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2巻

2-3

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「エリック様、私は大丈夫ですわ」
「えっと……アリシア嬢? 通信か?」
「ええ、そうです。エリック様、エミリアさんがなにかをたくらんでいるのなら、それはチャンスですわ。エミリアさんの次の一手がすぐにわかるということでしょう? ターゲットの私達が部屋から出なかったら、なにも起こらないかもしれない」
「それはそうだけど、僕は心配だよ!」
「アリシア嬢、確かにチャンスではあるけれど、部屋から出ない方が絶対に安全だよ」

 カイルが大きな声で私の言葉をさえぎった。カーライルさんも心配げに話す。

「でも、みなさんもエミリアさんのことが気になっているのでしょう?」
「アリシア嬢、だが……」

 エリックさんが更になにかを言おうとしたところを、カイルがため息を吐いて止めた。

「エリック、こうなったらアリシアは止められないんだ。きっと部屋にいろと言っても一人で出歩いてしまう」
「なっ! やっぱりアリシア嬢は……なんというか……勇気がある……かな……」
無謀むぼうとも言うけどね」

 エリックさんの呆れ声に続いて、カーライルさんの少し怒った声が聞こえてきた。
 私はしょぼんとして、小さな声で「ごめんなさい」と呟いた。見かねたカイルが、「しょうがないな」と囁いてから、エリックさんとカーライルさんに話す。

「ありがとう、二人とも。でも、アリシアの提案もありかと思うんだ。確かにこんなに早く動いてくれたら御の字だ」
「でも、狂言とはいえアリシア嬢との婚約を破棄する作戦もあるんだろう?」
「ああ、それくらいしかエミリアをおびき出せそうにないと思っていた。でも、明日、エミリアがなにかを仕出かしてくれたらその必要もなくなる」
「そうは言っても難しいよ。エミリアは今までも尻尾を出してないし……アラミックがどういうつもりなのか見当もつかない」
「明日なにも起こらなかったら、やはり不仲作戦を実行するしかないな。でも、まだ、みんなが納得するきっかけがつかめないんだ」

 カイル達三人は既に明日以降のことについて考え始めた。
 次から次へとアイデアや意見が飛び交い、彼らが本当に信頼し合っているのだと感じる。

「しかし、婚約を破棄するくらいで尻尾を出すかな?」

 カーライルさんがポツリと呟いた。
 その不安を振り払うようにカイルの明るい声がその場をまとめる。

「それは僕も不安ではある。しかし、ただ待っているだけじゃしょうがないだろう。それより本当にアラミックはこの件に関わっていると思うか?」

 カイルの普段から想像できない厳しい声に私は思わず息を呑んだ。

「報告した通り、二人が明日なにかをすると話していたことを聞いただけだからなんとも……。残念ながら細かい計画まではわからない。ただ、あの雰囲気だと、良いことではないと思うよ」

 カーライルさんが残念そうに話す。

「アラミックか……。悪い! 最近王都の方ばかり調べていて執行部に顔を出していないんだ。まさかアラミックがとは思うが、エミリアの時もそうだったからな。ありえない話じゃない」

 エリックさんも悔しげに声をあげる。

「気にしないでくれ、エリック。とはいえ、やはりアラミックについてはもう一度調査したいな。身元は確認しているが、アリシアも不審に思うことがあったようだし、念には念を入れたほうがいいだろう」
「……わかった。明日の警護はエリックに任せて、私は王都でアラミックについて確認してくるよ」
「ありがとう、カーライル。そうしてもらえると助かる」
「ありがとうございます、カーライル様。私も疑いたいわけではないのですが、やはりこの間の言葉が少し気になってしまって」
「大丈夫だよ、従妹姫。父上に聞けばなにかわかるだろうからね」
「叔父様は外務大臣ですものね。隣国のことにもお詳しいわよね」

 そうして、私達はその日の話を終わりにした。時計を見ると結構な時間になっていたが、頭はえている。
 明日はエミリアさんと話そうと思っていたけど、無理そうね。これではいつまで経ってもエミリアさんの転生者(仮)の(仮)が取れないわ……
 私は大きくため息を吐いて、天をあおいだ。


