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1巻
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~・~♣ カイルの決意 ♣~・~
カイルは公爵家からの帰り道、今日起きたことを思い出してブルリと震えた。
少し遅れて来たアリシアの手をいつも通り引いて、走り出したところまではよかったのだ。
でも、自分より先を行くアリシアが、ゴール近くにどこからともなく現れた狼に気付かず、そのまま笑いながら走って行った時の恐怖は忘れられない。
アリシアは、今にも飛びかかろうとしている狼に、笑いながら近づいて行ったのだ。
カイルは、初めてアリシアの目が見えないことが、いかに危険かを痛感した。
慌ててアリシアを呼び寄せ、本来なら使用禁止である攻撃魔法で狼を始末できたからよかったが、もし自分達がいなかったらと思うと……想像するだけで恐怖が全身を襲う。
カイルにとってアリシアは初めての友達で、そして――初恋の相手だった。
二年前の出会いから、何度も何度も一緒に遊び、話し、素の自分を出せる唯一の相手といっても過言ではない。
しかもアリシアは、皆が必ずわざとらしく褒め称えるカイルの外見についてはなにも言わない。見えないのだから当然だが、王族の特徴である真っ黒な髪と紅い瞳は、会う人会う人に持て囃された。
透けて見える下心に少しウンザリしていたカイルにとって、アリシアは自分自身を見てくれる貴重な存在だ。
初対面で言い合いになったのも初めてだし、名乗れと言われたのも初めてだった。
アリシアの隣にいると、カイルは王子ではなく、ただの七歳の少年になれる。
更にアリシアはとても可愛い。
多分本人はなんとも思っていないが、長いプラチナブロンドの髪に整った顔立ち、そしてなにも映さないことが信じられないほど、大きく澄んだ紫の瞳を持つ超絶美少女なのだ。
アリシアが笑うと、カイルは息が止まりそうになる。
そんなアリシアが笑いながら、狼に向かって走っていった時の衝撃は凄まじかった。
彼女は実際には見えないので、目の前に狼が迫っていると言われても、その恐怖はわからないのかもしれない。
本当にそこにいたのかも、どれくらい近かったのかも、どれだけ危険だったのかも、本当の意味では理解できていないのだろう。
アリシアから魔法を教えて欲しいと言われて、確かに防御魔法だけでもと了承したが、カイルの中にはある感情が芽生えていた。
――自分がアリシアを守らなくては。
カイルの頭の中では、これからアリシアの安全をいかに確保するかについての算段が、何通りも駆け巡っていたのだった。
~・~♦ 秘密の魔法練習 ♦~・~
狼事件の翌日。さっそく私達は魔法の特訓を始めることにした。いつも通り公爵家の広場でカイルと落ち合い、彼の言葉を待つ。
「アリシア、それじゃあ、魔法を使ってみようか?」
「はい! カイル先生!」
「先生はやめてくれよ。僕も勉強中なんだから」
「ふふふ、わかったわ。でも、本当にありがとう」
クスクスと笑いながら礼を言う私に、カイルは不思議そうな声をあげた。
「なにが?」
「昨日も言ったように、私が魔法を使うのは難しいと思っているから、公爵家では誰も魔法については教えてくれないの。話したことがバレたら大変なんですって!」
「ははは、もしかしてアリシアに魔法を教えたら、公爵に怒られるとか?」
「そうかもしれないわね」
「絶対に秘密にしよう……。父上からも公爵を怒らせてはいけないと言われているんだ」
カイルは朗らかな様子から一変、硬い声でそう言った。
「どうして?」
「どうしてって……。アリシアは知らないのかい? ホースタイン公爵家は王家の番人って言われているらしいよ。王家がいけないことをしたら注意するんだって、父上が言っていた」
「そんなに偉いの?」
きょとんとしながら尋ねる私に、カイルが続ける。
「後は……父上が学生時代に公爵本人から色々助けてもらったから、あんまり強く出られないって言ってた」
「お父様ったら……」
私はお父様を思い浮かべてため息を吐いた。
するとカイルは、一生懸命フォローするようにつけ足す。
「まぁ、クラウドが言うには、二人は仲良しらしいから大丈夫だと思うけど、やっぱり怒られるのは嫌だから秘密にしよう!」
「ええ! そうしましょう!」
そうして、私とカイルは両親に内緒で秘密の魔法練習をスタートさせた。
カイルは一生懸命教えてくれたが、なんといっても魔法は気が付いたら使えているものらしく、やり方を説明することができない。
「えーーと、だから、こう手のひらに力を込めて魔力を押し出すんだよ」
そう言って、カイルは私の手を前に突き出させた。
「こう?」
「うーん、アリシアの魔力は感じられないなぁ」
まずは魔力を感じるために、体内の魔力を放出する練習をしてみるが、中々上手くいかない。
「じゃあ、こんな感じ?」
「いや……。どちらかというと公爵がかけた防御魔法を感じるよ」
「お父様の?」
「ああ、多分アリシアに公爵自身が魔法をかけて守っているみたいだね。心当たりはない?」
