悪役令嬢だったわたくしが王太子になりました

波湖 真

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第1章 悪役令嬢の帰還

5、サオリという少女

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「サオリ!!」

ローレンスは謁見の間から真っ直ぐに妻のサオリの所にやって来た。

「まぁ、ローレンスさまぁ。どうしたんですかぁ?そんなに怖い顔をして?」

「ああ、いや、すまない、、、。気分はどうだ?」

サオリは王宮の奥の奥、王族のみが入ることが許されている庭園の花畑の中に座っていた。その瞳はぼぅとしており、どこを見ているのかも定かではない。しかし、ローレンスの事だけは認識しているようだった。
サオリは十年前から少しずつ正気を失っているようだった。
日によっては昔と全く変わらない時もあるが今日の様にぼぅと過ごすことも多くなって来た。
サオリは真っ黒な長いサラサラした髪を無造作に書き上げると立ち上がった。
なんとその服は十年前に突然王宮にやってきた時に着ていた『セーラー服』という異世界の服だった。

「一体どうしたのだ?!そんな昔の服を身につけて!」

ローレンスが年齢的にももう似合っていない服を指摘する。するとサオリは突然泣き出した。

「しょうがないでしょ!?今日こそは帰れると思ったのよ!!どうしてゲームをクリアしたのに日本に帰れないのよ!!」

騒ぎ始めたサオリを近くにいた侍女に頼むとローレンスはため息をついてから踵を返した。
ああなると二、三日は喚き続けるのだ。

「これではクローディアの事など話せるはずもないな。」

ローレンスは今はもうサオリを愛しているのかさえわからなかった。確かに昔は夢中になった。これは事実だ。未来を見通す不思議な力と絶対の自信をもった瞳と態度にいつも父親に逆らえなかったローレンスは憧れさえ抱いた。
だが、、、クローディア達を追い出し、サオリと結婚してから何かが終わってしまった。
サオリの言葉を使うならゲームをクリアしてしまった。その後の話は無いという事らしい。
サオリから放たれていた輝きはなくなり、毎日のように故郷に帰る事だけを夢見るただの女に成り下がったのだ。

「今となってはサオリが私を愛して結婚したのかさえわからない。」

ローレンスはこれでは子供など出来るわけが無いのだと一人で愚痴る。
それでもあのような騒ぎを起こしてまで結婚したのだ。ローレンスにはサオリがどんな状態であったとしても簡単に別れる事も出来ず、ズルズルと十年もの時間を共にして来た。
父王からは愛妾を作っても良いと許しは受けたが結局のところ正妃の子供だけが王位継承権を付与されるのでローレンスには無駄な事に思えたのだ。
ローレンスにとってはクローディアにしろサオリにしろ女というもの自体が面倒でたまらない存在となっていた。

「ローレンス王!」

執務室に向かっていたローレンスを呼び止める声に振り向いた。
そこにはカーティス・スラットリーが立っていた。

「カーティス、どうした?」

昔からの側近の姿に肩の力を抜いたローレンスが話しかけた。

「どうしたもこうしたもない。クローディアがここに滞在するんだろう?」

「ああ、そうらしいな。」

「そうらしいなって、、部屋は何処にするんだ?それに明日からの執務室もご所望だぞ?」

「ああ、それに、、確か、、二、三人手伝いをよこせと言っていたな。」

カーティスはあんまりにも他人事の様に話すローレンスの肩を掴んで揺すった。

「ローレンス!しっかりしろ!!もうヒューバード王はいないんだ!お前が王として指示を出さねば何も出来ん!!」

カーティスの真剣な顔にはローレンスも心が動きそうになったが、、、今日はもう疲れていた。

「カーティス、今日はお前に任せる。私は、、、明日、、、明日から、、やろう、、。」

カーティスはローレンスの顔をじっくりと見て、ああサオリかと呟くと掴んでいた肩を話した。

「ローレンス、、もうサオリの事はいいんじゃないか?十年面倒を見たんだ。もう離婚して、何処かの離宮でも慰謝料代わりにやればいい。な?」

「カーティス、お前も、お前もそれを言うのか?そんなに子供が、王位継承権を持つ子供が欲しいのか?確かに私はサオリへの愛も、サオリからの愛にも今は懐疑的だが別れようとは思っていない!!」

カーティスはため息をつくとローレンスの顔を見て一言一言ゆっくりと話した。

「ローレンス、お前は気づいていないかもしれないが、お前がサオリと会った後は必ず落ち込んでいるぞ。王に即位してからは特にだ。毎回ボーッとしている事がわからないのか!いいか!俺は世継ぎの話をしているんじゃない!話をしているんだ!」

ハアハアと肩で息をしながら言い切ったカーティスの顔を見て、ローレンスの瞳が一瞬見開かれた。しかし、その目は直ぐに淀み、やる気のないものにかわってしまった。

「、、、、そうか、、、わかった、、、。」

ローレンスはそれだけ言うとあとは頼むとだけ伝えて私室の方に戻っていった。
その後ろ姿を見送ってカーティスは壁をドガッと叩いた。

「くそ!あの悪魔め!!」

カーティスはローレンスを狂わす悪魔と今日新たに現れた悪魔を思い、何が最善なのかを考えていた。
しかし、今やるべき事も山積みだ。
ローレンスの執務と自分の仕事、そしてクローディアにサオリの事、考えても答えのないものも多く目の前がクラクラする。
カーティスは執務室に向かいながらクローディアの事に集中するしかないかと考えた。

「執務室に滞在する部屋、、いや先日ローレンスが引き払った王太子宮に案内すべきなのか?それに手伝いだと、、、。十年前を知らない若者かクローディアに同情的な元老達に頼むしかないのか、、。いや、さっき階段から降りて来たオルグレン伯爵に言いつければいいか、、、。あれはローレンスからクローディアに乗り換えたと言うことだろう。それに後数人いたからな。彼らに任せよう。」

カーティスはぶつぶつ言いながらもローレンスから丸投げされた執務をこなしていた。
そして、こういうローレンスが執務を放棄するという事態が決して珍しい事ではないという事実がこのアッカルド王国の大きな問題だった。
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