悪役令嬢はれっきとした転生被害者です!

波湖 真

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ジェイの進言によって、私はしばらくリサと行動を共にすることになった。
ここに慣れるまでということだが、きっと一人でできるようになるまでという意味だろう。
ただ、想定外だったのは、彼女は私に何も教えてくれないということだ。
リサはまるで私の専属侍女のように振る舞う。
いくら頼んでも何もかも全部やってしまう。
「リサ、今日こそは自分でベッドメイクをするわ」
「お嬢様はそんなことする必要はございませんよ」
「でも、それじゃあ私は何もできないままよ。ここに来てもう一週間も経つわ。私にも教えて頂戴!」
「お嬢様は大変な目に遭われました。まずは心を落ち着けて、ゆったりとお過ごしください」
「でも!」
私が今日何度目かのお願いをリサにしようとした時、ドアがノックされた。
ドアから顔を覗かせたのはジェイだった。
「また、やってるのかい? 部屋の外まで二人の声が響いているよ」
私はジェイの方に歩いて行くとリサのことを訴える。
「ジェイ! 聞いてください。私は一人で何でもできるようになりたいのに、リサが全部やってしまうのです」
プンプンと怒りながらジェイに顔向けると、ジェイの目が今にも笑い出しそうに細められる。
「ジェイ! 私は本気なんです!」
「ああ、悪い。わかっているが、君はリサに甘えていいよ」
「でも!」
私が口を開こうとするとジェイがサッと手を上げる。
「アーサーが呼んでいるんだ」
「私をですか?」
「ああ」
ジェイの真剣な様子に何かあったのだと確信する。
「わかりました」
私はリサを振り向くと、リサの顔が心配そうに歪められる。
「リサ、少し行ってきます」
「あ、ええ、いってらっしゃいませ」
そうして、私は初日以来のあの部屋に向かった。
この一週間で、かなりことがわかった。
今転生者の数が増えていて、近隣の国で私と同じような転生被害者が生まれようとしているのだ。
今潜入している国は三つで、既に『悪役令嬢』と呼ばれている国が一つだ。
今はその一つの国で保護の準備を進めている。
私はその話を聞きながら、自分にできることはないか模索している最中だった。
「ニアを連れてきました」
ジェイと共に部屋に入ると中には私達の他に三人の仲間が集まっていた。
二人は知っている。アーサーとヘンリーだ。だか、残る一人は初めて会う人だった。
彼女はとても美しい女性だった。
私は思わず腰を落として頭を下げる。
「ジェイ、このお嬢さんが?」
その女性は声まで綺麗だ。
「ああ、最近仲間になったニアだ。ニア、こちらはクリスティだ。今あの国に潜入してもらっている一人だ」
「初めまして、ニアです」
「クリスティよ。よろしくね。ふーん、ライアンの令嬢版ね。いいと思うわ」
クリスティはそういうと、視線をアーサーとヘンリーに戻して、今回の報告について話を進めた。
その国は私の国とは少し離れているが、王妃教育で学んだことがある。
小さな国だが、緑が豊かで平和な国のはずだ。
クリスティの報告では、その国の公爵令息が、婚約者がいるにも関わらず男爵令嬢と仲良くなっているという内容だ。
「そして、今婚約者である伯爵令嬢は『悪役令嬢』と呼ばれているわ」
その一言に皆の顔が引き攣る。
「すぐに保護の準備を始める。その令嬢は保護対象に入るんだろうな?」
ヘンリーは普段は冗談が好きな気のいいおじ様なのだが、今は少し怖いくらいだ。
「はい。今のところ令嬢のしていることは、婚約者本人への怒りをぶつけているだけです」
その言葉にズキンと胸が痛む。
「ニア? 大丈夫かい?」
ジェイが隣から心配そうに覗き込んできた。
「大丈夫です」
クリスティと話していたアーサーがこちらを見て、私を手招きする。
「ニア、ちょっといいかな?」
「はい。何でしょうか?」
「今日は本当は報告の見学だけしてもらおうと思っていたんだが、ちょっと問題がありそうなんだ。早速協力してもらえるかな?」
「え? はい。私にできることでしたら」
「アーサー、ニアにはまだ早いです」
隣からジェイが私の前に立つ。
私はジェイの背を押して顔を覗かせる。
「大丈夫ですわ。ジェイ」
「しかし……」
「ジェイの気持ちはわかるが、緊急事態なんだ」
「一体何が! 今の報告だったら、いつもの通りじゃないですか!」
すると、それを聞いていたクリスティが、発言する。
「今はね。でも、もうすぐ保護対象ではなくなる可能性が高いの」
「どうして!」
「転生被害者の令嬢が、今お相手の令息との心中を考えているらしい」
「え?」
「……心中」
その方は婚約者を愛しているからこそ、婚約者へ怒りをぶつけ、今は心中を考えているのだ。
私は……
「ニア?」
私はハッとして皆を見るが、四人からは心配気な視線を受け取ってしまう。
「大丈夫ですわ。あの私は何をすればよろしいですか?」
するとクリスティが私の手を取った。
「その令嬢と仲良くなって、心中を止めてほしい」
「止める?」
するとジェイが私とクリスティの間に入ってくる。
「ちょっと待ってくれ! 保護前に助けるのはルール違反だろう? その転生被害者だけ特別扱いする理由は何なんだ!」
確かにジェイからそう聞いている。
「わかっているわよ!! だからアーサーに確認しに来たんでしょ!」
「アーサー、許可するんですか?」
アーサーが苦悩の表情を浮かべる。