「今朝私の部屋まで来て、朝の挨拶に頬にキスをしてくれたけど……それかしら?」
小首を傾げて尋ねる私に、カイルが悪戯っぽく答える。
「きっとそれだね。でも、そのほうが僕も安心だよ。アリシアはお転婆だから」
「もう! レディに対して失礼だわ!」
カイルの発言に頬を膨らませると、彼は笑い声をあげた。
「ごめん、ごめん。さぁ、もう一度やってみよう」
「うん! わかったわ」
そんな感じで、ほぼ毎日行われた魔法練習だが、結果的には失敗に終わった。
少しは魔力を外に出せるようにはなったのだ。
でも、それは決して大きなものではなく、カイルの手に小さなスタンプを押すというあまりにも細やかなものだった。
カイルが言うには、そのスタンプは一見なにもないように見えるが、私が触ると白く輝くらしい。
確かに魔力を放出した場所を触らせてもらうと、他の場所よりも肌が熱くなっているように感じる。その時に光るとか。
「綺麗だな」
「え?」
「アリシアのスタンプが輝くと、とても綺麗なんだ」
「そうなの?」
「ああ、君にも見せてあげたいよ」
「確かに触るとカイルの肌が熱くなるけど……熱くない?」
「全然熱くないよ。僕の手にアリシアのスタンプがあると思うだけで、なんだかとても嬉しいな」
カイルはどこか熱っぽい声でそう言って、私を抱きしめた。
それから月日が過ぎて、気付けば魔法練習を始めてもうすぐ一年になる。
攻撃魔法も防御魔法も使えるようにはならなかったが、カイルと一緒に試行錯誤して練習した日々はとても楽しかった。
成果と言えば、スタンプを残すという微妙な魔法だけだったが、一応魔法と呼べるものが使えるようになったことで、少し、ほんの少しだけ希望を持てた。
まだまだ誰かに守ってもらわなければならない。でも、パパさんが治癒魔法師に言われた通り、色々なことを勉強したら、できるようになると思えるようになったのだ。ちなみにパパさんと治癒魔法師の話は、ケイトがこそっと教えてくれた。
私は一人頷くと意を決して、今日も広場にやってきたカイルに頭を下げてお礼を言った。
何故なら今日で、秘密の魔法練習は最後にしなければならないのだ。
「カイル、今までありがとう」
「なに? 突然どうしたんだい?」
「私、お父様に聞いたの。カイルは、これから王子としての勉強や剣術や魔法の練習を沢山しないとならないから、今までのようには会えなくなるって……」
「アリシア……」
「もちろん、私はこれからも魔法の練習は続けるわ。でも、カイルには私のために無理して欲しくないの」
私はカイルの声のほうに向かって微笑んだ。彼は少し黙った後、小さく息を吐いた。
「そうか、アリシア、君も聞いたんだね。僕も昨日、父上から言われたよ。今はもっと知識を身につけるべき時期だって……。これからは王宮で僕がやるべきことをしっかりと勉強するよ。ホースタイン公爵からも、色々と教えていただく予定なんだ」
まさかパパさんがカイルの先生になるとは思っていなかったので、驚いた私は、ぱちぱちと目を瞬かせた。
「まぁ、そうなの? お父様から?」
「ああ、ホースタイン公爵は国の中枢を担ってくれているくらい優秀な方だから、しっかり教わるように言われているよ。でも、アリシアと会えなくなるのは寂しいな。たまには一緒にお茶会をしよう。それくらいなら大丈夫だと思うんだ」
「うん。嬉しいわ」
そうして、私達の秘密の魔法練習は終了した。
今までならまた明日というところを、私はなにも言えず、ただ「今度ね」と言うに留まった。
私達は、まだまだ子供なので、大人の決定に逆らうことはできない。
更に、お父様が言うには私の勉強時間も増えるらしい。
もう、子供の時間は終わりなのだと思うと、とても寂しかった。
項垂れる私の手を、カイルがギュッと握る。
「アリシア! 僕は、どんなに公爵が駄目だと言っても、絶対に負けないし、諦めないからね! 近いうちに正々堂々と公爵家にお邪魔するから」
私は、唐突にそう言って立ち去ったカイルに、訳もわからず首を傾げたのだった。
~・~♦ アリシアの婚約発表 ♦~・~
私は今、猛烈にドキドキしている。それもそのはず。
なんといっても今日は、私とカイルの婚約式なのだ。
あの狼事件の後、カイルは国王陛下に直談判し、狼狩りを大々的に実施して森の安全を確保してくれた。
その後、驚いたことに、我が公爵家に婿入りを申し込んでいたらしい。
元々公爵家には私しか子供がいないし、両親は絶対に私を手放さないと公言していたから、きっとお婿さんを迎えるんだろうなぁとは思っていたけれど……こんなに早く婚約するとは思わなかった。カイルが言っていた正々堂々と公爵家に来るというのは、このことだったのかと、婚約の話を聞いて私はやっと理解したのだ。
実際カイルは第五王子なので、王位からは遠いし、国内有数の名家であるホースタイン公爵家との繋がりができるということで、王家としても結構いい縁談だったみたい。
パパさんは、一度は国王様経由で来たカイルとの縁談を断っていたらしいが、カイルが何度も何度もパパさんにお願いしたんですって!
