42 / 43
変わらない未来
第41話
しおりを挟む
その後、教員として小学校に戻り、僕は今も教師として働いている。
こっちに戻ってきてから一週間が経ち、優香に呼び出されて、僕はとある喫茶店に行った。
待ち合わせの十分前にその喫茶店に入店すると、優香が奥の席に座っているのが目に映った。その対角線上に久しぶりに目にする彼女の姿があった。
十五年ぶりだというのに、彼女はあまり変わっていなかった。もちろん身長は伸びて、服装は変わり、メイクだってしている。でも、あの時の彼女と何も変わっていない。落ち着いていて、大人びている。そして、友達の前でよく笑う。ただ少し変わったとすれば、優香との距離感だった。遠目から見ていてもわかるが、二人とも親友のように親しく話していた。
僕はこの人に会っていいのか。今日ここに来るまで迷っていた。
手紙にも書いてあった通り、彼女は六年生の後半から学校に登校していない。僕のせいで。
会う資格はなかったが、謝りたかった。そういう思いでここへ来たはずだが、いざ会うとなると、とても緊張してしまっている。
彼女達が座る席にゆっくりと近づく。
「愛斗君…」
彼女はあの頃と同じように僕の名前を呼ぶ。
「久しぶり」
「久しぶり…」
十五年前に最初に話しかけた時と同じように僕らの間には沈黙が続いた。それを見て耐えられなくなった優香が最初に声を発した。
「お兄ちゃん。久しぶりに会ったんだから、言う事あるでしょ!」
隣に座る優香が背中を叩く、今日の優香はなんだかとっても嬉しそうだった。この年の優香のこんな姿は初めて見た。
「本当にごめん。その、僕のせいで美来が…」
「ううん。それはいいの。私が選んだだけだから。それより一つ謝ってほしいかな…」
美来は僕が言うことを遮り、頬を膨らましている。
「えっと、今まで連絡しなくてごめん」
「ちがうよー!」
今度はそっぽを向いて怒っている。
当てられない僕に痺れを切らしたのか、美来がその答えを言う。
「どうして先に帰っちゃたの」
「え、それって…」
先生だけでなく、美来にも過去に戻った事を知られていた。それに「先に」とは…
「私たちは大人でしょ」
美来は僕を下から覗き込んで、当時のようにくすりと笑った。
手紙を見て、過去へ戻ったのは先生自身なんだと思い込んでいた。だがどうやら違うらしい。
美来にも天国の先生にもまた揶揄われてしまった。本当にこの二人には敵わない。
「じゃあ…」
美来に送る言葉は謝罪なんかじゃなかった。
「僕が先に帰ってしまったのに、クラスや優香を守ってくれてありがとう」
きっと、優香が先生に守られていたのは、美来のおかげだ。優香がどうなるか知っていた美来が、先生と話してくれたんだ。
「二人ともなんの話ししてるの?」
優香が不思議そうに僕らに話しかける。僕と美来は顔を合わせ、「内緒」と優香に笑いかけた。
「なあ、美来。先生はどうして亡くなったんだ。美来は教えたんだろう。先生がどうなるか」
「うん…」
そう言って、美来は鞄から折り畳まれた新聞紙を取り出した。
そうして広げられた記事の日付は、二〇一三年のものだった。先生が亡くなってから約一年後のものだ。
そこに書かれていた内容を読んで、僕は驚愕した。
「これが先生によって?」
「そうだと思う。私が先生の将来を伝えた時、「運命は変えることができない」って言ってたの。だけど先生がそんなことをするとは思えなくて調べていたらこの記事を見つけて…」
すごい先生だ。まさかここまでするとは。
運命は変えられない。確かにその通りだ。僕が過去に戻って、変えようとした未来は、今思えば何一つ変わっていないように感じる。
先生は亡くなっているし、優香がいじめられた事実は残っている。だけど、事実は変わらなくても真実は変わった。
記事の一面のタイトルには、『いじめ防止対策推進法 可決』と大きく表示されている。
