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ジェイは頭を下げるキラニアを見つめていた。
不幸な転生被害者だった。あの国で転生被害が出るかもしれないという報告があったのは半年前のことだ。
その更に半年前からその国の王子が身分の低い女性に人目も憚らずに興味を示し始めたことで、婚約者である公爵令嬢が難しい立場に陥っていると報告があった。
その令嬢は婚約者の心変わりの中、節度ある態度で、その令嬢に接していたらしい。
貴族としてのあり方や女性としての態度についての指摘も常識の範囲だった。しかし、彼女は何故か『悪役令嬢』と呼ばれていた。これも転生被害者の特徴だ。
何故か共通して『悪役令嬢』と呼ばれるのだ。
その呼称が出た時点で、ジェイ達はこの公爵令嬢を保護するために動き出した。
断罪イベントと呼ばれる婚約破棄と罪の暴露、そして、罰の言い渡しは大きなパーティの最中に行われることが多い。
ジェイ達はその年の最後に行われる卒業パーティにターゲットを絞って準備を進めた。
その間も転生被害者は辛い日々を過ごしていた。今まで何不自由なく大切にされていたはずなのに、彼女の周りから人々が消えていく。日に日に孤立を強める彼女に、同情したが自分たちがすべきなのは断罪後の保護なのだ。
保護の前に転生被害者を助けることはルール違反とされている。
理由はよくわからないというのが腑に落ちない。
長い歴史の中で何某かの不都合があったのだろう。
ジェイはある時は騎士として、ある時は庭師として、ある時は公爵家の給仕として変装しながら彼女を見つめていた。
肩を落とす彼女を助けたいと何度思ったことだろう。
そして、とうとうあの日がやって来た。
断罪が行われるパーティの日だ。転生被害者の彼女は、この日まで本当に耐えてくれた。もし、この間に転生者へ危害を加えていたら保護対象から外れていたことだろう。
ジェイ達はパーティのスタッフとして、断罪が始まったのを確認して動いた。
王子が手配した馬車を突き止めて、御者を買収し、ジェイ達が待ち構えている国境まで来るようにしたり、公爵令嬢の希望が叶うようにいくつかの隠れ家と身分を用意する。もちろん当座の資金も必要に応じて渡す手筈だ。
相手はいくら罪を問われたとはいえ、まだ、若い令嬢なのでメンバーの中には必ず女性も配置する。
今までもそうであったように、泣き崩れたり、失神したりしても対応できるようにしてあった。
そうして迎えたのが、キラニアだった。
彼女は他の転生被害者とは違い、顔を真っ直ぐに上げて優雅に馬車から降りて来た。
もちろん、ドレスは皺だらけで、顔には涙の跡もあるがその気品に圧倒された。
彼女はジェイ達の説明を静かに聞いて頷いた。
こんなに冷静な転生被害者は初めてだった。
更に驚いたのはこれからの希望だ。
なんと彼女はこの組織に入りたいと言ってきたのだ。
確かに我々が保護する令嬢は総じて身分の高いことが多い。その為、自身も高位貴族であるキラニアが仲間になるとかなり話が進みやすいのは確かだ。
ジェイは緊張しているキラニアを拠点となっている屋敷に連れてきた。
初めはアーサーを始め皆が反対したが、ジェイの言葉に最後には納得してくれた。但し、アーサーがこの組織の説明をして、それでも入る意思があった場合に限り仲間にするという条件をつけられてしまった。
そのことを説明する為に、一旦部屋に案内したキラニアを尋ねると思いがけないことが起こっていた。
まずは部屋から出てきたキラニアの姿だ。
辛うじてワンピースを身につけてはいるが、髪はぐちゃぐちゃで、ワンピース自体も何かおかしい。
すると、中から水の音が聞こえてきた。
慌てて部屋に入る彼女について行くとそこはバスルームだった。
彼女は水を止めることが出来ずに途方に暮れているようだった。
その時、ジェイはやっと彼女の格好の理由を理解した。
