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私達が応接室に向かうと既にジェイとライアンが待っていた。
キャサリンは直ぐに二人に深々と頭を下げる。
「昨日は本当にありがとうございました。お二人にはご迷惑をおかけいたしました」
そう言って固まっている彼女の背にそっと手を当てる。
「座りましょう」
「はい」
私達が席に着くとバルトが現れて侍女にお茶の支度を命じた。
その後、部屋にはジェイ、ライアン、バルト、リサと私、そして、キャサリンが残る。
やはり、この家の執事であるバルトにはキャサリンについてのことはきちんと話すべきだということになったのだ。
「では、経緯を説明します。ライアンからでいいかしら?」
「はい、リリアナお嬢様。それでは私から現在の状況になった経緯をお話させていただきます」
ライアンは上手く私達の正体を抜かしてキャサリンの現状と昨日の事件についてを話した。
リサとバルトは驚きを隠せていない。それはそうだ。伯爵令嬢が池に落ちたのに誰も来ないなど言語道断だからだ。
「それで、私がキャサリンをお連れしたの。だって、池に落ちたのに駆けつけてこない方々が彼女を大切するとは思えないもの」
私がそう言って話を締めるとバルトが涙を浮かべて私の前に跪く。
「リリアナお嬢様!! 大公様より幼少からご苦労されたとお聞きしております。それなのになんと気高いお考えか!! このバルト感銘を受けました!!」
「あ、ありがとう」
私はどういうことかとジェイに目線を送ったが、ふいっと目をそらされてしまった。
「キャサリン様、どうぞこの大公家でゆっくりとお休みください。不埒な輩はこのバルトが一歩たりとも通しません!!」
バルト以外にも情に厚いらしい。私は自然と笑顔になる。
「バルトもこう言っているわ。暫くはここにいらして。ね?」
「でも、ご迷惑では……」
「そんなことはないわ。バルト、彼女の部屋を長期滞在できるように整えてくれる?」
「かしこまりました」
そういってバルトがやる気満々に部屋を出ていくと私はもう一度キャサリンに向き直る。
「キャサリン、あと少しいいかしら?」
「はい。なんでしょうか?」
「昨日の転落は事故よね?」
「!!!」
私の言葉にキャサリンがハッと息を呑む。
「事故よね?」
もう一度確認する。これがはっきりしなくては話が進まないのだ。
「……はい。昨日は事故でした」
どうも言い方がはっきりしない。
「昨日『は』事故だったんだね?」
ライアンの言葉にキャサリンが手を握りしめる。
「キャサリン、話してくれるかしら?」
私は握りしめられたキャサリンの手に自分の手を重ねて問いかける。
「わかりました」
そうしてキャサリンは自分の置かれた立場について話し始める。
イザベラという令嬢は初めは只の新興貴族の令嬢だっただけで、特に何も害はなかった。
でも、そのイザベラがマクラニー公爵家公子であるステイルに目をつけると、物凄い勢いでことが進んでしまったということだった。
「わたくし、ほとんど何もできませんでした。昨日はステイル様と一緒に楽しくお茶を飲んでいたのに、翌日にはイザベラが同席し始めて、その次の時にはわたくしは招待されずイザベラとステイル様がお二人で会っていると伝え聞いたという具合なのです」
「凄いな」
ライアンの言葉にジェイも頷く。
「なんと言いますか、イザベラの行動には迷いが無いですし、無駄もないのです。いつでも最小の行動で最大の効果を出すという感じで付け入る隙も反論する時間もありません」
私は自分のときのことを考える。ここまで効率的ではなかったが、確かに目的地へ真っ直ぐ最短距離でたどり着いているようには感じた。
「そして、わたくしはいつのまにか不名誉な通り名を付けられて、周りから誰もいなくなりました」
「キャサリン……」
「でも、わたくしには計画がありました。その計画があったからこそ、我慢できたのだと思います」
「計画?」
「はい。自分がどうなろうと絶対に許せないのです。無謀な計画ですが、実行しようと思っていました」
「それはご婚約者に対して?」
