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「キャサリン、大丈夫ですか?」
私は彼女の背に手を置いた。
「うっ……」
嗚咽を漏らすキャサリンへハンカチを差し出した。
きっと、私だからこそ弱い姿を見せられるのだ。
今日、初めて会って、話したこともない帝国貴族の令嬢。
更に、王家よりも身分の高い大公家だ。婚約者の公爵家に告げ口される心配も、話したことでイザベラの矛先が変わる心配もない。なぜなら、そんなことをしたらイザベラだけではなく、公爵家に被害が及ぶ。
「も、申し訳……ありません」
「何があったのか、話してもらえませんか?」
私はそう言ってキャサリンが落ち着くのを待った。
「ぐす……え……すみ……ません」
暫く声を殺して泣いていたキャサリンが漸く顔を上げた。
「少しは落ち着いたかしら?」
私は、ゆっくりと彼女の背を撫でながら声をかける。
「はい。あの、大公女様には大変お恥ずかしいところをお見せしてしまいました」
恥ずかしそうに肩をすくめるキャサリンの顔から少しだけ切羽詰まったものがなくなっているように感じる。
「本当にいいのよ。きっと大変は問題をかかえているのでしょう? そういう時は少し距離がある人間に話すといいらしいわ。物理的にも、精神的にも」
私は、そういうと今思いついたように手を叩いた。
「そう! 私のような!」
ニッコリと微笑んでキャサリンを見るとまだ涙の滲む顔で微笑みを作っているのがわかる。
「私に話してみない?」
「……はい」
そう返事をしたもののキャサリンは周りを見渡してから俯いた。暫くそのまま考えているようだ。
そうして、沈黙の時間が過ぎるとキャサリンの手がギュッと握られる。
「わたくしは醜いのです」
突然の言葉に私は少し驚いた。何故ならば、キャサリンは派手な容姿ではないものの、清楚な美しさを称えいるからだ。
サラサラのハニーブロンドに印象的なエメラルドの瞳。いくら今は心労でやつれていても醜くはない。
「キャサリン、貴女は美しいわ」
私は優しくキャサリンの背を撫でる。
「こ、心が醜いのです」
絞り出すような声に私の胸が詰まる。
「どうして、そう思うの?」
「悪いのは愛想を尽かされたわたくしなのに……それなのに……」
ああ、キャサリンは全て自分が不甲斐ないせいだと思っているのだ。
「もう消えるしかないんです。でも、彼が幸せになるのは許せないのです。だから……」
私は思わずキャサリンの手を掴んだ。
「詳しい事情はわからないけれど、貴女が悪くないことはわかるわ」
「大公女様……でも、わたくしは悪役と……」
『悪役令嬢』という言葉はなんと残酷な言葉なだろう。
それだけで正式な婚約者の正当性や当然の怒りが全て悪と捉えられてしまう。
「私は今日初めて会ったし、貴女のことは何も知らない。でも、貴女が悪人ではないと断言できる。私は人を見る目があるのよ」
私はそう言ってキャサリンの瞳を覗き込んだ。するとキャサリンは意を決したように話し出す。
「わたくしには幼少の頃からの婚約者がおります。大公女様もお会いになりましたでしょう? ステイル公子様です。でも、彼はわたくしを裏切りました。それが、わたくしは我慢ならないのです。幼い頃から結婚すると思っておりましたの。お互いに尊敬し合う夫婦になると信じておりましたの。絶対そうなると……」
「キャサリン!」
私は思わず、彼女を抱きしめる。
彼女の悲しみが苦しみが怒りがわかる。
「わたくしは、わたくしは許せません! 私を裏切ったステイル様も、見限った公爵家の方も、見放したわたくしの家族も!!! だから、わたくしは……」
キャサリンは再び声を上げて泣いた。
そうか彼女は復讐の為に心中を考えているのだ。公爵家の後継者であるステイル公子を道連れにすれば、彼女を貶めた全ての人に復讐できると考えたのだ。
私にはその怒りの炎が見えるようだった。
私達は、突然現れた未来がわかる転生者の被害者だと、今、本当の意味で悟る。
こんなことまで考えるくらい追い詰められるのだ。転生被害者は。
「貴女は悪くないわ。絶対に悪くない」
私は呪文のようにそう言い続けた。
どれくらいそうしていただろうか?
