悪役令嬢だったわたくしが王太子になりました

波湖 真

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第1章 悪役令嬢の帰還

2、戦々恐々とする人々

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「な、何!!!クローディアがもう着いたのか?!」

「ハッ!いかがいたしましょう?」

門番からの報告に先日即位したローレンスは顔色を変えた。十年前に無理矢理騙し討ちのように婚約を破棄した相手が戻ったのだ。狼狽えるなという方がどうかしている。この様な事態はローレンスがクローディアと別れた十年前には誰も想像していなかった。
こうなってしまう前に何とか回避しようと手を回したのだがなまじ国としての制度が整っている事が災いした。
このアッカルド王国は政治、経済、司法は完璧に分立している法治国家なのだ。それは王であっても法には従わなければならない。王とは政治の長かつ国の顔をという立場で決して全てを思い通りに出来るというものではなかった。
だから、父ヒューバートが三ヶ月前に亡くなり、ローレンスが先日即位するとまずい事が起こったのだ。
アッカルド王国では、必ず王太子を立てなければならないという法律がある。そしてその王太子は必ず王宮に住み、王を補佐するのが義務付けられていた。
王位継承権の順位も厳格なルールに基づいて定められており、王位継承権は亡くなるか、自ら辞退するまで持ち続ける事が出来る正当な権利だった。これは万が一にも正当な後継者が不当に権利を奪われないためのものだった。
その法律に則って王ヒューバートが亡くなり、王位継承順位一位のローレンスが王となる。そこまでは良かった。
しかし、残念ながらローレンスには子供がいなかったのだ。サオリと結婚して既に八年が経過しているが残念ながら懐妊とはならなかった。その事実が非常にまずい状況を作り出していた。
何故ならローレンスは一人っ子で次の王位継承順位二位はクローディアの父で王弟のフィールディング公爵だ。そして、第三位がその娘のクローディアだったのだ。これはいくら国を離れていようが変わらなかった。フィールディング公爵はこの国に見切りをつけたのか早々に王位継承権を放棄していたがクローディアはしなかった。
何度も使者をおくり王位継承権を放棄する様にせまったのだが、素気無く断られていた。
クローディアはこの十年間ずっと王位継承順位二位のままだった。
それがこのローレンスの即位により王位継承順位一位となり、それは即ち王太子になるということになったのだ。
司法の長はクローディアに連絡をとり王太子としての帰還もしくは継承権の放棄のどちらにするかを確認した所、大方の期待を裏切って王太子としての帰還を選択したのだった。
これにはローレンス以下あの婚約破棄に関わった貴族は皆慌てふためいた。
何といってもクローディアを不当に扱い最も屈辱的で効果的に排除したのだ。ない罪まで捏造して、、、。
そのクローディアが王太子として、次期王として帰還した。今、この瞬間に!!

「とりあえず、誰も行くな!出迎えを禁止する。王命だ!わかったな!」

「は!しかし、、クローディア様はどちらにご滞在なさるのでしょうか?」

「何処にも準備する必要はない!!早々に王位継承権を放棄させて追い出すのだ!」

ローレンスは髪を振り乱し、目を血走らせ、切羽詰まった顔をして頭を抱えた。そこにはクローディアと婚約していた面影は見当たらず、とても三十歳前とは思えない程老けて見えた。

「クローディア!あれだけ恥をかかせたのにまさか戻ってくるとはな、、、。」

そう呟いたローレンスはそれでも王としての責務としてクローディアに会わねばならないと謁見の準備にとりかかった。
なんとしても王位継承権を放棄させるのだ。金に困っていると聞いているので、まとまった金額を支払っても良いとまで考えていた。

「王、あの、サオリ様には何とお伝えすればよろしいでしょうか?」

「サオリには何も言わなくてよい。クローディアとは会わせる訳にはいかん。」

そういうとローレンスは少し遠くを見つめた。




エントランスが見渡せる正面階段の上では何人もの貴族達が今入ってきたクローディアを隠れて見つめていた。
クローディアは十年前と変わらず、いや更に美しくなっていた。
元々輝く黒髪の巻き毛と素晴らしいロイヤルブルーの瞳を持った美しい少女だったが、そこは深窓の公爵令嬢なのでどちらかというと世間知らずで我儘でそれでも庇護欲を掻き立てる様な雰囲気だった。
それがどうだ。
今馬車から降りてきたクローディアは女王ようだった。大胆にカットされた胸元の体の線に沿った真っ赤なドレスを身につけて完璧なスタイルを見せつけている。
そして何より変わっていたのはその雰囲気だった。世間知らずで我儘でそれでものんびりとした王太子の婚約者の公爵令嬢でも、婚約者に裏切られて憔悴しきった姿でもなく、そこには自信に満ち溢れ、輝く瞳をもつ気品あふれた淑女が立っていたのだ。

「おい!誰が言ったのだ!フィールディング公爵一家は落ちぶれて見る影もないのではないのか!?」

「金さえ渡せば簡単に継承権を放棄するという話は本当なんですよね?どう考えても金に困っている様には見えませんよ。」

「そんなの知るか!でも、どうするんだ?このまま居座られたら、、。」

「どうすると言われても、、、。本当に王位を継承する様な事があったら、、。あまり非礼をしても問題だぞ、、、。」

すると一人の男がスクッと立ち上がると座り込んで隠れている人々に宣言した。

「わ、私は、クローディア様を出迎えるぞ!こ、これは家の為だ。失礼する。」

「おい!ローレンス王からは出迎えるなと言われているぞ!」

「あなた方はこの十年間のローレンス様を見ていなかったのか!サオリ様のいいなりではないか!あれではローレンス王の治世は長く持たないぞ!」

そう言って一人が階段を駆け下りていった。その後ろ姿を見ていた数人も頷きあうと後を追う様にクローディアを出迎える為に駆け出したのだった。
残った面々も顔を見合わせて自らの進退を思い黙り込む。
今この時こそが決断の時を迎えている事をこの時はまだ誰も気づいていなかった。
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