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番外編

アンネマリーの運命7

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カフェを後にしたスティーブンは頭を巡らしながら歩いていた。
目指すはハロルドの部屋だ。
キャロラインの情報を信じていない訳ではないが、やはりきちんと確認しないと気が済まないのがスティーブンだった。
トントン
再びの部屋の前で返事を待った。
トントン
返事がないので、もう一度ノックをする。
それでも、返事がないのを確認するとスティーブンはガチャリとドアを開けた。
先程もそうだが、ハロルドは鍵を閉めないようだ。無用心にも程がある。
「マクスター、入るよ」
一応声だけかけるとスティーブンはズカズカと部屋に上がり込んだ。
ハロルドはデジャブかと思うほどおなじ体制で、同じように魔道具をガチャガチャガチャといじっていた。
見ると先ほどよりも大きい鉄のボールが浮かんでいた。
この調子だと本当に人を浮かばせるのも時間の問題だと感嘆の声を上げる。
「凄いな」
その声に先程とは違い、ハロルドはくるりと椅子を回してこちらを振り向いた。
「えっと……誰?」
「ドアが開いていたぞ。無用心だな。きちんと鍵くらいは閉めろ」
「え? まぁ、でも、悪意がある人は入れないはずだから……」
ハロルドがふぁぁと欠伸をしながら答えた。その言葉にスティーブンはドアの方を振り向いてその周りを凝視する。
「なっ!」
思わず声を出してしまった。確かに魔力を感じたのだ。そして良く見ると高度な結界が張られているのを感じた。
気付かなかった……。
スティーブンは確かに攻撃魔法の方が得意だが、結界についてもかなり上位の成績を修めている。それなのに全く結界に気づかなかったのだ。
「あの結界に設定を加えているのか?」
「え? 見えますか? おかしいなぁ。気付かれないように結界を張ったはずなのに……。もう少し改良しないとなぁ」
ぶつぶつと言い始めてハロルドは再び机に向かうと何かを紙に書き留める。
「おい」
「……」
「おい!」
「……」
どうも集中すると何も聞こえなくなるタイプらしい。スティーブンは諦めて部屋のソファに腰掛けるとハロルドが落ち着くのを待つことにした。
自分より魔法、魔道具についての知識や技術が高いことは理解したのだ。
天才と言われていることも今は当然だと言うしかない。
そうなれば、この風変わりな少年は可能な限り自由にさせる方がいいだろう。
しかし、その範囲は……。
「よし! これで気付かれない結界が出来るはずだ!」
くるりと振り向いたハロルドは自分の部屋のソファで寛ぐスティーブンを見て声を上げた。
「え? まだ、いたんですか? えっと……誰?」
スティーブンは本気で自分が誰かわかっていなそうなハロルドに肩を落とす。
王太子の側近だし、顔もいいし、背も高いし、頭だってキレる。成績だって優秀だし、魔法もイケる。
「結構……名は知られていると自負していたんだが……」
「え? あの……有名な方なんですか? 貴族とか?」
「ああ、まぁ貴族では……ある」
「す、す、すいません……。僕、あんまり、外に出なくて……」
確かに良く見るとヒョロヒョロと背は高いが顔色は青白く不健康そうだ。
「えっと、何か御用でしょうか?」
もう既に二回も訪れているがまるで初対面のような対応だった。
スティーブンは落とした肩をすくめて自己紹介から始めた。
「僕はスティーブン・ホースタインだ。父はホースタイン公爵だ。僕は君にお願いがあって来た。まずは完璧な防御魔法を教えてほしい」
「防御魔法? 見た感じ貴方の防御魔法はかなりいい線いってますよ」
ちらりとスティーブンを見ただけで防御魔法の精度を見抜いてしまう。
「僕が身につけたいのは完璧な防御魔法だ」
「完璧……ですか。そうですね。改善するとしたら、背面ですね。自分で防御魔法をかけるので、どうしても後ろ側の防御は疎かになりがちなんです。普通のみなさんは鏡を見て毎朝防御魔法をかけるのが原因ではないかと僕は考えています」
「なるほど、確かに僕も鏡を見ながらかけているな。ふむ」
スティーブンはハロルドの分析に頷きながら耳を傾ける。
それからも、呪い系の精神魔法に弱そうだ。物理的な攻撃も足元には抜けている部分がある。と次々指摘された。
どれも、良く見ると確かにと思う場所ばかりだった。
「ちょっと見ただけで良くわかるな」
「ああ、少し前に防御魔法について研究してたんですよ。ほら、防御魔法はそれぞれの魔力や技術でかなりの差が生まれるでしょ? それなのに、ほとんどの人は気にしていない。掛けたことだけで満足してるんです。中には顔の前だけしか防御されていない人だっていますからね。本当に不思議な分野です」
そういってハロルドは机の上をバサバサとひっくり返して紙の束をスティーブンに差し出した。
「その時にまとめた論文です。好きに使ってください」
「あ、ありがとう」
「それでいいですよね。僕はまだ研究があるので適当なところで帰ってくださいね。ああドアは開けっ放しでもいいですよ」
そういうとハロルドはドアの周りに魔法を掛けた。すると先程よりも緻密な結界が発動したらしい。らしいというのはその結界はもうスティーブンから見ることが出来なかったからだ。
ハロルドは一度頷くと、もうドアにもスティーブンにも目もくれず、机に向かって再び魔道具をガチャガチャいじり始めた。
スティーブンはとりあえず再びソファに腰を下ろすと今受け取った論文を読み始める。
はっきりいってスティーブンでも読み解くのは難しいレベルの文書だった。しかも、最悪のレベルの悪筆だ。それでも、その内容は素晴らしかった。現時点での防御魔法の認識とその問題点。魔力量毎に効率よくかけられる防御魔法の方法や上達の仕組みにまで言及してあった。
読み終えた紙の束を見つめたままスティーブンはため息を吐いた。
天才という者は本当にいるのだ。自分より年下で見た目は少年なのにだ。そこには凡人にはわからない時の流れが存在するようだった。
そして、自分は凡人なのだと納得せざるを得ない。
打ちのめされたような、さっぱりとしたようななんとも言えない気持ちが湧いてくる。
それでも、はっきりしているのはこの少年は絶対に側近にしなくてはならないということだった。

