11 / 21
一章 魔女が存在する世界
悪い魔法使いのお話
しおりを挟む
3.5
アキラが轟音に驚くより、時は半日前まで遡る。「道案内を探していた所でね」と言った少女は、そのまま臨戦態勢に入っていた。
あまり広くはない路地裏にて。
「ふん!」
ガバゴン! と近くにあった電柱を斬り飛ばした少女の手には、透明な剣が握られていた。
水で作り上げられた剣。ぶよぶよとしているように見えるが、その実、鉄でも軽く叩き斬る硬度を内包している。
だが、これはあくまでも次手の為のクサビに過ぎない。
獰猛な表情を晒すでもなく冷静な顔を保っている少女は、口の中でずっと噛んでいたものをべっ! と吐き出した。血と、何かぷにょぷにょしたピンク色のものが地面に叩きつけられた。
「…………人肉は筋張ってて不味いな。いやいや、カニバリズムじゃなくてだ。こうすると色々と恩恵があるんだ。例えば」
見えない誰かに語りかける言葉と共に、手に持った剣の色が変わっていく。
「『人血』という溶媒を通して、武器のランクを一つ上に押し上げるような」
クサビの精度を上げる。その為には、猟奇的行動もいとわない。少女はうっすらと紅く染まった剣を地面に突き立てると、
「おっと」
ドシュ! と再び矢が飛んだ。今度は少女の手元を狙って。少女は手を引いてそれを軽く回避すると、
「見ぃつけた」
カウンターで矢が飛んできた方角に剣を投げつけた。ただし、地面に刺さっているのとは違う。別の剣だ。
ブラフである。
紅い剣はこのカウンター一発の為のツナギ。剣を紅く染め上げた事すら、相手に『あいつ今から何か魔法使いそう、妨害しておくべきでは』と思わせる為の、罠。相手があまり魔術に詳しくないのを見越して、それゆえの一撃。
「ぐっ!」
苦しそうな声と共に、ばさっ、と何か布状の物を翻すような音がする。そして、空間にいきなり一人の男が現れた。釣られた、とその顔が悔しそうに語る。
投げつけた剣は何も無い空間を突き抜けるかと思いきや、男が現れたすぐそばの民家、そのブロック塀の上で何かに阻まれたように止まった。
少女は少し不思議そうに頭を傾けると、
「んー……、何それ? 科学技術の結晶か……?」
「何であれ、お前には関係無かろう」
地に落ちた男は、左手に弓、右手に矢を持ち立ち上がる。膝に付いた泥もそのままにして、スーツの背中に背負われた矢立がカシャカシャと小気味良い音を立てる。
「わざわざ敵に技術を教える必要はない」
「あっそう。冷たいな。それじゃ、所属は」
「だからなぜ話す必要がある」
「お前には場を少しでも和ませようとする配慮が出来ないのか? 器が小さいぞ。その分では、男としての象徴も大分小さいんじゃないか?」
「黙れ魔女。貴様に教える事は何も無いッ!!」
ふざけているような少女の声に答えた男の叫び、それと共に会話は打ち切られた。
少女と男の距離は五〇メートル以上。探りあいも、一方的に攻撃できるラッキータイムも終了した。ここから、プロとプロの戦闘が始まる。
勝てる、と男は小さく呟いた。
いくら魔女とはいえ、歳は十五ほどで身体能力にも制限が有る。この距離であれば、少女が動く前に矢を叩き込める。一本ではダメかも知れない。だが、二本三本。そうなると話は変わってくる。何より、塀の上、装置に頼り不安定な体制で構えていたときよりも遥かに命中率は跳ね上がる。
つまりは、急所。そこを正確に三度狙撃することも、鼻の穴をほじくるより容易い。
そう思って、弓に矢をつがえ、ギリギリと胸の前で一気に開いた。力業だ。本来一度上に両手を起こし、それを下に降ろしながら弦を引くべきモノを、胸の前で強引に開く。
終わらせる。そのはずだった。
いや実際、そのまま射っていればそこで終わっていただろう。
だが、少女は。それより一歩早く。
男の予想の、その枠を越えてくる。
「やっぱりお前は小さいよ。何もかもな」
男が矢をつがえたのを見ながら、魔女の少女はやはり極めて冷静な顔で呟くと、指を一つ鳴らした。
パチン、と。
その瞬間。
男のすぐ右側で、青い爆発が起こった。
「!!?」
閃光。同時、幾数もの欠片が弾け飛び、男を襲った。
宙で固定されていた剣が爆散した。起こったことはそれだけだが、それほどの事が起きたのだ。至近一メートルで爆発に巻き込まれた男にとってはたまったものではない。
「が、あああああぁぁぁああああァァァアアアアアァァァアッ!?」
更に衝撃で剣が刺さっていた装置、箱のような装置が壊れたらしく一緒に爆発した。自分が隠れていた装置に牙を剥かれる形で、男の身体に鉄の欠片が刺さっていく。
「なるほど、化粧室みたいな箱に隠れてたのか。外装を周りに同化させる訳ね。カメレオンみたいだ」
「貴様…………ッ!」
「そんな睨むなよ。今のはたまたまそこに剣が刺さったからやってみただけだ。お前がそんな箱を持ち出さなければ剣はどこかに飛んでいって、お前の近くで爆発なんてしなかった」
嘘。本当は剣を空中で方向転換させて、男に背中からぶっ刺して、そして爆発させるつもりだった。そういう風に操れるように造った。
「しかもその箱が誘爆したのも私の責任じゃない」
半身が針ネズミのようになった男は当然、そんな詭弁で収まる訳がない。何より彼の目的は、オベリスクの死守――――正確には、オベリスクの下に埋まる学園の死守である。
「く、ああああぁぁぁぁアアアアァァァアッ!!」
「まだ頑張るの」
死力を振り絞って走り出す男に、少女は呆れたような言葉を投げ掛ける。
この時点で、体中に穴が空きまくってなお、男には勝算があった。
ここに来て未だに、少女は次の武器を取り出していない。今から新しく剣を作るにも、地に刺さった剣を抜くのにも時間がわずかに必要なはず。
その前に!
