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二章 誤解と秘密と、それと誤解
底知れぬ力、その一端
しおりを挟むその僅か二分前。
その時マイはようやく、自分の身体に仕掛けられたギミックを看破した。それは結構簡単な事だ。
(大体、液体状のアンテナかー! それが分かれば話は早い……)
知らず知らずの内に、口内かどこか粘膜に撃ち込まれていたのだろう。マイには魔女と直接接触した覚えはない。となれば、間接的な攻撃によるものだ。恐らくは、あのぶよぶよした『何か』を使った。
気付いたのは偶然。自分の中に『他人』が入り込んだ僅かな違和感、針で胸をつつかれるような不快感から逆算したに過ぎない。
さっそく対抗策を練る。注意して感じてみると、小さな小さな不快感は既に胸から移動して、手、足、おなか、頭、そして秘部に至るまで、全身をくまなくチクチクと刺してくる。つまり、『アンテナ』は血管かリンパ管に潜り込んでいる可能性が高い。
本来なら、全身をまんべんなく支配し、かつ原因の特定を遅れさせる有効打に違いない。だがいったんバレてしまうと、克服の穴も見えてくる。
(ならそれを、)
幸い、今は魔女の意識はアキラに向いている。さらに感覚を共有リンクされている気配もない。
今なら、拘束を抜け出せる。
(逆手に取る…………ッ!)
手足は動かずとも、魔術を発動する事は不可能じゃない。体内での消毒魔術の急精製。
そして、血管とリンパ管を使い、魔術を一気に全身に広げる!
バヅッ! と右足太ももの辺りに強く叩かれるような衝撃が走った。
「うわっ!」
身体の拘束が解除され、マイは前のめりに倒れる。
「痛ッ……。消毒魔術はやり過ぎたかー?」
自由になった代わりに、全身は内側から刺すような痛みを訴え始めた。少し内出血も起きているかも知れないが、今はそんなことは気にしていられない。
(アキラはどこにー!? 早急に援護を…………ッ!!?)
自分の事に必死で、アキラが今どうなっているのかを見失ってしまった。慌てて周囲を見回すマイの視界の端に、何か凄まじいものが映った。
バッ! とそちらを向く。
そこにはアキラと、魔女と。いや、その二人は別に驚くほどのことじゃない。問題は、その魔女が上段に構えている、液体を強制的に固めたような姿形をしている刀。
……………………………………………………………………………………………………、…………アレハナンダー?
禍々しい程に赤々としていて、しかし黒い影が中からこれでもかというほど吹き出している。ラーメンのスープにショートケーキが浸かっているような、何とも異様な光景だった。相反する筈のものが、何故か一つの器に収まってしまっている。
あれが何かなんて分からない。効果も威力もまるで知れない。でも、
ろくなものじゃ無いだろうことに違いはない!
マイは気が付けば走り出していた。勝算もないままに、純粋にアキラを助ける為に。
――――この瞬間こそ。
理不尽が火を吹く、三秒前!
魔女は視界の端でマイが拘束から抜け出したのを捉えていた。
(あー、ギミックがバレたか。まあ良いけどな)
アキラを騙しての誘拐に失敗した以上、どのみち力わざだ。マイが拘束から抜けようが抜けまいが、そんなのは何の支障にもならない。
とりあえず、ここでこの隊長野郎を潰す。跡形も残らないほどに。
そう思って、そのまま一気に剣を降り下ろそうとした。
だが、誤算が、生じ――。
そして、数秒などはあっさりと過ぎた。三秒ぐらいだっただろうか? まあ、そんなことは些事に過ぎない。
結果から言えば、僕は死ぬどころか一撃を喰らうことも無かった。
刀を降り下ろそうとした魔女が、ぴたり、とその動きを止めたのだ。いや、それはまるで、止めざるを得なかったような。
「ああくそっ! マイ、邪魔だ!」
その訳も至ってシンプルだ。マイが、僕と魔女の間に割り込んだ……、それだけ。
苛立たしそうに叫ぶ魔女に、マイはそのまま勢いよく右手をかざす。そして、その右手を中心に丸い魔方陣が展開した。それも一つじゃない。
「十五重魔方陣っ!? やっぱりマイは……」
魔女が何か言ったが、それは途中で打ち切られることになる。
十五枚の縦に並ぶ魔方陣はそれぞれがオレンジ色に光を放ったかと思うと、全ての魔方陣の中心を通るように一本の閃光が走った。
直後。ゴッ! と凄まじい太さの光の柱が舐めるように地面を走る。マイから魔女の足元に向けて一直線に煉瓦が焼かれる。
魔女は慌てて防御術式を張ろうとしたようだが、もう遅い。ドオ! という音ともに、赤熱した地面から火柱が上がった。
仕掛け花火のように、光が焼いた跡から火柱が一斉に立ち上る。
「馬鹿、なっ!」
この間、わずかに一秒。
だが、それだけで状況は逆転した。
魔女は火柱に巻き上げられて、何メートルか後ろに飛ばされる。その隙を見計らって、マイが僕に近寄ってきた。
「アキラ、大丈夫ー?」
「ああ、何とか。けど、あー……畜生、結局僕には何も出来ず、か……」
するとマイはにっこり微笑んで、
「そんなことないよー? 少なくとも、私にとっては、ねー」
「?」
「何でもないよー。さてと」
マイは僕に背を向けて言う。
「これは私が招いた事態らしいしー? 私が決着をつけようか。アキラはアニー達を……」
「断る」
僕は魔装をいじくりながら返す。
「男がやられっぱなしっていうのもダサいだろ。挙げ句女子に助けられるとかさ」
「好きにしたらー?」
魔女の少女は慌てて起き上がった。
想像以上の一撃。まだ目覚めていないと思っていたが。
あの破壊力は、余裕で《天空》でも相当の上位に入るだろう。それに十五重魔方陣も驚きだが、それ以上にそこから産み出された『結果』だ。即席魔方陣であの破壊力が出るだろうか。何にせよ、驚異と言わざるを得ない。
そして、更に問題なのは、その破壊力を見せてなお全く底が知れないことだ。
なんだあれは、と言いたくなる。正に規格外。
とりあえずは逃走するしかない。このままアレを捕らえるのは困難を極める上に、あんなのをもう一度喰らったら死にかねない。
だが、逃走するとなるとその前に絶対にやらなければいけない事がある。
震える足を叩いて、少女は立ち上がる。もう一度だけ、脅威のトリガーとなる者と相対するために。
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