「はい。彼は公爵家の公子ですし、どちらかと言うと我慢のきかない方であるとは知っていました。それでも幼少からの婚約者なのです。彼の欠点はわたくしが補おうと考えておりました。それなのに、彼は……」
キャサリンの目に怒りの火が灯る。
「絶対に許さない。絶対に幸せになんかさせない。絶対に連れて行く」
突然ブツブツと呪文のようにステイルに対する悪口が溢れ出した。
私はそのスイッチを推してしまったらしい。
「キャサリン!」
私はうつろな目をしたキャサリンの方を掴んで揺らした。
するとハッとして彼女の目に生気が戻る。これは最悪な精神状態だといえるだろう。
「キャサリン、大丈夫?」
「失礼しました。最近、わたくしは無性に彼を苦しめたくなるときがあるのです。その怒りを抑えることが段々と難しくなっています」
キャサリンが自分自身を抱きしめるように体に腕をまわす。
「キャサリン、貴女は婚約者へ復讐したいのね。でも、それはひとりでは難しいでしょう?」
私はジェイとライアンの顔を見てから決意する。これは組織の方針とは違う。
本来ならば心中を止めることが今回のミッションだ。
復讐の手伝いはしない。ジェイにもアーサーにも言われた言葉。でも……私は……
「私もその復讐を手伝うわ。だから、貴女が苦しむような計画はやめて欲しいの」
ガタッという音がしてライアンが立ち上がる。後ろではジェイが息を呑むのがわかる。
それでも、私はキャサリンの顔を真っ直ぐに見つめ続ける。
「え? 大公女様……」
キャサリンが目を丸くして私を見つめる。
「だって、私の大切なお友達をこんなにひどい目に遭わせたのよ!! それにこの前のパーティでの態度も許しがたいわ。その彼への復讐なら喜んでお手伝いするわ。でも、絶対にキャサリン自身を傷つけないと約束して欲しいの」
「大公女様……、ありがとうございます。そのお気持ちだけでも嬉しいです」
目に涙を浮かべて、キャサリンは私に向かって笑顔で頷いている。
「本当よ! 悪者退治はみんなでやった方がいいでしょう?」
キャサリンの顔を見て私は明るい声で話す。
「それはそうですが、命と引き換えくらいでないと彼らへの復讐は叶いません」
「キャサリン……」
「でも、大公女様の言葉を聞いて……諦めます」
「え?」
「大公女様がわたくしのことを大切に思ってくださっているとわかったのです。粗末には扱えませんわ。あの衝動的な怒りも時と共に収まってくれるのではと考えています。悔しくて許せませんが、婚約破棄を受け入れるしかないのですわ」
キャサリンが、泣き笑いの表情を浮かべる。
「キャサリン、貴女は本当にそれでいいの?」
私はキャサリンの手をもう一度握りしめる。
「わたくしは、大公女様と出会えただけで幸運だったのです。大公女様とお話しして、もう自滅するような計画はしないでいいのではと考えました」
寂しそうに笑うキャサリンに私の気持ちの方がモヤモヤする。
きっと今諦めたら、私のようにずっと心にしこりが残るのではないか?
さっきの様子では、諦めたと言いつつ衝動的に何かをしてしまう可能性も排除できない。
それならば、転生者に被害が及ばないように少しくらいやり返しても良いはずだ。
私はジェイとライアンに視線を送る。
きっと組織的にはこのままキャサリンが大人しくて、国外追放を言い渡されて保護する方がいいのだろう。
でも、それでは私の気持ちが追いつかない。
私は今キャサリンが諦めてしまったら、この先の人生で幸せになれるとは、どうしても思えなかった。
二人は顔を歪めて私を見つめている。
入って早々組織のルールを破るのだ。それこそ今から国外に放り出されても仕方がない。でも、キャサリンだけは身も心も救いたい。
私はもう一度提案する。
「キャサリン、あの方達へ復讐とまではいかないまでも、やり返してみない?」
「え?」
「貴女の計画がどんなものかは知らないけれど、貴女は不当な扱いを受け入れる必要はないわ。やられたらやり返していいと思うの。そうしないと貴女の心が死んでしまうわ。もちろん、貴女の身の安全は確保した方法を考えましょう。命をかけるなんて言わないで頂戴」
「……」
私の言葉にキャサリンはそれっきり口を閉じてしまった。
「それが許されますか? 『悪役令嬢』のわたくしがやり返しても本当に許されるのでしょうか?
