ハロー・マイ・ワールド

井坂倉葉

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一章 魔女が存在する世界

災厄の顕現

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 辺りはもう夕闇に包まれかけている。
「これを差し込めば良いのか……」
 少女は男から受け取った三角柱形の『鍵』を手のひらの上で転がした。約束通り潰さなかったのは優しさの為せる技だろう、と少女は自画自賛する。
「まさか出入口がオベリスクにしか無いとは……、罠のような気もするのだが」
 だが、もうオベリスクのすぐそこまで来てしまった。ここから下がるのもダルいしな、と少女は小さく溜め息を吐く。何より、これ以外に《地底》への手掛かりが無い。
 別に、これが罠だというならそれはそれで良い。その場合、別のヤツを捕まえて道案内を頼もう。
 こんなときに空間座標移動系の魔法が使えたらなあ、そうすれば一発で《地底》に潜り込めるのに。なんて少女は思うが、それは言っても詮無きこと。攻撃と防御にパラメータを全振りしている少女にそれは望むことの出来ない事だった。あくまでも前衛、戦闘特化。それが少女の選んだ道であり、同時に選ばざるを得なかった道である。
 …………ちなみに、現実は甘くない。そういう侵入に対抗するための防御術式がバカみたいに《地底》と《表層》の間には張ってあるので、もしも座標移動を使って不正侵入しようとすれば身体がバラバラに弾け飛ぶこと請け合いだ。
 と、そんなこんなで少女はそのままオベリスクの元までたどり着き、
 ドガガガガガガガッ!!!
 と上方から機銃掃射をまともに喰らった。上を見れば、聳え立つオベリスクの壁の地上十メートルあたりにいくつも穴が開いていて、銃口が顔を覗かせている。
 一辺三〇メートル、刺のように堂々と聳える四角垂。正確には四角垂ではないが、四角柱の上にピラミッドを置いたような建物だが、高さはゆうに三〇〇〇メートルを越える、つるつるの材質でできた塔。そんなオベリスクは、自律式の《地底》防衛施設でもある。
「だぁー…………最早人すら出てこないとはなぁ……これだから人間は…………」
 少女は本当に気だるそうに言うと、浴びせるような弾丸の雨を手持ちの防御術式で防ぎつつ、しかし素直に下がった。
 明日の朝まで、一応待とう。人が出てきたらラッキー。出てこなければ、もう強行突破しよう。冷静な顔してアバウトな事しか考えない少女である。
 親指と人差し指の間に鍵を挟んで、ぶんぶんと振りながら、
「一応、鍵穴は有るか探すか……本当にダルい……」
 不満そうに言いながら少女はゆっくりと歩き出す。
 結果から言えば、確かに鍵がはまりそうな出入口は存在した。あのロリコン、嘘をついていなかったのか、と少女は少し驚きながら、後ろに下がる。
 その辺で無防備に寝ていれば誰かが攻撃してくるかも知れない。そいつを捕まえて内部の道案内をさせよう、来なかったらそれはそれで良いや。突破口は見えた、と少女は考え、そして小さくあくびをする。
 眠い。
 しばらく辺りを見回し、
「…………寝不足は美容の大敵って言うだろうが。レディに瓦礫の上で寝ることを勧める紳士がどこにいる。くそ、ついでにシャワーも浴びたい。まったく……」
 ぶつぶつと言いながら、時には『レディ』らしくない言葉も吐きながら、オベリスクから少し距離を取る。気づけば日は完全に落ちた。眠る場所を探そうか。



 朝。
 昨日、小一時間ほど探し回った挙げ句結局手近な廃屋で寝た少女は、目を覚まして身体中が痛むことに閉口した。固い床で寝た代償である。
 ついでに、夜に誰も襲撃してこなかったことに結構絶望した。本当に誰も来ないとは。いよいよ面倒くさくなってきた。
 外に出て見れば、オベリスクは朝日を浴びて、つるつるの壁は神々しく輝く。神々しく?
「鬱陶しい」
 神の輝きを纏うとでも言うのか。神を信じぬ者が、神を宿らせる事が出来るとでも。馬鹿馬鹿しい。自分で思い浮かべた言葉に少女は舌打ちした。
 魔法というのは、信仰があって初めて成立する。神話に伝承、あるいはその信心に由来する決してぶれぬ意思。そんなものが魔法の原動力になる。少女は魔女である。ということはつまり、少女は信仰が有ることに直結する。
 普段であれば、視界の端に収めることすら忌避すべきオベリスク。もしくはその下に埋まるもの。だが、今はそれに自ら進んで近づく必要がある。
 少女はオベリスクの根元に着いた。相変わらず掃射を浴びながら、鍵を根元に差し込み、一回ひねって抜く。すると鋼の雨はぴたりと止み、代わりに小さな空間が根元に口を開けた。奥の闇に繋がっている。言うまでもなく内部通路への入り口。
「……そういえばこの機銃掃射、一般人はどう避けるんだろうな。やっぱり罠だったか?」
 本当はそれを止ませる専用の鍵(というよりはリモコン)があるのだが、少女はそれを知らない。男はそれをあえて渡していなかった。勿論、少しでも少女が死ぬ確率を上げるためだ。
「まあ良いけど。何にせよ入り口が開いたなら、その時点で私の勝ちだ」
 少女は軽く言うと、大きく口を開いた闇に何の躊躇いもなく踏み込む。
 語られるべきではない秘密を携えて。少女は、『あの方』に会いに行く。その為だけに、少女はオベリスクの下に埋まる学園の平穏を踏み荒らす。
 災厄の顕現。あるいは、悲劇の活現。
 そして。
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