悪役令嬢はれっきとした転生被害者です!

波湖 真

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私は、あまりに盛りだくさんの夜を過ごしてしまい、あっという間に眠りを落ちてしまったらしい。
明るい部屋で目覚めて、あんなことがあったのに、ぐっすりと眠ってしまった自分に驚きを隠せない。
「おはようございます。お嬢様」
サッとカーテンを開けてくれたのは、昨日留守番をしていたリサだ。
「おはようございます」
「おはようですよ。お嬢様」
ああそうだ。今はアスラン大公女なのだ。
「お、おはよう」
リサは満足そうに頷くとキャサリンについて状況を説明してくれた。
「昨夜お連れになったお嬢様は、ゆっくりと湯浴みして頂きました。余程お疲れだったのかその後直ぐにお休みになり、今もまだお休み中です」
「そう。えっと、昨日のことは……」
「ジェイから伺いました。お嬢様の勇姿を私も見たかったですわ」
「勇姿だなんて……恥ずかしいわ」
「そんなことありません。相手の公爵家をギャフンと言わせたと聞きました!!」
何だか、人から褒められることに慣れていないせいか恥ずかしさに頬が熱くなる。
「朝食はどうされますか?」
「ジェイとライアンは?」
「お二人とも既に済ませました」
「そうですか。では、キャサリンが起きてから一緒にいただいてもいいでしょうか」
「もちろんでございます。あと、いくら私しかいない時でも、大公女様としても言動をお忘れなきようお願い致します」
「はい‥…わかったわ」
私はそういうとベッドから立ち上がる。
「えっと、着替えを……」
自らクローゼットに向かおうとするとリサに止められた。
「リリアナ様!」
リサの叱責で今言われたことを思い出す。
「……リサ、着替えを」
「かしこまりました」
折角一人で生活するために得た技術を忘れそうで怖くなってしまう。
そして、今更だが、人に世話になる生活にこんなにも自分が慣れていることにもショックを受ける。
今ならわかるのだ。この生活が普通ではないことを。
「ありがとう。リサ」
着替えを終わると思わず口から出た感謝の言葉にリサは顔を顰めながらも満足そうだ。
ああ、もっと昔から、それこそ子供の頃からちゃんと感謝の気持ちを持てばよかった。
そうすれば、誰一人として味方がいなかったという状況は避けられたかもしれない。
そんなことを考えながら、ジェイ達がいるという庭園に向かった。
カン
キン
カキーン
庭園の広場でジェイとライアンは剣の稽古を行なっていた。
二人とも想像以上の剣の腕前だとわかる。
「お嬢様!!」
ジェイは近寄る私に気付くとライアンとの稽古をやめて駆け寄ってきた。
「おはようございます。お嬢様」
「おはよう。ジェイ、ライアン」
「おはようございます」
二人がやって来ると侍女からタオルを受け取って汗を拭っている。
ジェイは結構細身だと思っていたのに、こうやって剣を振っているのを見るとかなり鍛えられた体なのだとわかる。
私はテラスになっている場所に用意されたテーブル席に二人と共に着いた。
そして、周りでお茶の支度をしている侍女も含めて人払いを命じた。
「貴女達は下がっていて」
「かしこまりました」
周りから誰もいなくなるのを確認してから、私は二人に話しかける。
「昨日はありがとうございました」
私は深々と頭を下げた。
「大丈夫だよ。とりあえず、全員無事だったしね」
「そうそう! まぁ、俺たちが行かなかったらキャサリン嬢は危なかったけど!」
「あの、本当に誰もいなかったのですか? ジェイがつけてくれた護衛だけでしたの?」
「そうだよ。護衛が直ぐに池から助け上げたから良かったけど、もう少し遅かったら本当に危なかったよ。その後も俺行くまで誰も来ないし、ジェイとニアが来てからも誰も来なかっただろう?」
私は頷いた。伯爵令嬢であるのならば、護衛もしくは侍女が必ず着いているはずなのに庭園でも池でも誰もいなかったのだ。
「末期だな」
ジェイの一言に私の胸がズキンと痛む。
そうね、これが末期なのだ。誰も味方がいない『悪役令嬢』が出来上がっている。
「キャサリンはどうして池なんかに落ちてしまったのですか?」