内容を読むと、「学校や教育委員会の隠蔽体質を改善。形骸化されたいじめ対策を一新する」と記載されていた。
『あなた達に託す』とは、こういうことだったんだ。
「愛斗君、一緒に作ろう。矢印のなくなった教室を」
美来は先生と同じことを言った。
まさかこんな法律が、先生をきっかけに制定されるなんて。
先生が言ったように学校や教育委員会のいじめへの対策や考えは、まだまだ十分なものではなかった。先生の遺書をマスコミが早急にリークし、世間にばら撒いたことも、これで辻褄が合った。
生徒を失った先生は、いじめへの世間の認識を変えるために、自分の命を使って国民に訴えかけたんだ。
以前のあなたは、クラス中を支配していた。まるでそれは生徒からしたら、先生が法律のような存在だったのだけど。まさか本当に法律になってしまうだなんて…
これからの僕の教師としての在り方は、法律にまでなった先生に負けないことですね。
あなたが、踏み出した一歩を、僕らがこれから受け継いでいきます。
こっちに戻ってきてから一週間が経ち、優香に呼び出されて、僕はとある喫茶店に行った。
待ち合わせの十分前にその喫茶店に入店すると、優香が奥の席に座っているのが目に映った。その対角線上に久しぶりに目にする彼女の姿があった。
十五年ぶりだというのに、彼女はあまり変わっていなかった。もちろん身長は伸びて、服装は変わり、メイクだってしている。でも、あの時の彼女と何も変わっていない。落ち着いていて、大人びている。そして、友達の前でよく笑う。ただ少し変わったとすれば、優香との距離感だった。遠目から見ていてもわかるが、二人とも親友のように親しく話していた。
僕はこの人に会っていいのか。今日ここに来るまで迷っていた。
手紙にも書いてあった通り、彼女は六年生の後半から学校に登校していない。僕のせいで。
会う資格はなかったが、謝りたかった。そういう思いでここへ来たはずだが、いざ会うとなると、とても緊張してしまっている。
彼女達が座る席にゆっくりと近づく。
「愛斗君…」
彼女はあの頃と同じように僕の名前を呼ぶ。
「久しぶり」
「久しぶり…」
十五年前に最初に話しかけた時と同じように僕らの間には沈黙が続いた。それを見て耐えられなくなった優香が最初に声を発した。
「お兄ちゃん。久しぶりに会ったんだから、言う事あるでしょ!」
隣に座る優香が背中を叩く、今日の優香はなんだかとっても嬉しそうだった。この年の優香のこんな姿は初めて見た。
「本当にごめん。その、僕のせいで美来が…」
「ううん。それはいいの。私が選んだだけだから。それより一つ謝ってほしいかな…」
美来は僕が言うことを遮り、頬を膨らましている。
「えっと、今まで連絡しなくてごめん」
「ちがうよー!」
今度はそっぽを向いて怒っている。
当てられない僕に痺れを切らしたのか、美来がその答えを言う。
「どうして先に帰っちゃたの」
「え、それって…」
先生だけでなく、美来にも過去に戻った事を知られていた。それに「先に」とは…
「私たちは大人でしょ」
美来は僕を下から覗き込んで、当時のようにくすりと笑った。
手紙を見て、過去へ戻ったのは先生自身なんだと思い込んでいた。だがどうやら違うらしい。
美来にも天国の先生にもまた揶揄われてしまった。本当にこの二人には敵わない。
「じゃあ…」
美来に送る言葉は謝罪なんかじゃなかった。
「僕が先に帰ってしまったのに、クラスや優香を守ってくれてありがとう」
きっと、優香が先生に守られていたのは、美来のおかげだ。優香がどうなるか知っていた美来が、先生と話してくれたんだ。
「二人ともなんの話ししてるの?」
優香が不思議そうに僕らに話しかける。僕と美来は顔を合わせ、「内緒」と優香に笑いかけた。
「なあ、美来。先生はどうして亡くなったんだ。美来は教えたんだろう。先生がどうなるか」
「うん…」
