ハロー・マイ・ワールド

井坂倉葉

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一章 魔女が存在する世界

思い出の話

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「昨日は久々に任務を果たしたそうですね。おめでとうございます。何ヵ月ぶりですか?」
 まさかのお祝い。
「え、えーと……」
 頬を掻きながら、頭で数える。えーと、確か……。
「三ヵ月ぶり?」
「今日は何月だと思います?」
「七月終わり、夏休みの手前……」
「つまり先輩は」
 中川はその長い黒髪を耳の上に上げながら、
「あの時を最後に任務を昨日までしていなかった、と」
 僕をまっすぐに睨み付けた。
「先輩がどうしようと勝手です。勝手ですが、このままでは先輩はただの役立たずですよ? 筆記の成績は良いのに、実践ではまるで足手まとい」
「……」
 三ヶ月前の記憶がよみがえりそうな言葉だった。
「せっかく二年の中で、いえ学園の中で数少ないパートナーを得ている者であるにも関わらず、ろくに仕事もしない」
「……返す言葉もない。だが、」
「挙げ句、小隊室でニートのような堕落した日々を過ごす底辺!」
「……そんな事を言いに、わざわざ来たのか?」
「そうですよ」
 挑発したつもりの言葉をあっさりと首肯され、少し面食らった。
「ですが、続きが有ります。あの時は色々ありましたが、もう一度あたしはここの小隊に戻ります」
「んなっ! だ、だけど……」
「あの時のことはあの時のこと。今それは関係ありません。このまま先輩がゴミクズ扱いされるのは気分が悪いですから」
「待て! それは多分、マイが許さないぞ!」
「マイさんが許そうと許すまいと認知の外です。あたしは先輩を監視します。これはマストです」
 中川は立ち上がると、出口に向かってかつかつと歩いて行った。
「アニー先輩とマイ先輩によろしく言っておいてください」
「僕は知らないぞ。何があっても」
 そんな僕の言葉を無視して中川は出ていった。嫌な空気が後に残った。



 中川が去った数分後に、『ごめーん遅れーたー』とか言いながら部屋に箒で突っ込んできたマイに、ついさっきあった事を話した。
「りあちゃんがー?」
「ああ。戻るらしい」
 マイは少し嫌そうな顔をして、
「ふーん。……随分、勝手な事を言うものだねー」
「どうする?」
「拒否はしないさー。というか、拒否しようにも一度この小隊に入ったんだからー、今も取月隊の一員として登録されてるんだよねー」
「へえ、そうなのか」
「まあだからこちらに拒否権は無いってことー。話に聞く限り嫌がらせしに戻ろうって訳でもないんだから、いーんじゃないのー」
「後はアニーが納得するか、だな」
「りあちゃんとの決裂の原因はー、間違いなくアキラの美徳だからねー。アニーはその美徳を気に入ってる訳だしー……」
 マイは爪先を床にこんこんと打ち付けながら言った。
「結構、難しいかもねー?」
 やっぱりか、と僕は苛立つような感情に髪をぐしゃぐしゃと掻きながら、
「とりあえずアニーに状況を伝えといてくれないか。中川が今日の放課後にも来るだろうって。アニーが中川とケンカしそうになったら、抑えておいてくれ」
「あいあいさー。それとアキラ」
「はいよ?」
 マイは僕の目にかかるまで伸びたそれを指差して言った。
「髪、切った方が良いと思うよ?」
 僕は返事をせず、代わりに手をひらひらと振って小隊室を後にした。しかし何だろう。何か忘れているような気がするのだが。



 アキラが去った後しばらくして、取月小隊室で、マイは叫んだ。
「結局アキラに言いたかった事言ってないじゃーんっっっ!」



 各小隊の小隊室がある棟、正式名称小隊活動棟から中庭に抜けた所で、僕は叫んだ。
「マイにジャムパン食べさせるの忘れた! というかジャムパンの袋、小隊室に忘れたっっっ!」



 これは、他愛もない思い出話だ。
 どういう経緯でこうなったかも思い出せないくらい、他愛もない。

『どうして魔女を殺さなかったんですか!』
『いや、悪かったとは思っている。だが、殺さなくても……』
『……戦争』
『え?』
『………………これは、戦争ですよ……? 戦争で相手が殺せないなんて、何を寝ぼけた事を抜かしているんですか! それだけの力が、それだけの武器がありながら! あなたは、なぜ……!』
『苦しい! 首を絞めるな……!』
『あなたの美学、あなたの哲学、そんなものはどうでもいい。なぜ敵の雑兵の首一つすら刈れない人間が、なぜここに立っている! なぜそんなに堂々としていられる! なぜその力を手にしている!』
『くる、しい……ッ!』
『魔法使いに力を与えられていながら、なぜ魔女を殺さなかった? 答えろ、取月ッ!! なぜ殺さなかったんだ!!』
 部屋の扉が開き、異常に気付いたマイが近寄ってくる。
『……何をしている? アキラから手を離せ、りあちゃん!!』
『……チッ!』
 珍しいマイの怒る声に、首を絞め上げていた白い手が離れていく。
『げほっ、げほ。……中川。何も、殺さなくても良いだろう? 平和的に解決する手段もあるはずだ』
『平和的に……? あなたは、何を言ってるんですか……?』
 ここで中川の目がうるんだことだけは、今でも鮮明に思い出せる。
『それを、秋に言えますか! 哲に言えますか! 卓也に言えますか! 咲子に言えますか! あたしに、言えますかああああぁぁぁあああぁぁぁあああああッ!』
 絶叫。まるで、歯みがき粉のチューブから歯みがき粉全てを絞り出すような、絞り出しきってもそれでも懸命にカスを絞り出そうとするような、喉の奥からの絶叫。
 後になって知れば、それはまさに「認識」の差だった。魔女に家庭を崩された者と、そうでない者との魔女への認識の違い。恨みの違い。「正義」の実行力の違い。
 その後の事は、よく覚えていない。
 気づいたら、バンッ! と扉を勢い良く開く音がしていた。中川は小隊室から走り去って行った。
 後にはただ、首が紫色になった僕と、気まずそうに佇むマイとアニーが居るだけだった。
 それもみんな済んだ事だ、中川の件は僕の中ではそういう扱いになっていた。少なくとも、僕にとっては。誰もいない中庭で一人、呟く。
「中川、きっと僕には、魔女について正面から君と話す資格は無かったんだろう」
 そうこれは、他愛もない身の上話。
「そもそも僕には、親がいないんだし、ね」
 僕が済んだか否かを決めることすらおこがましい、そんな昔話。
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