今まで未来の王妃として大切に育てられた人なのだ。いつも、どんなときにも侍女が付き従っていただろうことは想像に難くない。
そんな彼女は生活能力が皆無なのだ。
ジェイは思わずバスルームで水と格闘している彼女の後ろから手を伸ばして栓を閉めた。
その時の彼女の華奢さに驚いた。歩いているときには感じられなかったが、確かに彼女はか弱い女性なのだ。
自分の心臓がドキドキするのをなんとか無視して今度は部屋に向かった。
思わず心の中で笑ってしまった。
部屋の中が嵐の後のようだったのだ。
ニヤニヤしてしまう顔を何とか止めると、彼女を座らせてからサッサと片付ける。
なんで床までびしょ濡れなのかわからないし、ベッドから何故かシーツだけが抜き取られている。出会ったときに来ていた豪華なドレスは今にも彼女が出てきそうな形のまま捨て置かれている。
ジェイは彼女に背を向けると肩を振るわせる。
なんと、可愛らしいことか。
ジェイは今二十二歳、彼女は確か十八歳の筈だが、もっと歳の離れた少女のように感じる。
ジェイがドレスを持ち上げてクローゼットにしまい、バスルームからタオルを持ってきて床を拭いてからシーツと共に一旦部屋から外に出た。
「ククククッ」
思わず声が漏れる。昨日国境であった彼女よりも今何も出来ずに俯いている彼女の方が素の彼女なのだろう。
更に化粧もせずにブカブカのワンピースを間違って着ている彼女は年齢よりも幼く、頼りなく見えてしまう。
ジェイは、近くにいた仲間にリサを呼ぶように頼むと新しいタオルとシーツを持って部屋に戻った。
その後、タオルとシーツをセットすると部屋から出てリサを見つけて声をかけた。
リサもある意味転生被害者だ。
乳母をしていた令嬢が断罪されてしまったのだ。彼女ならば、キラニアを任せられる。
そうして、迎えた会議の場でキラニアは高らかに宣言した。
今キラニアは正式な仲間となった。
ジェイは隣にいるキラニア、いやニアを見つめて微笑んだ。
昨日彼女を保護できて本当に良かったと、心の底から思ったのだった。
不幸な転生被害者だった。あの国で転生被害が出るかもしれないという報告があったのは半年前のことだ。
その更に半年前からその国の王子が身分の低い女性に人目も憚らずに興味を示し始めたことで、婚約者である公爵令嬢が難しい立場に陥っていると報告があった。
その令嬢は婚約者の心変わりの中、節度ある態度で、その令嬢に接していたらしい。
貴族としてのあり方や女性としての態度についての指摘も常識の範囲だった。しかし、彼女は何故か『悪役令嬢』と呼ばれていた。これも転生被害者の特徴だ。
何故か共通して『悪役令嬢』と呼ばれるのだ。
その呼称が出た時点で、ジェイ達はこの公爵令嬢を保護するために動き出した。
断罪イベントと呼ばれる婚約破棄と罪の暴露、そして、罰の言い渡しは大きなパーティの最中に行われることが多い。
ジェイ達はその年の最後に行われる卒業パーティにターゲットを絞って準備を進めた。
その間も転生被害者は辛い日々を過ごしていた。今まで何不自由なく大切にされていたはずなのに、彼女の周りから人々が消えていく。日に日に孤立を強める彼女に、同情したが自分たちがすべきなのは断罪後の保護なのだ。
保護の前に転生被害者を助けることはルール違反とされている。
理由はよくわからないというのが腑に落ちない。
長い歴史の中で何某かの不都合があったのだろう。
ジェイはある時は騎士として、ある時は庭師として、ある時は公爵家の給仕として変装しながら彼女を見つめていた。
肩を落とす彼女を助けたいと何度思ったことだろう。
そして、とうとうあの日がやって来た。
断罪が行われるパーティの日だ。転生被害者の彼女は、この日まで本当に耐えてくれた。もし、この間に転生者へ危害を加えていたら保護対象から外れていたことだろう。
ジェイ達はパーティのスタッフとして、断罪が始まったのを確認して動いた。