「その方法を一緒に考えましょう!」
私の言葉にキャサリンは目を見開いた。
その顔はそんなことができるのかと問うている。
私はキャサリンの目をしっかりと見つめて頷いた。
キャサリンは顔を手で覆う。今日はもう疲れたのだろう。きっと色々考えたいことがあるのだろう。
私達は一旦解散することにした。
キャサリンはバルトが張り切って連れて行ったので、きっとゆっくり休めるようにしてくれる。
そして、今は私とジェイとライアン、それにリサも一緒に庭園を歩いている。
「ニア、あれはいけないよ」
ライアンの言葉に私は少し俯いた。リサを連れているので大公家の使用人の姿はない。
「すみません。これが組織の意図に反していることはわかっております」
「じゃあ何で! 折角心中を諦めてくれたんだ。辛いけどこのまま婚約破棄、国外追放の方がいいじゃないか。そうすれば彼女のことは俺達で保護できる」
「わかっております。それでも、キャサリンには必要なのです」
私が絞り出すように言葉を発すると、今まで静かに話を聞いていたジェイが私のことを覗き込んできた。
「ニア、説明して」
「私は皆様に感謝しているのは間違いありません。あのまま捨て置かれていたらきっと今頃は生きていなかったでしょう」
ジェイが息を呑んだ。
「今ここに居られることは本当に感謝してもしきれません。でも、考えてしまうのです。もっと何かできたのではないかと」
「君の国の転生者に?」
「転生者と元婚約者に対してです」
「続けて」
「私はコテンパンに負けて、負けて、追い出されました」
ギュッと手を握る。
「悔しいのです。もっと何かできたのではないかと後悔の気持ちが消えません」
「あのクズ王子に未練があるの?」
ジェイの声が冷えた空気を漂わせる。
「あ、いえ、そうではありません。キャサリンも言っていましたが、転生者が行動し始めるともう何の抵抗もできずに巻き込まれてしまう。そのことが不甲斐ないのです。二人に何かしら想定外のことをやり返したい。そう考えてしまいます」
「なるほどね」
ライアンが腕を頭の後ろに組んで空を見上げる。
「あれから、私は自分に自信が持てません。もちろん何もできない自分を実感してというのもありますが、アイデンティティを壊されてしまったという気持ちなのです」
「だから、キャサリン嬢には気持ち的にスッキリさせたいということ?」
「はい。こんなことを言うのは烏滸がましいのですが、組織的にも転生被害者の精神的な保護も必要ではないかと思います」
そう言って俯いた私の手をリサがサッと手に取った。
「お嬢様のお気持ちは痛いほどわかります。私のお嬢様もきっとその気持ちだったのでしょう……」
そう言ってリサは泣き崩れた。
「リ、リサ! 大丈夫? どうしたの? リサ」
私はリサの背中に手を添えて、嗚咽の漏れるリサに声をかける。
「君の言いたいことはわかったよ。アーサーに相談してみるよ」
ジェイはそう言って部屋から出て行った。
「まぁ、そろそろ頃合いだったわな。組織も今まで見過ごしていた転生被害者の心の傷にスポットを当てる時が来たんだ。よく言ってくれたね。ニア」
ライアンはそう言ってから手をひらひらと振るとジェイの後を追った。
「リサはどう思う?」
私とリサだけが残った部屋で私の声だけが響く。
「私は、復讐すべきだと思います」
「リサ……」
「そうすれば、私のお嬢様の精神が不調になることも無かった筈ですから」
リサはそう言ってその場を後にしたのだった。
キャサリンは直ぐに二人に深々と頭を下げる。
「昨日は本当にありがとうございました。お二人にはご迷惑をおかけいたしました」
そう言って固まっている彼女の背にそっと手を当てる。
「座りましょう」
「はい」
私達が席に着くとバルトが現れて侍女にお茶の支度を命じた。
その後、部屋にはジェイ、ライアン、バルト、リサと私、そして、キャサリンが残る。