 翌朝、私は眠たい目をこすりながら、気だるくベッドの上に半身を起こす。
 結局昨夜は心配したり、緊張したりしてなかなか眠れなかったのだ。

「ケイト、起きたわ」

 私が呟くと、ドアの開く音とともに紅茶の良い匂いが漂ってきた。

「おはようございます。お嬢様。昨夜は寝つきが悪かったようですので、眠気覚ましの紅茶をお持ちいたしました」

 ケイトはそう言うと、私の手にカップを渡してくれる。温かい紅茶を一口飲むと、身体中が目覚めるような感じがする。

「ありがとう。ケイト」

 いつもよりゆっくりとベッドで過ごしてから起き上がる。
 朝の支度が終わり、ケイトが私の手を取った。

「お嬢様、防御魔法を」
「そうね。お願い」
「はい。承知いたしました」

 ケイトが手の甲をでると、フワリと魔力が体を包む。
 彼女は私の持つ膨大な魔力のことを知っているはずなのに、恐れるでもなく、全く変わらない。本当に優秀な侍女なのだ。
 それから私は女子寮のドアから出て、既に来ているであろうカイルを捜してキョロキョロと頭を動かした。

「カイル?」
「……ああ、ごめんよ。アリシア、僕はここにいるよ」

 やっとカイルの声が聞こえて、私はにっこりと微笑んだ。

「おはよう、カイル」
「おはよう、アリシア。じゃあ、行こうか。今日はなにがあるかわからないから、絶対に僕から離れないこと! いいね?」

 不安はあるが、エミリアさん達の計画に乗る提案をしたのは私なのだ。気合を入れて返事する。

「ええ! わかったわ!」

 カイルは軽く息を吐くと話を続けた。

「あとアラミックの件、今カーライルに調べてもらっているよ。後で一緒に報告を聞こう」
「ありがとう、カイル」

 それから、私達はなるべくいつも通りに過ごした。
 しかし、予想に反して何事もなく一日が過ぎていく。
 授業も終わり、今日はこのままかと少し気を抜いて、休憩するために談話室を訪れた。
 その時、事件は起こった。

「きゃーっ‼」

 私達が談話室に入り席に座ると、入口の方から悲鳴が聞こえたのだ。私は何事かと立ち上がり、声の方に顔を向ける。

「何事だ!」

 隣からカイルの厳しい声と共に剣と剣がぶつかる音が響く。次いで、エリックさんのするどい声が耳に届いた。

「カイル! アリシア嬢! 避難してくれ!」
「アリシア、こちらに――」

 カイルが私を呼ぶのをさえぎるように、聞いたこともない男の声がすぐ近くで聞こえた。

「たかが第五王子がいきがってんじゃねぇ‼」
「え? きゃあああっ」
「アリシア! 不味まずい! 攻撃魔法を使う気だぞ」

 突然叫んだ男は、あろうことかこの談話室で、騎士団以外は使用が禁止されている攻撃魔法を発現しようとしているらしい。恐怖に比例するように、自分の中で魔力が膨張していく。

「駄目……。制御が……できない。カイル‼」

 体がゆっくりと熱くなる。魔力が出口を求めて暴れているようで、息苦しい。
 私はすがるようにカイルの背中をつかんだ。

「アリシア! ……っ、駄目だ! 気持ちを落ち着けるんだ!」

 カイルが振り向いて、私の両腕をつかんだが、私の魔力は今にもあふれ出そうとしている。
 だ、ダメ……駄目……だめ……
 必死に抑え込もうとするが、身体が緊張してうまくいかない。
 そして、次の瞬間、体内で張りつめていた魔力が弾けたのがわかった。

「全員防御しろ! 魔力暴走だ! 逃げろ‼」

 カイルが、大きな声を出したと同時に私の魔力があふれ出す。
 暴走した。暴走してしまった……
 あまりに突然のことについていけず、茫然ぼうぜんと立ち尽くす。
 辺りは雷のような激しい音に包まれた。次に大きく室内が揺れ、私の周りから音という音が消えた。
 魔力を出し尽くした体から力が抜けて、私はガクリと崩れ落ちる。倒れる前にカイルがしっかりと私を抱きとめてくれる。彼の体温だけを感じ、なにも聞こえない。
 しばらく静寂せいじゃくに包まれた後、悲鳴と共に一気に音があふれ出す。

「きゃあああああああ‼」
「助けて‼」
「逃げろ! 魔力暴走だ‼」

 周りからバタバタと人々が走り去っていく。その様子から大変なことになってしまったと察した。

「カイル……、どうしよう」

 ――やってしまった。カイルにあれほど他人には知られてはいけないと言われていたのに。でも、どうしてこんなことになってしまったのか、自分でも理由がわからない……
 最早、誰かが襲ってきたということに恐怖するよりも、私の魔力が暴走したことの方におののいていた。
 全身から血の気が引いていき、手先が細かく震える。瞳から涙がはらはらと流れ落ちた。