あまりにもしつこく言い続けるものだから、あのパパさんが根負けしたらしい。
あの時のカイルとはあまり会えなくなるという話も、婚約話のゴダゴタから出たとか。
もちろん、私達に更に勉強時間が必要なのも事実だったが、王家と公爵家が少し揉めていたのも本当だったようだ。
本来ならカイルとの縁談は、公爵家としてもメリットしかない話である。でも、相手が誰であろうと、十六歳までは婚約を認めたくなかったと、パパさんは私を抱きしめて悔しそうに言った。
それでも、最終的にはカイルの父である国王様にも頼まれて、パパさんは仕方なく、渋々認めることになったと肩を落としていた。
国王様からの圧力もあったけど、実は年齢以外の部分には反対していなかったようだ。
カイルは私と仲が良かったし、狼事件で私を守ったことがなによりの決め手になったらしい。
私も結婚は政略結婚だと思っていたから、相手がカイルなら嬉しいと心から思えた。
ここだけの話、なんというか……最近は、カイルの声を聞くと少し、いや、かなりドキドキする。
「お嬢様。カイル殿下がお越しです」
ケイトがドアを開けて、カイルの到着を知らせてくれた。
「はーい」
立ち上がると、私は慣れた廊下を広間まで歩いた。
もう屋敷の中は壁を伝わなくても普通に歩ける。
それでも、目が見えない私を気遣って、お優しい国王様は婚約式を公爵家で行うよう手配してくださった。
「アリシアです」
ここら辺かな? と一旦止まると、ケイトがサッとやってきて、ドアの前まで手を添えてくれる。
ドアをノックして名乗った後、中からパパさんの声が聞こえた。
「アリシアかい? 入っておいで」
「はい」
私が部屋に入ると、周りからため息が聞こえてきた。
あれ? 失敗した?
焦って一歩下がろうとする。その時、トンと肩を支えられて、よく知った声が頭の上から聞こえてきた。
「大丈夫だよ。アリシア」
カイルだ。優しい彼の声にホッと息を吐き出すと、そっと手を引かれて、部屋の奥へと移動する。
「アリシア。父上と母上だよ」
カイルに言われてから、私は慌てて幼い頃から教え込まれた淑女の礼を取った。
「ホースタイン公爵が娘、アリシアでございます」
「畏まらなくてもよい、アリシア嬢。今日は国王としてではなく、カイルの父としてここにおるのだからね」
「そうですわ。初めまして、可愛らしいお嬢さん。わたくしがカイルの母です。いつも息子と仲良くしてくれてありがとう」
お二人とも、とても優しそうな声で安心した。私は思わずにっこりと微笑んで、声のしたほうに顔を向ける。
「ほう」
「まぁ」
お二人が声をあげると同時に、周りの人からもざわめきが起こる。また失敗した? と不安になり、カイルに顔を向けて囁いた。
「ねぇカイル。私、なにか失敗してしまったかしら?」
「大丈夫だよ。マナーも挨拶も完璧だ。強いて言うなら可愛すぎ」
「え?」
「いや、気にしなくていいよ。堂々としていればいいんだから」
近くにはカイルしかいないので、周囲には私達の会話は聞こえていないはず。取り敢えず私は、言われた通りに胸を張って、にっこりしてみた。
「今日、佳き日に我が第五王子カイルと、ホースタイン公爵令嬢アリシア嬢の婚約を正式に発表する。二人は成人後にカイルの王籍離脱と共に婚姻を結び、ホースタイン家に婿として入ることとなる。異議のあるものは名乗り出よ」
「ジョナス王‼」
王様が慇懃にそう宣言すると、すかさずパパさんが声をあげる。
「スティーブンの異議は認めんぞ。諦めろ」
王様はお父様の異議を一蹴した後、言葉を続けた。
「まぁ、其方は、カイルがホースタイン公爵家に相応しいかどうかをしっかりと判断してくれ。それでいいだろう? 王家の番人と言われているホースタイン公爵家だ。その役割通り、厳しい目で見極めればよい」
「……はぁ、わかりました。カイル殿下が我が家に、そしてアリシアに相応しいか、成人するまではしっかり見させてもらいます。厳しいことも言いますよ」
「構わん、カイルは其方の教え子でもあるのだ。それに、私もお前には幼い時から厳しく言われたからな」
苦笑する王様に、パパさんも悪戯っぽい調子で答える。
「それはそうですよ。我がホースタイン公爵家は、王家を正しい道に案内する役目がありますからね。王であろうが王子であろうが、その立場に相応しくない言動をするなら意見させていただきます。叱責も厭いません」
そう言ってパパさんは王様の近くまで歩いていくと、なにかを呟いた。
周りには聞こえなかったようだが、無駄にいい私の耳は聞き取ってしまった。
「貴方のレポートは、私がほとんど書いて差し上げましたしね」
王様は大きく咳をしてから、カイルに話しかける。
「カ、カイル! ホースタイン公爵家に相応しい男になるよう、しっかりと励め‼」
その声に、隣のカイルがビシッと答えた。
「はい! 父上! ホースタイン公爵、これからもよろしくお願いします!」
気を取り直した国王様が再度確認する。
「異議のあるものはおるか?」
