悪役令嬢はれっきとした転生被害者です!

波湖 真

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「じゃあ、出発するよ」
私とリサ、そしてジェイは用意された豪華な馬車に乗り込んだ。
私が身につけているのは豪華ドレスだ。しかも、今まで見たことがないような。
公爵令嬢時代もかなり豪華な装いだったが、このドレスには敵わない。
リサは、そのまま私のやる大公の妹リリアナ役の専属侍女として帯同する。
貴族社会では必ず侍女を連れて行動するので、どうしても必要なのだ。
そして、ジェイは……護衛騎士という役に収まった。色々案はあったようだが、護衛騎士が一番近くで私をフォローできるとなったらしい。
ジェイの合図で馬車がゆっくりと走り出す。これから私はアスラン大公の妹リリアナだ。
私は自分自身に言い聞かせる。
「ニア、大丈夫かい?」
ジェイが心配そうに私の顔を覗き込む。
「だ、大丈夫です。いえ、大丈夫じゃありません……」
「お嬢様、ご安心ください。お嬢様は今は誰がなんと言っても大公様の妹君に見えますわ」
リサの言葉に少し安心する。
今まであの屋敷が私の行動範囲だった。服装もワンピースのみだった。
しかし、どこから持ってきたのはわからないが、今朝、クローゼット見るとこのドレスがハンガーに掛かっていたのだ。
「あのこのドレスは誰が?」
「趣味ではなかったかな? 今あちらで流行っているドレスらしいのだけど」
そう言われてしまうとなんとも言えない。
「いえ、ただ、かなり豪華な作りだったので、今の私には身に余るといいますか……」
「ご心配なさらないで下さい。リリアナ様はアスラン大公家のお嬢様ですから」
リサのその言葉の重みに潰されそうなのだ。
確かに王子妃になる為に、王妃教育は受けてきたが、あくまで辺境の小国での話だ。
私が帝国の大公家に相応しい立ち振る舞いができるのか不安で仕方がない。
「……緊張してる?」
「それは……そうですわ」
「じゃあ、少し仕事の話をしよう。今回の転生被害者の名前はキャサリン・ユーハル伯爵令嬢だ。そして、婚約者はステイル・マクラニー公爵令息、その相手である転生者はランバル男爵令嬢だ」
キャサリンにステイル、そしてランバル男爵令嬢ね。
「わかりました。でも、一体どうしてその方が転生者だとわかったのですか? キャサリン様については呼称で確定したのはわかりますが……」
「初めはわからないが、『悪役令嬢』の婚約者を調べればわかる。そして、転生者は総じて無礼なので、少し見ていれば直ぐに気づくらしい」
「そういうことなのですね」
確かに私の祖国にいた転生者のイザベラも一言で言うならば、無礼だった。
「一応君は帝国からの旅行ということにしたよ。キャサリン嬢は確か今二十歳だから、君よりも二歳上なのだが、友人として近づくから君の演じるリリアナの年齢も二十歳にしてある。気をつけて」
「はい」
「そのマクラニー公爵家で開催されるパーティの招待状を入手してあるよ」
「わかりました」
「無理はしないで、頑張ろう」
そして、走行しているうちに、マイヤー王国の国境を超えた。
「この国での滞在先はアスラン大公家の別邸を提供してもらっているんだ」
「大公様は何故こんなに私達に協力的なんですか?」
私は至れり尽くせりの環境に思わず理由を求めてしまった。
「それは、今は言えないかな……。でも、やましい気持ちはないと言うことだけは大公殿下の名誉のために伝えておくよ」
「はい」
私は返事をしてから、窓の外を確認する。
この組織は本名さえも非公開なのだ。協力している理由など絶対に言わないだろう。
そういう意味ではアスラン大公は身分や氏名を公表している数少ない人なのだ。その理由まで聞く必要はない。
「着いたみたいだ。使用人もそのままらしいから、久しぶりに令嬢気分を味わっておいで」
ジェイはそういうと、自らドアを開けて先に馬車から降りた。
私も続いて馬車のドアに手をかけると、横からすっと手を差し出された。
「お嬢様、お手をどうぞ」
もう、演技が始まっている。私は気合を入れて、その手を取った。
