悪役令嬢はれっきとした転生被害者です!

波湖 真

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「何!! キャサリンがか!」
ジェイはステイルに近づくとその大きな声に顔を顰める。
公爵家の後継である彼がこんな公の場で声を荒げるなどジェイが生きてきた世界では考えられないことだった。
「それで、どうなった! まさか、死んだのか!」
そう言った彼の隣で転生者イザベラがニタリと笑ったのを見て思わず寒気が走る。
ジェイからしたら、こちらの方がよっぽど悪役に見える。
「いえ、幸い近くにいた者に救助されて大事ございません」
護衛が上手く働いたらしい。ジェイは人垣の外から話を聞くことにした。
「そうか。まだ、俺の婚約者なのだ。みっともない死など迷惑でしかない」
「クズが!」
ジェイは、小さな声で悪態をつく。
「あのーステイル様? キャサリン様がどうかなさったんですかぁ」
甘ったるい声で尋ねながら、イザベラがステイルへしなだれかかる。
「心配するな。馬鹿な女が池に落ちらしい」
「えーー、ドレスっ重たいのにぃ。大丈夫だったんですかぁ」
「ああ、無事だ」
「良かったですぅ」
「イザベラは天使のように優しいんだな」
そう言ってステイルはイザベラを抱きしめる。ジェイからすると信じられなかった。
婚約者が池に落ちたのに、見に行こうともせず、他の女を抱きしめるとは……
「あのステイル様、いかがいたしましょう?」
「捨て置け。どうせもうすぐ他人となる奴だ」
「しかし……それでは……」
「うるさい。そんなに心配ならばお前が行け! 下がれ下がれ!!」
「あー、さっきの護衛の人だぁ」
イザベラがジェイを指差して声を上げる。
「何!」
ステイルもジェイを見つけて、ツカツカとやってきた。
「おい! このことは大公女様には言うなよ! わかったな!」
ジェイは無言で下を見る。全くやってられない。転生者の手に落ちる男はクズばかりだ。
「おい! 聞いているのか!」
つかみかかろうしてきたステイルをイザベラが止める。
「いいじゃないの。ステイル。護衛ってことは庶民よね。折角のイケメンなのに勿体無いなぁ」
そう言ってステイルの腕にぶら下がるようにしてジェイの顔を下から見上げてきた。
嫌悪感で死にそうだ。
「ほら、ビビってるじゃん! 攻略対象でもないし、放っておこ」
そう言ってイザベラに引っ張られてステイルは席に戻っていった。
ジェイは、下を向いたまま肩で息をする。
駄目だ。抑えろ! ここは帝国ではない。あの女は奴ではない。被害者も……叔母上ではない。
ジェイの胸には今もなお面影が残る叔母の姿が浮かぶ。
ジェイの叔母は極々初期の転生被害者だった。誰も転生という言葉すら知らない時に罠に嵌められた。
婚約者を奪われ、あらぬ罪を着せられ、目の前で……
まだ幼かったジェイにとって、忘れられない光景だ。
「クッ」
手をギュッと握りしめて、怒りを鎮める。
婚約者が池に落ちたのにキャハハと笑っていられるのだ。同じ人間ではない。
ジェイはくるりと踵を返すとニアの元に戻った。
キラニアは美しい。それは、外見だけではなく、中身もだ。凛として大公女になれる気品とオーラは目を見張るほどだ。
それでいて、先ほどキャサリン嬢を相手に見せた気遣いと優しさ。
こんなに素晴らしい女性でさえ、転生者の手に落ちる。
その現実に、ジェイの不満が募る。
いや、このような素晴らしい婚約者がいることに気付かず、手放してしまう男が不甲斐ないのか。
ジェイがニアの元に戻り、彼女のホッとしたような笑顔を見せられると、ギュッと心が鷲掴みされたような衝撃を受ける。
強く、気高く、優しいキラニアの気の抜けた瞬間の表情にドキッとさせられる。
ジェイの頭には服が一人で着られずにボロボロの格好をしていたニアの可愛らしい姿が浮かぶ。
激情に近い怒りがスッと収まったのがわかった。
ジェイは、ニアの前に膝をついた。
流石に護衛騎士の立場では隣には座れない。
「何があったのですか?」
アイツらを見た後、当たり前にキャサリン嬢を心配するニアに頬が綻ぶ。
「大丈夫です。キャサリン嬢が池に落ちたようですが、護衛が助けました。大事ないそうです」
そういうと、ニアはほうっと息を吐いて俯いた。
「よかった……本当によかった」
再び顔を上げたニアの瞳に光るものが見える。
ジェイは思わず抱きしめたくなったが、なんとかその衝動を抑えてハンカチを差し出した。
「どうぞ」
「ありがとう」
ニアのハンカチはキャサリン嬢へ渡しているばずだ。ジェイから受け取ったものを目尻に当てて微笑んだ。
「キャサリン嬢の元に行きますか?」
本当ならば、今は動くべきではないかもしれない。
何故ならアスラン大公家が、キャサリン嬢についたと思われてしまうとイザベラの自由を侵害したことになってしまうかもしれない。帝国は転生者の自由に敏感だ。
でも、ニアの気持ちに寄り添いたい。
「大丈夫ですか? 私が動くと不味いのでは?」
ニアは自分の思いは置いておいて、立場と政局を見て行動することができるようだ。
「お嬢様次第です。貴女はアスラン大公女です」
ジェイの言葉に、ニアの決断は早かった。直ぐにすくっと立ち上がる。
「行きましょう。ジェイ」
真っ直ぐと前を見てそう言ったニアにジェイは内心両手を上げる。
その横顔の美しさに息を呑む。
もう、降参だ。
ジェイにとって、ニアは特別だ。そう認めざるを得ない。
潜入して見ていた時から感じていた気持ちが、もう抑えるのが難しいくらい成長してしまった。
「はい、お嬢様」
ニアは堂々とパーティ会場を後にする。
公爵から引き止められたが、はっきりと事実を述べる。
「友人が事故に遭いましたの。失礼するわ」
ニアの一言に公爵と会場にいた招待客も目の色が変わる。
面倒なことなったと頭の片隅で考えているが、それよりもニアが誇らしかった。
「惚れた弱みだ。なんとかしよう」
ニアの後ろ姿を見つめながら、ジェイも笑顔を浮かべた。
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