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変わらない未来

第41話

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 その後、教員として小学校に戻り、僕は今も教師として働いている。

 こっちに戻ってきてから一週間が経ち、優香に呼び出されて、僕はとある喫茶店に行った。

 待ち合わせの十分前にその喫茶店に入店すると、優香が奥の席に座っているのが目に映った。その対角線上に久しぶりに目にする彼女の姿があった。

 十五年ぶりだというのに、彼女はあまり変わっていなかった。もちろん身長は伸びて、服装は変わり、メイクだってしている。でも、あの時の彼女と何も変わっていない。落ち着いていて、大人びている。そして、友達の前でよく笑う。ただ少し変わったとすれば、優香との距離感だった。遠目から見ていてもわかるが、二人とも親友のように親しく話していた。

 僕はこの人に会っていいのか。今日ここに来るまで迷っていた。
 手紙にも書いてあった通り、彼女は六年生の後半から学校に登校していない。僕のせいで。

 会う資格はなかったが、謝りたかった。そういう思いでここへ来たはずだが、いざ会うとなると、とても緊張してしまっている。

 彼女達が座る席にゆっくりと近づく。
「愛斗君…」
 彼女はあの頃と同じように僕の名前を呼ぶ。
「久しぶり」
「久しぶり…」

 十五年前に最初に話しかけた時と同じように僕らの間には沈黙が続いた。それを見て耐えられなくなった優香が最初に声を発した。

「お兄ちゃん。久しぶりに会ったんだから、言う事あるでしょ!」
 隣に座る優香が背中を叩く、今日の優香はなんだかとっても嬉しそうだった。この年の優香のこんな姿は初めて見た。

「本当にごめん。その、僕のせいで美来が…」
「ううん。それはいいの。私が選んだだけだから。それより一つ謝ってほしいかな…」
 美来は僕が言うことを遮り、頬を膨らましている。
「えっと、今まで連絡しなくてごめん」
「ちがうよー!」
 今度はそっぽを向いて怒っている。
 当てられない僕に痺れを切らしたのか、美来がその答えを言う。



「え、それって…」
 先生だけでなく、美来にも過去に戻った事を知られていた。それに「先に」とは…

 美来は僕を下から覗き込んで、当時のようにくすりと笑った。
 手紙を見て、過去へ戻ったのは先生自身なんだと思い込んでいた。だがどうやら違うらしい。
 美来にも天国の先生にもまた揶揄われてしまった。本当にこの二人には敵わない。

「じゃあ…」

 美来に送る言葉は謝罪なんかじゃなかった。
「僕が先に帰ってしまったのに、クラスや優香を守ってくれてありがとう」
 きっと、優香が先生に守られていたのは、美来のおかげだ。優香がどうなるか知っていた美来が、先生と話してくれたんだ。

「二人ともなんの話ししてるの?」
 優香が不思議そうに僕らに話しかける。僕と美来は顔を合わせ、「内緒」と優香に笑いかけた。


「なあ、美来。先生はどうして亡くなったんだ。美来は教えたんだろう。先生がどうなるか」
「うん…」
 そう言って、美来は鞄から折り畳まれた新聞紙を取り出した。
 そうして広げられた記事の日付は、二〇一三年のものだった。先生が亡くなってから約一年後のものだ。

 そこに書かれていた内容を読んで、僕は驚愕した。
「これが先生によって?」
「そうだと思う。私が先生の将来を伝えた時、「運命は変えることができない」って言ってたの。だけど先生がそんなことをするとは思えなくて調べていたらこの記事を見つけて…」
 すごい先生だ。まさかここまでするとは。

 運命は変えられない。確かにその通りだ。僕が過去に戻って、変えようとした未来は、今思えば何一つ変わっていないように感じる。
 先生は亡くなっているし、優香がいじめられた事実は残っている。だけど、事実は変わらなくても真実は変わった。

 記事の一面のタイトルには、『いじめ防止対策推進法 可決』と大きく表示されている。
 内容を読むと、「学校や教育委員会の隠蔽体質を改善。形骸化されたいじめ対策を一新する」と記載されていた。

『あなた達に託す』とは、こういうことだったんだ。

「愛斗君、一緒に作ろう。矢印のなくなった教室を」
 美来は先生と同じことを言った。

 まさかこんな法律が、先生をきっかけに制定されるなんて。
 先生が言ったように学校や教育委員会のいじめへの対策や考えは、まだまだ十分なものではなかった。先生の遺書をマスコミが早急にリークし、世間にばら撒いたことも、これで辻褄が合った。
 生徒を失った先生は、いじめへの世間の認識を変えるために、自分の命を使って国民に訴えかけたんだ。

 以前のあなたは、クラス中を支配していた。まるでそれは生徒からしたら、先生が法律のような存在だったのだけど。まさか本当に法律になってしまうだなんて…
 これからの僕の教師としての在り方は、法律にまでなった先生に負けないことですね。

 あなたが、踏み出した一歩を、僕らがこれから受け継いでいきます。
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