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番外編

アンネマリーの運命5

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「お前がハロルド・マクスターか?」
スティーブンが訪ねたのは寮の一室だった。その部屋の住人は開校以来の天才、特に魔法に関しての天才と言われている少年だった。
その代わりにかなりの変わり者で友人と呼べる人間は一人もいないらしい。
それでも今スティーブンを上回る魔法を使えるのはこの少年だけだった。
「……はい。何か用ですか?」
部屋を開けると薄暗い中何やら怪しげな機械をいじっているのが見えた。
「お前に頼みがある」
「……」
ハロルドは手も止めずに沈黙を守っている。
「私に魔法、特に防御魔法を教えてくれ」
スティーブンは生まれて初めてと言っていいくらい初めて同年代に頭を下げた。
だが、ハロルドはそれさえも見て見ぬ振りで実験の続きをガチャガチャと始めた。
「おい、聞こえているのか!」
「……」
それでも全然振り向かない。
「マクスター!」
「え? 何か言いましたか? 今新しい魔道具を作っていて‥…ふぁぁ、眠い……」
そう言ってハロルドはそのまま机に突っ伏して眠ってしまった。
その様子にスティーブンはズカズカと部屋に入りハロルドの頭を叩こうと手を上げた時、今までハロルドがガチャガチャしていた魔道具が目に入った。
「こ……これは……」
振り上げた手をそのままに魔道具を凝視する。なんとその魔道具は浮いていたのだ。
確か今いかに人間を浮き上がらせるかが魔法研究所のテーマだったはず。そして、未だに何かを浮かせられる魔道具は開発されていないはずだ。
魔法で浮き上がることは可能だが、かなりの魔力量が必要となるため王族もしくはそれに近い血筋のものしか出来ない。
もしそれが魔道具で出来れば画期的な大発明だ。
スティーブンは振り上げた手を下ろしてふわふわと浮いている丸い鉄のボールの下に、手を差し出して確認する。
どうやら本当に浮いているようだ。
スティーブンがそのボールを触ろうとした時、ガゴンという音がしてボールが机の上に転がった。
「イテッ」
ボールが落ちた時ぶつかった手を摩りながらグーグーと寝息を立てているハロルドを見下ろした。
「天才ってのは本当だな……」
スティーブンはその辺にあったブランケットをハロルドの肩に掛けると音を立てないように部屋を出た。
なんとしてもハロルドに協力してもらわなければならない。
そう、弱みを掴んで、恩を売ってでも!!
早速スティーブンはハロルド・マクスターについての身辺調査を始めたのだった。

「お兄様!」
スティーブンが、振り返ると自分とよく似た妹のキャロラインが立っていた。
「キャロライン、どうしたんだ?」
「どうしたじゃありませんわ。お兄様がそんなに慌てているなんて普通じゃありませんもの」
その時初めて自分が焦っていたことに気がついた。
「そうか、僕は焦っていたか……」
スティーブンは大きく息を吸ってからゆっくりと吐き出した。
「キャロライン、ありがとう」
「でも、珍しいですね。お兄様のそんなところ……。それにヘンリー様はどちらですの?」
「ヘンリー? いや一緒ではないよ」
「まぁ、残念」
実を言うとキャロラインはもう昔からヘンリーのことが好きなのだ。
ヘンリーはまだ知らないが家格も合うことから水面下で婚約の話も進められている。
「ああ、そうだ、キャロライン。お前に聞きたいことがある」
「なんですの?」
そう言ってキャロラインは首を傾げて微笑んだ。
その姿はとても可愛らしい。
でも、キャロラインは違うのだ。
彼女は人の心にスルリと入り込み色々な情報を掴んでしまう。しかも、それは蜘蛛の巣のように張り巡らされていると言っても過言ではない。
スティーブンも子供の頃はよくキャロラインの罠(本人は悪戯と言っているが)にはめられた経験がある。
「まぁ、お茶でもしながら話そう」
スティーブンはキャロラインに肘を差し出した。キャロラインはその肘を掴むと兄妹は仲良く歩き始めた。
キラキラと輝くプラチナブロンドの二人が楽しそうに歩く姿に道行く生徒達はため息を吐いて見つめていた。
しかし、本人達がにこやかに話している内容は真っ黒だった。
「ハロルド・マクスターですの?」
「ああ、あいつを僕の側近にしたい。お前は何か掴んでないか?」
「そうですわね。彼は難しいですわよ。名誉にも、地位にも、権力にも、財産にも興味がないという噂ですもの。懐柔は出来ないと思いますわ」
ふふふっと笑うキャロラインの笑顔にスティーブンは顔を引きつらせた。
「その顔は何か知っているのだろう? 弱みか? 恩の売り方か?」
「そうですわねぇ。でも、お兄様でもタダでとはいきませんわよ」
「クッ、わかったよ。ヘンリーにお前は可愛いと10回は言うよ。これでどうだい?」
「20回は言ってください。それにわたくしが公爵家の妻として相応しいと。これも20回は言ってくれますか?」
キャロラインは父を始め周りは全て埋め尽くして婚約の話を進めているくせに恋愛結婚を望んでいる。だから、このように何かあると自分を良く言わせるのだ。
それはもう洗脳に近い。
スティーブンは親友のヘンリーを心底不憫に感じた。でもきっとそれさえもヘンリーは一生気付くことなく過ごすだろうこともわかるのでキャロラインに頷いた。
「わかったよ。僕の妹のキャロラインはとても可愛くて美しい。頭も良いし、淑女として申し分ない。アラカニール公爵夫人にこれほど相応しい者はいないと言うよ」
スティーブンが投げやりに言った言葉にキャロラインは満足そうに頷くと交渉は成立した。
二人は学校内のカフェの奥まった席に座り、紅茶とお菓子を食べながら情報を交換し始めたのだった。

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