悪役令嬢に転生しませんでした!

波湖 真

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危険なルート

26.狂気

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私は教会の入口で立ち止まる。振り返ると殿下とマルセルくんは騎士達に羽交締めにされているのが見える。
「ハアハアハア、よし。行くわ」
閉じたままの扉を押してみるとギーという音と共に扉が開いた。
中を見回すがここには誰もいなかった。
私はなるべく足音を立てない様に壁伝いに歩いて地下室を目指す。
(先生、本当に先生がこんなことを?)
未だに半信半疑の私の幻想を打ち崩すように地下に繋がる階段から声が聞こえてきた。
(やっぱり、先生の声……)
「ほら、早くおいでフルール。キャリーと待っているよ」
その声は一見するといつもの先生の声の様でいてどこか不安定さを抱えているように感じた。
私は階段を上から覗き込んだ。するとフードを目深に被ったアレクサンドラ様と先生の姿が確認できた。
先生はまだアレクサンドラ様に気付いていないのか一生懸命に話しかけていた。
ただ、その猫撫で声の先生の手には鈍く光る抜き身の剣が握られている。
(……先生)
それでも流石に今出て行くとアレクサンドラ様が危険だとはわかる。
私は先生の死角となるように階上から見ていることしか出来なかった。
「フルール、流石に貴女も声が出ませんか? 知らなかったでしょう? 私は貴女にはずっと泣き顔が似合うと思っていたんですよ」
先生が醜悪にニタリと笑う。その途端背中をゾクリと怖気が走る。
「去年の発表会でダンスを失敗した所があったでしょう? その時の悔しそうな顔は素晴らしかったですよ。うっとりとしました」
先生が持っている剣をペロリと舐める。
「後は不審者が来た時の恐怖に震える顔も良かったですね。危うく助け出すのが遅くなってしまいましたよ」
確かに不審者が現れた時先生は呆然としていた。恐怖で身体が固まったわけじゃなかったのか。
「それからこの前の発表会ですよ。貴女がみんなから拒まれた時の顔……思い出してもゾクゾクします。招待状を出した甲斐がありましたよ」
私はもう気持ち悪くて堪らない。
体が震えてカタカタと肩を鳴らす。
その時先生の顔がくわっと鬼のようになった。
「それなのに! 何故あんな風に笑うんです!!」
そう言って先生がアレクサンドラ様に剣を向けた。
「貴女は貴族社会からも平民社会からも爪弾きされて泣いていればいいものを! 友達だと! 許しませんよ!!!」
きっとマルセルくんと会った時のことだ。
「あんなは幸せそうに笑うなんて!! 絶対に許しませんよ! 貴女がいじめられて泣く所が見たかったのに!! 何が幸せですか!!!」
そう言って先生の剣がアレクサンドラ様のフードを一閃した。
フードからハラリと黒髪がこぼれる。その一房が舞広がる。その瞬間、私はアレクサンドラ様が咥えていた笛の音を聞いた。
私は剣を向けられてもキッと先生を睨むアレクサンドラ様の名前を呼びながら階段を駆け下りる。
「アレクサンドラ様!!!」
「フルール!? お前は!?」
突然階上から現れた私に先生は私とアレクサンドラ様を見比べていた。
その時のアレクサンドラ様の姿はたぶん一生忘れられない。
パサッと切られたフードが肩に垂れ、切られた一房の髪が舞い散る中、アレクサンドラ様は嫣然と微笑んで先生を睥睨した。
「穢らわしい。下がりなさい」
先生はパニック状態のまま剣先をアレクサンドラ様に向けた。
「わたくしはお前が嫌うフルールさんの友達よ。大親友だわ。それこそ、こんな茶番をフルールさんに見せたくない位は好いていてよ」
そして、私の目の前で先生がアレクサンドラ様に狂気の目を向ける。
「お前が!!! お前のせいでフルールが!!!」
そう言いながら先生が剣を振り上げる。
「アレクサンドラ様!!!!!!」
私は思わず悲鳴をあげる。
私がその場から動けずにいると私のすぐ横を高速で何かが通った。
「え?」
そして、剣を向けられても逃げようともしないアレクサンドラ様と剣を振り上げた先生との間に滑りこんでその剣をガシャンと受けたのだった。
それは必死の形相の殿下だった。
「少しは逃げろ! この馬鹿者が!!」
殿下が先生を睨みつけながらもアレクサンドラ様に怒鳴りつける。
「逃げるなど矜持にかけますわ。ギリギリ間に合いましたのね」
アレクサンドラ様は平然としている。
先生は突然現れた殿下に剣を下げる。すると私と目が合った。
「あっ!」
(まずい!!!)
先生が、ものすごい形相で私に向かって剣を振り上げて走ってくるのが見えた。
そう、スローモーションのようだ。私は動かない体に呆然としながらもその剣が自分に向かってくるの見ていることしかできなかった。
「フルール!!!」
先生の叫び声が周囲に響く。
(ああ、死んじゃう…………)
殿下も流石に間に合わない。もう無理だ。
私は衝撃に備えて目をギュッと閉じた。
ガランガランガラン
金属が転がる音が辺りを支配した。
私はいつまでたっても訪れない痛みにそっと目を開けた。
目の前には白い背中。そしてその上には黒髪の頭が見える。
「あ…………マルセルくん」
その向こうには手から血をダラダラと流した先生が尻餅をついていた。
その後直ぐにエドガー様が数人の騎士と共にやってきて先生に剣を向け、拘束するのが見えた。
「離せ!!! 元はと言えば私が平民だから騎士の試験で落としたからだろう!! なんで何もしてないフルールは貴族なんだ!! そんなの許されない!! フルールは幸せは似合わない!! 幸せになんかさせない!!」
マルセルくんがツカツカと先生の方に歩いて行く。
そして、何の前触れもなく先生の顔を蹴り上げた。
「うるさい、黙れ」
先生の声が途切れ、辺りに沈黙が訪れる。
マルセルくんは私の前に戻ってくると私を抱き寄せる。
「フルール、大丈夫かい?」
その声音はいつものように優しい。
「……」
私は声にならない声を上げて何度も頷いた。
(怖かった。もうダメだと思った。裏切られた。怖かった!!!)
私は抱きしめてくれるマルセルくんに縋り付くように泣いてしまった。
「う、う、う、うわーーん」
私が子供のように泣き出すとマルセルくんはさらにしっかりと私を抱きしめる。あまり気にしたことがなかったがマルセルくんは私よりかなり背が高いみたいで丁度彼の肩口に顔が当たる。
私の涙はなかなか止まってくれなかった。そんな私の髪をゆっくりと撫でながらマルセルくんは「大丈夫」と繰り返してくれる。
その優しい手にまた涙が溢れる。
私も「うん、うん」と言いながらもその肩に顔を埋めた。
その時私ははっきりと自覚した。

私、マルセルくんのことが、好きなんだ。
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