双子になんかなりたくない

波湖 真

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それぞれの事情

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私達が一緒に授業を受けて既に1年が経過した。
初めこそ色々あったが、私達が読み書き出来るようになるとあっという間に授業のレベルがあがり、今では私もヒイヒイ言いながら勉強している。
あいつとジェイクはいいライバルだ。なんとジェイクはあいつの凄まじい理解度についていっているのだ。元々大学受験した私よりも理解が速い。この子も天才のひとりだと認識するのに時間はかからなかった。
三年のアドバンテージがあったとしても凄い。そして、あいつの化け物みたいな吸収力がジェイクの心を開いたのか最近は休憩時間に軽口を叩くようになっている。
「ジェイク、お前さっきの理論はどう思う?」
休憩時間にあいつがジェイクに話しかける。
「あの理論はこの国での主流です。先生は別の理論を押したいようですが、まだまだ検証が足りないと僕は思います」
五歳児と八歳児の会話とは思えないが私の周りがこんなのばっかりだと慣れてくる。
「ねぇ、それより今日のおやつは何かなぁ。私お腹が空いちゃったぁ」
私は三人だけの時に限って話すことにしていた。もちろんジェイクには口止めしている。
「姫様、こちらをいかがでしょうか? 先日の飴がお気に召したようでしたので、別の味のものをお持ちしました」
そう言ってジェイクはカバンの中から綺麗にラッピングされた箱を私に差し出した。
「ありがとう」
私はありがたくいただくと早速箱を開けてからポイッと口に運んだ。
「おい!!! そうやってすぐに食うな!! 兄上にも必ず毒味してもらえって言われただろ!!」
「えー、ジェイクがくれたんだから大丈夫だよ。ね?」
「あ、はい。ですが、ユアン王子の言うことも正しいです」
ジェイクはそう言うと私の手から箱を取り返すと中の飴を一つ取って口に入れた。
「ジェイク?」
「姫様の安全のためです。僕が毒味いたしましょう」
「お前な! 別に俺はそういう意味じゃ……」
「わかっております。ですが、お渡しする前にこうすべきでした。反省しております」
「お前はいいのか? もし毒が入ってたら?」
「……慣れておりますのでご安心ください」
慣れてるってそんな簡単にいっちゃダメよ!!! どんな生活してるのよ。ジェイクは!!
「ジェイク、そんなの慣れちゃ駄目だよ」
「ご心配ありがとうございます。ですが、週三回怪我などせずにこちらに来るようにという王太子殿下のお言葉がありますので、僕を害する手段は毒殺だけになったようです。あの方たちは」
ジェイクの暴力公爵と元夫人達ってことよね? 叩かなくなったけど、毒殺されそうってこと? 怖い!
「お母さんは?」
「母は王太子殿下の保護の元田舎の領地に逃していただきました。この御恩は一生を掛けてお返しする所存です」
そうなのだ。ジェイクはこの一年でシャール兄様至上主義者となっている。
私との婚約もシャール兄様がそういったから継続しているだけ。好きとか嫌いとかもないらしい。ただ、この一年で私達は子供ではないと認識したらしく毛嫌いすることはなくなった。
婚約ってこんなんでいいのか? とは思うが私もまだ好きとか嫌いとかはないので今はこのままでいいかぁと思っている。それに私の婚約者だからこそこんなに頻繁にここに来ることが出来る。
ジェイクのお母さんの件は実はユアンがシャール兄様に交渉して手配してもらったことなのだ。
お母さんが保護されたことでジェイクの精神的な負担はかなり減ったようで、来るたびに必ず王太子殿下の御恩に報いるっていう話をするようになった。
まぁあいつも私との約束を守ってくれたということだ。ただ、現在進行形で毒殺の危機にあるとは知らなかったが……
「おい! 何考えてるんだよ!」
あいつが私の後頭部をコツンと叩く。どうも私が毒殺を心配していることがバレたようだ。
「別に……なんでも……」
「ったく。おいジェイク、お前は大丈夫なのか?」
「僕は大丈夫です。公爵家にも僕の味方となってくれる者が少ないですが存在します。毒についても毎日少しずつ慣らすことで対応していますのでご心配なく」
そういったジェイクの顔が本当に明るかったので私は少し安心したのだった。
そうだよね。ジェイクも公爵家で何もしていないわけではないのだ。味方を増やし、何かしらの対応を取っている。
「ほら、大丈夫だってよ」
「わかった。わかったってば!!」
私はそういってユアンの腕をパシンと叩くとへへへと頭を掻いて笑った。
「本当に大丈夫なの?」
「はい、姫様」
「何か……私に出来ることはある? あっ! ユアンを使ってもいいのよ」
ジェイクはプッと吹き出すとアハハと笑う。私は思わずユアンと顔を見合わせた。なんといっても初めてジェイクが声を上げて笑ったからだ。
「お前、笑えるんだな」
「ねー初めてみたわ」
私達そう言うと折角の笑顔が一瞬でいつもの無表情になってしまう。
「失礼しました」
「で? いいの」
「はい、この授業さえあれば平気ですので」
「どういうこと?」
「この授業中は命の危険がないと信じられますので、僕はここでは気を抜けるんです。それだけでまた頑張れます」
そういったジェイクの目には嘘がないようだった。
「まぁ、それならいいけど」
「そうね。絶対に欠席しちゃ駄目よ」
「はい」
その後メイドさん達がおやつを運んできたのでこの会話は終了し、私は押し黙る。
そろそろこの話せない振りも厳しくなってきた。つい話そうとしてしまう。やばいやばい。