キャサリンが、気恥ずかしそうに顔を上げた。
「あの、大公女様、ありがとうございます」
「いいの。ゆっくりでいいの。貴女の気持ちを話して頂戴」
「そんな、恐れ多いです。大公女様にこんな醜態をお見せしてしまい、申し訳ありません」
そう言って私の顔を見つめるキャサリンには迷いが見える。今はまだ話したくないのだろう。しかし、泣いたことで幾分スッキリした顔をしている。
私は、ほんの僅かに希望もあるように感じた。
「ねえ、キャサリン。明日アスラン大公家に遊びに来ない? もっと色々お話ししたいわ」
「でも、ご迷惑では……」
「そんなことはないわ。ここだと落ち着かないもの。私は貴女が気に入ってしまったの。ゆっくりお話ししましょう。よろしいかしら?」
「はい……ありがとうございます」
「今日はゆっくり休んで頂戴。貴女には休息が必要に見えるわ」
「はい。では、これで失礼致します。明日お伺いします」
そう言うとキャサリンは立ち上がって、優雅なカーテシーで挨拶をするとそのまま庭園から去っていった。
そのピンっと背筋の伸びた後ろ姿を見て、私は違和感を感じる。
あれ?
「うまくいったね?」
後ろからジェイの声が響く。
「そうでしょうか? 私は少し不安です」
「え? そうなの? 全然いいと思うけどね?」
ライアンが満足そうに頷いた。しかし、私は直ぐには安心できなかった。
確かに今は私に話して少しでも楽になりたいと思ってくれているとわかるが、あの後ろ姿からは別の何かを感じる。
「確かに彼女から少しだけ希望が見えた気がします。でも、それは決意にも見えました」
「何故そう思うんだい?」
ジェイに聞かれて、この違和感を言葉にしてみる。
「私も、だれかに相談したいと思ったことはあったのですが、その機会はありませんでした。でも、実際にその機会に恵まれていたとしても、相談したかというとかなり疑問ですの。もちろん今キャサリンが涙を流したことに意味はあると思います。でも、立ち去る時に見せたのは、何かを決意したようなそんな印象を受けました」
ジェイは顎に手を当てた。
「なるほどね。よくわかったよ。確かに少し様子がおかしかったかもしれないな。ライアンはどう思う」
「そうだね。俺もそう思う。それに、彼女が決意することなんてアレしかない」
「ああ、僕もそう思う」
私はライアンの言葉にハッとする。
「まさか……そんな」
「ニアが受けた印象を考えると否定できないな。少し待ってて」
ジェイはそういうと庭園の奥に歩いて行った。私はその背中を首を傾げて見送る。
「あの、ジェイはどちらに?」
「多分、キャサリン嬢に護衛をつけに行ったんだと思う。確かにニアの言う通り、最後に彼女は不満や不安を聞いてもらいたいという顔をしていなかった。それよりも、決意を固めた顔をしていた」
ライアンの言葉に私も大きく頷く。そう、そう感じた。私はキャサリンの後ろ姿を思い出す。
「今夜……」
「え?」
「彼女は今夜心中事件を起こすかもしれませんわ」
私はそんな気がして仕方がない。
「そんな!! そう思うのか?」
「はい。でも、そんなことをしたら破滅しかない。助けられませんし、保護もできません。私が余計なことを言ったから、彼女の迷いを払拭してしまったのでしょうか」
私は肩を落とした。結果的にキャサリンの決意を固めてしまったのかもしれない。
「大丈夫だ。今ジェイが彼女に護衛をつけているから何があっても助けられるよ」
ライアンは私の肩に手を置いて、慰めてくれる。この人も優しい人なのだ。
「はい、ありがとうございます」
「ジェイ!!」
ライアンが声を上げる。私も振り向くと庭園の奥からジェイが姿を現した。
「心配しないで。ちゃんと彼女には護衛をつけた。何かあったら助けるよ」
私ばジェイの言葉に胸を撫で下ろす。
それでも、心配することはやめられない。
「あ、あの、私、キャサリンを追いかけますわ」
私は、自分がとんでもないことをしてしまったとしか思えないのだ。
中途半端な同調などすべきでは無かった。
キャサリンの迷いを払拭したら、ことを起こす決意が固まったってことじゃないの!