やはり、この家の執事であるバルトにはキャサリンについてのことはきちんと話すべきだということになったのだ。
「では、経緯を説明します。ライアンからでいいかしら?」
「はい、リリアナお嬢様。それでは私から現在の状況になった経緯をお話させていただきます」
ライアンは上手く私達の正体を抜かしてキャサリンの現状と昨日の事件についてを話した。
リサとバルトは驚きを隠せていない。それはそうだ。伯爵令嬢が池に落ちたのに誰も来ないなど言語道断だからだ。
「それで、私がキャサリンをお連れしたの。だって、池に落ちたのに駆けつけてこない方々が彼女を大切するとは思えないもの」
私がそう言って話を締めるとバルトが涙を浮かべて私の前に跪く。
「リリアナお嬢様!! 大公様より幼少からご苦労されたとお聞きしております。それなのになんと気高いお考えか!! このバルト感銘を受けました!!」
「あ、ありがとう」
私はどういうことかとジェイに目線を送ったが、ふいっと目をそらされてしまった。
「キャサリン様、どうぞこの大公家でゆっくりとお休みください。不埒な輩はこのバルトが一歩たりとも通しません!!」
バルト以外にも情に厚いらしい。私は自然と笑顔になる。
「バルトもこう言っているわ。暫くはここにいらして。ね?」
「でも、ご迷惑では……」
「そんなことはないわ。バルト、彼女の部屋を長期滞在できるように整えてくれる?」
「かしこまりました」
そういってバルトがやる気満々に部屋を出ていくと私はもう一度キャサリンに向き直る。
「キャサリン、あと少しいいかしら?」
「はい。なんでしょうか?」
「昨日の転落は事故よね?」
「!!!」
私の言葉にキャサリンがハッと息を呑む。
「事故よね?」
もう一度確認する。これがはっきりしなくては話が進まないのだ。
「……はい。昨日は事故でした」
どうも言い方がはっきりしない。
「昨日『は』事故だったんだね?」
ライアンの言葉にキャサリンが手を握りしめる。
「キャサリン、話してくれるかしら?」
私は握りしめられたキャサリンの手に自分の手を重ねて問いかける。
「わかりました」
そうしてキャサリンは自分の置かれた立場について話し始める。
イザベラという令嬢は初めは只の新興貴族の令嬢だっただけで、特に何も害はなかった。
でも、そのイザベラがマクラニー公爵家公子であるステイルに目をつけると、物凄い勢いでことが進んでしまったということだった。
「わたくし、ほとんど何もできませんでした。昨日はステイル様と一緒に楽しくお茶を飲んでいたのに、翌日にはイザベラが同席し始めて、その次の時にはわたくしは招待されずイザベラとステイル様がお二人で会っていると伝え聞いたという具合なのです」
「凄いな」
ライアンの言葉にジェイも頷く。
「なんと言いますか、イザベラの行動には迷いが無いですし、無駄もないのです。いつでも最小の行動で最大の効果を出すという感じで付け入る隙も反論する時間もありません」
私は自分のときのことを考える。ここまで効率的ではなかったが、確かに目的地へ真っ直ぐ最短距離でたどり着いているようには感じた。
「そして、わたくしはいつのまにか不名誉な通り名を付けられて、周りから誰もいなくなりました」
「キャサリン……」
「でも、わたくしには計画がありました。その計画があったからこそ、我慢できたのだと思います」
「計画?」
「はい。自分がどうなろうと絶対に許せないのです。無謀な計画ですが、実行しようと思っていました」
「それはご婚約者に対して?」
「はい。彼は公爵家の公子ですし、どちらかと言うと我慢のきかない方であるとは知っていました。それでも幼少からの婚約者なのです。彼の欠点はわたくしが補おうと考えておりました。それなのに、彼は……」
キャサリンの目に怒りの火が灯る。
「絶対に許さない。絶対に幸せになんかさせない。絶対に連れて行く」
突然ブツブツと呪文のようにステイルに対する悪口が溢れ出した。
