僕が過去に戻ったのは、きっと教師だったから

たなかみづき

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教えと現実

第35話

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 教室に戻ると、クラスの視線が僕へ向かった。朝の会から時間が経過し、三〇分ほど立っていた。教室では、葵の近くに駆け寄る生徒や、席を立ち上がり、友達と話している生徒がいる。

 僕は彼らを見渡した。先生の話を聞いた後に彼らを見ると、矢印の感情が頭の上に浮かんでいるように見える。

 航は晃の机の上に腰を乗っけている。航は多分いじめている自覚はないんだろう。じゃれあいのように思っていてもおかしくなかった。

「航…」
「どうした?」
 航はこっちに顔を向けた。一瞬拓哉と目があった。拓哉は嫌な顔をしている。
「石神に、お前のこと話したわ」

 航は最初「なんのことだ」という顔をしていた。美来と先生の勘違いであるならそれでいい。そうあってほしい。

 僕は座っている晃の肩を触り、航に挑発した目線を送る。その瞬間航の顔が赤くなるのがわかった。

「おい、なんで石神に言ったんだよ」
 他の生徒は、何が何だかわからないようという顔をしている。だが拓哉だけは、僕から目を逸らすのが見えた。

 一緒にサッカーをした日、拓哉は何かを言いかけた。きっとこの矢印に気づいていた。
 航が立ち上がるのと同時に、石神が教室に遅れて入ってきた。全生徒がすぐに席に座り、授業の開始を待っていたが、授業ではなく石神は航の名前をよんだ。

「鹿島、ちょっと来い」

 そこに現れた石神櫂は夏休み前の先生の表情に戻っていた。
 今まで先生は僕のやること全てを見通し、嘲笑ってきた。だが、今回ばかりは僕の予想通りに動いてくれた。

 先生の発言から、おそらくもう一度恐怖で人を統治すると思った。航の晃に向かった矢印を自分に向けさせるために。
 だけど、この状態を引き起こしたのは、僕の責任だ。先生に尻拭いはさせられない。

 だから、航の矢印が僕に向かうように仕向けた。みんなにわからないように。先生に告げ口したのは僕だと、航は勘違いしてくれたはずだ。これで説教をした先生ではなく、航の怒りは告げ口をした僕に向かうだろう。これで航と晃の件は解決した。
 
 あとは、美来を救う。

 航は一日中先生に叱られていた。六年生の学年のフロアには、懐かしい怒号が響いている。

 帰りの会が終わるまで、二組は自習となった。朝に僕が戻ってきた時のクラスの光景は、先生の怒号と説教が聞こえる度に、徐々に静かになっていった。
 帰りの会で航と先生が戻り、下校の挨拶をする。航はさっきまで泣いていたのか、頬に涙の痕跡があった。

 帰りの会を終えると、すぐに教室を出た。そうして、校舎を出て、ゆっくり歩いていると、予想通りに航とその友人が僕のところへ来た。その中に晃の姿はない。この後美来の家に行こうとしていたが、先に航の矢印を完全に自分へ向けさせなくてはならない。

「おい、まなと。なんで石神に言ったんだよ」
 航は告げ口をした僕に怒っている。
「クソみたいなことしてるからだろう」

 航を挑発する。最初航はそんなに怒ってはいなかった。石神から解放してくれた僕に感謝しているようだった。だが、徐々に航は頭に血が上り、僕に怒鳴ってきた。

「お前には関係ないだろう。晃は好きで俺についてきてんだよ」
「ボールをぶつけて遊んでるやつに、ついてくやつなんていないだろ」
 鼻で笑った。その瞬間航が僕の胸を掴んだ。
「お前、調子に乗んなよ」

 ここで航が僕を殴ったら、航が今後どうなるかわからない。他の生徒から違う矢印が生まれる可能性を全て除去しなくてはならなかった。
 僕は航の腕を掴み、頬を思いきりビンタした。
 パッンと乾いた音が鳴り、航は一歩引いた。

「てめー!」

 僕が殴ったことにより、航にも航の周りにも大義名分ができた。これで、僕が先に手を出したことがクラス中に知れ渡れば、悪い奴というレッテルを貼られる。それでほとんどの矢印が解決するだろう。

 その後は、どれくらい時間が経ったのかわからない。多分数分だったと思うけど、すごく長い時間だった。

 この痛みは、先生や美来、優香が味わったものの欠片にも満たない。

 意識が遠のいていく。

 僕が過去に戻って救いたかったものはまだ救えていない。
 優香が瑠夏という友達を庇っていじめられる未来も。石神が七年後に自殺し、生徒が死んでしまう未来も。

 なら僕は、なんのために過去に来たんだ。
 その時、美来の顔が頭に浮かんだ。

 僕は過去を変えるどころか、クラスを崩壊させた。後悔はたくさんあった。だけど、数少ない僕が過去に戻ってきた美点は、美来に会えたことだ。

 最後にもう一度だけ美来に会いたかった。美来を救いたかった。だけど現実はうまくいかない。 

 後悔を噛み締めて、僕は意識を失った。
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