悪役令嬢はれっきとした転生被害者です!

波湖 真

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「アスラン大公家リリアナ様、リドル子爵家ライアン様です」
ドアマンの声とともにパーティ会場のドアが開かれた。
私とライアンは一歩ずつ前に足を進める。
会場は一瞬シーンと静まり返り、その後はザワザワとし始める。きっと私のことを話しているのだろう。
それはそうだ。突然現れた帝国の大貴族の妹なのだ。皆の目の色が変わったのがわかる。
それでも、私はこういう視線には慣れていた。イザベラがやってくるまでは、王子の婚約者として皆の視線を集めていたのだから。
「あそこだよ」
ライアンが私にだけに聞こえる声で会場の隅で俯いている女性の方へ視線を送る。
「あの方が、キャサリン様……」
淀んだ雰囲気に包まれたキャサリン様は、周囲から遠巻きにされている。もうかなり、被害が進んでしまっているのか、顔色も悪く、目が血走っている。
「……」
言葉が出ない。私もきっとあんな顔をしていたのかもしれない。
いえ、私は最後まで元婚約者を信じていたから……もっとギラギラしていただろう。
でも、やることなすこと全てが誤解を生み、私が悪役令嬢と呼ばれるきっかけを作ってしまったのは事実だ。
今の彼女のように……
「彼女は近いうちに、あの計画を実行するつもりのようです」
ライアンの言葉に私は頷いた。
そうよね。あんなになるまで頑張ったんだもの。
私は過去の自分を重ねるようにキャサリンの方は歩き出す。
「待ってください」
突然、ジェイが私の前に手を差し出した。
「ジェイ?」
「お嬢様、今は会場でございます。先にご挨拶された方がよろしいかと思われます」
その言葉に私は周りを見渡した。
確かにアスラン大公家を名乗ったのだ。大公殿下のご迷惑にならないように最低限の社交はしなくてはならない。
「……そうね」
「彼女のそばには私が行きます」
「すぐに向かいますので、よろしくお願いします」
私はライアンに向かって頷くとくるりと向きを変える。
「ジェイ、行きましょう」
「はい。お嬢様」
こういうパーティでは、まずホストに挨拶するものだ。
私はこのパーティの主催者の元に向かった。
「アスラン大公の妹様がいらして下さるなど光栄の極みでございます」
主催者はこの国のマクラニー公爵だった。
そう、今現在のキャサリン様の婚約者の家だ。だからこそ、キャサリン様はあの状態であっても出席せざるを得ない。
「突然来てしまって驚かせたかしら? リドル子爵が誘ってくれたのよ」
私は目下のものに対する態度で公爵を扱うことにした。これくらい上下関係をしっかりと見せつけた方が今後動きやすいと判断したからだ。
「いえいえ、迷惑など。お嬢様がいらしてくださり、このパーティも格が上がりました」
ヘコヘコと頭を下げる公爵に自分の父親を見ているようで不快に感じる。
父は私が断罪されている時もうっすら笑顔を浮かべていた。
私はギュッと手に持っていた扇子を握りしめて、顔に不快感が出ないようにする。
「嬉しいわ」
すると、公爵の後ろから数人近づいてくるのが見える。
「ああ、私の家族を紹介させてください」
そう言って公爵が手招きしたのは、夫人と息子、そして、一人の女性だ。
「妻のエリザベスと息子ステイルです。そして、近いうちに息子の婚約者となるイザベラでございます」
その名前に胸がドキっとする。同じ名前。
私は無理やり笑顔を作る。
「そう。会えて嬉しいわ」
夫人と息子は恐縮して頭を下げるが、イザベラは、何か不満そうにしている。
「イ、イザベラ。礼を尽くしてくれ」
ステイルの言葉にやっとイザベラが、腰を折った。
「え……何よ。こんなの知らないわ。こんなイベントあったの?」
ブツブツと呟く言葉はしっかりと私の耳に届く。ジェイが言っていた転生者のイベントのことだ。
私はイザベラの様子を見て、少し落ち着いた。
私の国のイザベラとは容姿も年齢も違う。恐れることはない。