私はそのスイッチを推してしまったらしい。
「キャサリン!」
私はうつろな目をしたキャサリンの方を掴んで揺らした。
するとハッとして彼女の目に生気が戻る。これは最悪な精神状態だといえるだろう。
「キャサリン、大丈夫?」
「失礼しました。最近、わたくしは無性に彼を苦しめたくなるときがあるのです。その怒りを抑えることが段々と難しくなっています」
キャサリンが自分自身を抱きしめるように体に腕をまわす。
「キャサリン、貴女は婚約者へ復讐したいのね。でも、それはひとりでは難しいでしょう?」
私はジェイとライアンの顔を見てから決意する。これは組織の方針とは違う。
本来ならば心中を止めることが今回のミッションだ。
復讐の手伝いはしない。ジェイにもアーサーにも言われた言葉。でも……私は……
「私もその復讐を手伝うわ。だから、貴女が苦しむような計画はやめて欲しいの」
ガタッという音がしてライアンが立ち上がる。後ろではジェイが息を呑むのがわかる。
それでも、私はキャサリンの顔を真っ直ぐに見つめ続ける。
「え? 大公女様……」
キャサリンが目を丸くして私を見つめる。
「だって、私の大切なお友達をこんなにひどい目に遭わせたのよ!! それにこの前のパーティでの態度も許しがたいわ。その彼への復讐なら喜んでお手伝いするわ。でも、絶対にキャサリン自身を傷つけないと約束して欲しいの」
「大公女様……、ありがとうございます。そのお気持ちだけでも嬉しいです」
目に涙を浮かべて、キャサリンは私に向かって笑顔で頷いている。
「本当よ! 悪者退治はみんなでやった方がいいでしょう?」
キャサリンの顔を見て私は明るい声で話す。
「それはそうですが、命と引き換えくらいでないと彼らへの復讐は叶いません」
「キャサリン……」
「でも、大公女様の言葉を聞いて……諦めます」
「え?」
「大公女様がわたくしのことを大切に思ってくださっているとわかったのです。粗末には扱えませんわ。あの衝動的な怒りも時と共に収まってくれるのではと考えています。悔しくて許せませんが、婚約破棄を受け入れるしかないのですわ」
キャサリンが、泣き笑いの表情を浮かべる。
「キャサリン、貴女は本当にそれでいいの?」
私はキャサリンの手をもう一度握りしめる。
「わたくしは、大公女様と出会えただけで幸運だったのです。大公女様とお話しして、もう自滅するような計画はしないでいいのではと考えました」
寂しそうに笑うキャサリンに私の気持ちの方がモヤモヤする。
きっと今諦めたら、私のようにずっと心にしこりが残るのではないか?
さっきの様子では、諦めたと言いつつ衝動的に何かをしてしまう可能性も排除できない。
それならば、転生者に被害が及ばないように少しくらいやり返しても良いはずだ。
私はジェイとライアンに視線を送る。
きっと組織的にはこのままキャサリンが大人しくて、国外追放を言い渡されて保護する方がいいのだろう。
でも、それでは私の気持ちが追いつかない。
私は今キャサリンが諦めてしまったら、この先の人生で幸せになれるとは、どうしても思えなかった。
二人は顔を歪めて私を見つめている。
入って早々組織のルールを破るのだ。それこそ今から国外に放り出されても仕方がない。でも、キャサリンだけは身も心も救いたい。
私はもう一度提案する。
「キャサリン、あの方達へ復讐とまではいかないまでも、やり返してみない?」
「え?」
「貴女の計画がどんなものかは知らないけれど、貴女は不当な扱いを受け入れる必要はないわ。やられたらやり返していいと思うの。そうしないと貴女の心が死んでしまうわ。もちろん、貴女の身の安全は確保した方法を考えましょう。命をかけるなんて言わないで頂戴」
「……」
私の言葉にキャサリンはそれっきり口を閉じてしまった。
「それが許されますか? 『悪役令嬢』のわたくしがやり返しても本当に許されるのでしょうか?
