悪役令嬢はれっきとした転生被害者です!

波湖 真

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あれから数日、私達は静かな日常を過ごしている。
キャサリンはあれから部屋に閉じこもってしまった。
何度か訪ねたが体調が良くないと言われてしまった。
ジェイとライアンは組織と連絡を取るために大公家から出掛けたまま帰っていない。
私はやはりあの日から沈みがちのリサと大公家で悶々としている。
唯一元気なのはバルトだ。
正義感溢れたバルトはキャサリンの実家や公爵家からの問い合わせを一切合切突っぱねているらしい。
これは伝え聞いただけなので、真相はわからないが、私の所に何の知らせも届かないのだからそういうことなのだろう。
「静かね」
私はテラスで一人お茶を飲みながら呟いた。
やることはあるはずだが、キャサリンから話がないし、組織からも許可が出ないことには何もできない。
ガチャンという音の後にリサの声が聞こえる。
「申し訳ありません」
「大丈夫よ。片付けてね」
またボーッとしていたのだろう。確かにリサのことも不思議だらけだ。
あの組織にいたのに、この大公家の中でも違和感なく私の専属侍女をこなしている。
いえ、その前に初めて会った時から私をお嬢様と呼んで世話を焼いてくれていた。
それはなぜなんだろう。
今まで自分のことに精一杯で周りのことが見えていなかった。
そう考えるとジェイやライアンのように貴族然としているのに、あの組織にいることも不思議すぎる。
私はカップを手に辺りを見回した。
「アスラン大公様も不思議な方よね」
私のような今は平民の女性に大公の妹を名乗ることをお許しになるなど、祖国では考えられないことだ。
そして、あのパーティで大公家の身分を存分に振りかざしたにも関わらず、何も言ってこない。
「本当に不思議な方ばかりね」
私はカチャっとカップをソーサー戻した。考えても答えは出ないのだ。
フゥッと息を吐いた時リサが慌てたようにやってきた。
「お嬢様、キャサリン様がお越しでございます」
私は立ち上がり、屋敷に続くドアに向かった。
「キャサリン!」
私が声をかけるとキャサリンがこちらに歩いてきた。何というか、元気なったようだ。
スッと伸ばした背筋に隈の消えた瞳、キビキビとした動作からそう感じた。
「大公女様、何度もお越し頂きありがとうございました。お会いできず申し訳ありませんでした」
そう言ってキャサリンは腰を折った。
「少しは休めたかしら?」
「はい。バルトさんにも大変よくしていただきました」
「それならよかったわ。今テラスでお茶を飲んでいたの。もしよければ一緒にどう?」
「光栄ですわ。是非お邪魔させて下さい」
ハキハキと淀みなく話すキャサリンは別人のようだった。
私はなんだか初めて会う人のようにドキドキしてしまう。
「あの……リドル子爵と大公女様の護衛騎士の方はどちらにいらっしゃいますか?」
キョロキョロと周りを見渡しているキャサリンの腕に手を添える。
「二人は今出掛けているのよ」
「そうなんですか……。同席していただければと思っておりましたので」
「大事なお話?」
「……はい」
私は真剣なキャサリンの瞳を見てからリサを呼んだ。
「リサ!」
「はい、なんでしょうか?」
「ライアンとジェイに、連絡できるかしら?」
リサは私とキャサリンの顔を交互に見て頷いた。
「直ぐに!」
そう言って彼女はテラスから出ていった。
あの様子ではすぐに帰れる場所にいるのだろう。私は胸を撫で下ろす。
「キャサリン、座りましょう」
私はキャサリンを心配しているバルトに声をかける。
「バルト、軽食を準備して頂戴」
「かしこまりました」
私はキャサリンが腰を下ろすとにっこりと笑顔を作る。
「ゆっくり休めたかしら?」
「はい。ご配慮いただきありがとうございました」
顔を上げて、私の目をしっかりと見て話すキャサリンはどこかスッキリとしている。
「色々考えました。考えすぎていたところをもう一度一から考えてみました」
