悪役令嬢のお母様……でしたの

波湖 真

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第四章 学校生活

31、婚約者(シモン視点)

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「おい!! 噂より凄いな!!」
シモンの耳に心穏やかにならない話が飛び込んできた。
腕にはミアという訳の分からない女がしがみつき、歩きにくいこと、この上ない。
更には道々でコーデリアの噂が聞こえてくるのだ。
綺麗だ、可愛い、美しい
基本はその3点セットだ。
更にバルターク公爵家自体が表に出るのが珍しい為野次馬のような輩も多い。
シモンは本当ならエスコートするのは自分のはずだったのに! と腕にはもたれ掛かるミアを憎々しげに見つめた。
「シモン殿下!」
再びハーモンに顔を注意され、気づかれないようにため息を着くとさっさとミアを講堂に連れて行くためにら早足で歩いたのだった。
「ミア嬢、ここが講堂のようだ。あっ、あそこに先生方が集まっているな。行ってみよう」
シモンは講堂に着くなり、ミアを先生に押し付けると周りを見渡した。
ミアから抗議の声が上がっていたようだが、聞こえない振りをして足早にその場を去るとコーデリアを探して一覧した。
「コーデリア……か?」
舞台の目の前の真ん中の席に座るコーデリアはすぐ見つかり、更にはコーデリアを熱い視線で見つめるものも数多く見つけてしまったシモンは不機嫌そうに顔を歪めてコーデリアに近づいた。
コーデリアとは婚約者であるので席は隣のはずだ。
さり気なく話しかけて、久しぶりの再会を楽しむのだ。
「おい、シモン王子だ」
「バルターク公爵令嬢と婚約してたよな!」
「羨ましい!」
「でも、二人は不仲だと聞いたぞ!」
「おっ、俺もその噂を聞いた」
「なんでも、シモン王子が全く会いに行かないらしい」
「なんだとー! 勿体ない! あのコーデリア嬢だぞ! なんで会わないんだ?」
「だよなぁ」
男達の声が聞こえてきてシモンの機嫌も急降下して、コーデリアの目の前についた頃にはすっかりヘソを曲げた状態だった。
更に、一年前よりも更に美しくなったコーデリアに緊張したのか、何度もシミュレーションした言葉は全く思い浮かばず、シモンの口から出たのは素っ気無い一言だった。
「コーデリア、久しいな」
そのまま席に着いたシモンは内心自己嫌悪に陥りながらも、始まった入学式を見つめる振りをしてコーデリアの横顔を眺めた。
美しくなったなぁ
コーデリアを見たシモンの第一印象だ。
コーデリアはこの国では珍しい漆黒の髪をしており、瞳は鮮やかなグリーンで、ハッとする程美しい。
顔立ちは一見キツそうに見えるが、見張りの報告を日々聞いているシモンにとってはそれさえも可愛らしく感じた。
コーデリアはシモンの素っ気無い言葉にびっくりしたのか返事だけを返すと顔を舞台に向けてしまった。
その横顔も美しく、シモンは飽きる事なく式の間ずっとコーデリアを見つめ続けたのだった。
「以上で入学式を終わります」
シモンは一言も話しを聞かずに式は終わり、それぞれが新しい教室に向かうために立ち上がった。
シモンも立ち上がり、コーデリアの前に立った。
「コーデリア」
シモンはコーデリアに手を差し出して返事を待った。
シモン中では婚約者なのだから、エスコートして当たり前だいう自負があるのだ。
「シモン王子……。あの先程の方は?」
ミアを見られていた事に気付いたシモンは舌打ちしてからコーデリアに向き合った。
「あ、ああ、彼女は、まぁ、その、恩人だ」
「恩人ですか?」
「ああ」
するとコーデリアのおっとりとした雰囲気が一気に変わったのだ。
シモンにとっては懐かしいコーデリアの癇癪だ。
「シモン! 私という婚約者がいるのに恥を知りなさい!! そんな穢らわしい手など取れるはずがありませんわ!! 失礼いたします!!」
そう言ってコーデリアはシモンの手を無視してその場から立ち去ってしまった。
シモン自身はコーデリアから聞いているのであの癇癪は抑えられないもので、決して本心ではないと知っている。
しかし、周りにいたものは知らないのだ。
「お、おい、バルターク公爵令嬢だろう? 王子にあの態度かよ!」
「やっぱり自分の方が正当な後継だと思っているのかもしれないぞ」
「うわ! あの顔であの性格か? キッツー!!」
シモンは周りからの遠慮のない評価に対しては睨み付ける事で辞めさせたが、きっとコーデリアの評判は落ちるだろう。
シモンはニヤリと笑った。
不特定多数の男から褒めそやされるよりも悪口を言われた方がずっといい。
コーデリアの良さは自分にだけわかればいいのだ。
「シモン!!」
足早に近づいてくる足音にシモンは無難な笑顔を見せた。
「アルバート兄様!」
何となく終わってしまった公爵家での勉強会なので、まだ、アルバート兄様にとっては可愛い弟分のままなのだ。
「す、すまん。コーデリアが何か?」
はぁはぁと肩で息をしながら、確認してきたアルバート兄様は相変わらずだった。
昔からコーデリアの事が嫌いだと公言しているのだ。
シモンからすると嫌いだと言いながらも、その様子はハラハラしながら見守っているので優しい兄なのだなという認識だった。
「あ、いえ、なんだが怒らせてしまったようです」
「全くあいつは! あれだけ公爵家に相応しい行動を取るように言ったのにな! シモンも申し訳なかった! ただ、あいつ今日が初めての外出なんだ。慣れない事も多いから今日の所は許してやってくれないか?」
ブーブー言いながらもコーデリアのフォローに回ったアーノルド兄様は相変わらずのようだ。
「ええ、大丈夫ですよ。僕もコーデリアが緊張しているように感じましたので……。多分いつもの癇癪だと思います」
「ありがとうございます」
シモンの返事にアルバート兄様は深々と頭を下げて礼をとった。
こういう所がシモンが公爵家に通い続けた理由の一つなのだ。
何というか……あの家の面々は潔すぎるし、真面目すぎる……そして優しすぎるのだ。
いろいろ思惑があっての公爵家通いだったが、アルバート兄様を前にすると肩の力が抜けるのを感じだ。
なんやかんやいってもシモンはアルバート兄様を信頼しているのだ。
「アルバート兄様、コーデリアの件は本当に問題ないので、気にしないでください。あの癇癪の事は僕もよく知ってますし。それとは別なんですが……僕も学校は、初めてで勝手がわからないんです。もし、アルバート兄様さえ良ければ昔みたいに色々教えて欲しいのですが……いいですか?」
シモンが不安そうに提案するとアルバートは明るく笑って胸を叩いた。
「も、もちろんだ!! 将来は同じ公爵同士だし、義兄弟にもなるのだ。任せてくれ」

そうして、それからアルバートはシモンと行動を共にするようになった。
それこそあの物語と同じようにだ。
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