盲目の公爵令嬢に転生しました

波湖 真

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番外編

アンネマリーの運命1

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「す……好きです!!」

アンネマリーは目の前でフルフルと震える花束を差し出して顔を伏せているスティーブンを見てふふふっと笑った。

アンネマリー・カタナリオはサーナイン王国の侯爵令嬢だ。
幼い頃からその可愛らしさは有名で、彼女が微笑むと薔薇の花が舞うようだと言われていた。
そんなアンネマリーには数多くの求婚者が列を成していた。
もちろん美しさに魅せられるものが多かったが頭も良く、機転も聞く。更にはサーナインで五指に入る侯爵家だ。適齢期の息子を持つ親が放っておくわけがない。
ただ、それでもアンネマリーの縁談はなかなかまとまらなかった。
何故なら同じ年代に次期国王である王太子が存在していたからだ。
「アンネマリー、アンネマリー! どこだ?」
ある日の午後、王太子がアンネマリーを庭園に呼び出した。
アンネマリーは呼ばれる声に返事をしながら王太子の声の方に向かった。
「はい、ここにおりますわ。殿下」
「ああ、いたか。今日は其方に私の側近を紹介するぞ」
そう言って手招きされて王太子の横に立ったのは、あのスティーブン・ホースタイン公爵令息だった。
「……」
「おい、どうした? スティーブン」
スティーブンはハッとして腕を胸に当てて頭を下げた。
「スティーブンです。学内で殿下のサポートを任されました。よろしくお願いします」
スティーブンは王太子より一つ年上で学校でリーダー的な立場の人だった。
「よろしくお願いします。スティーブン様。わたくしはアンネマリー・カタナリオでございます」
そういってアンネマリーも膝を折って礼を取る。
「ふむ、そしてもう一人」
「ヘンリー・アラカニールです!」
元気の良い返事をした男性が一歩前に出る。
こちらはアラカニール公爵令息だ。
「アンネマリーです」
アンネマリーはもう一度ヘンリーに礼を取ると王太子に顔を向けた。
「殿下。殿下ももう学校に入学したのですからお二人にご迷惑などお掛けしてはなりませんよ」
アンネマリーがにっこり笑って注意するとぐぬぬと王太子が言葉に詰まった。
「わ、わかっておるわ。アンネマリーはいつもいつもうるさいのぉ。そんなだから婚約者もいないのだぞ!」
「わたくしに婚約者がいないのは出来ないのではなく、今は相応しい方が見つからないだけですわ。殿下、女性に対してそんな言動はいけませんわ。エレオノーラ様に嫌われてしまいますわよ」
「わ! それはやめてくれ! アンネマリー!」
今世間ではアンネマリーと王太子の婚約についての噂が飛び交っている。
しかし、世間の噂とは違いアンネマリーと王太子は姉と弟のような関係だった。
一つ下の王太子は昔からアンネマリーを姉のように慕い、アンネマリーも弟のように接している。
そして、まだ公表はされていないが王太子は隣国の王女ともうすぐ婚約する予定だった。
この婚約を仲介し、二人の出会いの場を提供したのがアンネマリーの実家であるカタナリオ侯爵家なのだ。
王太子と隣国の王女エレオノーラはカタナリオ侯爵家で逢瀬を楽しみ、来春には婚約が公表されるはずだ。
ただ、今現在は王太子とアンネマリーの仲睦まじい様子が噂を呼び、世間ではカタナリオ侯爵家に通う王太子の姿で王太子の相手はアンネマリーだと思われている。
アンネマリーは、もちろんそれも含めて受け入れている。
多分王太子の婚約が成ったら、世間では王太子に捨てられたという噂も立つだろう。
アンネマリーはそれでも構わなかった。
見た目や家柄でしかアンネマリーを見ていない求婚者が自分が傷物となった時、一体誰が残るのだろう。
更にアンネマリーは大きな問題を抱えているのだ。
それが知られれば誰も残るはずがない。
アンネマリーは小さくため息を吐いた。
「コホン、とにかく二人は私の友だ。仲良くしてくれ」
頼れる二人を従えて、王太子はアンネマリーに軽く頷いた。
「はい、殿下」
アンネマりーはそう言って王太子の前で膝を折った。

「アンネマリー嬢!!」
学校の廊下を歩いていると大きな声で呼び止められた。
「ヘンリー様、ご機嫌よう」
最近よく話しかけてくるのはアラカニール公爵令息のヘンリーだ。
「お一人ですか? エスコートさせていただいても?」
「もちろんですわ」
ヘンリーは明るくて、気さくで、スルリと人の心に入り込んでくるような人だった。流石外交関係を担うアラカニール公爵家だ。
その後ろでは不機嫌な顔をしたスティーブンもそっぽを向いて立っていた。
「アンネマリー嬢、聞きましたよ。また、彼らに注意したそうですね」
ヘンリーが少し心配そうに話しかける。
「彼らとはあの授業も出ずにたむろして通りかかる女生徒に絡んでくる迷惑極まりない方々のことですか?」
「えっ……まぁ、そうかな」
ヘンリーが顔を硬らせた。
その後ろでスティーブンがボソリと呟いた。
「馬鹿で無鉄砲でどうしようもないお転婆だな」
「まぁ、今なんとおっしゃいました? スティーブン様」
アンネマリーが詰め寄るようにいうと、女生徒から神秘的で素敵だと言われているアメジストのような瞳を眇めてアンネマリーを見下ろした。
「君は自分を理解していない。そういう人間は馬鹿だと言っている」
「私も貴方のようないつも一歩引いて世を見ているような方は好きではありませんわ!」
お互いに睨んだまま動かない二人をヘンリーはため息と共に引き離した。
「本当に君達は気が合わないんだなぁ。会えば喧嘩ばかりじゃないか! 殿下をお支えする同志なんだよ」
ヘンリーの言葉にも素直に肯けず黙ってしまったアンネマリーをそのままに、スティーブンはさっさと歩いて行ってしまった。
「申し訳ありません。ヘンリー様」
スティーブンがいなくなるとアンネマリーはヘンリーに向かって深々と頭を下げる。
「いえ、スティーブンの態度にも問題がありますから。アンネマリー嬢の言葉が的を射ていたんですよ」
「え?」
「スティーブンは子供の頃から少し冷めているんですよ。常に冷静だと言えば聞こえは良いが本人もそのことに気付いてはいるようです」
「そうですか」
「なんでも出来る、なんでもわかる、なんでも自分が分析した通りなる。私でも嫌ですよ。そんなもの。その上、冷徹だ冷酷だと言われてしまう」
アンネマリーらヘンリーの困ったような顔を見て、下を向いた。
正に今自分はスティーブンをそう思っていたのだ。
「まぁ、それでも自業自得なところも多々あるんでしょうがないんですけどね。アンネマリー嬢もあまりお気になさらず。友としてスティーブンをどうにも出来ない自分を情けないと思っているだけですから」
「いえ、そんなことは……」
「それでは、失礼します。でも、スティーブンの言い方は失礼ですが、言っていることは本当ですよ。彼らはどうしようもないですが、貴女ひとりでは危険です」
「……はい」
ヘンリーはそれだけいうとスティーブンが消えた方に歩いていってしまった。
アンネマリーは今ヘンリーの言っていたことを考えていた。
確かに無鉄砲だったのかもしれないわ。でも、わたくしにはこれくらいしかできないもの。
ヘンリーの助言は残念ながらアンネマリーには届いていなかった。
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