嫌だった。どんなに比べられても、どんなに嫌味を言われても、それでも私はこいつに側にいてほしかったのだ。勝手に留学とかして欲しくなかった。
私が黙り込むとユアンとジェイクは事務的なことを話し出す。
「ジェイク、お前公爵家がゴタゴタしててもここには来いよ。いいな」
「はい、わかりました」
「あと、シャール兄上のことも任せる。ユーデットを使いすぎるなとは言ってあるがあの人は打算的だからな」
「了解です」
二人であの案件はどうのこうのと話している横で私は未だに前世の寂しさと今のショックで呆然としてしまっている。
それでも、これだけは聞かないと……
「帰って……来るよね?」
ボソリと呟いた言葉に二人の視線が集まる。
するとユアンが私の頭に手を置いて顔を近づける。
「当たり前だろ。五年後には帰ってくる」
「五年?」
「ああ。向こうで勉強したいこともあるからな」
「本当?」
「ああ」
「絶対?」
「ったりめーだろ」
「約束だよ」
「ああ、約束する。これからはジェイクが今まで以上にお前を守る。だろ?」
「はい、身命を賭して」
「ユーデット、お前がやることは一つだ。生きろよ。神殿は暫く何もしてこない。公爵家も落ち着くだろうから大丈夫だとは思うが、お前は無鉄砲だからな。怪我と病気には気をつけろ。元々体だって弱いだろ?」
「うん、わかった。エリー姉様をよろしくね」
「ああ、新婚の邪魔しないようにするつもりだ。嫁入りに留学希望の弟がついていくなんて前代未聞だからな」
「ハハハ、本当だよ」
ユアンは何かを隠してるみたいだけど、きっと何も言ってくれないだろう。
だからこんな時間にこんな場所でジェイクと一緒なんだ。そうじゃなければ私と二人の時に話せばいいのだ。それをしないのは私と二人では話せない。話さない。そういうことなのだ。
前世に続いて置いていかれるなんて想定外だけど、今は何もできそうにない。それならば快く送り出す。
前世でだって空港で笑顔で手を振ったもの。今だって出来るわ。
私は寂しさを胸の奥にしまい込んでニッコリを微笑んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——? ⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

初恋の人と再会したら、妹の取り巻きになっていました

山科ひさき
恋愛
物心ついた頃から美しい双子の妹の陰に隠れ、実の両親にすら愛されることのなかったエミリー。彼女は妹のみの誕生日会を開いている最中の家から抜け出し、その先で出会った少年に恋をする。 だが再会した彼は美しい妹の言葉を信じ、エミリーを「妹を執拗にいじめる最低な姉」だと思い込んでいた。 なろうにも投稿しています。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜

水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。 その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。 危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。 彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。 初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。 そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。 警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。 これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~

saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。 前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。 国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。 自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。 幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。 自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。 前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。 ※小説家になろう様でも公開しています

処理中です...