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二章 誤解と秘密と、それと誤解
馬乗りなんて、素敵
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いつの間に逃げたのか、魔女はどこにもいなくなっていた。
『まだ近くにいるだろうからー、手分けして探そうー。私は西に行くからー』
というマイの言葉に従って、僕は小隊室棟から東に向かっていた。
「居ないな……。もう《天空》に逃げたか?」
適当に辺りを見回すが、どこにも魔女の影は見当たらなかい。ところが、とあるめちゃくちゃ細い路地を覗き込んだ瞬間、襟を誰かに掴まれ、そのまま押し倒された。
誰かなんて言うまでもない。
魔女だ。
「お前ッ……!」
「少し黙って話を聞け」
顔面をわしづかみにされ、地面に頭を押さえ付けられる。魔女はそのまま僕に馬乗りになると、口を開いた。
「心配せずとも、今は何もしないしすぐに逃げるよ。……ここでお前を殺しても、何の得にもならないんでな」
そう言って、だが、と魔女は付け足す。
「抵抗するようならすぐに殺す。今なら綺麗に殺せるしな。死体は使い道が多い。戦闘用にも娯楽用にも、果ては性具にも使用できる。死体の形が整っていれば更に使い道は増える」
あまりの悪趣味に吐くかと思った。
僕の表情から何か察したのか、魔女はにこやかに言った。
「案ずるな。少なくとも私は性具には使わんよ。さて、じゃあ時間もないし、さっさと本題に入ろうか」
「…………どうせろくでもない話だろうが」
「そうでもない。お前らにとっては結構重要な事だろう」
魔女はそして、言葉を選ぶように少し間を置いて、
「…………なあお前。お前は、これだけで済むと思っているのか?」
「何がだ」
「マイを狙う騒動の話だよ。お前は本当に、私を追い払ってそれでおしまいだと、そう思っているのか?」
「あ?」
「おしまいじゃないさ。自分でやっておいてなんだが、ここまで派手にやってしまうと他の馬鹿共が何か嗅ぎ付けるだろう。そうなれば今回と同等かあるいはそれ以上の騒ぎがこれから何回も起こるぞ。ここで私を倒してハッピーエンド、じゃあマイの価値に見合わんだろう」
「今回以上というと……」
「私はマイに無関係な死者は出ないようにしたはずだ。が、私みたいに変な世話を焼くヤツはそうはいない。元々、この世界に恨みしか持っていないやつらだ、全力で潰しにかかる可能性のほうが高いぞ。そうなれば」
「待て、でも、そんな派手な攻撃をすればマイも巻き込まれて死ぬかも知れないだろ?」
「死なないよ。死なないから、あの方は特別なんだ。だがお前らは違う。死ぬぞ、何の迷いも無く、な」
「……っ」
腹に魔女の身体の温もりがこもる。魔女にも人の暖かみはあった。それが腹を中心にじんわりと身体に沁みていく。にもかかわらず、全身には冷たいものしか走らなかった。
何か魔術攻撃を受けているのか? いや違う、……これは恐怖だ。身体中が小さく震えている。
身体が密接している魔女もその小さな震えを感じたらしく、
「……お前が恐怖しているのは死ではないな?」
「…………」
「これは死を恐れる震えじゃない。これは目の前にぶら下がっていた明確な敵を取り払われた恐怖。私を倒せば良いと思っていたのに、そんなのは何の解決にも繋がらないと知った絶望」
「……その通りだよ。ここでお前を逃がそうが逃がすまいが、その後に待つのは次の敵の猛攻。そんなの」
「理不尽だと? そう言いたいのか、哀れで矮小な人間よ、理不尽だと言って自分を慰めるつもりなのか?」
魔女はそう言って、僕の襟を掴み、ぐいっと引っ張って僕の上半身を起こした。
そして耳元に口を近付けて、囁くように。
「その通り、理不尽だよ。魔女である私が見てもな」
耳に魔女の息がかかり、反射的に魔女を突き飛ばしてしまった。もっとも、魔女は少し上半身が後ろに下がった程度だが。
「おっと。痛いな……、レディには優しくしろよ」
「うるせえ……。そもそも、お前がここを襲わなければこうはならなかったんだよ!」
「ああ、それで? いつまで過去に拘泥してるんだ、起こったことにいつまでもうだうだ言ってるのは恥ずかしいぞ」
「てめっ!」
「私にも私のやるべき事が有るんだよ。実のところ、別にお前らが今後どうなろうと知ったことじゃない。それを教えたのはそいつが交渉カードになりうるからだ。それと勘違いするなよ、まだお前は私の支配下だ」
言うなり、魔女は僕の顔を掴み、勢いよく地面に叩きつけた。
「がッ!!!」
「ここで素敵な提案だ。マイを無償で引き渡せ。そうすればこれから、ここがマイ関係で襲われる事は無くなるさ。いや、今ならエッチなサービスを付けようか? お前は結構好みなタイプだ」
それは、魔女との…………、いや、悪魔との交渉。
悪魔と性的交渉を持った女性が、魔女。遥か昔、『魔女狩り』という名の虐殺においては、魔女はそう定義されていた。
「ふ、ざけるなッ…………!」
「今すぐにのめとは言わないよ。心の準備をする為の、少し考える時間をくれてやる」
魔女は指を一本立てると、楽しそうな口調で告げる。
「一週間。腹を決めたら、一週間後に《表層》のオベリスクの下にマイを連れて来い。話は終わりだよ。そろそろ逃げないと私も本当にマズイ」
そして魔女は僕から手を離すと、素早く立ち去った。消えた、と言った方が正しいかもしれない。
僕の返答を待たずに、魔女は消え去った。急いで起き上がり、路地から出たが、…………今度こそ魔女の姿はどこにも無かった。
目標ロスト。半分くらいは僕の意志も混ざっていたに違いないけど、それは心のごみ箱に押し込んで火を点けた。
クセで耳に手を当てようとして、今はインカムをつけていないことを思い出した。
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