私が絞り出すように、言葉にする。聞きたくないが聞かなくてはならない。
ジェイとライアンがお互い目を見合わせて、ため息を吐いた。
「わからない。周りには誰もいなかったのは確かだけど、故意なのか、事故なのか、別の要因があったのかは傍目からはわからなかったようだ。これはキャサリン嬢に直接聞くしかない」
ジェイが強い意志を示すと隣でライアンが頭を掻く。
「だよな。昨日の今日で聞くのは気が引けるけどね」
「私も同席してもよろしいでしょうか?」
「もちろん。頼もうと思っていたよ」
「ああ、でも、ちゃんとアスラン大公家のお嬢様でいてね」
ライアンの軽い口調にふっと笑みが溢れる。
「うん、その方がいい。ニアが張り詰めているとキャサリン嬢も辛いから」
ライアンの言葉にハッとする。そうだ。私はキャサリンを救うためにいるのだ。忘れてはいけない。
「はい! わかりましたわ」
その時、少し離れた場所から声がかかる。
「お嬢様、お客様がお目覚めです!」
私達は立ち上がると頷いた。
「わかったわ。少しお話したいと伝えてちょうだい」
「かしこまりました」
「では、僕達は身綺麗にしてから戻るよ。ニアは先に行っているかい?」
「はい。キャサリンも私と先に話したほうが落ち着けると思いますので」
「わかったよ。よろしく」
そう言ってジェイとライアンは汗を拭いながら屋敷に向かった。
私も立ち上がると背筋を伸ばす。私は大公女リリアナだ。
屋敷に入る時、侍女が少しだけ怪訝そうにしたが、真っ直ぐに目を見ると俯いた。
今後はジェイやライアンと話すときも大公女でいる必要がありそうだ。いくら声が聞こえないくらい下がってもらっても、雰囲気がおかしくなるのかもしれない。気をつけなくては。
私はキャサリンが滞在している部屋の前で立ち止まるとノックした。
「キャサリン、リリアナです」
「大公女様!! どうぞお入りください」
部屋に入ってまず気がついたのはキャサリンの顔色だ。昨日はあんなに青白かったのに、今朝は幾分良くなっている。少しは眠れたのだろう。
「具合はどうかしら?」
私がベッドの脇にある椅子に腰掛けると、キャサリンが深々と頭を下げた。
「大丈夫です。昨日はお見苦しいところばかりお見せしてしまったのに、助けていただき、更にはこのようなお部屋まで……本当にありがとうございます」
私は消え入りそうに肩をすくめるキャサリンを見てライアンの言葉を思い出した。
そう、私が真剣になり過ぎてはいけない。
「ねぇ。私はまだ朝食を頂いていないの。一緒にどうかしら?」
突然の申し出に少し驚いたようだったが、直ぐに頷いてくれる。
「光栄です」
私はリサを振り返る。
「リサ、お願い」
「かしこまりました」
するとあっという間にキャサリンの部屋のテーブルセットが朝食会場となった。
「歩けるかしら?」
「大丈夫です」
そう言ってベッドから立ち上がったキャサリンに手を差し出した。
「掴まっていいのよ」
「……ありがとうございます」
そうして私達は遅い朝食を食べることにした。
私はなるべくこの時間では今回のことには触れないように気を配る。
昨日の彼女を見る限り、最近はあまり食べられていないと感じたからだ。
今は食事を楽しむのだ。
「まぁ、ではキャサリンは音楽の才能もあるのね?」
「いえ、そんな……。ただ、ピアノに向かうと何もかも忘れられるのです」
「今度、是非聞きたいわ。約束よ」
「……約束」
楽しく話していたはずのキャサリンがピタリと話すのを止めてしまった。
「キャサリン?」
「あ、すみません。約束ですね。はい、いつか……」
そういって繕った笑顔をしたキャサリンは痛々しい。きっと少しの未来も見通せないのだ。
まだ、心中するつもりなのかもしれない。確かに昨日の公子の態度は最低だった。あのまま幸せにはしたくないという気持ちもよく分かる。
「キャサリン、少し辛い話をしてもいいかしら?」
話しながら朝食が粗方食べ終わったのを確認して、キャサリンに尋ねる。
「はい。大丈夫です」
そうして、私達は場所を移してあのことを話すことにしたのだった。
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