「その方法を一緒に考えましょう!」
私の言葉にキャサリンは目を見開いた。
その顔はそんなことができるのかと問うている。
私はキャサリンの目をしっかりと見つめて頷いた。
キャサリンは顔を手で覆う。今日はもう疲れたのだろう。きっと色々考えたいことがあるのだろう。
私達は一旦解散することにした。
キャサリンはバルトが張り切って連れて行ったので、きっとゆっくり休めるようにしてくれる。
そして、今は私とジェイとライアン、それにリサも一緒に庭園を歩いている。
「ニア、あれはいけないよ」
ライアンの言葉に私は少し俯いた。リサを連れているので大公家の使用人の姿はない。
「すみません。これが組織の意図に反していることはわかっております」
「じゃあ何で! 折角心中を諦めてくれたんだ。辛いけどこのまま婚約破棄、国外追放の方がいいじゃないか。そうすれば彼女のことは俺達で保護できる」
「わかっております。それでも、キャサリンには必要なのです」
私が絞り出すように言葉を発すると、今まで静かに話を聞いていたジェイが私のことを覗き込んできた。
「ニア、説明して」
「私は皆様に感謝しているのは間違いありません。あのまま捨て置かれていたらきっと今頃は生きていなかったでしょう」
ジェイが息を呑んだ。
「今ここに居られることは本当に感謝してもしきれません。でも、考えてしまうのです。もっと何かできたのではないかと」
「君の国の転生者に?」
「転生者と元婚約者に対してです」
「続けて」
「私はコテンパンに負けて、負けて、追い出されました」
ギュッと手を握る。
「悔しいのです。もっと何かできたのではないかと後悔の気持ちが消えません」
「あのクズ王子に未練があるの?」
ジェイの声が冷えた空気を漂わせる。
「あ、いえ、そうではありません。キャサリンも言っていましたが、転生者が行動し始めるともう何の抵抗もできずに巻き込まれてしまう。そのことが不甲斐ないのです。二人に何かしら想定外のことをやり返したい。そう考えてしまいます」
「なるほどね」
ライアンが腕を頭の後ろに組んで空を見上げる。
「あれから、私は自分に自信が持てません。もちろん何もできない自分を実感してというのもありますが、アイデンティティを壊されてしまったという気持ちなのです」
「だから、キャサリン嬢には気持ち的にスッキリさせたいということ?」
「はい。こんなことを言うのは烏滸がましいのですが、組織的にも転生被害者の精神的な保護も必要ではないかと思います」
そう言って俯いた私の手をリサがサッと手に取った。
「お嬢様のお気持ちは痛いほどわかります。私のお嬢様もきっとその気持ちだったのでしょう……」
そう言ってリサは泣き崩れた。
「リ、リサ! 大丈夫? どうしたの? リサ」
私はリサの背中に手を添えて、嗚咽の漏れるリサに声をかける。
「君の言いたいことはわかったよ。アーサーに相談してみるよ」
ジェイはそう言って部屋から出て行った。
「まぁ、そろそろ頃合いだったわな。組織も今まで見過ごしていた転生被害者の心の傷にスポットを当てる時が来たんだ。よく言ってくれたね。ニア」
ライアンはそう言ってから手をひらひらと振るとジェイの後を追った。
「リサはどう思う?」
私とリサだけが残った部屋で私の声だけが響く。
「私は、復讐すべきだと思います」
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「そうすれば、私のお嬢様の精神が不調になることも無かった筈ですから」
リサはそう言ってその場を後にしたのだった。
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