今。ここで、一撃で決める!
ギギギヂッ! と右手の激痛を堪えて弓を引きしぼる。今から矢を放つのにわずかな時間は必要無い。今度は、先ほどの爆発のような不意討ちも有り得ない! つまり。
「俺の勝ちだ!」
「残念だな」
しかし少女には、まだ。
アキラが轟音に驚くより、時は半日前まで遡る。「道案内を探していた所でね」と言った少女は、そのまま臨戦態勢に入っていた。
あまり広くはない路地裏にて。
「ふん!」
ガバゴン! と近くにあった電柱を斬り飛ばした少女の手には、透明な剣が握られていた。
水で作り上げられた剣。ぶよぶよとしているように見えるが、その実、鉄でも軽く叩き斬る硬度を内包している。
だが、これはあくまでも次手の為のクサビに過ぎない。
獰猛な表情を晒すでもなく冷静な顔を保っている少女は、口の中でずっと噛んでいたものをべっ! と吐き出した。血と、何かぷにょぷにょしたピンク色のものが地面に叩きつけられた。
「…………人肉は筋張ってて不味いな。いやいや、カニバリズムじゃなくてだ。こうすると色々と恩恵があるんだ。例えば」
見えない誰かに語りかける言葉と共に、手に持った剣の色が変わっていく。
「『人血』という溶媒を通して、武器のランクを一つ上に押し上げるような」
クサビの精度を上げる。その為には、猟奇的行動もいとわない。少女はうっすらと紅く染まった剣を地面に突き立てると、
「おっと」
ドシュ! と再び矢が飛んだ。今度は少女の手元を狙って。少女は手を引いてそれを軽く回避すると、
「見ぃつけた」
カウンターで矢が飛んできた方角に剣を投げつけた。ただし、地面に刺さっているのとは違う。別の剣だ。
ブラフである。
紅い剣はこのカウンター一発の為のツナギ。剣を紅く染め上げた事すら、相手に『あいつ今から何か魔法使いそう、妨害しておくべきでは』と思わせる為の、罠。相手があまり魔術に詳しくないのを見越して、それゆえの一撃。
「ぐっ!」
苦しそうな声と共に、ばさっ、と何か布状の物を翻すような音がする。そして、空間にいきなり一人の男が現れた。釣られた、とその顔が悔しそうに語る。
投げつけた剣は何も無い空間を突き抜けるかと思いきや、男が現れたすぐそばの民家、そのブロック塀の上で何かに阻まれたように止まった。
少女は少し不思議そうに頭を傾けると、
「んー……、何それ? 科学技術の結晶か……?」
「何であれ、お前には関係無かろう」
地に落ちた男は、左手に弓、右手に矢を持ち立ち上がる。膝に付いた泥もそのままにして、スーツの背中に背負われた矢立がカシャカシャと小気味良い音を立てる。
「わざわざ敵に技術を教える必要はない」
「あっそう。冷たいな。それじゃ、所属は」
「だからなぜ話す必要がある」
「お前には場を少しでも和ませようとする配慮が出来ないのか? 器が小さいぞ。その分では、男としての象徴も大分小さいんじゃないか?」
「黙れ魔女。貴様に教える事は何も無いッ!!」
ふざけているような少女の声に答えた男の叫び、それと共に会話は打ち切られた。
少女と男の距離は五〇メートル以上。探りあいも、一方的に攻撃できるラッキータイムも終了した。ここから、プロとプロの戦闘が始まる。
勝てる、と男は小さく呟いた。
いくら魔女とはいえ、歳は十五ほどで身体能力にも制限が有る。この距離であれば、少女が動く前に矢を叩き込める。一本ではダメかも知れない。だが、二本三本。そうなると話は変わってくる。何より、塀の上、装置に頼り不安定な体制で構えていたときよりも遥かに命中率は跳ね上がる。
つまりは、急所。そこを正確に三度狙撃することも、鼻の穴をほじくるより容易い。
そう思って、弓に矢をつがえ、ギリギリと胸の前で一気に開いた。力業だ。本来一度上に両手を起こし、それを下に降ろしながら弦を引くべきモノを、胸の前で強引に開く。
終わらせる。そのはずだった。
いや実際、そのまま射っていればそこで終わっていただろう。
だが、少女は。それより一歩早く。
男の予想の、その枠を越えてくる。
「やっぱりお前は小さいよ。何もかもな」
男が矢をつがえたのを見ながら、魔女の少女はやはり極めて冷静な顔で呟くと、指を一つ鳴らした。
パチン、と。
その瞬間。
男のすぐ右側で、青い爆発が起こった。
「!!?」
閃光。同時、幾数もの欠片が弾け飛び、男を襲った。
宙で固定されていた剣が爆散した。起こったことはそれだけだが、それほどの事が起きたのだ。至近一メートルで爆発に巻き込まれた男にとってはたまったものではない。
「が、あああああぁぁぁああああァァァアアアアアァァァアッ!?」
更に衝撃で剣が刺さっていた装置、箱のような装置が壊れたらしく一緒に爆発した。自分が隠れていた装置に牙を剥かれる形で、男の身体に鉄の欠片が刺さっていく。
「なるほど、化粧室みたいな箱に隠れてたのか。外装を周りに同化させる訳ね。カメレオンみたいだ」
「貴様…………ッ!」
