盲目の公爵令嬢に転生しました

波湖 真

文字の大きさ
上 下
55 / 65
番外編

アンネマリーの運命16

しおりを挟む
「叩いてしまった」
スティーブンは学校に向かって歩きながら自己嫌悪に陥っていた。
「はぁ、叩いてしまった」
アンネマリーがあまりに自分を粗末に扱いすぎることに頭に血が上ってしまった。
スティーブンは未だにドキドキしている胸に手を当てた。
アンネマリーに、上掛けした防御魔法には何かあった時に自分にわかるように設定してあった。
その時は学校でハロルドの新発明を一緒に確認していたのだ。
いつもガチャガチャしていたのが魔力増幅装置でそれを使って乗り物が出来たのには驚いたものだ。
ただ、これが世間に広まるとハロルドの未来は魔法研究所一直線となってしまう。
だから、慌てて王太子を呼んできて、これは全て王太子の指示の下研究されたという体裁を取るとこにした。
三人で新しい乗り物に試乗していた時アンネマリーの防御魔法から反応があったのだ。
エレオノーラが来てからアンネマリーは付きっきりでお相手をしていたはずだ。
王太子に確認すると今日は王妃様から王宮に呼ばれているらしい。
そして、反応した場所は王宮に向かう途中の森の中。
スティーブンと王太子は顔を見合わせててお互いに頷くと何もわかっていないハロルドと共に新しい乗り物に跨って大急ぎで駆けつけたのだった。
「それなのに……あんな場面を見せられて冷静でいられるものか……」
スティーブンは現場に到着した時のことを思い出す。
なんとアンネマリーはたった一人で暴漢達の方に歩いていたのだ。
スティーブンは信じられなかった。
確かに護衛達が馬車を守っていたことでエレオノーラの身を第一に考えていたことはわかる。
次期王妃になられる方だ。
しかし、一人で立ち向かう必要はないはずだ。
アンネマリーの腕に暴漢が触れた時にはスティーブンの攻撃魔法が暴発するかと思った。
一応アンネマリーの攻撃魔法で暴漢達は逃げ出したが、その後アンネマリーはその場に倒れたのだ。
スティーブンの心臓が止まりそうになった。
もし、一人でも暴漢が残っていたら……。
そこからは目の前が真っ赤になった。
ただ、理性はあったらしく王太子とエレオノーラを先に逃すことは出来たが倒れ込んだアンネマリーを手元から離すことは出来なかった。
腕の中で脱力している体を抱きしめずにはいられなかった。
本当は馬車に乗せるべきなのに離れることは出来なかった。
一旦はアンネマリーの身の安全が確保されたことで安堵していた。
本当に良かったと無事で良かったと思っていたのだ。
それなのに……。
アンネマリーは未来を見ていない。
自分には今しかないと思っている。
体から弱いからという理由だけで!
スティーブンは気がつくとアンネマリーの頬を叩いていた。
アンネマリーを粗末に扱うアンネマリーに腹が立ったのだ。
「僕は何故あんなに熱くなったのだ……」
その答えは未だスティーブンの中には見つからなかったのだった。

「スティーブン!!」
学校に着くとヘンリーが走り寄ってきた。その後ろにはキャロラインもいる。
「やぁ、ヘンリー、キャロライン」
スティーブンは顔を歪めて笑顔を作る。
「お兄様!! なんてお顔なの! 笑うのをやめて下さい」
「なんだよ、キャロライン。心配して来てくれたんじゃないのか?」
スティーブンがヘラヘラ返事を返すとヘンリーとキャロラインはお互いに顔を見合わせると学校の応接室に向かった。
学校の応接室は許可さえ取れば誰でも使用できるのだ。
二人はいつになく陽気に話すスティーブンの手を引いて応接室へ連れてきた。
明らかに態度がおかしかった。
「おい! スティーブン。どうしたんだ?」
「な、なにが?」
「何がじゃないだろう? 殿下とお前とあと……あの天才が学校を飛び出したって大騒ぎだったんだぞ。そうしたら、休んで家に帰っているはずのアンネマリー嬢と天才が変な乗り物で帰ってくるし。お前はいないし、殿下は王宮にいるって連絡があるしで大混乱だ」
ヘンリーの言葉にスティーブンは下を向いた。
「すまない」
「お兄様、謝って欲しいのではありませんわ。一体何があったのです?」
二人が心配しているのはわかっていたが、エレオノーラが襲われたことは言えない。
女性が襲われたなど、外聞が悪すぎるのだ。王太子との婚約にも支障が出るかもしれない。
一瞬でそこまで考えるとスティーブンはエレオノーラのことは言わないことにした。
「まぁ、細かいことは言えない」
「でも!」
キャロラインが食い下がろうとすると、ヘンリーがその肩に手を置いて首を横に振る。
「キャロライン、まぁいいじゃないか。スティーブンは無事だったんだし」
「でも、ヘンリー様……」
「スティーブンが言えないってことは聞かない方がいいことなんだよ。そうなんだろ?」
「ああ、すまない」
「でも、お兄様は何でそんなお顔なの? 酷い顔色ですし……」
「これは……」
スティーブンはふぅと息を吐き出すとアンネマリーのことだけは話すことにした。
「アンネマリーを叩いてしまった……」
「え?」
「お兄様!! なんてことを!」
二人が驚いて声をあげる。スティーブンは女性に優しい。そして、常に紳士的に接するのだ。それが叩いたと聞いては驚かないはずがない。
「でも、どうしたんだ。話せることだけでいいから話してくれ。らしくないだろう?」
「……まぁ、色々あってアンネマリーが自分自身を卑下したんだよ。何もできない。なんの役にも立たないとね。そして、自らを危険に晒した。僕はそれが許せなかったんだ……」
スティーブンが頭を抱えるとヘンリーとキャロラインが顔を見合わせた。
「それは……いけませんわ。でも、お兄様は何故そんなにお怒りでしたの?」
「それがわからないんだよ。でも、アンネマリーが危険に飛び込むのは心臓が止まりそうに嫌なんだ。今回の件だって僕が防御魔法をかけていなかったら大変なことになっていた」
「おまえ、アンネマリー嬢が休んでいる間も防御魔法をかけてたのか?」
「ああ、ほらアンネマリーが帰った侯爵家の別邸は比較的学校に近いだろう。往復一時間くらいだからな」
スティーブンが当たり前だと話す。
「ああ、だから最近朝は見かけなかったのか」
「まあな」
キャロラインはヘンリーとスティーブンの会話を聞き、スティーブンの表情を確認すると今自分がもっている情報で現状を把握した。
「……で、色々あったアンネマリー様をお兄様は叩いてしまったということですよね」
キャロラインの低い声にスティーブンは、ビクッと肩を揺らす。
この声はキャロラインが怒った時のものだからだ。
ヘンリーがいるのにとは思ったが、スティーブンはゴクリと唾を飲み込んだ。
しおりを挟む
感想 320

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。