キャサリンを救うために来たのに、死期を早めてしまうだなんて。
私は慌てて立ち上がると、キャサリンの消えた方に目を向ける。まだ、間に合うはずた。
「待って」
腕をジェイに掴まれて私はジェイをキッと睨んだ。
「離してください」
「今君が行ってもどうしようもないよ」
「そんな……」
「とりあえず、今はプロに任せるんだ。何かことを起こそうとしたら止めに入るように指示してある」
「でも……」
落ち着かない私を今度はジェイが腕を掴んで顔を覗き込んでくる。
「彼女は組織がちゃんと守るよ」
「でも、心中は未遂でも罪になってしまいませんか?」
「まあ、そうだ。だから、僕達でステイル公子を見張らないか?」
「ステイル公子様を?」
「ああ、心中は一人ではできないからね」
私個人としてはちゃんと彼女を助けたい。それは私自身の手でという意味だ。
それでも、今は出来ることをしよう。
私は頷くと再び空を見上げた。
「キャサリン様は空を見ることもできなくなっていたんです」
「ああ、そう言っていたね」
「……私もそうでした」
「ニア」
「私もイザベラを追い払うことができないことに憔悴していたと思います。貴族としての矜持で、噂になっているようないじめはしておりませんでしたが、確かの疲弊していたと思います。私はあの当時のことは自分でも何をどうしていたのかわかりません。でも、キャサリン様を見た時に私と同じだと感じたのです。私はキャサリン様を保護したい」
そう言って手をギュッと握りしめる。
「では、少なくとも心中にならないようにしようじゃないか!」
ジェイの言葉に私は頷いた。隣にいることはできないが、保護出来る状態を維持することは可能だ。ステイル公子さえ、無事ならばいいのだから。
「とにかく、今は会場に戻ろうか?」
ジェイの声に彼に向かって手を差し出したが、その手はライアンに取られてしまった。
「ニア、今日のパートナーは俺だよ」
私は当たり前のように手をジャイに差し出してしまったことが気不味い。
「ご、ごめんなさい」
恥ずかしくて顔が火照る。
「いや、大丈夫だ」
ジェイの顔も心なしか赤い。
「これは中々面白い情報になりそうだ」
「うるさい。だまっていろ」
ジェイが何を言っているのかはわからないが、二人のやり取りを見ていたら、少し落ち着いてきた。
うん。空も見える。大丈夫だわ。
「今は何事なく夜が明けるのを待つのですね」
「そうなるね。あの公子を見張りながら、過ごすしかないね」
そうして私達は再び会場に戻ったのだった。
私は彼女の背に手を置いた。
「うっ……」
嗚咽を漏らすキャサリンへハンカチを差し出した。
きっと、私だからこそ弱い姿を見せられるのだ。
今日、初めて会って、話したこともない帝国貴族の令嬢。
更に、王家よりも身分の高い大公家だ。婚約者の公爵家に告げ口される心配も、話したことでイザベラの矛先が変わる心配もない。なぜなら、そんなことをしたらイザベラだけではなく、公爵家に被害が及ぶ。
「も、申し訳……ありません」
「何があったのか、話してもらえませんか?」
私はそう言ってキャサリンが落ち着くのを待った。
「ぐす……え……すみ……ません」
暫く声を殺して泣いていたキャサリンが漸く顔を上げた。
「少しは落ち着いたかしら?」
私は、ゆっくりと彼女の背を撫でながら声をかける。
「はい。あの、大公女様には大変お恥ずかしいところをお見せしてしまいました」
恥ずかしそうに肩をすくめるキャサリンの顔から少しだけ切羽詰まったものがなくなっているように感じる。
「本当にいいのよ。きっと大変は問題をかかえているのでしょう? そういう時は少し距離がある人間に話すといいらしいわ。物理的にも、精神的にも」
私は、そういうと今思いついたように手を叩いた。
「そう! 私のような!」
ニッコリと微笑んでキャサリンを見るとまだ涙の滲む顔で微笑みを作っているのがわかる。