「大丈夫だ。アリシアは大丈夫かい? 怪我けがはない? 歩けるかい?」
「だ、大丈夫……」

 カイルはギュッと私を抱きしめると、手を離してマリアを呼んだ。

「アリシアの護衛だな。早くアリシアをこの場から避難させてくれ」
「はっ!」

 私の周りに素早くケイトとマリアがやってきて、私の手を取った。
 しかし、カイルと離れることに不安を覚え、彼の名前をすがるように呼ぶ。

「カイル!」
「今は一旦部屋に戻るんだ。ここは危険すぎる」

 私は混乱していた。状況がわからず、手を引かれるまま歩き出す。
 いつもとは違い、ケイトは何度も立ち止まり周りの様子を確認し、マリアも私にぴったりと寄り添い部屋に向かった。

「ケイト、いったいどうなったの?」
「お嬢様、とりあえずは寮のお部屋までお静かにお願いします。少し早足で移動いたします」

 それだけ言うと、ケイトは更にスピードを上げて、なにかから逃げるように寮に戻った。
 いつも穏やかな彼女が緊張した空気を放っているので、私はなにも言えず、手を引かれるまま部屋に戻るしかなかった。
 部屋に戻ると、私はたまらずケイトに先ほどの件について尋ねた。
 悲鳴と剣の音、男の声に……私の魔力の暴走。それしかわからない。周りの状況が知りたかった。
 ケイトはまず、私達を数人の生徒が襲撃したことを教えてくれた。

「襲ってきたのは誰だったの? カイルは? みんな無事? ケイトは怪我けがはない? マリアも大丈夫だった?」

 心配が胸をおおい、気が急くまま矢継ぎ早に質問する。

「全員無事でございます。犯人達もマリア達護衛が既に取り押さえました」

 私は一旦深呼吸をすると、一番聞きたかったことを確認する。

「えっと、私の魔力は……?」
「……暴走いたしました……」
「やっぱり……それで、その時の状況はどうだった?」

 意を決して尋ねるが、ケイトはなかなか口を開こうとしない。
 戸惑い、言いあぐねているのが伝わってきて、それが私のしでかした魔力暴走がいかにすさまじいものだったかを物語っている。
 私はケイトの手をつかんで懇願こんがんする。

「ケイト、話して! お願い」
「……最初は、爆風のような強い風が……談話室を襲って……」
「それで……どうなったの? 誰か怪我けがは?」
「そ、それは大丈夫だと思います! お嬢様の近くにはカイル殿下と襲撃者、そして、私共しかおりませんでした。襲撃者は倒れましたが、私達はきちんと防御魔法が働いて傷一つございません」
「カイルも?」
「勿論でございます。カイル殿下もご無事です。カイル殿下が暴走の瞬間、周りに結界を張られたようです。ですから被害は最小限に抑えられたのだと思います」
「そう、よかった……。よかったわ」

 自分の引き起こした魔力暴走で、仲間の誰も怪我けがしなかった。
 その事実に私は安堵あんどのため息を吐いた。誰かが怪我けがしていたらと思うと……恐怖で体が震える。

「アリシアお嬢様……」

 ケイトが心配そうな声と共に、温かい手で私の背中をでる。そのおかげで、私は少しずつ冷静さを取り戻した。

「……この襲撃はエミリアさんが? アラミック様もあの場にいたのかしら?」
「それはまだわかりません。犯人は、カイル殿下に不満を持った学生達だったようですが……」
「カイルに?」
「それは仕方がないと思います。なにをやるにしても、反発する者はおりますので。ただ、気になるのはその犯人の様子が、理性を失っているように見えたことでございます。こちらはわかり次第カイル殿下がお知らせくださるそうです」
「ありがとう、ケイト。その、悲鳴が聞こえたのは襲撃者のせい? それとも私の……?」

 すると、ケイトが言いにくそうに話してくれた。

「アリシアお嬢様、あれだけの魔力を持つ者はそうおりません。大きすぎる力は恐怖の対象になってしまうものです」

 ケイトはとても遠慮がちに教えてくれた。

「……最悪ね」

 ぽつりと呟いた言葉は、自嘲じちょう的な響きを帯びて、重苦しい空気の中に溶けていった。


   ~・~♥ エミリアの策略 ♥~・~


 カイル王子とアリシアが襲われた事件の数週間前。エミリアがいる空き教室のドアが開き、一人の男が入ってきた。
 その男はエミリアの方に歩いてきて、人の良さそうな笑みを浮かべる。

「エミリア、突然呼び出してどうしたんだい?」

 ドアから入ってきたのはアラミックだ。
 エミリアには日本人女性として生きた前世の記憶がある。
 ある日、ふとその記憶を取り戻し、今自分が生きる世界が、前世ではまっていた小説にそっくりだということに気付いたのだ。
 確か、その小説の主人公の名前も自分と同じ『エミリア』。
 物語の内容を思い出しながら、様々な発明を披露ひろうすると、エミリアの実家はまたたく間に富を築き、彼女自身も人々から尊敬を集めた。そうしているうちに、いつしかエミリアの目的は、物語の主人公の行動を追体験し続けることになっていった。
 そんな折、悪役令嬢アリシアが聴講生として学校に編入してきた。おそらく物語の強制力が働いたのだろう。エミリアはこのチャンスを最大限に利用したかった。
 物語のカイル王子と悪役令嬢がそうであったように、喧嘩けんかするように仕向けたり、アリシアが物語通りの我儘わがままで意地悪な令嬢であるとあらぬ噂を広めたりした。
 それなのに、現実はなかなか物語通りには進まなかった。
 カイル王子は悪役令嬢と喧嘩けんかしてもストーカーのように見守っていた。それどころか折角せっかくエミリアが拡散した噂を収束させたり、出所を探ったり、悪役令嬢襲撃事件の犯人にまで調査を広げたりと全然物語通りに話が進まないのだ。
 実際二人は、たった一週間で仲直りしてしまった。

(そこは悪役令嬢に幻滅して私に目を向けるところでしょう! ほんっとに無駄だったわ)

 エミリアは一向に始まらない自分とカイル王子の恋愛パートも、これから成り上がっていくシナリオもまだ諦めてはいない。この二つのイベントの順番は、逆でもいいかもしれない。
 ふとしたきっかけで、エミリアはアリシアが転生者ではないかという疑いを持った。
 それもあってカイル王子との恋愛はなかなか上手く進められない。だから、先に成り上がりパートを進めることにした。
 物語通りエミリアが王妃になるにはカイル王子が王位を望まなければならない。それには協力者がいる。
 考えたエミリアは、協力者になり得る人物を呼び出した。
 それがアラミックだ。彼は、物語の中では重要な役割をになう重要キャラクターなのだ。
 エミリアは内心ほくそ笑みながら、アラミックに向かい合う。

「あっ! すみません、アラミック様。いえ、アラミック王子と呼んだ方がよろしいですか?」

 エミリアがそう言った途端、彼から人懐っこい笑顔が搔き消えて、傲慢ごうまんな表情が現れた。

「なるほど。お前が情報通というのは、本当だったということか? よくわかったな」

 今までのアラミックからは到底想像できない、尊大な口調だ。エミリアは、やはり物語の設定通りね、と笑った。


 アラミックは、表向きは隣国の貴族の次男で、遊学中となっているが、実は隣国の王子なのだ。王太子ではないものの、将来は外交を取り仕切る立場が約束されている第二王子だ。
 物語でアラミックはカイル王子をサポートし、エミリアと共に王位に押し上げる役割をになっていた。
 ウオレイク王国と揉めているアラミックの国・ラングランド王国では、このサーナイン王国から挟み撃ちにされる不安を常に抱えていた。
 だが、カイル王子ならば信頼できる。アラミックが上手く立ち回り、カイル王子が王になったら、より強固な同盟を結べる。
 更に彼は、この手柄てがらを土産に祖国に帰り自らも王位を目指すつもりのはず。
 エミリアは物語におけるアラミックの役割を頭の中で反芻はんすうする。

「お前の望みはなんだ?」

 アラミックは、人を使うことに慣れた口調で続ける。

「アラミック王子、私はこの国の王位はカイル王子が継ぐべきだと考えております」

 エミリアの言葉を聞いて、アラミックが目をすがめた。

「確かにカイル王子は第五王子。王位からは遠い立場です。しかし、王はそのうつわ相応ふさわしい者がなるべきだと思いませんか?」

 前世の物語の台詞せりふをそのまま言ってみた。アラミック自身、兄より自分の方が優秀だと考えているので、この言葉に心が動くはずだ。
 ――トドメだ!

「私は、アラミック王子とカイル王子が手を取り合えば、この国と殿下の祖国に安寧をもたらすと考えております。……しかしながら、ご存知の通り、カイル王子は政治的なことよりも、婚約者のことばかりにかまけております。殿下もご覧になりましたよね? カイル王子の執行部設立の手腕しゅわんを! ただの一貴族としておくには、あまりにしいと思いませんか?」

 アラミックの顔色が、明らかに変わった。野心と希望が入り混じり、カイル王子に自らの進退を重ねているようだ。

「どうでしょう? アラミック王子。私と二人で、カイル王子を王位に押し上げませんか?」

 アラミックは、悪魔の囁きを耳にして、しばらく目を閉じた。そして、スッと顔を上げると頷いた。

「いいだろう。お前の策を聞かせてみろ」

 こうして、エミリアは成り上がりパートにおける最高のキャラをゲットした。
 それから話はトントン拍子に進み、二人は協力者となった。
 何度か二人で話し合った結果、カイル王子はアリシアがいる限り王位を目指すことはないだろうという結論が出た。
 アラミックは手っ取り早くアリシアを排除する案を推してきたが、エミリアはできる限り物語に沿って話を進めたかった。そうするのがヒロインである自分の役目なのだ。
 アリシアにはあくまで自業自得で退場してもらう必要がある。しかも、なんの違和感もなく、物語通りにだ。慎重に進めなければならない。
 なんと言っても転生者かつ悪役令嬢のアリシアも、なにかたくらんでいるかもしれないのだ。
 もしそうなら、早めに邪魔な芽は摘まなければならない。
 物語を知らないアラミックは回りくどいと不満そうだったが、二人で協力してカイル王子とアリシアの仲を引きいて物語を元に戻すのだ。
 それから毎日、エミリアは自分なりに試行錯誤さくごした。
 アリシアをみんなの前で馬鹿にして、なんとかアリシアを怒らせ、噂通りの令嬢に見えるようにアピールした。それなのに、全然上手くいかなかった。
 アリシアは滅多なことでは怒らず、いつもカイル王子の隣でにこにこ笑っている。
 更に、最近は取り巻きのナタリー達がアリシアの好意的な話を周囲に広め、せっかく流した噂まで消えかかっている。
 そんなある日、今度はエミリアがアラミックに呼び出された。

「アラミック様! 一体どうしたんですか?」

 アラミックがエミリアを呼び出すのは初めてのことだったので、あわててやってきた。

「それはこちらが言いたい。色々大きなことを言っていた割に、やることは毎日コソコソと……くだらん」

 アラミックはそう言って、エミリアの前に座った。エミリアはあれ? と不思議に思った。
 最近のエミリアは確かに良い方法が思い付かずカイル王子とアリシアを遠巻きに見ているだけだった。そのことについてアラミックには何度か嫌味を言われたが、そんな時はいつも不機嫌をあらわにしていた。
 それが今、彼は不気味にニヤニヤと笑っている。エミリアは、恐る恐る尋ねた。

「アラミック様、なにかあったのですか?」
「聞きたいか?」
「はぁ……」
「カイルを襲ってみてはどうかと思うのだ」
「え⁉ 今、なんと?」

 アラミックは、なんでもないことのように話した。

「正確には明日カイルを襲わせる予定だ」
「な、なぜですか?」
「なぜ、とは面白いことを言うな。お前が言ったのだろう? あの二人が別れたら、婚約者馬鹿のカイルも王位を見るようになると。お前の言う通りにしていたら、いつになるか見当もつかん。アリシア嬢は襲ってはいかんのだろう? だからカイルを襲わせるのだ。アリシア嬢の両親は彼女を溺愛できあいしている。たかだか学校内の問題で生徒からうらみを買って襲われるなど、公爵家の婿むことしては失格だろう?」
「襲わせるって……。だっ、誰にですか?」
「カイルのやり方に不満を持つ馬鹿な奴等に、だ。前にカイルを手伝って反抗勢力の弱みをにぎる為に潜入したことがあっただろう? その伝手つてを使って、ちょっとあおったらすぐに動いてくれたのだ。しかも、私を味方と疑いもしない。精神感応魔法で少し興奮させてやった」

 アラミックは、そう言って自慢げに鼻で笑う。
 エミリアは、アラミックが勝手に動いたことで、またしてもこんなはずじゃなかったと内心呟いた。
 そうなのだ。こんなはずじゃなかった。カイル王子は自分を好きになるはずだし、アリシアは没落し、アラミックと助け合って一緒に成功をつかむはずだ。


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