室内がしんと静まり返る。それを確認した王様は、小さく笑って高らかに述べた。
「おらぬな。では、ここに婚約の成立を宣言する」
「「おめでとうございます!」」
突然沢山の人の声が響いて、驚いた私はカイルの腕に抱きつく。
「あれ? 沢山いる?」
「うん。百人くらいはいるよ」
「ええ! お父様はそんなこと言ってなかったわ」
「ああ、緊張するだろうから、黙ってるって言ってたよ」
「もう! お父様ったら」
私がプンと頬を膨らませると、カイルが揶揄うように笑った。
「でも、これで僕たちは婚約者だね」
私はその言葉にポッと顔が赤くなるのを感じて、少しぶっきら棒に答えた。
「そ、そうね」
するとカイルはクスクスと笑いながら、更に話しかけてくる。
「これからもよろしく」
私は、今しかないと、ずっと確認したかったことをカイルに遠慮がちに聞いてみた。
「うん、こちらこそ。でも、あの、カイル……聞きたいことがあるの。いいかしら?」
「ああ、構わないよ」
「あの、本当に私でいいの? 私、目が見えないのよ? カイルの足手まといにならない?」
幼馴染とはいえ、やっぱり盲目の奥さんは嫌かなぁと思っていたのだ。私には、どうしたってできないことも多いし、社交も限定的にならざるを得ない。
そんな私の心配を吹き飛ばすように、カイルは力強く即答した。
「そんなことある訳ないよ! 僕からかなり強引にこの婚約をねじ込んだんだから! そこは自信持って! その上、さっき公爵から、成人するまでは試験期間と言われただろう? 父上も公爵には頭が上がらないと言っていたし、僕のほうが君に相応しくなかったら、婚約解消させられるくらいなんだよ!」
カイルの真剣な声に呆気に取られながらも、半信半疑な私は再び確認した。
「……私はカイルの側にいてもいいの? カイルもそれを望んでいるの?」
「もちろんだよ‼」
大声で勢いよく返事をしたカイルは、ギュッと私の両手を握った。彼の言葉と固く結ばれた両手に、カイルの想いが本当なのだと悟り、胸の中に喜びが広がっていく。
「嬉しい。ありがとうカイル」
「ああ、ずっと一緒だよ、アリシア」
私達は二人笑いながらコツンと額を合わせた。
そうして私とカイルはお互いの望み通り、婚約者になったのだった。
~・~♣ カイルの婚約発表 ♣~・~
「アリシアです」
アリシアの声が響くと、ざわついていた公爵家の広間が、しんと静まり返った。
皆、美しいと噂の盲目の公爵令嬢を、今か今かと固唾を呑んで待っている。
カイルは早速ドアのほうに向かったが、それを待たずにアリシアがドアを開けて入ってきた。
今日のアリシアは婚約式ということもあり、カイルの瞳の色である紅を基調にした美しいドレスを身にまとっている。
オーソドックスなプリンセスラインのドレスは、肩から裾までがピンクから紅にグラデーションになっており、アリシアによく似合っていた。
プラチナブロンドの髪は、ふんわりと背に流されて、可愛らしくハーフアップにまとめられている。
キラキラと輝くドレスにも負けない美少女ぶりと、盲目とは思えない美しく澄んだ大きな紫の瞳に、人々が感嘆の息を吐く。
カイルはアリシアのもとにたどり着くと、そのままエスコートして、両親のほうへ挨拶に向かった。
婚約者の父からの異議という異例の事態も起こったが、婚約成立の宣言も滞りなく行われ、今はお披露目のパーティの最中だ。
カイルはピタリとアリシアの隣をキープしつつ、アリシアの美少女っぷりにのぼせ上がっていた。もちろん、にわかライバル達を牽制することは忘れない。
「全く誰だよ、お買い得とか言ってたのは。あんな可愛ければ、目が見えないくらいどうでもいいじゃないか!」
「ほんとだよ。公爵家の婿狙いの競争も凄かったが、アリシア嬢だけでも相当な競争が生まれていたな」
「カイル殿下も上手くやったよなぁ。王位が無理でも公爵家とアリシア嬢が手に入るなら、全然いいもんな」
そんな声が微かに響く。
カイルはアリシアの外見や立場だけが評価されていることに、内心腹を立てていた。誰も、アリシアの内面を見ていないのだ。
そんな中、アリシアが口にしたのはなんとものんびりとした内容だった。
「皆さん、面白いわね。私にとって外見なんてなんの意味もないのに、そればかりを言われるのよ? カイルもそう思わない?」
にっこり笑ったアリシアは、とても頼もしくて、カイルは自分の胸が高鳴るのを感じた。
「アリシア。僕は本当に君と婚約できて嬉しいよ。君は僕の中身をきちんと見てくれるし、きっと僕が間違ったら、五歳の時のように間違ってると言ってくれるだろう? それは何事にも代えられないほど貴重なんだ。だから、君は絶対に他の人間の言うことに惑わされず、胸を張って、これからも僕の隣にいてほしい」
すぐ側にいるアリシアに、カイルは今自分が言える精一杯の気持ちを伝えた。
すると顔を真っ赤にしたアリシアが囁いた。
「とっても嬉しいわ、カイル。私も婚約者がカイルでよかった。絶対楽しいもの」
アリシアの満面の笑みに、周りにいた者が再びため息を吐き、半分諦めたように口々に祝いの言葉を投げる。