「私に話してみない?」
「……はい」
そう返事をしたもののキャサリンは周りを見渡してから俯いた。暫くそのまま考えているようだ。
そうして、沈黙の時間が過ぎるとキャサリンの手がギュッと握られる。
「わたくしは醜いのです」
突然の言葉に私は少し驚いた。何故ならば、キャサリンは派手な容姿ではないものの、清楚な美しさを称えいるからだ。
サラサラのハニーブロンドに印象的なエメラルドの瞳。いくら今は心労でやつれていても醜くはない。
「キャサリン、貴女は美しいわ」
私は優しくキャサリンの背を撫でる。
「こ、心が醜いのです」
絞り出すような声に私の胸が詰まる。
「どうして、そう思うの?」
「悪いのは愛想を尽かされたわたくしなのに……それなのに……」
ああ、キャサリンは全て自分が不甲斐ないせいだと思っているのだ。
「もう消えるしかないんです。でも、彼が幸せになるのは許せないのです。だから……」
私は思わずキャサリンの手を掴んだ。
「詳しい事情はわからないけれど、貴女が悪くないことはわかるわ」
「大公女様……でも、わたくしは悪役と……」
『悪役令嬢』という言葉はなんと残酷な言葉なだろう。
それだけで正式な婚約者の正当性や当然の怒りが全て悪と捉えられてしまう。
「私は今日初めて会ったし、貴女のことは何も知らない。でも、貴女が悪人ではないと断言できる。私は人を見る目があるのよ」
私はそう言ってキャサリンの瞳を覗き込んだ。するとキャサリンは意を決したように話し出す。
「わたくしには幼少の頃からの婚約者がおります。大公女様もお会いになりましたでしょう? ステイル公子様です。でも、彼はわたくしを裏切りました。それが、わたくしは我慢ならないのです。幼い頃から結婚すると思っておりましたの。お互いに尊敬し合う夫婦になると信じておりましたの。絶対そうなると……」
「キャサリン!」
私は思わず、彼女を抱きしめる。
彼女の悲しみが苦しみが怒りがわかる。
「わたくしは、わたくしは許せません! 私を裏切ったステイル様も、見限った公爵家の方も、見放したわたくしの家族も!!! だから、わたくしは……」
キャサリンは再び声を上げて泣いた。
そうか彼女は復讐の為に心中を考えているのだ。公爵家の後継者であるステイル公子を道連れにすれば、彼女を貶めた全ての人に復讐できると考えたのだ。
私にはその怒りの炎が見えるようだった。
私達は、突然現れた未来がわかる転生者の被害者だと、今、本当の意味で悟る。
こんなことまで考えるくらい追い詰められるのだ。転生被害者は。
「貴女は悪くないわ。絶対に悪くない」
私は呪文のようにそう言い続けた。
どれくらいそうしていただろうか?
キャサリンが、気恥ずかしそうに顔を上げた。
「あの、大公女様、ありがとうございます」
「いいの。ゆっくりでいいの。貴女の気持ちを話して頂戴」
「そんな、恐れ多いです。大公女様にこんな醜態をお見せしてしまい、申し訳ありません」
そう言って私の顔を見つめるキャサリンには迷いが見える。今はまだ話したくないのだろう。しかし、泣いたことで幾分スッキリした顔をしている。
私は、ほんの僅かに希望もあるように感じた。
「ねえ、キャサリン。明日アスラン大公家に遊びに来ない? もっと色々お話ししたいわ」
「でも、ご迷惑では……」
「そんなことはないわ。ここだと落ち着かないもの。私は貴女が気に入ってしまったの。ゆっくりお話ししましょう。よろしいかしら?」
「はい……ありがとうございます」
「今日はゆっくり休んで頂戴。貴女には休息が必要に見えるわ」
「はい。では、これで失礼致します。明日お伺いします」
そう言うとキャサリンは立ち上がって、優雅なカーテシーで挨拶をするとそのまま庭園から去っていった。
そのピンっと背筋の伸びた後ろ姿を見て、私は違和感を感じる。
あれ?
「うまくいったね?」
後ろからジェイの声が響く。
「そうでしょうか? 私は少し不安です」
「え? そうなの? 全然いいと思うけどね?」
ライアンが満足そうに頷いた。しかし、私は直ぐには安心できなかった。
確かに今は私に話して少しでも楽になりたいと思ってくれているとわかるが、あの後ろ姿からは別の何かを感じる。
「確かに彼女から少しだけ希望が見えた気がします。でも、それは決意にも見えました」
「何故そう思うんだい?」
ジェイに聞かれて、この違和感を言葉にしてみる。
「私も、だれかに相談したいと思ったことはあったのですが、その機会はありませんでした。でも、実際にその機会に恵まれていたとしても、相談したかというとかなり疑問ですの。もちろん今キャサリンが涙を流したことに意味はあると思います。でも、立ち去る時に見せたのは、何かを決意したようなそんな印象を受けました」
ジェイは顎に手を当てた。
「なるほどね。よくわかったよ。確かに少し様子がおかしかったかもしれないな。ライアンはどう思う」
「そうだね。俺もそう思う。それに、彼女が決意することなんてアレしかない」
「ああ、僕もそう思う」
私はライアンの言葉にハッとする。
「まさか……そんな」
「ニアが受けた印象を考えると否定できないな。少し待ってて」
ジェイはそういうと庭園の奥に歩いて行った。私はその背中を首を傾げて見送る。
「あの、ジェイはどちらに?」
「多分、キャサリン嬢に護衛をつけに行ったんだと思う。確かにニアの言う通り、最後に彼女は不満や不安を聞いてもらいたいという顔をしていなかった。それよりも、決意を固めた顔をしていた」
ライアンの言葉に私も大きく頷く。そう、そう感じた。私はキャサリンの後ろ姿を思い出す。
「今夜……」
「え?」
「彼女は今夜心中事件を起こすかもしれませんわ」
私はそんな気がして仕方がない。
「そんな!! そう思うのか?」
「はい。でも、そんなことをしたら破滅しかない。助けられませんし、保護もできません。私が余計なことを言ったから、彼女の迷いを払拭してしまったのでしょうか」
私は肩を落とした。結果的にキャサリンの決意を固めてしまったのかもしれない。
「大丈夫だ。今ジェイが彼女に護衛をつけているから何があっても助けられるよ」
ライアンは私の肩に手を置いて、慰めてくれる。この人も優しい人なのだ。
「はい、ありがとうございます」
「ジェイ!!」
ライアンが声を上げる。私も振り向くと庭園の奥からジェイが姿を現した。
「心配しないで。ちゃんと彼女には護衛をつけた。何かあったら助けるよ」
私ばジェイの言葉に胸を撫で下ろす。
それでも、心配することはやめられない。
「あ、あの、私、キャサリンを追いかけますわ」
私は、自分がとんでもないことをしてしまったとしか思えないのだ。
中途半端な同調などすべきでは無かった。
キャサリンの迷いを払拭したら、ことを起こす決意が固まったってことじゃないの!
キャサリンを救うために来たのに、死期を早めてしまうだなんて。
私は慌てて立ち上がると、キャサリンの消えた方に目を向ける。まだ、間に合うはずた。
「待って」
腕をジェイに掴まれて私はジェイをキッと睨んだ。
「離してください」
「今君が行ってもどうしようもないよ」
「そんな……」
「とりあえず、今はプロに任せるんだ。何かことを起こそうとしたら止めに入るように指示してある」
「でも……」
落ち着かない私を今度はジェイが腕を掴んで顔を覗き込んでくる。
「彼女は組織がちゃんと守るよ」
「でも、心中は未遂でも罪になってしまいませんか?」
「まあ、そうだ。だから、僕達でステイル公子を見張らないか?」
「ステイル公子様を?」
「ああ、心中は一人ではできないからね」
私個人としてはちゃんと彼女を助けたい。それは私自身の手でという意味だ。
それでも、今は出来ることをしよう。
私は頷くと再び空を見上げた。
「キャサリン様は空を見ることもできなくなっていたんです」
「ああ、そう言っていたね」
「……私もそうでした」
「ニア」
「私もイザベラを追い払うことができないことに憔悴していたと思います。貴族としての矜持で、噂になっているようないじめはしておりませんでしたが、確かの疲弊していたと思います。私はあの当時のことは自分でも何をどうしていたのかわかりません。でも、キャサリン様を見た時に私と同じだと感じたのです。私はキャサリン様を保護したい」
そう言って手をギュッと握りしめる。
「では、少なくとも心中にならないようにしようじゃないか!」
ジェイの言葉に私は頷いた。隣にいることはできないが、保護出来る状態を維持することは可能だ。ステイル公子さえ、無事ならばいいのだから。
「とにかく、今は会場に戻ろうか?」
ジェイの声に彼に向かって手を差し出したが、その手はライアンに取られてしまった。
「ニア、今日のパートナーは俺だよ」
私は当たり前のように手をジャイに差し出してしまったことが気不味い。
「ご、ごめんなさい」
恥ずかしくて顔が火照る。
「いや、大丈夫だ」
ジェイの顔も心なしか赤い。
「これは中々面白い情報になりそうだ」
「うるさい。だまっていろ」
ジェイが何を言っているのかはわからないが、二人のやり取りを見ていたら、少し落ち着いてきた。
うん。空も見える。大丈夫だわ。
「今は何事なく夜が明けるのを待つのですね」
「そうなるね。あの公子を見張りながら、過ごすしかないね」
そうして私達は再び会場に戻ったのだった。
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