スティーブンはハロルドがひと段落するまで待つことにした。
その間に論文に書かれていた通りに防御魔法の練習をして過ごした。
成る程、論文通りに防御魔法を掛けてみると確かに今までよりも精度が上がっている。なんとなくでかけていた魔法もその特徴と理論を理解して使うのとでは精度にこんなにも差が生まれるとは。
その時、スティーブンの頭にある妙案が閃いた。
その案が実現可能かあらゆる角度から分析する。
「……様、えっと、ホースタイン様」
スティーブンが考え込んでいると遠慮がちに声がかかる。
顔を上げると困ったような顔をしたハロルドが目の前に立っていた。
「あの、いつお帰りになるんですか?」
ふと時間をみると確かにもう辺りは真っ暗で深夜と言ってもいい時間だ。
「ああ、すまない。少し考え事をしていたよ。それから僕のことは名前で呼んでいい。様はつけるな」
「そんな、貴族の人を呼び捨てはできませんよ。後でなんと言われるかわかりませんし」
思いがけず周りを気にするような返事に首を傾げる。
「ああ、前にそういわれて本当に呼び捨てたら大変だったんで……」
「そうか、それは貴族がすまなかったな。僕は本当に気にしないが、お前が気になるのなら好きに呼べばいい。ただ様は止めてくれ。僕はお前に頼み事をしているんだから」
スティーブンがそう言うとハロルドは困ったように考えてからその言葉を口にした。
「えっと、せ、先輩はどうですか?」
「いいだろう。お前より歳は上だからね」
明らかにホッとしたようにハロルドは頷く。
「では、スティーブン先輩、あの、お帰りください」
ハロルドは少し迷惑そうに呟いた。
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