悪役令嬢はれっきとした転生被害者です!

波湖 真

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「ニア、少し待っていて」
ジェイはそういうと一旦部屋から出ていった。
私はふぅと息を吐き出すと、部屋の中を歩き回る。
タオルはバスルームの中の上の棚、水の止め方を確認する。
「お湯については聞いてみないとダメね」
クローゼットを開けて、ドレスを確認する。
「これはきっとお金に替えられるわ。大切にしないと」
そして、ベッドに戻りシーツの仕組みをよく見て学ぶ。
「ベッドメイクは、もっと簡単なのかと思っていたわ」
ブツブツと今見たことを復習していると、ドアが再びノックされる。
「はい」
「失礼するね」
ジェイの後にもう一人女性が入って来た。
「えっと、こちらはリサだ。リサ、彼女はニア。申し訳ないけれど、色々教えてあげてほしい。まずは、その服装……とか」
ジェイの言葉に私の恰好がおかしいのだと気付くが、何しろこういう服自体を着たことがなかったので、どこが悪いのか見当もつかない。
私は自分の格好を見ながら、首を傾げる。
「うーん、そうですね。わかりました」
リサと紹介された女性はスタスタと近くまで来ると私の周りをくるくると回る。
「えっと、どこのお姫様を連れて来たんですか?」
その言葉に私はドギマギしてしまう。
「あ、あの……」
「まあ、いいじゃないか。彼女は絶対に我々に必要な人材だよ。ただ、まだ、一人に慣れていないだけだ。取り敢えず、着替えを教えてくれ。それから、奥に連れて来て欲しい。いいかい?」
「はい。わかりました」
「じゃあ、ニア。今はリサの言うことを聞いてね」
そう言うと、ジェイは部屋から出ていってしまう。
部屋の中にはよく知らないリサとボロボロの私。
私は、腰を折ってスカートを軽く摘んだ。
「初めまして、キ、ニアと申します。お手数をお掛けいたします」
思わずキラニアと言いそうになって、言い直した。
「うん、そうね。なるほどね。私はリサですよ。お嬢様」
リサはそう言って優しい笑顔で笑う。年は多分お母様くらいかしら?
少しふくよかな体型だが、とても居心地の良い雰囲気を醸し出している。
「私のことはリサと呼んでください。あらあら、この服は前後逆ですね」
「え? そんな……」
私は自分がワンピースを前後逆に着ていたとは思わず狼狽える。
「大丈夫です。おいおい慣れて行けばいいんですよ。生まれたての赤ん坊だってそうやって大きくなるんです」
リサはそう言って手をパンパンと叩いた。
「さあ、先ずは着替えちゃいましょう。脱いで下さい。ああ、髪をきちんと拭きましたか? あー、絡まってますね。お嬢様! 体が冷たいじゃないですか! シャワーは浴びたんですか?」
私は恥ずかしくて、体を小さくしながら答える。
「あの、お湯がどうしても出なくて……」
「もしかして、水で浴びたんですか?」
「……はい」
「あらあら、大変だ。今お湯の出し方をお教えしますよ。着替える前にサッと浴びましょうね」
リサはそういうと私の手を引いてバスルームへ連れていった。
「ほら、まずはここを捻って回すんです。そうするとお湯が出ますからね」
「はい」
「ああ、髪はこちらで洗うんですよ。多分ボディ用のを使ってしまったんですね。それじゃあ、ガシガシになるはずですよ」
「……はい」
「さあさあ、早く温まってくださいまし」
そう言ってリサは私をバスルームに押し込むと扉を閉める。
私は教わった通りに栓をひねると本当に温かいお湯が出た。
「お湯だわ」
私はやっと一息ついた。バタバタしていたが体が芯から凍えていたことにようやく気付いた。
「温かい」
お湯の出し方すら知らない私が王妃だなんて、なんと驕った考えをしていたのだろう。
足元を見ていなかったの私自身だ。これでは元婚約者からも、家族からも、国からも捨てられて当然なのかもしれない。
落ち込む心をなんとか落ち着けて、私はバスルームで体を洗う。そして、先程は分からなかったタオルと取ると体を拭いた。
少しは成長していると思いたい。
「出ましたか?」
リサの声が掛かる。
「はい」
するとバスルームのドアが開かれて、タオルを巻いた姿のまま手を引かれる。
