悪役令嬢はれっきとした転生被害者です!

波湖 真

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私の目の前に立ったリーダーらしき人が話し始める。
私の隣にはいつの間にかジェイが移動して来た。
それだけで、少しだけ緊張が緩む気がする。私は膝の上で握りしめていた手の力を抜いた。
「まず、転生者の定義からお話ししましょう。転生者とはここではないどこか別の世界の記憶を持っている者の事をいいます」
「何となくは伺いました」
「転生者の中にも様々なパターンが存在します。多くの場合、被害者を出してしまうことが多いのですが、時に転生者は利益をもたらします」
「利益ですか?」
「ええ、今までに無かったものを生み出す力があるのです。事例が多いものは食べ物です。今まで存在しなかった食べ物を作り、広めることもよくあります」
食べ物と聞いて私にも思い当たることがある。確かにイザベラは不思議なデザートを作って来て、あの男に差し上げていた。
私は深く頷いた。
「公表はしていませんが、他にも思想や政治、政策、技術などにも改革をもたらすこともあります。ですから、帝国ではこのことを重要視しています」
この言い方では、転生者には価値があるから自由にさせるが、それで生じた被害者は保護するから我慢しろと言われているように感じる。
私は手をギュッと握りしめる。
「ニア……」
ジェイが心配そうに私を見ているが、何とも言えない。
「少し前までは、完全なる放置でした。それによって転生被害者が何人も悲惨な末路となりました。それを目の当たりにし、生まれたのがこの組織となります。私達は転生被害者を保護する活動をしています。それは間違っておりません」
「この活動を帝国の皇帝陛下もご存知なのでしょうか?」
「公式的にはいいえです。この組織はあくまでも独立した機関を目指しておりますので。ただ、活動を初めて十年は経っていますし、当初の調査には皇帝陛下も加わっていたと聞いております。知らないということはないでしょう。ただ、今まで何か言われたり、妨害されてはいないので容認されていると考えています。皇帝陛下が潰そうと思えば簡単ですから」
そう言って彼は深くため息を吐いた。きっと、今までこの公式と非公式の狭間で苦労されたのだろう。
私は遠慮がちに確認を取る。
「では、この組織は非公式なものということでしょうか?」
「その通りです。不安かも知れませんが、帝国内の国々を回ることも多いので制約はないほうが動きやすいのも事実です」
「わかりました」
私は頷いてメモを取る。
彼は顔を上げて、今度は自信をのぞかせる。
「私達の活動は多岐にわたるものですが、ルールというか、目標ならあります」
「それはどのようなものでしょうか?」
「まず一つ、貴女のような被害者は絶対に保護するということです」
私はその眼差しの強さに心を打たれた。この決意にも似たルールのおかげで、今ここにいるのだ。
「あの、私のようなとは?」
「さして罰を受けるような事をしていないのに、断罪される事例のことです」
そう言って男性は立ち上がると黒板に何かを書き始める。
それは転生被害者についての表だった。
「転生被害者にはいくつかのパターンがあります。先ずは貴女のように婚約者を奪われて不当な罪で追放される者、次に投獄される者、最後は処刑される者です。残念ながら、我々が保護できるのは追放される者だけです」
彼はそう言った後、ある場所をトントンと叩いた。
「そして、これが一番重要ですが、妥当な罰を受ける者もいるということです」
「え?」
私は思わず聞き返した。
「追放だろうと投獄だろうと、ましてや処刑でさえも妥当な罰である場合は保護いたしません」
「それは一体どういうことでしょうか?」
「きっかけは転生者の言動である場合が多いので転生被害者ともいえますが、一線を超えてしまう方もいるのです。最も残念な例は殺人さえも厭わない者がいるということです。そのような方には、これらの罰は妥当と判断して保護は致しません。我々はあくまで不当な罰を受けた者のために存在します」
その時、私は再び膝の上の手を握りしめていた。
何故なら、一歩間違えば私の罰が妥当になってしまう瞬間はあったからだ。
「わかりました」
イザベラにそそのかされて、手をあげようとしたこともあったし、本当にいなくなって欲しいと、心から望んだことも一度や二度ではない。
本当に紙一重で私はここに居る。
「ですから、その見極めの為に、転生者らしき人物が見つかったら、その国に潜入し、その被害者を保護すべきかどうかを判断しています」
「え? では、私も…….」
私は自分の胸に手を当てる。
彼はそんな私を見つめて、うなずいた。
「ええ、きちんと見極めさせていただきました」
「そう……ですか」
なんとなく釈然しない思いもあるが、それも大切なことなのだろう。
男性は更に黒板に表を書き足した。今度は転生者のものらしい。
「転生者の中にも色々なタイプがいるとわかっています。憑依型、生まれ変わり型、転移型が多いですが、ごく稀に未来から過去に戻る転生者も居るようです」
「未来からですか?」
「ええ、不幸な未来を変える為に戻ってくるのですよ。また、目的を達成すると消えてしまう場合もあります。その時は転生者本人の周りの人物へのケアを行うこともあります」
「ケアですか?」
「はい。ターゲット、ああ、転生者が誘惑する相手をそう呼んでいます。そのターゲットが婚約を破棄する程好きになった相手が、一晩で消えてしまうのです。それはもう混乱の嵐です。精神的に辛い方も多い。その場合のケアです」
そう言った彼の顔が、誇り高く見える。
「成程、この組織の活動についてはよく分かりました。ありがとうございます」
私が頭を下げるとその人は息を大きく吸った。
「それでは、最後の確認です。今ならば、新しい人生を歩むお手伝いができます。貴女はまだまだお若い。人生を楽しんでも良いんですよ。確かにこの組織に入れば、貴女と同じ境遇の方を助けることができるかもしれません。しかし、そこには貴女が過ごした辛い日々をもう一度経験するようなものです。本当にこの組織に入りますか?」
私はゆっくりと顔を上げる。その場にいる全員が私を見ているのを感じる。
私は元婚約者から罪を問われた時のことを思い出してから、ギュッと手を握りしめて覚悟を決める。
「はい。私がお役に立てることがあるのでしたら、是非お手伝いさせてください。私はあなた方に救われました。あの場に捨て置かれたならば、今はもう死んでいたかもしれません。もし、同じ境遇の方が助けを必要とされているのならば、何かできればと思います」
「……」
「……」
その場がシーンと静まり返る。
説明してくれた彼がフッと息を吐き出した。
「‥‥歓迎します」
その言葉と共に場の空気が一気に和んだ。
「申し遅れました。私はこの組織の統括をしているアーサーです」
先程とは打って変わってニコッと微笑んだアーサーは公爵家の執事を思い出す。
「私はヘンリーです」
「俺はジョージだ」
「私はエミリーですわ」
次々と名乗られて追いつかない。
「あ、あの」
すると隣からジェイが、私の肩を抱いた。
「大丈夫だよ。直ぐに覚える必要はない。今は自分のことだけを考えればいいよ」
私はジェイを見上げて、頷いた。それでも皆に一言だけは言いたかった。
「これからはニアとお呼びください。皆様、私を助けていだただき本当にありがとうございました。何ができるかわかりませんが、精一杯お役に立てるように頑張ります」
そう言って、立ち上がると私は頭を下げたのだった。
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