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番外編
アンネマリーの運命20
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「おい! スティーブンが面白いことになっているらしいな」
ズドーンと沈んだままのスティーブンに話しかけてきたのは王太子だった。
「殿下! 傷口に塩を塗りすぎです」
「しかし、こんな機会はまたとないぞ。冷静沈着な男が落ち込むなんてな」
いやに嬉しそうな王太子を膝に頭をつけたまま下から睨んだ。
「酷いじゃないですか? 今度のレポートのお手伝いはしませんよ」
「あ、いや、まあ、何とかなるだろう……」
スティーブンは起き上がると王太子に詰め寄った。
「何とかってどうなるんですか! 殿下はいいですよ! エレオノーラ様とのご婚約が整ったんですよね!」
「あ、ああ、でも、なんでわかった? 発表は今夜だ」
「それはわかりますよ。幸せが歩いている感じですからね。それより暴漢はどうしたんですか? まさか取り逃がしてはいませんよね!」
「そちら抜かりない。別れる時にお前に言われた通りウオレイク王国の大使館近くで捕縛した。ちゃんとお前の防御魔法の痕跡が残っていたからよくわかったぞ」
「それはそうです。守るだけでは次に繋がりますからね。ああいうのは根元か始末しないとダメなんですよ。で? ウオレイク王国は?」
「残念だが、知らぬ存ぜぬだ」
「まぁ、そうでしょうね」
「ただ、最近お忍びで来ていた高位貴族が先程帰国したらしい」
「十中八九あのストーカー王子ですね」
「だろうな。婚約が発表されれば手出しは出来ないはずだ。ただ、これからあの王子が王位を継いだらと思うと頭が痛い。後先考えずに攻めてきそうだ」
「そうですね。まぁ、サーナインとは直接国境を面していませんからそこまでにはならないことを祈りましょう」
「だな」
スティーブンと王太子は二人でふぅーと息を吐くと一息ついた。
「で? お前はどうするのだ?」
王太子がグッと顔を近づけてきた。
「どうと言われても、プロポーズは受けてもらったんですよ! それなのに騎士の誓いは逃げられました」
「騎士の誓い!? それをアンネマリーに?」
「まぁ、やっぱりダメですか?」
「ダメって……お前」
王太子はそう言うと乗り出していた身体を戻して椅子に深く座り直した。
「私が貰うものだと思っていたぞ」
「そのつもりでした。しかし、臣下に下る王族ではないんです。王太子殿下に捧げなくてもいいはずですよ」
「確かにそれはそうだが……」
「それとも王太子殿下は僕の誓いがないと信用できませんか?」
「いや、それはない。はぁ、そうだな。お前の好きにするがいい」
「ありがとうございます」
「ああ、あとあの……天才はどうした?」
「ハロルドですか? 公爵家でと思ったんですが流石に反感を買いそうなのでこの学校の教師に推薦しました」
「教師だと? 魔法研究所はそれでひいたのか?」
「もちろんですよ」
「本当か? あいつらの執念深さは類を見ないぞ」
「もちろんきちんと交渉しましたよ。ハロルドの馬と引き換えたんですよ」
「馬ってあれか?」
「はい」
「なるほど、馬か……確かにあれが手に入るならそうなるか」
「それはそうですよ。ここ最近魔法研究所が発明した品物は小物ばかりでしたからね。高速移動の乗り物ですよ。アピールにもってこいですからね」
「わかった。で?」
「はい?」
「アンネマリーはどうするんだ?」
王太子の言葉にスティーブンは再び机に突っ伏した。
「それがわからないんです。手紙を出しても返事くれませんし、外出もしていない。話す機会がありません」
スティーブンは今にも泣きそうな顔を上げた。
「アンネマリーなら必ず今夜外に出るぞ」
王太子は自信満々に言い放つ。
「え? 本当ですか?」
「おいおい、本当に大丈夫か? 言っただろう? 婚約発表は今夜だ。エレオノーラへ祝いの言葉を言いに来るに決まっている」
「……そうか!」
