ハロー・マイ・ワールド

井坂倉葉

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一章 魔女が存在する世界

ジャムパンという悪夢

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 歴史Aの授業が済んだ。いざ食堂へ参る! 今日こそランチセットをいただきます!
 …………なんて意気込んでた五分前が夢のようだ。今はぼんやりと購買でジャムパンにするかクリームパンにするか真剣に悩む僕がいた。長方形の食堂の隅に購買はコンビニのように(ただしサイズはスーパーなみだ)仕切られて存在する。
「うむぅ……」
 甘すぎて吐き気がするジャムパンと、納豆みたいな臭いがするクリームパン。
 ちなみに他のパンは全部売り切れだ。この学園が抱える生徒は一五〇〇〇を越える。食堂からあぶれた生徒は皆購買に流れ込むため、購買の商品もすぐに売り切れてしまう。この不味すぎる二商品を残して。
「今日の昼は抜くか……?」
 この二つは食いたくないなぁ、と考える僕の肩を、誰かが叩いた。
「うっひゃあ!」
 びっくりして振り向くと、そこには知った顔があった。
「…………な、何をそんなに驚いている」
「あ、いや……急に叩かれてびっくりしただけだ。すまん、俊樹」
 背が高くがっしりとした体つきにスポーツ刈りをしている彼の名前は井上俊樹。静かな喋り方と、冷静さが非常に好感を与える僕の小学校からの幼馴染みだ。
「で、どうした? 何か用か?」
「…………いや、お前が顔色悪くしていたからな。何かあったのかと」
「あったあった。昨日恋人にフラれちゃって」
「…………という夢を見たんだな」
「酷くない!?」
 マイといい俊樹といい、アニーやジニーも含め、やっぱり僕の周りには冷たいヤツが多すぎる気がする。
「…………そもそも夢でも、お前に恋人など出来るものなのか?」
「うっさいな、真顔で聞くな真顔で! 本当の所は、パンがまたこの二種しか残っていなくて、閉口してたんだよ」
 溜め息を吐きながら言う。
「…………個人的にはジャムパンをおすすめする」
「なんでよ?」
「…………クリームパンは保存料たっぷりな気がしてな」
「そういやお前は健康第一思考だからな」
 でもジャムパンも似たようなもんだと思うぞ、と返答しつつ、言われた通りにジャムパンを買うことにした。一個百円。半分も食えたら上出来だろう。
 ジャムパンの袋を引っ提げて購買から出ようとする僕の背中に、俊樹が言う。
「…………そうだ、マイが小隊室に来いと言ってたぞ」
「お前もともとは、その伝達をしに来たんじゃないのか?」
 ジャムパンの残りはマイに無理矢理食わせようかな、とか考えつつ、食堂からあまり離れていない取月小隊室のある棟へと向かった。小隊室棟の中でも最も規模が大きく、五十を越える小隊を抱えるだけあって、棟は非常に巨大だ。
 入ってすぐにある階段を上へ、上へ。大抵の小隊部屋は一階から二階にあるが、一部成績の悪い小隊の部屋は三階にある。もちろん、我が取月隊は三階にある方だ。何しろ隊長の僕が全く仕事しないから。
 部屋の前に着くと、ドアが取れている。昨日マイがぶっ壊したせいで、ドアは外されて小隊室の横の壁に立て掛けてあった。
 取月隊小隊室。そう書かれたドアプレートだけは破壊の手を逃れ、ドアの枠の上部に健在だった。
 と、部屋の中に人気を感じる。きっとマイだろう。あるいはアニーが、パソコンを弄りに来ているかもしれない。
「おーいマイ、用ってなんだ……」
 言いながら小隊室に入った僕はしかし、ぎょっとして首を引っ込めそうになった。
「お久しぶりです、先輩」
 あんまり見たくない顔がそこにあった。
 中川理愛、なかがわりあ。部屋の中央のソファに腰掛ける彼女とは少し因縁があった。
「あ、ああ。久しぶり」
 僕は何とかそれだけ返すと、彼女と向かい合うように小さな丸椅子を部屋の隅から持ってきて、腰掛けた。
「随分と出口の辺りがすっきりしたみたいですけれど。何か良いことでも?」
「ああ、少し宝くじに当たってね。ところで、用件は。できるだけ手早くな。マイが来る前に済ませて欲しい」
 何をしに来たんだろう。遂に僕を殺しに来たんだろうか。『墓地はどこがいいですか』とか訊かれたらどうしよう、こいつとは因縁があるからなぁ……とか考えていると、意外な言葉が飛んできた。
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