二人の仲睦まじさは、しばらく王都の話題をさらったのだった。
カイルは公爵家からの帰り道、今日起きたことを思い出してブルリと震えた。
少し遅れて来たアリシアの手をいつも通り引いて、走り出したところまではよかったのだ。
でも、自分より先を行くアリシアが、ゴール近くにどこからともなく現れた狼に気付かず、そのまま笑いながら走って行った時の恐怖は忘れられない。
アリシアは、今にも飛びかかろうとしている狼に、笑いながら近づいて行ったのだ。
カイルは、初めてアリシアの目が見えないことが、いかに危険かを痛感した。
慌ててアリシアを呼び寄せ、本来なら使用禁止である攻撃魔法で狼を始末できたからよかったが、もし自分達がいなかったらと思うと……想像するだけで恐怖が全身を襲う。
カイルにとってアリシアは初めての友達で、そして――初恋の相手だった。
二年前の出会いから、何度も何度も一緒に遊び、話し、素の自分を出せる唯一の相手といっても過言ではない。
しかもアリシアは、皆が必ずわざとらしく褒め称えるカイルの外見についてはなにも言わない。見えないのだから当然だが、王族の特徴である真っ黒な髪と紅い瞳は、会う人会う人に持て囃された。
透けて見える下心に少しウンザリしていたカイルにとって、アリシアは自分自身を見てくれる貴重な存在だ。
初対面で言い合いになったのも初めてだし、名乗れと言われたのも初めてだった。
アリシアの隣にいると、カイルは王子ではなく、ただの七歳の少年になれる。
更にアリシアはとても可愛い。
多分本人はなんとも思っていないが、長いプラチナブロンドの髪に整った顔立ち、そしてなにも映さないことが信じられないほど、大きく澄んだ紫の瞳を持つ超絶美少女なのだ。
アリシアが笑うと、カイルは息が止まりそうになる。
そんなアリシアが笑いながら、狼に向かって走っていった時の衝撃は凄まじかった。
彼女は実際には見えないので、目の前に狼が迫っていると言われても、その恐怖はわからないのかもしれない。
本当にそこにいたのかも、どれくらい近かったのかも、どれだけ危険だったのかも、本当の意味では理解できていないのだろう。
アリシアから魔法を教えて欲しいと言われて、確かに防御魔法だけでもと了承したが、カイルの中にはある感情が芽生えていた。
――自分がアリシアを守らなくては。
カイルの頭の中では、これからアリシアの安全をいかに確保するかについての算段が、何通りも駆け巡っていたのだった。
~・~♦ 秘密の魔法練習 ♦~・~
狼事件の翌日。さっそく私達は魔法の特訓を始めることにした。いつも通り公爵家の広場でカイルと落ち合い、彼の言葉を待つ。
「アリシア、それじゃあ、魔法を使ってみようか?」
「はい! カイル先生!」
「先生はやめてくれよ。僕も勉強中なんだから」
「ふふふ、わかったわ。でも、本当にありがとう」
クスクスと笑いながら礼を言う私に、カイルは不思議そうな声をあげた。
「なにが?」
「昨日も言ったように、私が魔法を使うのは難しいと思っているから、公爵家では誰も魔法については教えてくれないの。話したことがバレたら大変なんですって!」
「ははは、もしかしてアリシアに魔法を教えたら、公爵に怒られるとか?」
「そうかもしれないわね」
「絶対に秘密にしよう……。父上からも公爵を怒らせてはいけないと言われているんだ」
カイルは朗らかな様子から一変、硬い声でそう言った。
「どうして?」
「どうしてって……。アリシアは知らないのかい? ホースタイン公爵家は王家の番人って言われているらしいよ。王家がいけないことをしたら注意するんだって、父上が言っていた」
「そんなに偉いの?」
きょとんとしながら尋ねる私に、カイルが続ける。
「後は……父上が学生時代に公爵本人から色々助けてもらったから、あんまり強く出られないって言ってた」
「お父様ったら……」
私はお父様を思い浮かべてため息を吐いた。
するとカイルは、一生懸命フォローするようにつけ足す。
「まぁ、クラウドが言うには、二人は仲良しらしいから大丈夫だと思うけど、やっぱり怒られるのは嫌だから秘密にしよう!」
「ええ! そうしましょう!」
そうして、私とカイルは両親に内緒で秘密の魔法練習をスタートさせた。
カイルは一生懸命教えてくれたが、なんといっても魔法は気が付いたら使えているものらしく、やり方を説明することができない。
「えーーと、だから、こう手のひらに力を込めて魔力を押し出すんだよ」
そう言って、カイルは私の手を前に突き出させた。
「こう?」
「うーん、アリシアの魔力は感じられないなぁ」
まずは魔力を感じるために、体内の魔力を放出する練習をしてみるが、中々上手くいかない。
「じゃあ、こんな感じ?」
「いや……。どちらかというと公爵がかけた防御魔法を感じるよ」
「お父様の?」
「ああ、多分アリシアに公爵自身が魔法をかけて守っているみたいだね。心当たりはない?」
「今朝私の部屋まで来て、朝の挨拶に頬にキスをしてくれたけど……それかしら?」