「もちろんその件については検討したよ。ただ、このパターンならば事前介入してもいいと判断した」
「どうして!!」
「この転生被害者は転生者には危害を加えていないんだ。今回の心中も婚約者がターゲットだ。そこには、大きな違いがある」
アーサーの言葉の意味を考えてみる。
転生者との関わりには関与してはいけないというルールには抵触しないということか。
「転生者の中には自分への嫌がらせも含めて予見していることがあるからな。そこに触れると帝国がだまっていないだろう。彼らは転生者の自由を認めているから。しかし、その男に関しては容認する可能性が高い。ターゲットが心中して転生者が消えてしまうのは避けたいだろうしな」
アーサーが悔しそうに口を閉じる。
クリスティが私の目の前に立った。
「貴族にしか見えない貴女ならば、その令嬢に近づいて懇意になることも可能だと思うわ。私はずっと彼女を見てきたの。真面目で優しい、とてもいい子なの。ただ、真面目すぎて、今変な方向に考えてしまっているだけ。そして、今は相談したくても国内で、『悪役令嬢』と言われていて皆から避けられているの。助けてあげたいの」
私に出来るだろうか? 私には元婚約者を責めることなど出来なかったし、しようとも思わなかった。その令嬢の方が至極真っ当に感じる。
「ニア、無理はしなくてもいい」
ジェイはそういうが心中が成功しても、失敗しても保護は叶わなくなる。
私にもわかることだ、彼女に待っているのは心中による死か、処刑による死のどちかだ。
それくらい心中というのは罪深いものだ。
「私にやらせて下さい。その方を助けたいですわ」
「ありがとう!!」
クリスティが私の手をブンブンと上下に振る。その泣き笑いの笑顔に、彼女が本気だったのだと知る。
「頑張ります!」
アーサーとヘンリー、そしてジェイは三人でしばらく話し込む。
私をどうやってその令嬢と会わせる事ができるのかを考えているようだ。
その間に私はクリスティからその伯爵令嬢についての話を聞いた。
「あの、その令嬢についてお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんよ。何が聞きたい?」
「その婚約者の公爵令息とは、いつ頃婚約されたんですか?」
「確か、かなり幼少の時からだと聞いているわ。婚約してから、その男爵令嬢が現れるまで二人は仲睦まじい様子だったようよ」
「そうなのですね」
それは私と同じだ。私も子供の頃から婚約していたし、イザベラが現れるまでは平和に暮らしていた。
「では、その令嬢は心から婚約者を愛しているのでしょうね。心中なんて考えるくらいだもの」
「そうね。そう考えるとわかりやすいんだけど、どうもそれだけではないような気がするのよ」
「それはどういうことでしょう?」
「今までは転生者に婚約者を奪われると殆どの場合、その奪った転生者へ敵意が向くの。それが今回は婚約者自身への怒りが向かっている。だからといって、平民がするような恋愛結婚ではないからそこまで執着するかしらと思ってるの。流石に心中まではちょっとないかな」
「確かにそうですよね。まるで見せしめのようですわ」
「そう! そうなの!! 嫉妬や恋に狂ってというよりも見せしめに見えるのよ。だとしたら、彼女も冷静さを失っていないだろうし、止めることも可能かなと思う訳!」
私は話を聞いて、その令嬢に興味を持つ。自らの命を賭けて、何への見せしめなのだろう?
「話してみたいですわ」
「え?」
「私、その方とお話してみたいです」
私はクリスティの手を取って訴える。
「ありがとう。私だとどんなに変装しても侍女が精一杯だったの。ここに来るためにその立場も辞めてしまったし。方法が見つかったら、よろしくね。本当にいい子なの」
そう言ってクリスティは微笑んだ。
その時、後ろからアーサーに呼ばれる。
「ニア、君は今まで外遊にでたことはある?」
「いいえ、私はまだアカデミーの学生でしたので、国外へは言ったことがありません」
「では、この国にも?」
「はい、初めてです」
アーサーは私の答えを聞くとジェイに再び話しかける。途中ジェイがイライラしているようだったが、なんとか話はまとまったらしい。
二人は連れ立って私の側にやってくる。
「ニア、君にアスラン大公の妹という身分を用意するよ」
ジェイが私に一言話す。
「え?」
アスラン大公とは帝国の大貴族の家門だ。その大公の妹とは、祖国の王より身分が高いかもしれない。
「お、恐れ多いですわ」
「でも、今回の計画は転生被害者を説得しないといけないからね。なるべく身分で入れない場所などがないようにしたいんだよ。大公の妹であれば、後継者云々にはならないが、一目置かれる身分だからね」
簡単に言うが、これはどういうことなのだろう? 私はジェイに確認する。
「あの、もしかして大公殿下が協力者なのですか?」
「まぁ、そんな感じかな」
「だって、そうでないと妹になるだなんて、私達をお許しになるはずがありません」
「まぁそうだよね。でも、そのことは機密事項なんだ」
「そうなのですね。わかりましたわ」
そうして、私のファースト・ミッションが決定した。
『転生被害者の心中を食い止めて、組織に保護してもらうよう説得すること』
それからは、ミッションの準備に取り掛かることになったのだった。
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