悪役令嬢はれっきとした転生被害者です!

波湖 真

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私はジェイから、キャサリンのことを聞いて、いてもたってもいられなくなった。
キャサリンが池に落ちた……
自ら? 事故? 事故であってほしい。
ジェイからキャサリンのところに行きたいかと聞かれたが、一瞬迷う。
行きたい。もちろん、今そばに行かないでどうするのだと思う。
でも、同時にアスラン大公女を名乗る私がキャサリンの元に向かう意味もわかってしまう。
きっと、ここにいる人達は大公家がキャサリンについたと考えるだろう。
そうなれば、あの公爵は、再びキャサリンを息子の妻にと考えるかもしれない。
あんな男にキャサリンはもったいないのに!
でも……
私は立ち上がる。
私は今キャサリンの側にいたい。いるべきだ。
ジェイも頷いてくれた。
もう、後悔する人生は送らない。
私は会場の出口に向かって歩き出した。
元々注目されていたのだ。会場の視線が私に集まる。
「アスラン大公女様!!」
主催者のマクラニー公爵が転がるように私の前に立った。
「何か失礼でもございましたか?」
顔を見るとかなり焦っているらしい。
確かに招待客の中で一番身分の高い私が中座するのだ。気にするなという方が無理だ。
「そうではないわ。ただ、友人が事故に遭ったの」
それだけ言うとササッと外に出る。
後ろでは公爵始め出席者達がアタフタとしているのを感じるが無視した。
「お嬢様、こちらです」
ジェイは私を案内してくれる。どうも現場はこの近くにあるらしい。
「急ぎましょう」
私はドレスをたくし上げて階段を駆け降りる。
「ニア……お嬢様!!!」
ジェイが慌てて私に追いつくと、サッと私を抱き上げた。
「え? ジェイ!!」
耳元でジェイの声が響く。
「この方が早いから」
私を横抱きにしたジェイは、私が走るよりもずっと早く現場に向かったのだった。
「キャサリン!!!」
私は池のほとりで毛布に包まれているキャサリンを見つけるとジェイの肩を叩いた。
「降りるわ」
「はい、お嬢様」
ジェイは、そっと私を降ろすとドレスの裾を直してくれる。
「あ、ありがとう」
「これで大丈夫です」
私はジェイに笑顔を向けるとキャサリンに駆け寄る。
「キャサリン、大丈夫? 池に落ちたと聞いてびっくりしたわ」
「大公女様……、わたくし……」
そういって下を向いてしまったキャサリンの手を私はしっかりと握りしめる。
「話すべきことがあるのならば、何でも聞くわ」
真っ直ぐにキャサリンの瞳を見つめてから微笑んだ。
「貴女が無事で本当によかった。本当によかったわ」
「大公女様……ありがとうございます」
私はキャサリンの隣に座って、冷え切った体を擦りながら、周りを見回した。
誰もいない。
公爵家令息の婚約者である伯爵令嬢が池に落ちて助けられたのに、誰一人としてここにいないのだ。
婚約者も、マクラニー公爵も彼女の家族も、友人も
今いるのはジェイがつけた護衛とライアン、ライアンが呼んだ医者、そして、私とジェイだけだ。
「……ひどい」
この国の人間にキャサリンを任せることはできない。
「え?」
「なんでもないわ。ここに居ても体が冷えてしまうわね。ジェイ、アスラン大公家にお連れして」
私の指示にジェイは頷いた。
「かしこまりました。馬車を用意致しましょう」
ジェイの指示で馬車が用意され、大公家にも早馬が走る。
「立てる?」
私はキャサリンの手を掴んで確認する。
「はい、怪我をしているわけではありませんので。ただ、ドレスが……」
ぐっしょりと濡れて重さを増したドレスは立ち上がることにも苦労しそうな重さになっている。
「そうね。誰かに手伝ってもらいましょう」
私はそう言って、その場にいるメンバーを確認すると、サッと手を上げたのはライアンだった。
「お嬢様、私がお手伝いいたします」
「リドル子爵、お願いするわ。いい? キャサリン」
「あ……はい。でも」
私が確認すると顔を真赤にしたキャサリンが頷いた。確かにこんな姿を殿方に見せるのは気が引けるのだろう。
「大丈夫ですよ。私はこう見えて力が強いのです。では、失礼いたします」
ライアンはそう言って重くなったドレスごとキャサリンを抱き上げる。
「きゃ」
「よろしければ、掴まっていただけると助かります」
ライアンにそう言われて、キャサリンはそろそろとライアンの肩に手を回す。
「大丈夫?」
「ええ、では私は先にキャサリン嬢をお連れしますね」
そう言うとライアンは彼女を抱えたまま、スタスタと歩いて行ってしまった。
私がその後姿を見ていると、ジェイに手を取られる。
「私達も参りましょうか? リリアナお嬢様」
「ええ、そうね」
そうして、私達はアスラン大公家に向かった。
その間、あのパーティ会場から現場に来た人は誰もいなかった。そう、誰一人として来なかった。
これこそが、転生被害の怖いところなのだ。
『悪役令嬢』に祭り上げられると、誰一人として本人の話を聞いてくれなくなる。
私も経験した現象だ。
あの時も、私はそんなに酷いことをしたのだろうか? という疑問を聞く相手が誰もいなかった。
何を言っても悪く取られる悪循環に追い詰められる。
「ニア、大丈夫かい?」
ジェイの声にハッとして顔を上げる。
ボーっとしていたのか目の前には、馬車の扉が迫っている。
「ご、ごめんなさい」
私はハッとして周りを見たが、キャサリンは既に出発したのか、見当たらない。
よかった。謝るなんて大公家のお嬢様がすることではないもの。
「ニア、手を」
今は周りには誰もいない。ジェイの気安い態度に私も軽く頷いた。
「ええ、ありがとうございます」
馬車に乗ってしばらくすると、どうしても気になることがあり、ジェイに確認することにした。
「あの、ジェイ。本当にキャサリンを大公家に連れて行っても大丈夫なのでしょうか? 皆さん驚かれるのでは?」
「大丈夫。君は大公女だ。何をしても問題ない」
「でも、このことを大公様がお聞きになったら、組織への協力を見直されるかもしれません。そうなったら、申し訳なくて」
そう、私が気になっているのは、思わず出てしまった家においでよという言葉だった。
偽物が大公女のふりをしているのに、その偽物が更に居候を連れてくるなんて、いくら転生被害者を保護する組織の協力者でも、気分を害してしまうと考えたのだ。
「それは絶対にないから気にしないでいいよ」
「そうでしょうか?」
「ああ、本当だ」
自信満々のジェイに、私もなんとなく頷くしかない。というかダメだと思ってもキャサリンを連れて行きたかったのだから仕方ない。
「わかりました。ジェイを信じます」
「それはよかった。とにかく大公殿下のことは気にしないように。今はキャサリンに集中しよう」
「はい」
私は大きく頷いた。
「ふふふ、素直でよろしい」
そう言ってジェイは私の頭を撫でたのだった。
「や、やめて下さい」
「ああ、ごめん。つい」
私の頬が真っ赤になるのを感じる。
私は自分の頭の上に両手を乗せると俯いた。今までも何度も頭を撫でられているのに、何故が突然恥ずかしくなったのだ。
過剰反応だとわかっているのに、止められない。
「い、いえ、私もすみません」
「いや、僕が」
「いえ、私が」
二人で謝罪しあっていると馬車は大公家に到着した。
私達は言い合いをやめて、姿勢を正す。
令嬢と護衛なのだ。
私は呼吸を整える。
すると馬車が止まり外からノックされる。
それを合図に先ずはジェイが馬車降り、私に手を差し出した。
「ありがとう」
私はバルトを見つけると手招きしてから状況を確認した。
「お嬢様は湯浴みをし、現在はお着替えされております」
「わかったわ。キャサリンは私の大切な友人なの。大事なお客様だと伝えて頂戴」
「かしこまりました」
「それと、彼女が少し落ち着いたら、教えてくれるかしら」
「はい」
そうして、私も自室に向かうことにしたのだった。
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