「そんな睨むなよ。今のはたまたまそこに剣が刺さったからやってみただけだ。お前がそんな箱を持ち出さなければ剣はどこかに飛んでいって、お前の近くで爆発なんてしなかった」
嘘。本当は剣を空中で方向転換させて、男に背中からぶっ刺して、そして爆発させるつもりだった。そういう風に操れるように造った。
「しかもその箱が誘爆したのも私の責任じゃない」
半身が針ネズミのようになった男は当然、そんな詭弁で収まる訳がない。何より彼の目的は、オベリスクの死守――――正確には、オベリスクの下に埋まる学園の死守である。
「く、ああああぁぁぁぁアアアアァァァアッ!!」
「まだ頑張るの」
死力を振り絞って走り出す男に、少女は呆れたような言葉を投げ掛ける。
この時点で、体中に穴が空きまくってなお、男には勝算があった。
ここに来て未だに、少女は次の武器を取り出していない。今から新しく剣を作るにも、地に刺さった剣を抜くのにも時間がわずかに必要なはず。
その前に!
今。ここで、一撃で決める!
ギギギヂッ! と右手の激痛を堪えて弓を引きしぼる。今から矢を放つのにわずかな時間は必要無い。今度は、先ほどの爆発のような不意討ちも有り得ない! つまり。
「俺の勝ちだ!」
「残念だな」
しかし少女には、まだ。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

〖完結〗王女殿下の最愛の人は、私の婚約者のようです。
藍川みいな
恋愛
エリック様とは、五年間婚約をしていた。
学園に入学してから、彼は他の女性に付きっきりで、一緒に過ごす時間が全くなかった。その女性の名は、オリビア様。この国の、王女殿下だ。
入学式の日、目眩を起こして倒れそうになったオリビア様を、エリック様が支えたことが始まりだった。
その日からずっと、エリック様は病弱なオリビア様の側を離れない。まるで恋人同士のような二人を見ながら、学園生活を送っていた。
ある日、オリビア様が私にいじめられていると言い出した。エリック様はそんな話を信じないと、思っていたのだけれど、彼が信じたのはオリビア様だった。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

〖完結〗では、婚約解消いたしましょう。
藍川みいな
恋愛
三年婚約しているオリバー殿下は、最近別の女性とばかり一緒にいる。
学園で行われる年に一度のダンスパーティーにも、私ではなくセシリー様を誘っていた。まるで二人が婚約者同士のように思える。
そのダンスパーティーで、オリバー殿下は私を責め、婚約を考え直すと言い出した。
それなら、婚約を解消いたしましょう。
そしてすぐに、婚約者に立候補したいという人が現れて……!?
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話しです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。
婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します
けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」
五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。
他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。
だが、彼らは知らなかった――。
ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。
そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。
「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」
逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。
「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」
ブチギレるお兄様。
貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!?
「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!?
果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか?
「私の未来は、私が決めます!」
皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる