悪役令嬢だったわたくしが王太子になりました

波湖 真

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第1章 悪役令嬢の帰還

3、わたくし、再会致しました

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「ク、クローディア様!!」

クローディアが一人エントランスを見回していると随分と慌てた様子の男が正面の階段を転がり落ちてくる様に駆け下りてきた。

「あら?あなたは?」

「クローディア様!!私はオルグレンでございます。覚えておられますか?」

「オルグレン?あぁオルグレン伯爵ね。シンディーさんのお父様かしら?」

男は腰を深く折ると何度も頷いた。

「はい!そうでございます。シンディーは私の娘にございます。ク、クローディア様におかれましてはこの度のご帰還と立太子の件おめでとうございます!!」

クローディアはヘコヘコ頭を下げる男を見つめてしょうがないとため息をついてオルグレン伯爵を制裁リストから外した。コウモリと言えばその通りだが今この時にクローディアについたという事が先見の明があるということなのだ。それは勘であれ何であれ使えると踏んだのだった。

「ありがとう。貴方だけね。出迎えてくれたのは。ちゃんと覚えておくわ。」

するとその後も数名の貴族が口々におめでとうございますと叫びながら文字通り転がり落ちてきた。
クローディアはふふふっと婉然と微笑んだ。

「皆さま、クローディアは戻って参りましたわ。懐かしい祖国に!王太子として!」

クローディアの声がエントランスに響くと同時に中央階段の上からパンバンパンと手を叩く音が響いた。

「久しぶりだね。クローディア、元気そうで何よりだ。」

そう言って階段を降りてきたのはクローディアもよく知っているローレンスの側近中の側近であるカーティス・スラットリーだった。
かつてはクローディアのフォローもしていたのでお互いに名前で呼び合う仲だった。

「カーティス、貴方もお元気そうね。申し訳ないけれどこれからはきちんと敬称をつけて呼んでいただけるかしら?」

クローディアがにっこり微笑んで注文をつけると流石のカーティスも息を飲んだ。

「成る程、あの泣き虫クローディアはもういないという訳ですね。わかりました。貴女がお望みならそういたしましょう。」

カーティスはスッと頭を下げて片膝をついた。

「クローディア王太子殿下におかれましては、ご機嫌麗しく恐悦至極でございます。私は内政補佐を管理しておりますカーティス・スラットリーと申します。先日侯爵を授爵いたしました。お見知り置きください。」

クローディアはそうだったわとこの男について色々と思い出していた。この男は状況判断に特に優れていた。今行くべきや今言うべきというタイミングを常に計算して最小限の言動で最大限の効果を生み出せる男だった。
クローディアはローレンス達がに現れて婚約破棄したのはこのカーティスが考えた事だと確信している。

「スラットリー侯爵、丁寧なご挨拶をありがとう。これからもそれを続けてくれる事を望みます。」

「、、、、はい。」

「それで、何か?」

「は!王が謁見の間でお会いになるそうです。」

「まぁ、それはそうよね。だってわたくしは王太子ですもの。案内して頂戴!」

「はい、かしこまりました。クローディア王太子殿下。」

そう言って立ち上がったカーティスはクローディアにエスコートの為の手を差し出した。しかし、クローディアはその手は無視して歩き出す。

「わたくし、他人に頼るのはもう随分前にやめているの。サッサと案内して下さる?」

クローディアの言葉に一瞬目を見開いたカーティスは上げた手をそのままにこちらですと案内を始めたのだった。

「クリフ、付いてきて。」

クローディアは自らの背後に護衛を呼ぶとカーティスの案内の元謁見の間に向かって歩き出した。


クローディアはカーティスの後ろを歩きながらも懐かしさに胸が一杯になった。
それもそのはずここは生まれた時からの婚約者がいた場所で数え切れないくらい通っていたのだ。あちらこちらに思い出が溢れている。
クローディアは胸に浮かぶ感傷をなんとか押さえつけて毅然とした態度でカツンカツンとピンヒールを鳴らしながら王宮の奥に向かっていた。
クローディアとすれ違う使用人達はクローディアが王太子になったことを聞いているのか皆一様に膝をついて頭下げた。
以前のクローディアなら此処でにっこりと微笑むところだが今は違う。

(クローディア、忘れてはいけないわ。わたくしたちがこの地を去る時の皆の顔を!皆わたくしを見下した目で見ていたじゃないの!)

クローディアは使用人達には目もくれずその脇を通り過ぎた。
中には泣き崩れる者もいたがそれは自らの罪悪感に押しつぶされているのだと考えて何の感情も見せずに歩き続けた。

「こちらです。」

カーティスが十年前にも王の謁見時に使われていた部屋の前で立ち止まった。

「王は部屋を変更したりなさらなかったのね。」

「はい。我らがローレンス王は殊の外ヒューバード様をご尊敬申し上げておりましたから、、。」

クローディアの胸がドス黒い感情に満たされていく。

「確かに父上の言う事には絶対服従だったわね。」

クローディアが囁いた言葉は誰にも聞かれる事なく霧散した。


「クローディア王太子殿下がいらっしゃいました。」

カーティスが扉に向かって声をかけるとギーっと音を立てて目の前の大きな扉が内側から開かれた。
クローディアはその場で淑女の礼をとって口上を述べる。

「王太子クローディア、召喚に答えて参内致しました。」

「入れ。」

懐かしいローレンスの声にクローディアは唇を噛み締めた。

「はい。」

クローディアは、姿勢を正して謁見の間の扉から王座に向かって真っ直ぐに伸びたレッドカーペットの上を胸を張って優雅にかつ颯爽と歩いた。
その瞳はかつて愛したローレンスのみを復讐の眼差しで睨みつけながらだ。
レッドカーペットの両脇にはこの国の中枢を担うであろうローレンスの側近達が厳しい視線をクローディアに送っていたがクローディアはそれには気付かないという様子で真っ直ぐに歩いていた。所詮は十年前にサオリに群がっていた有力者の息子達だ。恐るるに足りない。
クローディアは王座近くまでゆっくりと歩くとその場で膝を折った。
これは王太子が正式に王に謁見する時に行う作法でこの作法を間違うと叱責が飛ぶほど重要なものだ。ローレンス始め側近達はまさかクローディアがこの作法を知ってるとは思わずに叱責の為に握った拳をそのままに固まっていた。
そんな側近達を一瞥してからローレンスはクローディアに話しかけた。

「、、、クローディア、、久しいな。」

「はい、ご無沙汰しております。ローレンス王。」

そう言って顔を上げたクローディアはローレンスの生気のない顔に驚愕の表情を一瞬だけ浮かべて、すぐに戻した。

(それだけ、わたくしが戻ることが嫌だったということね。)

クローディアは気を取り直してローレンスを見つめた。

「お前の目的はなんだ?」

「目的でございますか?」

「ああ、言い換えよう。いくらで王位継承権を放棄するのだ?」

ローレンスは如何にも馬鹿にしたようにクローディアに話しかけた。
そして、これもクローディアにとっては良く知る展開だったのだ。
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