「さぁ、こちらにお座りくださいね」
そう言って椅子に座らされると、リサは手慣れた様子で髪をとかす。
あっという間にぐちゃぐちゃだった髪は整えられて、シンプルにまとめられる。
「はい、できた」
「あの、ありがとうございます」
私がお礼を言うとリサはニコッと笑って頷いた。
「次は着替えですね。このワンピースは印のある方を後ろにして着るんです」
リサは襟元を捲って見せてくれる。確かに小さな印がついていた。
「そうなのですね。わかりました」
私は言われた通りにワンピースを身につける。
「お嬢様には大き過ぎますね。では、失礼しますよ」
そう言ってリサは私の腰に紐を巻き付けてリボンのように結んだ。
「はい、できました」
私は部屋の隅にあった鏡で自分の姿を確認してみる。
昨日までの私とは違い、質素な服を着ているが、私は今の方がずっと好きだった。
「じゃあ、ジェイ様の所にご案内します」
「あ、あの、リサさん、私ももう平民ですの。敬語やお嬢様なんて呼んでいただかなくても結構ですわ」
私はそう言ってにっこりと微笑んだ。
「それでも、色々教えていただけて嬉しいです。ありがとうございます」
リサは私を見てハッとしたが、直ぐに首を横に振った。
「大丈夫ですよ。私がお嬢様と呼びたいから呼んでいるんです。気にしないで下さい。さあ、行きましょう」
そう言って前を歩くリサが、滲んだ涙を拭うのが見える。
どうしたのかと聞くには、まだ時間が足りないだろう。
本名を使わないと言うことは過去に関して聞くことはタブーなのかもしれない。
私はリサの涙は見て見ぬ振りをして、後ろからついて歩いたのだった。
「お連れしました」
突き当たりの扉を開けてリサが中に声をかけた。
「入ってもらって」
ジェイの声が聞こえると、リサが私を手招きする。
「お嬢様、こちらへどうぞ」
私はふぅと息を吐くとお腹に力を入れて背筋を伸ばす。
そして、惨めには見えないように顔を上げて歩いた。
中には十人程の人が集まっているようだ。
年齢や性別は色々だった。お祖父様と言っても差し支えない方から同年輩の女性までが集まっている。
「キラニア・ルーラマウス公爵令嬢ですね」
一番奥に座っている男性から声が掛かる。
私は国王陛下に対するようなカーテシーをしてから前を向いた。
「はい。ですが、既に家門からは除籍されております。ニアとお呼びください」
「わかりました。では、ニア、いくつか質問をしてもよろしいですか?」
「はい」
「何故、組織に入ることを希望したのですか? ジェイから復讐はしないと聞きましたよね」
「はい。私は、ただ、今までの人生を無駄にしたくなかったのです」
「無駄に?」
「はい。静かな場所で暮らすことも、新しい身分で生きることも、自ら成功を掴むことも考えました。しかし、それは私の今までの人生を否定することです。私は今の自分のままで生きたいと思いました。しかし、残念ながら、私にはその方法がわかりません。ですから、ジェイにこちらの組織に入れてほしいと願いました」
「自分自身を生きるですか?」
「はい。私のような人間を転生被害者と呼ぶことを初めて知りました。というかこのような組織の存在も知りませんでした。でも、確実に言えることは私はジェイ達に救われたということです。私は確かにアカデミーで学び、王妃教育を受けましたが、部屋を片付けたり、バスルームを使ったりすることができないのです。それでは自分と向き合う前に死んでしまうでしょう。利己的といえばその通りです。私は自分が生き残るためにここにいます」
そう言ってしっかりを顔を上げる。
「‥‥ここがどのような組織かわかっていますか?」
「世界中の転生被害者を保護すると聞いています」
「ジェイ、省略しすぎですよ」
その方は呆れた声で、ジェイの方に目線を送る。
「申し訳ありません。でも、昨日のことに限れば嘘はないでしょう」
「はぁ、わかりました。ニア、少し説明しますから、席についてください」
その人は私に席を勧めてくる。私は頷くと目の前にある椅子に腰を下ろした。
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