私はその夜ベッドの横になりながらユアンと話していた。もちろんジェイクのことだ。
たった七歳の子供が毎日殺されそうになっていると言う事実が重く感じる。
「ねぇ、酷いよね」
「まぁな」
「もう!! あんたは全然可哀想に思ってないんでしょう!!」
「まぁね」
「あの子はたったの七歳なんだよ。それなのにお母さんと離れて喜んで、毒殺されそうだって平然としてるんだよ」
「あの公爵夫人はちょっと精神的に弱そうだったから、兄上に保護されて自分のことだけを考えればいい状況はきっとあいつには良かったことなんだよ」
「相変わらず冷たいわね」
私がフンっと横を向くとあいつが起き上がって私の手を掴んできた。
「何よ!!」
「いい加減にしろよ!! お前だってここが安全な日本じゃないって知ってるだろう!!」
「そんなのわかってるよ」
「いいや、わかってないよ!! ここはあの世界に比べてもっと残酷な世界なんだ!! 子供だって馬鹿なら殺されるし、親子だって殺し合う。そんなの歴史を学べばわかるだろ!!」
「だからって!!」
「お前がうるさいから、俺は兄上にあいつへの助力を頼んだ。その時兄上はなんて言ったか知ってるか?」
「知らない」
「母親は助ける。でも、ジェイクは自分で生き残るべきだ。父親を倒してでも。そうでなければウスマール公爵家を担えないし、ユーデットを守れない。 そういったんだよ」
「そんな……。 それじゃあ皆ジェイクの命が危ないって知ってたの? 私だけが知らなかったの?」
「違うだろ!! お前は知らなかったんじゃない!! 知ろうとしなかったんだ」
その言葉は私の頭をガツンと殴った。痛いところを突かれた。私はあいつとは反対の方を向いてブランケット頭から被った。
「ユーデット」
「……」
「そろそろ覚悟を決めろよ。お前はユーデットなんだ。もう覚えてないだろう。あっちでの名前も」
「うっ……ヒック、ヒック」
自然と涙が溢れてくる。そんなことは知ってる。私はもう前世の名前さえ覚えていない。もう呼べる名前もない。ユーデットでしかない。そんなことはわかっているんだ。でも、でも
私は嗚咽を洩らしながらその夜を過ごした。もう帰ることの出来ない世界。両親の顔も友達との思い出もあいつの顔も、自分の名前ももう思い出せないことに気づいてた。でも認めたくなかった。そう言ったら本当になくなってしまいそうでどうにもならなかった。
話せないことの不便を我慢して日本語を使っていたのは日本語だけは忘れたくなかったから。
もうそれだけが私に残った前世の残滓、証明だから。
私には涙を止めることが出来なかった。
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