「ありがとう」
そう言って馬車を降りると見たこともない光景が広がっている。
王宮と言ってもいいような大きなお屋敷なのだ。
しかも、周りも素晴らしい庭園だ。
そして、圧巻なのは馬車を降りてからエントランスまで、ビシッと使用人が並んでいるのだ。
小国とはいえ公爵令嬢、しかも王子の婚約者だったのだ。こういう景色には慣れてると思っていたが、帝国の大貴族に比べると全くレベルが違うのだと理解する。
「お嬢様、皆にご挨拶をお願いします」
胸に手を当てて頭を下げたジェイは正に護衛騎士そのものだ。
私はうなずいてから少し顎あげる。
大きかろうと小さかろうと私が受けていたのは王妃教育だ。
その中には自分自身の品位を高める振る舞いもしっかりと身についている。
「リリアナ・ド・アスランよ。執事長は?」
「私でございます。リリアナお嬢様」
目の前に現れたのは初老の男性だった。その仕草はアーサーによく似ている。
「名前は?」
「バルトと申します。この度はマイヤー王国までお越しいただき光栄の極みでございます。お嬢様のご滞在中はなんなりとお申し付けください」
バルトがそう言うと、並んでいた使用人が波のように頭を下げていく。その数は百人はとう超える。
「ええ、そう願うわ。ジェイ、リサ、こちらに」
「はい、お嬢様」
「はい」
「こちらは私の専属侍女のリサと護衛騎士のジェイよ。私のことは二人に聞いてちょうだい。疲れたわ。案内を」
「は!」
バルトはリサとジェイに軽く会釈とすると私の前に立って屋敷への案内を始める。
私はなるべく優雅に見えるようにゆったりと歩く。
使用人からは感嘆のため息が漏れているようだから、初対面は上手くいったらしい。
私はそのままバルトについて、滞在する部屋に向かった。
「お嬢様にはこちらのお部屋をご用意致しました。馬車の旅ではお疲れかと思いますので、すぐの湯の支度をいたします。お待ちの間、軽食をお召し上がりになりますか?」
「ええ、お願い」
私は部屋のソファに腰を下ろすと頷いた。
「では、しばしお待ち下さい」
バルトが出ていったのを確認してから、リサとジェイに目を向ける。
「どうかしら?」
「完璧でございます」
「いいよ。凄くいい。アスラン大公が本当に妹に欲しがるんじゃないか?」
ジェイの言葉に顔が赤くなる。
「やめてください。緊張しました。久しぶりですし。私は井の中の蛙だったのですね。それをこの短時間に身を持って体験しました」
そう言って私は自国の王宮よりもきらびやかな室内をため息を吐きながら見回した。
「それはそうです。アスラン大公といえば帝国でも指折りの貴族でございますから」
リサの言葉に頷いた。
「ええ、なるべく早くキャサリン様の気持ちを変えてもらわないといけませんわ。ここにいたら、また、自立には程遠くなってしまいそうです」
私がため息を吐いていうと、リサとジェイは顔を見合わせてニコッと微笑んだ。
「リリアナお嬢様、軽食をお持ち致しました」
数人の侍女が持ってきたのは、五人分はありそうなケーキやお菓子の盛り合わせだった。
私はまずはこの侍女から情報を得ることにする。
「ありがとう。ねぇ、あなた達はこの国の出身なのかしら?」
「はい、そのとおりでございます」
「そうなのね。じゃあ、少し話し相手になってくれるかしら。もちろん、お仕事はしたままで結構よ」
「かしこまりました。何の話がよろしいですか」
「構いません。お嬢さま」
侍女たちに少し話をしようと声をかける。
侍女の間でのキャサリン様の評判を確認したかったが、先ずは世間話からだろう。
私は旅行に来たお嬢様が興味のありそうな話題を振る。
「ねえ。ここで一番美味しいお店はどこかしら」
「ああ! それでしたら、マイヤー王国の名物を召し上がってください」
「名物?」
「はい! 最近の舞踏会ではこの話で持ち切りらしいです」
「それはどんなものなの?」
「なんでも、薄く伸ばしたスポンジにフルーツを挟んだものだということです」
その言葉に私は驚愕を隠せなかったのだった。
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