悪役令嬢のお母様……でしたの

波湖 真

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第五章 物語の始まり

41、やっぱりそうなるの!(コーデリア視点)

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私はシモン様がミアを呼ぶ声に驚愕を隠せなかった。
この一年でシモン様からミアに話しかけるなど皆無だったし、名前さえも覚えているのか微妙だと思っていたのに、私から離れて、ミアを呼ぶなんて……。
やっぱり、これから婚約破棄までの一年が重要だったのね。
私は安心して、更にはヴザイくらい思っていたのだ。
そんな思い上がった考えをガツンと叩かれた感じだった。
そんな私の危機感なんて気付いてもいないように、シモン様はミアに向かって歩き出していた。
私からシモン様の顔は見えないが、ミアの顔ははっきりと見える。
その顔が私を見て、にやりと笑ったのだ。
「そんな、馬鹿な……」
今までの一年はなかった事になるの?
これからシモン様はミアと仲良くなって、私から離れて、婚約破棄になるの?
その時、久しぶりに、本当に久しぶりに体の自由が奪われた。
強制力だ!
私の体はシモン様とミアの元に向かって歩き出した。
やめて! やめて頂戴!!
そして、二人の前に立つと手を振り上げたのだ。
その手の方向はミアに向かっていた。
そう、物語のコーデリアはミアをいじめるのだ。
シモン様はまだ、コーデリアが背後に来て手を振り上げているのに気がついていない。
やめて!! これで、平民を! ミアを!! 叩いてしまったら、後戻りは出来ないの!!
私は初めて強制力に抗った。
今までは、強制力が働いたら、諦めていた。
しょうがないと思ってきた。
だって、物語の中に入った異物は自分だものと思ってきた。
でも、私は今初めて強制力を全身全霊で否定した。
暫く、私の体はピクリとも動かなかった。
それでも、腕を下ろす事は出来ない。
いやー、やめて!!
もう駄目!! ミアを叩いてしまう!!
そう思った瞬間、私は何とか体向きを、少しだけ変える事ができたのだ!!
パッチーン
私が向きを変えた先にはミアではなく、シモン様がいた……。
私はミアではなく、シモン様の頭を思いっきり叩いたのだ。
手が手の平がジンジンと痛み出した。
「痛! え? コーデリア?」
突然叩かれた頭を痛そうに押さえてシモン様は私を振り向いた。
私の体は……まだ、動かない。
「ぶ……」
「ぶ?」
私の口は無礼者!! と叫びたくてたまらない。
強制力はミアを叩いた設定なのだ。
「ぶ…………」
「ぶ?」
頭を押さえたまま、シモン様が不思議そうに私を見ている。
無礼者……王子であるシモン様を、叩いた私こそが無礼者なのに!!
「ぶ……豚になれ!!!!」
そう言うと私の体はやっと動き出した。
私は訳もわからず駆け出した。
教室を飛び出して、校舎の裏庭まで走った。
裏庭の奥の奥、境界の柵まで走るとやっと立ち止まり、私は自分の手を見つめた。
肩でハァハァ息をしながら、じっと手の平を見つめた。
「シ、シモン様を叩いてしまった……」
私はショックとそれでも、少しだけ強制力に逆らえた事を喜ぶ気持ちが湧いてくる。
「でも、ミアを叩かなかったわ!! シモン様を叩いてしまったけれど……」
未だに息が上がったまま、私は繰り返す。
「強制力に抗えた!!」
私は誰もいない裏庭の奥の奥で柵に掴まって、額を柵につけて叫んだ。
「強制力は、強制力は変えられる!! 強制力には、抗える!! やったわ!! やってやったわ!!」
私はそのままズルズルと柵を掴んだまま座り込み、柵を背にしてもたれかかった。
確かに中途半端だったけど、それでも、対抗出来た事に、興奮さえ覚えた。
多分あそこでミアを叩く事で、きっと、私はシモン様に嫌われる予定だったのだ。
平民を叩くなんて、貴族としてあまりにも狭量なのだ。
許される物ではない。
それを回避できた事はとても重要な気がする。
シモン様の事は叩いてしまったが、自分よりも身分が高いものを叩くのと、平民を叩くのとでは意味が全く違う。
「ハーーーーよかった……」
シモン様には悪いが私は安堵と共に笑いが止まらなくなった。
「フフフ、やったのね!! ハハハ、これで、変えられるかもしれないわ!! ハハハ、ハハハ」
私の笑い声が裏庭に響く。
そして、ある程度の時間が経ってやっと笑いが収まった時、私はふと思い出した。
「豚に……なれ?」
私は無礼者と言う代わりに確か豚になれと言ったんだわ……。
訳がわからない。 きっと言われた本人のシモン様にもわからないだろう。
「豚になれなんて……。どうしてそんな言葉に……」
私は少し落ち着いた頭で自分の言動を客観的に思い出した。
シモン様が私の側を離れてミアの名前を呼び、話しかけた。
コーデリアが立ち上がり、ミアとシモン様に近寄った。
コーデリアはミアに向かって手を振り上げる。
そして、突然向きを変えてシモン様の頭を叩いて、豚になれと言う……
「頭がおかしい人間ね」
私は自重気味に笑った。
何もしていない平民を叩くよりはマシだが、それでも王族のシモン様を叩いたのだ。
それはそれで問題になるだろう。
その上、豚……。
私は柵に持たれながら、空を見上げて、途方に暮れた。
「こんな時だけ……綺麗な空なのね……」
物語を、変えてしまったのでこれからどうなるのかがわからない。
シモン様を叩くシーンはなかったのだ。
そうして私は私を探しにきたアルバート兄様が現れるまで、吸い込まれるような真っ青な空をずっと見つめていたのだった。
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