スティーブンの瞳に希望が灯った。
「スティーブン。一つ確認するぞ」
「はい、何でしょう」
改まった態度の王太子にスティーブンも姿勢を正した。
「お前は本当にアンネマリーと結婚するのか?」
「ああ、僕は彼女のことが放って置けない。もちろん彼女が美しいことは知っているが、彼女の献身には頭が下がる。彼女を幸せにしたい。笑顔を守りたい。このまま! 一生だ!」
あまりの真剣さに王太子は言葉に詰まった。それでもこれだけは聞かねばならない。
「……アンネマリーとは子はできんぞ」
「……殿下。何故それを……」
「昔、アンネマリーとの婚約が検討された時、アンネマリーが教えてくれた。王妃は務まらない。子も望めない。だから私から別の姫を探してくれとな」
「え? でも、その頃はアンネマリーも子供だろう?」
「ああそうだ。それでも、アンネマリーは私に王家に尽くしてくれたのだ。言いにくいであろうことを話してくれた。もちろんこの事は誰にも言っていないが私が外の姫に目を向けた一因だ」
「そんな……子供の頃から……」
スティーブンはアンネマリーの苦悩を考えて胸が苦しくなった。
最高位の王妃の椅子を自ら蹴ったのだ。
「ただ、王妃となれなくても王妃の側近にはなれるだろうとふるいに残って欲しかったがそれも蹴られたようだ……」
王太子は「私が嫌われているのか」とハハハと笑った。
そして、スティーブンの肩をガシッと掴んだ。
「スティーブン! お前に覚悟があるのならアンネマリーを幸せにしてやってくれ! 彼女は私にとっての幼馴染であり、姉のような、妹のような存在だ。そして、今はエレオノーラの命の恩人だ。もしお前に少しの疑念があるのなら諦めろ! アンネマリーには相応しい地位も仕事も用意する」
真剣な王太子の言葉にスティーブンは動きを止めた。そして、ゆっくりとその言葉を繰り返す。
確かに王太子ならばアンネマリーの体調を考慮した何某かの地位を用意できるだろう。それは何の役にも立たないと自分に自信のないアンネマリーには又とないチャンスだ。
でも、それでも……
スティーブンの心にアンネマリーの笑顔が浮かんだ。
ズドーンと沈んだままのスティーブンに話しかけてきたのは王太子だった。
「殿下! 傷口に塩を塗りすぎです」
「しかし、こんな機会はまたとないぞ。冷静沈着な男が落ち込むなんてな」
いやに嬉しそうな王太子を膝に頭をつけたまま下から睨んだ。
「酷いじゃないですか? 今度のレポートのお手伝いはしませんよ」
「あ、いや、まあ、何とかなるだろう……」
スティーブンは起き上がると王太子に詰め寄った。
「何とかってどうなるんですか! 殿下はいいですよ! エレオノーラ様とのご婚約が整ったんですよね!」
「あ、ああ、でも、なんでわかった? 発表は今夜だ」
「それはわかりますよ。幸せが歩いている感じですからね。それより暴漢はどうしたんですか? まさか取り逃がしてはいませんよね!」
「そちら抜かりない。別れる時にお前に言われた通りウオレイク王国の大使館近くで捕縛した。ちゃんとお前の防御魔法の痕跡が残っていたからよくわかったぞ」
「それはそうです。守るだけでは次に繋がりますからね。ああいうのは根元か始末しないとダメなんですよ。で? ウオレイク王国は?」
「残念だが、知らぬ存ぜぬだ」
「まぁ、そうでしょうね」
「ただ、最近お忍びで来ていた高位貴族が先程帰国したらしい」
「十中八九あのストーカー王子ですね」
「だろうな。婚約が発表されれば手出しは出来ないはずだ。ただ、これからあの王子が王位を継いだらと思うと頭が痛い。後先考えずに攻めてきそうだ」
「そうですね。まぁ、サーナインとは直接国境を面していませんからそこまでにはならないことを祈りましょう」
「だな」
スティーブンと王太子は二人でふぅーと息を吐くと一息ついた。
「で? お前はどうするのだ?」
王太子がグッと顔を近づけてきた。
「どうと言われても、プロポーズは受けてもらったんですよ! それなのに騎士の誓いは逃げられました」
「騎士の誓い!? それをアンネマリーに?」
「まぁ、やっぱりダメですか?」
「ダメって……お前」
王太子はそう言うと乗り出していた身体を戻して椅子に深く座り直した。
「私が貰うものだと思っていたぞ」
「そのつもりでした。しかし、臣下に下る王族ではないんです。王太子殿下に捧げなくてもいいはずですよ」
「確かにそれはそうだが……」
「それとも王太子殿下は僕の誓いがないと信用できませんか?」
「いや、それはない。はぁ、そうだな。お前の好きにするがいい」
「ありがとうございます」
「ああ、あとあの……天才はどうした?」
「ハロルドですか? 公爵家でと思ったんですが流石に反感を買いそうなのでこの学校の教師に推薦しました」
「教師だと? 魔法研究所はそれでひいたのか?」
「もちろんですよ」
「本当か? あいつらの執念深さは類を見ないぞ」
「もちろんきちんと交渉しましたよ。ハロルドの馬と引き換えたんですよ」
「馬ってあれか?」
「はい」
「なるほど、馬か……確かにあれが手に入るならそうなるか」
「それはそうですよ。ここ最近魔法研究所が発明した品物は小物ばかりでしたからね。高速移動の乗り物ですよ。アピールにもってこいですからね」
「わかった。で?」
「はい?」
「アンネマリーはどうするんだ?」
王太子の言葉にスティーブンは再び机に突っ伏した。
「それがわからないんです。手紙を出しても返事くれませんし、外出もしていない。話す機会がありません」
スティーブンは今にも泣きそうな顔を上げた。
「アンネマリーなら必ず今夜外に出るぞ」
王太子は自信満々に言い放つ。
「え? 本当ですか?」
「おいおい、本当に大丈夫か? 言っただろう? 婚約発表は今夜だ。エレオノーラへ祝いの言葉を言いに来るに決まっている」
「……そうか!」
スティーブンの瞳に希望が灯った。
「スティーブン。一つ確認するぞ」
「はい、何でしょう」
改まった態度の王太子にスティーブンも姿勢を正した。
「お前は本当にアンネマリーと結婚するのか?」
「ああ、僕は彼女のことが放って置けない。もちろん彼女が美しいことは知っているが、彼女の献身には頭が下がる。彼女を幸せにしたい。笑顔を守りたい。このまま! 一生だ!」
あまりの真剣さに王太子は言葉に詰まった。それでもこれだけは聞かねばならない。
「……アンネマリーとは子はできんぞ」
「……殿下。何故それを……」
「昔、アンネマリーとの婚約が検討された時、アンネマリーが教えてくれた。王妃は務まらない。子も望めない。だから私から別の姫を探してくれとな」
「え? でも、その頃はアンネマリーも子供だろう?」
「ああそうだ。それでも、アンネマリーは私に王家に尽くしてくれたのだ。言いにくいであろうことを話してくれた。もちろんこの事は誰にも言っていないが私が外の姫に目を向けた一因だ」
「そんな……子供の頃から……」
スティーブンはアンネマリーの苦悩を考えて胸が苦しくなった。
最高位の王妃の椅子を自ら蹴ったのだ。
「ただ、王妃となれなくても王妃の側近にはなれるだろうとふるいに残って欲しかったがそれも蹴られたようだ……」
王太子は「私が嫌われているのか」とハハハと笑った。
そして、スティーブンの肩をガシッと掴んだ。
「スティーブン! お前に覚悟があるのならアンネマリーを幸せにしてやってくれ! 彼女は私にとっての幼馴染であり、姉のような、妹のような存在だ。そして、今はエレオノーラの命の恩人だ。もしお前に少しの疑念があるのなら諦めろ! アンネマリーには相応しい地位も仕事も用意する」
真剣な王太子の言葉にスティーブンは動きを止めた。そして、ゆっくりとその言葉を繰り返す。
確かに王太子ならばアンネマリーの体調を考慮した何某かの地位を用意できるだろう。それは何の役にも立たないと自分に自信のないアンネマリーには又とないチャンスだ。
でも、それでも……
スティーブンの心にアンネマリーの笑顔が浮かんだ。
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