「そう」
「大公女様のお言葉も思い出して、今までの自分も、そして、ステイル様との関係、イザベラとの関係も言動含めて考えました」
クイっと顎を上げたキャサリンの瞳は、宝石のように澄んでいる。
「考えはまとまったのね?」
「はい、漸くまとまりました。お話できるようになるまでお会いするべきではないとお断りしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「それはいいの。私は、今、目の前にいるキャサリンが少し前を向いているようで嬉しいわ」
そういって目の前に用意されたサンドイッチに手をのばす。
「キャサリンも食べましょう? もうすぐジェイとライアンも来るわ」
「ありがとうございます。あのお二人が来る前に少しだけお聞きしてもよろしいですか?」
「ええ、なんでも聞いてちょうだい?」
「昔、アスラン大公の姫様が大変な目に遭われたと聞いたことがあります。やはり、大公女様がわたくしにお優しくしてくださるのは、その方のおかげなのでしょうか?」
私にはその答えを言うことはできなかった。
アスラン大公家に何かあったの? でも、ジェイも何も言っていなかった。だから……
「あっ、すみません。この話はタブーですよね。わたくしったら余計なことを申しました」
私が一瞬黙ったことで、キャサリンは慌てて話題を変えてきた。
「いいのよ、でも、そのことはお話できないわ」
「はい。と、とにかくアスラン大公家の皆様には過分なご配慮をしていただいて、そこに何某かの理由を考えてしまっただけですの。本当にすみません」
そういって、キャサリンは俯いた。
私は、今集中するべきは目の前のキャサリンだと自分に言い聞かせる。大公家のことはおいおい聞けばいい。
「それでキャサリンが聞きたいこととは?」
「……殿方のことです。ジェイ様とライアン様には聞けませんので」
「殿方のこと?」
「はい、わたくしが自分の言動と考えてみてもどうしてもわたくは悪くないと思ってしまいます。悪いのはステイル様であり、イザベラだという答えになります。ステイル様とわたくしは十歳の時に婚約して、恋愛感情とはいわないまでも好意はもっていたと確信しております。実際にイザベラが現れるまでは何も問題はありませんでした。でも、彼女が動き出すとステイル様もお父様も、公爵様もあっという間に変わってしまわれました。皆、殿方ですわ。彼らがわたくしを軽視するのを見て女性たちは態度を変えていったと認識しております」
「なるほど、そうなのね」
「わたくしとイザベラは何が違うと大公女様はお思いなりますか? 何が足りなかったのでしょう? 殿方は何故こうも容易く心変わりをされるのでしょう? わたくしは、本当に『悪役令嬢』というものになってしまったのでしょうか?」
そういったキャサリンの瞳からポロポロと涙が溢れる。真っ直ぐに前を向いても尚涙を流しているキャサリンに私の胸は締め付けられる。
「考えても考えてもこの答えは見つかりませんでしたの。これは殿方に聞きたくないのです」
私は立ち上がるとキャサリンの隣に腰を下ろす。そして、その頬にハンカチを当てた。
「貴女は悪くない。貴女はイザベラに何も劣っていない。ただ、少し不器用なだけだわ。男共が愚かなの。貴女の婚約者も父上もマクラニー公爵も何もわかっていないの。皆、貴女が強いと勘違いして、傷つけても平気だと思っているだけよ。私は貴女が希望するのならば、彼らから逃げてもいいと思うわ」
「大公女様……。わたくしは逃げません。逃げたくありません。考えても考えても、わたくしは悪くない。今逃げたら一生後悔します」
その言葉に私の胸がズキンと痛む。
一生後悔する。そうね。その通りだわ。一生後悔するの。
「貴女はどうしたい? 私は貴女の希望を叶えるわ」
私はキャサリンの瞳を真っ直ぐに見つめた。
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