小首を傾げて尋ねる私に、カイルが悪戯っぽく答える。
「きっとそれだね。でも、そのほうが僕も安心だよ。アリシアはお転婆だから」
「もう! レディに対して失礼だわ!」
カイルの発言に頬を膨らませると、彼は笑い声をあげた。
「ごめん、ごめん。さぁ、もう一度やってみよう」
「うん! わかったわ」
そんな感じで、ほぼ毎日行われた魔法練習だが、結果的には失敗に終わった。
少しは魔力を外に出せるようにはなったのだ。
でも、それは決して大きなものではなく、カイルの手に小さなスタンプを押すというあまりにも細やかなものだった。
カイルが言うには、そのスタンプは一見なにもないように見えるが、私が触ると白く輝くらしい。
確かに魔力を放出した場所を触らせてもらうと、他の場所よりも肌が熱くなっているように感じる。その時に光るとか。
「綺麗だな」
「え?」
「アリシアのスタンプが輝くと、とても綺麗なんだ」
「そうなの?」
「ああ、君にも見せてあげたいよ」
「確かに触るとカイルの肌が熱くなるけど……熱くない?」
「全然熱くないよ。僕の手にアリシアのスタンプがあると思うだけで、なんだかとても嬉しいな」
カイルはどこか熱っぽい声でそう言って、私を抱きしめた。
それから月日が過ぎて、気付けば魔法練習を始めてもうすぐ一年になる。
攻撃魔法も防御魔法も使えるようにはならなかったが、カイルと一緒に試行錯誤して練習した日々はとても楽しかった。
成果と言えば、スタンプを残すという微妙な魔法だけだったが、一応魔法と呼べるものが使えるようになったことで、少し、ほんの少しだけ希望を持てた。
まだまだ誰かに守ってもらわなければならない。でも、パパさんが治癒魔法師に言われた通り、色々なことを勉強したら、できるようになると思えるようになったのだ。ちなみにパパさんと治癒魔法師の話は、ケイトがこそっと教えてくれた。
私は一人頷くと意を決して、今日も広場にやってきたカイルに頭を下げてお礼を言った。
何故なら今日で、秘密の魔法練習は最後にしなければならないのだ。
「カイル、今までありがとう」
「なに? 突然どうしたんだい?」
「私、お父様に聞いたの。カイルは、これから王子としての勉強や剣術や魔法の練習を沢山しないとならないから、今までのようには会えなくなるって……」
「アリシア……」
「もちろん、私はこれからも魔法の練習は続けるわ。でも、カイルには私のために無理して欲しくないの」
私はカイルの声のほうに向かって微笑んだ。彼は少し黙った後、小さく息を吐いた。
「そうか、アリシア、君も聞いたんだね。僕も昨日、父上から言われたよ。今はもっと知識を身につけるべき時期だって……。これからは王宮で僕がやるべきことをしっかりと勉強するよ。ホースタイン公爵からも、色々と教えていただく予定なんだ」
まさかパパさんがカイルの先生になるとは思っていなかったので、驚いた私は、ぱちぱちと目を瞬かせた。
「まぁ、そうなの? お父様から?」
「ああ、ホースタイン公爵は国の中枢を担ってくれているくらい優秀な方だから、しっかり教わるように言われているよ。でも、アリシアと会えなくなるのは寂しいな。たまには一緒にお茶会をしよう。それくらいなら大丈夫だと思うんだ」
「うん。嬉しいわ」
そうして、私達の秘密の魔法練習は終了した。
今までならまた明日というところを、私はなにも言えず、ただ「今度ね」と言うに留まった。
私達は、まだまだ子供なので、大人の決定に逆らうことはできない。
更に、お父様が言うには私の勉強時間も増えるらしい。
もう、子供の時間は終わりなのだと思うと、とても寂しかった。
項垂れる私の手を、カイルがギュッと握る。
「アリシア! 僕は、どんなに公爵が駄目だと言っても、絶対に負けないし、諦めないからね! 近いうちに正々堂々と公爵家にお邪魔するから」
私は、唐突にそう言って立ち去ったカイルに、訳もわからず首を傾げたのだった。
~・~♦ アリシアの婚約発表 ♦~・~
私は今、猛烈にドキドキしている。それもそのはず。
なんといっても今日は、私とカイルの婚約式なのだ。
あの狼事件の後、カイルは国王陛下に直談判し、狼狩りを大々的に実施して森の安全を確保してくれた。
その後、驚いたことに、我が公爵家に婿入りを申し込んでいたらしい。
元々公爵家には私しか子供がいないし、両親は絶対に私を手放さないと公言していたから、きっとお婿さんを迎えるんだろうなぁとは思っていたけれど……こんなに早く婚約するとは思わなかった。カイルが言っていた正々堂々と公爵家に来るというのは、このことだったのかと、婚約の話を聞いて私はやっと理解したのだ。
実際カイルは第五王子なので、王位からは遠いし、国内有数の名家であるホースタイン公爵家との繋がりができるということで、王家としても結構いい縁談だったみたい。
パパさんは、一度は国王様経由で来たカイルとの縁談を断っていたらしいが、カイルが何度も何度もパパさんにお願いしたんですって!
あまりにもしつこく言い続けるものだから、あのパパさんが根負けしたらしい。
あの時のカイルとはあまり会えなくなるという話も、婚約話のゴダゴタから出たとか。
もちろん、私達に更に勉強時間が必要なのも事実だったが、王家と公爵家が少し揉めていたのも本当だったようだ。
本来ならカイルとの縁談は、公爵家としてもメリットしかない話である。でも、相手が誰であろうと、十六歳までは婚約を認めたくなかったと、パパさんは私を抱きしめて悔しそうに言った。
それでも、最終的にはカイルの父である国王様にも頼まれて、パパさんは仕方なく、渋々認めることになったと肩を落としていた。
国王様からの圧力もあったけど、実は年齢以外の部分には反対していなかったようだ。
カイルは私と仲が良かったし、狼事件で私を守ったことがなによりの決め手になったらしい。
私も結婚は政略結婚だと思っていたから、相手がカイルなら嬉しいと心から思えた。
ここだけの話、なんというか……最近は、カイルの声を聞くと少し、いや、かなりドキドキする。
「お嬢様。カイル殿下がお越しです」
ケイトがドアを開けて、カイルの到着を知らせてくれた。
「はーい」
立ち上がると、私は慣れた廊下を広間まで歩いた。
もう屋敷の中は壁を伝わなくても普通に歩ける。
それでも、目が見えない私を気遣って、お優しい国王様は婚約式を公爵家で行うよう手配してくださった。
「アリシアです」
ここら辺かな? と一旦止まると、ケイトがサッとやってきて、ドアの前まで手を添えてくれる。
ドアをノックして名乗った後、中からパパさんの声が聞こえた。
「アリシアかい? 入っておいで」
「はい」
私が部屋に入ると、周りからため息が聞こえてきた。
あれ? 失敗した?
焦って一歩下がろうとする。その時、トンと肩を支えられて、よく知った声が頭の上から聞こえてきた。
「大丈夫だよ。アリシア」
カイルだ。優しい彼の声にホッと息を吐き出すと、そっと手を引かれて、部屋の奥へと移動する。
「アリシア。父上と母上だよ」
カイルに言われてから、私は慌てて幼い頃から教え込まれた淑女の礼を取った。
「ホースタイン公爵が娘、アリシアでございます」
「畏まらなくてもよい、アリシア嬢。今日は国王としてではなく、カイルの父としてここにおるのだからね」
「そうですわ。初めまして、可愛らしいお嬢さん。わたくしがカイルの母です。いつも息子と仲良くしてくれてありがとう」
お二人とも、とても優しそうな声で安心した。私は思わずにっこりと微笑んで、声のしたほうに顔を向ける。
「ほう」
「まぁ」
お二人が声をあげると同時に、周りの人からもざわめきが起こる。また失敗した? と不安になり、カイルに顔を向けて囁いた。
「ねぇカイル。私、なにか失敗してしまったかしら?」
「大丈夫だよ。マナーも挨拶も完璧だ。強いて言うなら可愛すぎ」
「え?」
「いや、気にしなくていいよ。堂々としていればいいんだから」
近くにはカイルしかいないので、周囲には私達の会話は聞こえていないはず。取り敢えず私は、言われた通りに胸を張って、にっこりしてみた。
「今日、佳き日に我が第五王子カイルと、ホースタイン公爵令嬢アリシア嬢の婚約を正式に発表する。二人は成人後にカイルの王籍離脱と共に婚姻を結び、ホースタイン家に婿として入ることとなる。異議のあるものは名乗り出よ」
「ジョナス王‼」
王様が慇懃にそう宣言すると、すかさずパパさんが声をあげる。
「スティーブンの異議は認めんぞ。諦めろ」
王様はお父様の異議を一蹴した後、言葉を続けた。
「まぁ、其方は、カイルがホースタイン公爵家に相応しいかどうかをしっかりと判断してくれ。それでいいだろう? 王家の番人と言われているホースタイン公爵家だ。その役割通り、厳しい目で見極めればよい」
「……はぁ、わかりました。カイル殿下が我が家に、そしてアリシアに相応しいか、成人するまではしっかり見させてもらいます。厳しいことも言いますよ」
「構わん、カイルは其方の教え子でもあるのだ。それに、私もお前には幼い時から厳しく言われたからな」
苦笑する王様に、パパさんも悪戯っぽい調子で答える。
「それはそうですよ。我がホースタイン公爵家は、王家を正しい道に案内する役目がありますからね。王であろうが王子であろうが、その立場に相応しくない言動をするなら意見させていただきます。叱責も厭いません」
そう言ってパパさんは王様の近くまで歩いていくと、なにかを呟いた。
周りには聞こえなかったようだが、無駄にいい私の耳は聞き取ってしまった。
「貴方のレポートは、私がほとんど書いて差し上げましたしね」
王様は大きく咳をしてから、カイルに話しかける。
「カ、カイル! ホースタイン公爵家に相応しい男になるよう、しっかりと励め‼」
その声に、隣のカイルがビシッと答えた。
「はい! 父上! ホースタイン公爵、これからもよろしくお願いします!」
気を取り直した国王様が再度確認する。
「異議のあるものはおるか?」
室内がしんと静まり返る。それを確認した王様は、小さく笑って高らかに述べた。
「おらぬな。では、ここに婚約の成立を宣言する」
「「おめでとうございます!」」
突然沢山の人の声が響いて、驚いた私はカイルの腕に抱きつく。
「あれ? 沢山いる?」
「うん。百人くらいはいるよ」
「ええ! お父様はそんなこと言ってなかったわ」
「ああ、緊張するだろうから、黙ってるって言ってたよ」
「もう! お父様ったら」
私がプンと頬を膨らませると、カイルが揶揄うように笑った。
「でも、これで僕たちは婚約者だね」
私はその言葉にポッと顔が赤くなるのを感じて、少しぶっきら棒に答えた。
「そ、そうね」
するとカイルはクスクスと笑いながら、更に話しかけてくる。
「これからもよろしく」
私は、今しかないと、ずっと確認したかったことをカイルに遠慮がちに聞いてみた。
「うん、こちらこそ。でも、あの、カイル……聞きたいことがあるの。いいかしら?」
「ああ、構わないよ」
「あの、本当に私でいいの? 私、目が見えないのよ? カイルの足手まといにならない?」
幼馴染とはいえ、やっぱり盲目の奥さんは嫌かなぁと思っていたのだ。私には、どうしたってできないことも多いし、社交も限定的にならざるを得ない。
そんな私の心配を吹き飛ばすように、カイルは力強く即答した。
「そんなことある訳ないよ! 僕からかなり強引にこの婚約をねじ込んだんだから! そこは自信持って! その上、さっき公爵から、成人するまでは試験期間と言われただろう? 父上も公爵には頭が上がらないと言っていたし、僕のほうが君に相応しくなかったら、婚約解消させられるくらいなんだよ!」
カイルの真剣な声に呆気に取られながらも、半信半疑な私は再び確認した。
「……私はカイルの側にいてもいいの? カイルもそれを望んでいるの?」
「もちろんだよ‼」
大声で勢いよく返事をしたカイルは、ギュッと私の両手を握った。彼の言葉と固く結ばれた両手に、カイルの想いが本当なのだと悟り、胸の中に喜びが広がっていく。
「嬉しい。ありがとうカイル」
「ああ、ずっと一緒だよ、アリシア」
私達は二人笑いながらコツンと額を合わせた。
そうして私とカイルはお互いの望み通り、婚約者になったのだった。
~・~♣ カイルの婚約発表 ♣~・~
「アリシアです」
アリシアの声が響くと、ざわついていた公爵家の広間が、しんと静まり返った。
皆、美しいと噂の盲目の公爵令嬢を、今か今かと固唾を呑んで待っている。
カイルは早速ドアのほうに向かったが、それを待たずにアリシアがドアを開けて入ってきた。
今日のアリシアは婚約式ということもあり、カイルの瞳の色である紅を基調にした美しいドレスを身にまとっている。
オーソドックスなプリンセスラインのドレスは、肩から裾までがピンクから紅にグラデーションになっており、アリシアによく似合っていた。
プラチナブロンドの髪は、ふんわりと背に流されて、可愛らしくハーフアップにまとめられている。
キラキラと輝くドレスにも負けない美少女ぶりと、盲目とは思えない美しく澄んだ大きな紫の瞳に、人々が感嘆の息を吐く。
カイルはアリシアのもとにたどり着くと、そのままエスコートして、両親のほうへ挨拶に向かった。
婚約者の父からの異議という異例の事態も起こったが、婚約成立の宣言も滞りなく行われ、今はお披露目のパーティの最中だ。
カイルはピタリとアリシアの隣をキープしつつ、アリシアの美少女っぷりにのぼせ上がっていた。もちろん、にわかライバル達を牽制することは忘れない。
「全く誰だよ、お買い得とか言ってたのは。あんな可愛ければ、目が見えないくらいどうでもいいじゃないか!」
「ほんとだよ。公爵家の婿狙いの競争も凄かったが、アリシア嬢だけでも相当な競争が生まれていたな」
「カイル殿下も上手くやったよなぁ。王位が無理でも公爵家とアリシア嬢が手に入るなら、全然いいもんな」
そんな声が微かに響く。
カイルはアリシアの外見や立場だけが評価されていることに、内心腹を立てていた。誰も、アリシアの内面を見ていないのだ。
そんな中、アリシアが口にしたのはなんとものんびりとした内容だった。
「皆さん、面白いわね。私にとって外見なんてなんの意味もないのに、そればかりを言われるのよ? カイルもそう思わない?」
にっこり笑ったアリシアは、とても頼もしくて、カイルは自分の胸が高鳴るのを感じた。
「アリシア。僕は本当に君と婚約できて嬉しいよ。君は僕の中身をきちんと見てくれるし、きっと僕が間違ったら、五歳の時のように間違ってると言ってくれるだろう? それは何事にも代えられないほど貴重なんだ。だから、君は絶対に他の人間の言うことに惑わされず、胸を張って、これからも僕の隣にいてほしい」
すぐ側にいるアリシアに、カイルは今自分が言える精一杯の気持ちを伝えた。
すると顔を真っ赤にしたアリシアが囁いた。
「とっても嬉しいわ、カイル。私も婚約者がカイルでよかった。絶対楽しいもの」
アリシアの満面の笑みに、周りにいた者が再びため息を吐き、半分諦めたように口々に祝いの言葉を投げる。
二人の仲睦まじさは、しばらく王都の話題をさらったのだった。
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