そう言って、美来は鞄から折り畳まれた新聞紙を取り出した。
そうして広げられた記事の日付は、二〇一三年のものだった。先生が亡くなってから約一年後のものだ。
そこに書かれていた内容を読んで、僕は驚愕した。
「これが先生によって?」
「そうだと思う。私が先生の将来を伝えた時、「運命は変えることができない」って言ってたの。だけど先生がそんなことをするとは思えなくて調べていたらこの記事を見つけて…」
すごい先生だ。まさかここまでするとは。
運命は変えられない。確かにその通りだ。僕が過去に戻って、変えようとした未来は、今思えば何一つ変わっていないように感じる。
先生は亡くなっているし、優香がいじめられた事実は残っている。だけど、事実は変わらなくても真実は変わった。
記事の一面のタイトルには、『いじめ防止対策推進法 可決』と大きく表示されている。
内容を読むと、「学校や教育委員会の隠蔽体質を改善。形骸化されたいじめ対策を一新する」と記載されていた。
『あなた達に託す』とは、こういうことだったんだ。
「愛斗君、一緒に作ろう。矢印のなくなった教室を」
美来は先生と同じことを言った。
まさかこんな法律が、先生をきっかけに制定されるなんて。
先生が言ったように学校や教育委員会のいじめへの対策や考えは、まだまだ十分なものではなかった。先生の遺書をマスコミが早急にリークし、世間にばら撒いたことも、これで辻褄が合った。
生徒を失った先生は、いじめへの世間の認識を変えるために、自分の命を使って国民に訴えかけたんだ。
以前のあなたは、クラス中を支配していた。まるでそれは生徒からしたら、先生が法律のような存在だったのだけど。まさか本当に法律になってしまうだなんて…
これからの僕の教師としての在り方は、法律にまでなった先生に負けないことですね。
あなたが、踏み出した一歩を、僕らがこれから受け継いでいきます。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【ガチ恋プリンセス】これがVtuberのおしごと~後輩はガチで陰キャでコミュ障。。。『ましのん』コンビでトップVtuberを目指します!
夕姫
ライト文芸
Vtuber事務所『Fmすたーらいぶ』の1期生として活動する、清楚担当Vtuber『姫宮ましろ』。そんな彼女にはある秘密がある。それは中の人が男ということ……。
そんな『姫宮ましろ』の中の人こと、主人公の神崎颯太は『Fmすたーらいぶ』のマネージャーである姉の神崎桃を助けるためにVtuberとして活動していた。
同じ事務所のライバーとはほとんど絡まない、連絡も必要最低限。そんな生活を2年続けていたある日。事務所の不手際で半年前にデビューした3期生のVtuber『双葉かのん』こと鈴町彩芽に正体が知られて……
この物語は正体を隠しながら『姫宮ましろ』として活動する主人公とガチで陰キャでコミュ障な後輩ちゃんのVtuberお仕事ラブコメディ
※2人の恋愛模様は中学生並みにゆっくりです。温かく見守ってください
※配信パートは在籍ライバーが織り成す感動あり、涙あり、笑いありw箱推しリスナーの気分で読んでください
AIイラストで作ったFA(ファンアート)
⬇️
https://www.alphapolis.co.jp/novel/187178688/738771100
も不定期更新中。こちらも応援よろしくです
ゲームのモブに転生したと思ったら、チートスキルガン積みのバグキャラに!? 最強の勇者? 最凶の魔王? こっちは最驚の裸族だ、道を開けろ
阿弥陀乃トンマージ
ファンタジー
どこにでもいる平凡なサラリーマン「俺」は、長年勤めていたブラック企業をある日突然辞めた。
心は晴れやかだ。なんといってもその日は、昔から遊んでいる本格的ファンタジーRPGシリーズの新作、『レジェンドオブインフィニティ』の発売日であるからだ。