私は自分自身に言い聞かせながら、微笑みを作る。
「何か?」
イザベラに話しかけると、公爵が前に出て来て膝をつく。
「も、申し訳ございません。イザベラはまだこういうことに慣れておらず、無礼をお許しください」
そのステイルの横で、驚きの表情を隠せないイザベラ。その瞳に侮蔑が浮かぶ。
きっと、国内における公爵という立場は最高位なのだろう。
ある意味王族以外に、頭を下げる必要はない立場だ。
その公爵家の人々が、アスラン大公家に王家を上回るような態度で接するのだ。その不満が彼女から溢れている。
そのイザベラの顔を見て、私は頷いた。
「わかったわ。でも、リドル子爵に公子の婚約者は別の方だと、聞いたのだけど」
公爵は焦って説明を続ける。
「あ、あの、体調が悪いということで、その者との婚約は破棄する予定なのです」
「そうなのね。今日は楽しませてもらうわ」
「はい!!」
私は跪いたままの公爵をそのままに踵を返して歩き出す。
私の後ろで公爵がイザベラを叱責する声が聞こえる。
「ふふっ」
「楽しそうだね」
すぐ後ろからジェイの声がかかる。
「ごめんなさい」
「いいよ。アスランの名はあれくらいが丁度いい」
私は頷くとキャサリン様を探す。
「令嬢がいませんわ」
「ライアンが上手く庭園へ連れ出したようだ」
「私達も向かいましょう」
私は周囲からの熱い視線に笑顔を向けて、挨拶を交わしながら庭園に向かった。
「あっ、あそこですわ」
私とジェイが何とか庭園に到着すると、奥から話し声が聞こえて来た。
一人はライアンのようだったので、もう一人はキャサリンなのだろう。
先程受けた印象よりも強くハッキリとした話し声だ。
「行こう」
ジェイが私に手を差し出した。私はその手に手を乗せると足速に二人の方に向かう。
「もういいではありませんか! キャサリン様」
「リドル子爵様の心配は受け取りましたが、これはわたくしの矜持の問題なのです。あのような者に心を許すなど公爵家の後継者として許すことはできません」
「しかし……あっ! リリアナお嬢様!」
「え?」
ライアンの困り果てた表情から私は片手を上げて頷いた。
「ライアン、そちらは?」
「ユーハル伯爵令嬢でございます。キャサリン様、こちらは……」
「存じております。アスラン大公女様でいらっしゃいますね。初めてお目にかかります。わたくしはキャサリン・ユーハルと申します」
そう言って頭を下げたキャサリン様のマナーは完璧だった。
いくら顔色が悪かろうと、その体から漂う気品は消すことができない。
そうか……だからこそ、転生被害者なのね。
「私はリリアナです。キャサリン様とお呼びしても?」
「呼び捨てで結構でございます」
「わかりました。貴女はここにいるべき方ではないと思いますが、違いますか?」
「そ、それは……」
礼をした格好のままキャサリンは、目線を下に向ける。
「先程、マクラニー公爵から子息と未来の婚約者を紹介されました。私が知っている情報では貴女が、あそこにいるべき方だと思ったのですが?」
キャサリンの手がギュッと握られている。
「少し、話しましょう」
私が頷くとライアンとジェイが私達をベンチに誘導してくれる。
「あの、でも、わたくしと一緒いますと大公女様にご迷惑になりますわ」
「いいのです。さあ、座って」
私が先に腰を下ろすと隣を手でポンポンと叩く。
「……はい。失礼いたします」
キャサリンが腰を下ろしたのを確認してから、私は空を見上げる。
「星が綺麗ですね」
私は知っている。追い詰められると周りが見えないことを。きっと、キャサリンは空など見るのを忘れていることだろう。私がそうであったように。
「え? 星? あ、ああ、本当に……星が……」
キャサリンは初めて星を見たように、びっくりしたように呟いた。
「何かお困りですか?」
しばらく沈黙した後に、軽く話しかけてみる。
すると、キャサリンはその場で泣き崩れてしまったのだった。
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