王子が手配した馬車を突き止めて、御者を買収し、ジェイ達が待ち構えている国境まで来るようにしたり、公爵令嬢の希望が叶うようにいくつかの隠れ家と身分を用意する。もちろん当座の資金も必要に応じて渡す手筈だ。
相手はいくら罪を問われたとはいえ、まだ、若い令嬢なのでメンバーの中には必ず女性も配置する。
今までもそうであったように、泣き崩れたり、失神したりしても対応できるようにしてあった。
そうして迎えたのが、キラニアだった。
彼女は他の転生被害者とは違い、顔を真っ直ぐに上げて優雅に馬車から降りて来た。
もちろん、ドレスは皺だらけで、顔には涙の跡もあるがその気品に圧倒された。
彼女はジェイ達の説明を静かに聞いて頷いた。
こんなに冷静な転生被害者は初めてだった。
更に驚いたのはこれからの希望だ。
なんと彼女はこの組織に入りたいと言ってきたのだ。
確かに我々が保護する令嬢は総じて身分の高いことが多い。その為、自身も高位貴族であるキラニアが仲間になるとかなり話が進みやすいのは確かだ。
ジェイは緊張しているキラニアを拠点となっている屋敷に連れてきた。
初めはアーサーを始め皆が反対したが、ジェイの言葉に最後には納得してくれた。但し、アーサーがこの組織の説明をして、それでも入る意思があった場合に限り仲間にするという条件をつけられてしまった。
そのことを説明する為に、一旦部屋に案内したキラニアを尋ねると思いがけないことが起こっていた。
まずは部屋から出てきたキラニアの姿だ。
辛うじてワンピースを身につけてはいるが、髪はぐちゃぐちゃで、ワンピース自体も何かおかしい。
すると、中から水の音が聞こえてきた。
慌てて部屋に入る彼女について行くとそこはバスルームだった。
彼女は水を止めることが出来ずに途方に暮れているようだった。
その時、ジェイはやっと彼女の格好の理由を理解した。
今まで未来の王妃として大切に育てられた人なのだ。いつも、どんなときにも侍女が付き従っていただろうことは想像に難くない。
そんな彼女は生活能力が皆無なのだ。
ジェイは思わずバスルームで水と格闘している彼女の後ろから手を伸ばして栓を閉めた。
その時の彼女の華奢さに驚いた。歩いているときには感じられなかったが、確かに彼女はか弱い女性なのだ。
自分の心臓がドキドキするのをなんとか無視して今度は部屋に向かった。
思わず心の中で笑ってしまった。
部屋の中が嵐の後のようだったのだ。
ニヤニヤしてしまう顔を何とか止めると、彼女を座らせてからサッサと片付ける。
なんで床までびしょ濡れなのかわからないし、ベッドから何故かシーツだけが抜き取られている。出会ったときに来ていた豪華なドレスは今にも彼女が出てきそうな形のまま捨て置かれている。
ジェイは彼女に背を向けると肩を振るわせる。
なんと、可愛らしいことか。
ジェイは今二十二歳、彼女は確か十八歳の筈だが、もっと歳の離れた少女のように感じる。
ジェイがドレスを持ち上げてクローゼットにしまい、バスルームからタオルを持ってきて床を拭いてからシーツと共に一旦部屋から外に出た。
「ククククッ」
思わず声が漏れる。昨日国境であった彼女よりも今何も出来ずに俯いている彼女の方が素の彼女なのだろう。
更に化粧もせずにブカブカのワンピースを間違って着ている彼女は年齢よりも幼く、頼りなく見えてしまう。
ジェイは、近くにいた仲間にリサを呼ぶように頼むと新しいタオルとシーツを持って部屋に戻った。
その後、タオルとシーツをセットすると部屋から出てリサを見つけて声をかけた。
リサもある意味転生被害者だ。
乳母をしていた令嬢が断罪されてしまったのだ。彼女ならば、キラニアを任せられる。
そうして、迎えた会議の場でキラニアは高らかに宣言した。
今キラニアは正式な仲間となった。
ジェイは隣にいるキラニア、いやニアを見つめて微笑んだ。
昨日彼女を保護できて本当に良かったと、心の底から思ったのだった。
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