悪役令嬢に転生しませんでした!

波湖 真

文字の大きさ
上 下
16 / 30
フルールの自覚

16.懐かしい友達

しおりを挟む
「お父様、お母様、行ってまいります!」
「ああ、みんなによろしく伝えておくれ」
「気をつけていってらっしゃい。貴族のマナーは守るのよー」
パパとママに見送られて、今日は平民の学校の発表会を視察に行くのだ。
「はい、わかりました」
そう言ってみたが私の中ではウキウキが収まらない。本当に久しぶりに懐かしい友達や先生に会えるのだ。
馬車には沢山のお菓子やお花を用意している。公の場では話はできないかもしれないが発表会が終わったら楽屋に持って行く予定だった。

「わぁぁぁ、懐かしい……」
馬車から見える懐かしい町の様子に目に涙が滲む。
其処彼処に思い出が溢れ出す。
「あっ、あのパン屋さん大好きだったわ」
私は身を乗り出すように懐かしいお店を見つめた。
でも、もう町をそぞろ歩くことはない。
歩くとしても護衛や侍女を連れてになるし、パン屋さんには行けないだろう。
私はもう二度と出来ないことに鼻の奥がツンとなる。
「だめだめ。今は伯爵令嬢としての視察よ。お母様が言っていた通り貴族のマナーで対応するのよ!」
馬車がガタンと停まると扉が開いた。
私がゆっくりと馬車から降りると目の前には懐かしい面々が一列に立っているのが見える。
「あっ……みんな」
私が懐かしさに駆け寄ろうとした時、みんなが声を揃えて歓迎の挨拶をいってくれる。
「「「カントループ伯爵令嬢様、ようこそお越しくださいました!! どうぞお楽しみください!!」」」
私はハッとして貴族の礼を取った。
「み、みなさま、今日は楽しみに参りました」
すると先生が前に出てきて、私に対して頭を下げる。
「今日はお越しいただいありがとうございます。では、こちらにどうぞ」
他人行儀な先生の態度に戸惑いながらも後について歩く。
案内されたのはホールの二階席だった。
初めて入った場所だ。
「では、こちらでご覧ください」
そのまま下がろうとした先生に思わず声をかける。
「先生! お誘いありがとうございます! みんなと会えて本当に嬉しい!!」
そう言って前と同じように先生に抱きついた。
「フルール……。だめだよ。もう君は立場が違うからね」
先生は寂しそうに笑うとそのまま下に降りていった。
二階席には私一人だった。ここは貴族が視察に来た時用の席なのだ。殆どの使われない席なのか椅子なども新品のまま古くなったという感じだった。
(なんか……さみしいな)
目の前で始まった発表会はもちろん素晴らしい。懐かしい顔ぶれに拍手を惜しまなかった。
それでも、一人で見る発表会は寂しかった。
私は発表会が終わると楽屋に向かった。ついてきてもらった護衛と侍女にお土産を持ってもらって楽屋をノックする。
去年までは私もこの中にいたのだ。変な感じだ。
「はい」
「フルールです!」
バンっとドアが開くと小さな塊が飛びついてくる。
「お、お嬢様!」
「大丈夫よ。キャリー! 元気だった?」
まだ小さなキャリーは私よりお腹に抱きついて離れない。
「フルール! フルール! 会いたかったよーー」
私はキャリーを抱き上げるとしっかりと抱きしめた。
「久しぶりね。キャリー大きくなったわ」
「フルールはきれいだねーー。お姫様みたい!」
にっこり笑ったキャリーに私も自然と笑顔をなった。
すると先生がやってきてキャリーを受け取った。
「だめだろう? キャリー、一緒に練習したじゃないか?」
「あ!!」
キャリーが先生の手から降りると小さな体で頭を下げた。
「えっと、カント……ループ伯爵令嬢……ありがとうございます」
拙い言葉で挨拶してくれた。私も淑女の礼をとって挨拶を返す。
「お招きありがとう」
すると奥からざわざわとした声が聞こえてくる。
「マジでフルールが来たの?」
「ダメダメ、フルール様って言わなきゃ。お貴族様なのよー」
「まぁなぁ。今日だって寄付してくださるんだろ? お優しいねぇ」
「なんか、もう違う世界の人よねーー。見たでしょう? 馬車で来て、あんなドレス着て、お付きの人までいたよ」
「見せびらかしに来たのかしら? 平民からお貴族様だもの。奇跡だわ」
「ああ、私のお爺様もお貴族様だったらいいのに!」
私の頬がビシッと固まった。その言い方は決して好意的なものではなかった。
(ああ、そう思われているのね……)
私は悲しかった。自分のことばかりで、ここにいる子供達がどう思うのかを考えていなかった。勝手に会いに行けば昔のように迎えてくれると思っていた。
確かに同じ立場から貴族となったのだ。それを快く思っていない子もいるのに……。
私に流れていた時間はこの子達にも流れているのに……。
「あっ!」
「おい!」
みんな、ドアの方にやってきて私を見つけると罰の悪そうな顔をして俯いた。
こんな顔をさせたのは私だ。私はいつも以上ににっこりと微笑んだ。
「みなさん、お久しぶりです。今日の発表会はとても素晴らしいものでしたわ。私からみなさんにささやかなプレゼントを用意いたしました」
そう言って侍女と護衛にお菓子などをテーブルに置くように指示を出す。
(この子達にこんな顔をさせてはいけない。私がああ言われて当然だという態度で接すればいいのよ)
「……ありがとうございます」
先生が申し訳なさそうな瞳でお礼を言ってくれた。
「いえ、みなさま、私は今とっても幸せに過ごしておりますわ。みなさんの幸せを心からお祈りしております。それでは、ご機嫌よう」
私は最後に貴族らしく堂々と淑女の礼を取るとにっこりと笑ってからドアに向かう。
サッと護衛がドアを開けてくれる。そのまま外に出るも振り返らなかった。
振り返れなかった。
涙で目が霞んでしまったから……。
(ここにはもう私の居場所はないのね)
私には懐かしい思い出だけが残ったのだった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

婚約破棄されなかった者たち

ましゅぺちーの
恋愛
とある学園にて、高位貴族の令息五人を虜にした一人の男爵令嬢がいた。 令息たちは全員が男爵令嬢に本気だったが、結局彼女が選んだのはその中で最も地位の高い第一王子だった。 第一王子は許嫁であった公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢と結婚。 公爵令嬢は嫌がらせの罪を追及され修道院送りとなった。 一方、選ばれなかった四人は当然それぞれの婚約者と結婚することとなった。 その中の一人、侯爵令嬢のシェリルは早々に夫であるアーノルドから「愛することは無い」と宣言されてしまい……。 ヒロインがハッピーエンドを迎えたその後の話。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

あなたを忘れる魔法があれば

美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。 ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。 私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――? これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような?? R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます

【完結】異世界転生した先は断罪イベント五秒前!

春風悠里
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら、まさかの悪役令嬢で断罪イベント直前! さて、どうやって切り抜けようか? (全6話で完結) ※一般的なざまぁではありません ※他サイト様にも掲載中

88回の前世で婚約破棄され続けて男性不信になった令嬢〜今世は絶対に婚約しないと誓ったが、なぜか周囲から溺愛されてしまう

冬月光輝
恋愛
 ハウルメルク公爵家の令嬢、クリスティーナには88回分の人生の記憶がある。  前世の88回は全てが男に婚約破棄され、近しい人間に婚約者を掠め取られ、悲惨な最期を遂げていた。  彼女は88回の人生は全て自分磨きに費やしていた。美容から、勉学に運動、果てには剣術や魔術までを最高レベルにまで極めたりした。  それは全て無駄に終わり、クリスは悟った。  “男は必ず裏切る”それなら、いっそ絶対に婚約しないほうが幸せだと。  89回目の人生を婚約しないように努力した彼女は、前世の88回分の経験値が覚醒し、無駄にハイスペックになっていたおかげで、今更モテ期が到来して、周囲から溺愛されるのであった。しかし、男に懲りたクリスはただひたすら迷惑な顔をしていた。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?

ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定

処理中です...