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番外編SS

書籍化お礼SS カーライルの疑念

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「ナタリー?」
カーライルはつい先日婚約者となったナタリーとアラカニール公爵家の庭で散歩を楽しんでいた。
「はい、なんでしょうか? カーライル様」
カーライルが呼びかけるとナタリーは立ち止まってカーライルを見上げてきた。
ナタリーは元々勉強が好きで、学者肌のところがある。そこも気に入っているのだが、婚約後には少しお洒落するようになったのか、ふとした瞬間にドキマギすることが多くなってきた。
今この瞬間にも、ナタリーの澄んだ瞳にカーライルの胸は高鳴った。
「あ、いや、今日はいい天気ですねぇ」
カーライルは少し赤くなった頬を隠すように空を見上げた。
確かにいい天気だし、婚約者も美しい。
これ程充実した散歩はないと言える。
言えるのだが……。
「あっ、アリシア様‼︎」
カーライルが想いにふけっているとナタリーの嬉しそうな声と共にその足音が遠ざかる。
「やはり……」
カーライルの悩みはナタリーの心だった。
確かに自分に好意的ではある。
好かれているだろうことも自覚している。
しかし、従妹のアリシアには劣っているように感じて仕方がないのだ。
実際にナタリーが公爵家に来るのはアリシアが母親を訪ねてくる日が多かった。
カーライルは既にテラスに向かってしまったナタリーの後を追うように歩き出した。
「ナタリー様、ご機嫌よう」
「アリシア様! お会いできて嬉しいですわ!」
「私もです!」
二人が手を取り合って再会を喜んでいるが、カーライルは同じ光景を3日前にも見ていたのだ。
「アリシア嬢」
「カーライル様、ご機嫌よう。デートのお邪魔をして申し訳ありません。直ぐに失礼しますので、お許し下さい」
従妹のアリシアは目が見えない為、カーライルから少し視線がずれているが、その仕草はマナー通りでいつも感心してしまう。
「いや、アリシア嬢が来てくれると母上も喜ぶので助かるよ」
「叔母様のお加減はいかがですか?」
「もう大分いいんだよ。元々元気が良すぎて庭で転倒しただけなんだ。治癒魔法でもすぐ治せるのに、断って病人をしているだけなのだから心配無用だよ」
カーライルが答えるとアリシアはクスクスと笑う。
「そういう所がお父様にそっくりですの。私は叔母様が大好きですわ」
アリシアが楽しそうに笑うとカーライルはため息を吐く。
「そうやってアリシア嬢が見舞いに来てくれるから、病人をやめないのかもしれないね」
「まぁ、そんなことないですわ。でも、ご迷惑ならもう……」
アリシアが少し気にしたように話すと横からナタリーが否定する。
「アリシア様! 迷惑なわけがございませんわ! 絶対に公爵夫人は喜んでいらっしゃいますわ。それにわたくしもアリシア様にお会いできてとても嬉しいですわ」
ナタリーがアリシアの手を掴んで力説した。
「私もナタリー様にお会いできるのは嬉しいのですが、いつもデートをお邪魔してすみません」
そう言ってアリシアは頭を下げた。
カーライルはその時のナタリーの顔を見てしまったのだ。
少し顔をしかめて舌打ちしそうな顔だった。
そして、すぐに否定するのだ。
「そんなことございませんわ! いつも公爵夫人からアリシア様のいらっしゃる日を聞いてから、こちらに来ているのです! アリシア様にお会いできなかったら意味がございませんの!」
「え?」
「あ?!」
カーライルが思わず聞き返すとナタリーは罰の悪い顔をして下を向いてしまった。
「え? ナタリー、君は母上からアリシア嬢が来る日を聞いているのかい?」
カーライルが尋ねるとナタリーは少し顔を上げて答える。
「……はい」
「でも、どうして?」
「わたくしと公爵夫人は仲間なんですの! 同志といってもよろしいのですわ」
「え? 同志? なんのだい?」
「もちろんアリシア様を見守る会のですわ!」
「え? ナタリー様、それは一体……」
アリシアも不思議そうに聞き返す。
カーライルとアリシアに挟まれて、ナタリーは恥ずかしそうに答えた。
「実は公爵夫人とわたくしはアリシア様をお守りしたいと考えているのです。アリシア様は学校で危険な目にもお逢いになりましたよね? それを公爵夫人もとても心配していらしたのです。そのお話を聞いて、わたくしも卒業以来中々お会いできないと話すうちに意気投合しましたの。それから、わたくし達は密かにアリシア様を見守る会を発足させましたの」
カーライルは天を仰いで力説する愛しい婚約者を見つめた。
おかしいと思っていたのだ。
ナタリーがくるのは決まってアリシアがやってくる日だし、あんなに活動的な母は怪我を治そうとしない。
それどころか怪我で動けないから話し相手をしてほしいとアリシアを定期的に呼んでいるくらいなのだ。
まさか、二人が結託してしたなんて……。
カーライルの心情はまさにガーンだった。
「ナタリー……君は僕に会う為ではなく、アリシア嬢に会う為に来ていたのか?」
「まぁ、そんな事はありませんわ! 勿論カーライル様にもお会いしたいのですわ。ただ、どうせならアリシア様にもお会いしたいなぁと考えただけですの」
「そ、そんな……」
カーライルがショックで落ち込んでいるとテラスに明るい声が響く。
「カーライル? アリシアは来たのかしら?」
「叔母さま!」
「公爵夫人!」
「……母上」
ガラガラとアリシアが考案した椅子に車輪をつけた車椅子というものに乗ってアラカニール公爵夫人がテラスに現れた。
この国では怪我や病気は基本的に治癒魔法で治してしまうのでこのような椅子は存在しなかったのだ。
「あら? バレてしまったの? いけない子ね? ナタリーさん」
「すみません、公爵夫人」
「もう! お母様と呼んで頂戴! 折角娘ができるんですもの。ね?」
「は、はい。お母様」
「アリシアも来てくれて、ありがとう。ごめんなさいね。どうしても貴女と色々お話ししてみたかったの。ナタリーさんから聞いた貴女はとても可愛らしくて、聡明で素敵な子に思えたのよ。だから、怪我した振りして貴女に通ってもらったのよ」
「「振り?」」
カーライルとアリシアの声が重なる。
「そうよー。だって、ただ呼びつけたら怖い叔母様でしょう? 怪我して動けないから話し相手に来て欲しいっていった方がいいじゃない? それなら、お兄様も許してくださると思ったのよー」
そう言って意味ありげに笑った母の顔は、食えない伯父であるホースタイン公爵に、そっくりだった。
カーライルはもう一度深くため息を吐いてから、母に向かって話しかけた。
「母上! 冗談にも程があります。ただでさえアリシア嬢は目が見えないのです。この家に来ることにも危険があるかもしれないのですよ」
「それは大丈夫よ! お兄様の完璧な防御魔法がいつも盛大に掛かっているもの。この魔法を見たら誰も襲わないわ」
「そうだとしても! ナタリー、君までぐるだったんだね」
「カーライル様、すみません。わたくしもアリシア様に中々お会い出来る機会がなくて、お母様に誘われるままこちらに尋ねて来てしまいましたの」
少し反省しているようなナタリーを見て、カーライルはここ最近の疑問が解けていくのを感じた。
どうも、ナタリーから違和感を感じていたのだ。
自分との逢瀬というよりもいつも少しソワソワしていたのだ。
それに気付いていながらも、目を瞑っていた。
「ハーーーー」
「カーライル様、申し訳ございません!」
「いえ、良いんです。いつも少し上の空だったので、この婚約はやはり意に沿わないものだったのではと考えていたので……」
「そんな事はございませんわ! カーライル様の事もちろん大好きですし、お母様をはじめ、公爵家の皆様のことも大好きですの。それに、アリシア様の従姉妹になれるんですもの! なんの不満もございませんわ」
カーライルは力説するナタリーにもう、しょうがないかと諦めることにした。
国の根幹に関わるホースタイン公爵家と我がアラカニール公爵家の仲は良いに越した事はないのだ。
そう自分自身に言い聞かせたのだった。
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