「俺」はゲームをプレイしようとするが、急に頭がふらついてゲーミングチェアから転げ落ちてしまう。目覚めた「俺」は驚く。自室の床ではなく、ゲームの世界の砂浜に倒れ込んでいたからである、全裸で。
「俺」のゲームの世界での快進撃が始まる……のだろうか⁉
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
【完結】婚約者は私を大切にしてくれるけれど、好きでは無かったみたい。
まりぃべる
恋愛
伯爵家の娘、クラーラ。彼女の婚約者は、いつも優しくエスコートしてくれる。そして蕩けるような甘い言葉をくれる。
少しだけ疑問に思う部分もあるけれど、彼が不器用なだけなのだと思っていた。
そんな甘い言葉に騙されて、きっと幸せな結婚生活が送れると思ったのに、それは偽りだった……。
そんな人と結婚生活を送りたくないと両親に相談すると、それに向けて動いてくれる。
人生を変える人にも出会い、学院生活を送りながら新しい一歩を踏み出していくお話。
☆※感想頂いたからからのご指摘により、この一文を追加します。
王道(?)の、世間にありふれたお話とは多分一味違います。
王道のお話がいい方は、引っ掛かるご様子ですので、申し訳ありませんが引き返して下さいませ。
☆現実にも似たような名前、言い回し、言葉、表現などがあると思いますが、作者の世界観の為、現実世界とは少し異なります。
作者の、緩い世界観だと思って頂けると幸いです。
☆以前投稿した作品の中に出てくる子がチラッと出てきます。分かる人は少ないと思いますが、万が一分かって下さった方がいましたら嬉しいです。(全く物語には響きませんので、読んでいなくても全く問題ありません。)
☆完結してますので、随時更新していきます。番外編も含めて全35話です。
★感想いただきまして、さすがにちょっと可哀想かなと最後の35話、文を少し付けたしました。私めの表現の力不足でした…それでも読んで下さいまして嬉しいです。
想ひ出のアヂサヰ亭
七海美桜
ライト文芸
令和の大学生、平塚恭志は突然明治時代の少年の蕗谷恭介となってしまう。彼の双子の妹柊乃と母のそよを、何よりも自分の身を護る為この知らぬ明治時代の地で暮らす事になる。
歴史を変えないように、動き始める恭介。生活のため、アルバイトをしていた洋食屋の経験を生かして店を開こうと、先祖代々語られていた『宝の場所』を捜索すると、そこには――
近所の陸軍駐屯地にいる、華族の薬研尊とその取り巻き達や常連たちとの、『アヂサヰ亭』での日々。恭介になった恭志は、現代に戻れるのか。その日を願いながら、恭介は柊乃と共に明治時代と大正時代に生きて『アヂサヰ亭』で料理を作る。
どこか懐かしく、愛おしい日々。思い出の、あの料理を――
この物語はフィクションです。時代考証など、調べられる範囲できちんと調べています。ですが、「当時生きてないと分からない事情」を「こうだ」と指摘するのはご遠慮ください。また主人公目線なので、主人公が分からない事は分からない。そう理解の上読んで下さるようお願いします。
表紙イラスト:カリカリ様
背景:黒獅様(pixiv)
タイトルフレーム:きっち様(pixiv)
参考文献
日本陸軍の基礎知識(昭和生活編):藤田昌雄
写真で見る日本陸軍兵舎の生活:藤田昌雄
日本陸軍基礎知識 昭和の戦場編:藤田昌雄
値段の明治・大正・昭和風俗史(上・下):週刊朝日
三百六十五日毎日のお惣菜:桜井ちか子
洋食のおけいこ:メェリー・エム・ウヰルソン、大町禎子
明治大正史 世相篇:柳田 国男
鬼滅の刃をもっと楽しむための大正時代便覧:大正はいから同人会
食道楽:村井弦斎、村井米子
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる