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教えと現実
第33話
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俺のクラスから自殺者を出したのは、一九九四年から一九九六年の、後にいじめ第二のピークと呼ばれる時期に起こったことだった。
これは今から約十年前、当時の俺は二十六歳の教員歴二年目の新任教師だった。初めて担任を持たせてもらったこともあり、教師という仕事と全力で向き合っていたつもりだった。
だが、五月の長期休暇が終わった頃から、教室に違和感が生まれていた。
一人の生徒が仲間はずれにされていたんだ。最初は自分の目を疑った。中学生や高校生ならともかく、知能の低い小学生がこんな大それたことをするとは信じられなかった。しかし、一ヶ月が経った頃、その違和感が確信に変わった。
朝教室に入ると、その生徒の机の上に花瓶が置かれ、一人の生徒が、まるで亡くなったような扱いをされていたのだ。
加害者の生徒たちは何にも言ってこない無能教師だと踏んだのか、俺が教室に入った時にそいつらは隠そうともしなかった。
ここで目を背けていた自分に嫌でも気付いてしまった。これは正真正銘のいじめであり、小学生であろうと、悪意を持った行いをしてしまうという事実に気付かされた。
だが、気づいたところで、何をすればいいのかわからなかった。全てを丸く収めるような考えも度胸も、その頃の自分には持ち合わせていなかったのだ。
最初は、学校を頼った。どうにかして事態を収集させるために、どうすればいいのか当時の先輩の教師や校長先生に聞いて回った。
だが、本気で向き合ってくれる教師は誰一人として存在しなかった。
それどころか、教師は口を揃えて「いじめられる子にも原因がある」と答えたのだ。
それが十年前のいじめへの世間の認識だった。
自分の力でしか、現状を変えることができないことに気付かされ、どうにかしてその生徒を守ろうとした。だがそれも間違った思案だったんだ。
行うこと全てが裏目に出てしまう。いじめている生徒を注意してもいじめが悪化し、いじめられている生徒に寄り添っても、加害者の子供たちに恨まれる形になってしまった。
その時考えられる全てのことで、いじめを止めようとしたが、結果的には余計なことをし、いじめを悪化させてしまった。
最後に生徒と話したのは、冬休みが終わり、三学期の最初の登校日だった。
その日、いじめられていた生徒は休まずに登校し、その放課後に自分のところにきた。
その亡くなった生徒が、俺に対して「お前のせいでいじめが悪化した」と罵詈雑言を並べ、突き放していたら、毎晩眠れないほどの苦しみに追われることはなかったかもしれない。
だが、その生徒は別のことを口にした。
「先生、来年の新学期から転校することになりました。先生が守ってくれなければ、とっくにこの教室からいなくなっていたと思います。だから最後まで味方でいてくれてありがとう…」
そう言って次の日に生徒は死んだ。首を吊って。
俺が殺した。事実だ。余計なことをし、浅はかな考えで禁忌に触れた。その結果だった。
いくら悔いても悔やみきれなかった。生徒が自分のところへ来た三学期の初日、あろうことか、一瞬自分が行ったことは良いことだったと錯覚した。それが自分の脚に引き摺られていく鉛玉のような枷として今でもくっついている。
生徒が自殺したことだけでも最悪の事実だったが、追い打ちをかけるような出来事が起こった。
いじめがあった事実を学校側は否定した。教育委員会も校長も自分の口を封じた。俺は生徒が自殺してしまい、事後処理や対応で追われていたが、その間に学校側は事実を有耶無耶にし、この事が、『いじめによって起こった自殺ではなく、生徒の精神的疲弊である』と亡くなった生徒自身の問題であるかのように扱われた。
この頃のいじめの定義は、『学校側が確認したもの』となっていて、全ての制度が腐っていた。だから、学校側が「いじめはなかった』と言えば、調査も確認も行われない。
そうして学校の評判を落とさないためにも、いじめていた生徒、教師、学校、さらには教育委員会までもが隠蔽に加担した。
その後、いじめ第二のピークをきっかけに、『本人の訴えがあればいじめと確認』と再定義されることになったが、その認識は遅すぎた。
こんな事件が起こったにも関わらず、俺は教師を続けていた。自分には何もできない。そう思っていたが、どうしてか教師と言う立場からは逃げられなかった。逃げたくなかった。
そうしてロボットのように教師を続けていたが、命を捨ててしまう生徒はいなくても、毎年のようにいじめや、加害感情である矢印が教室で発生してしまっていた。
しばらくは、それを見て見ぬふりを続けていた。先生という立場が口を出して、生徒に偏りができると、いじめは悪化すると学んだからだ。多分実際は、自分の責任で生徒を殺してしまうことを恐れていたんだと思う。
そんなある日、歴史の教材を軽く眺めていると、権威について書かれたページを見つけた。そこに書かれていた内容はフランス革命時に行われた恐怖政治『Terreur』についてだった。
『Terreur』とは、フランス革命が起こる前の恐怖政治のことだ。投獄や殺戮を繰り返し、見せしめによって、民衆を統治する。結果的に革命が起こり恐怖政治自体、淘汰されることになったが、教室でなら実行可能ではないかと、当時の俺は浅はかにも考えたんだ。
それが、今の六年二組で行われている、矢印のコントロールだ。
これは今から約十年前、当時の俺は二十六歳の教員歴二年目の新任教師だった。初めて担任を持たせてもらったこともあり、教師という仕事と全力で向き合っていたつもりだった。
だが、五月の長期休暇が終わった頃から、教室に違和感が生まれていた。
一人の生徒が仲間はずれにされていたんだ。最初は自分の目を疑った。中学生や高校生ならともかく、知能の低い小学生がこんな大それたことをするとは信じられなかった。しかし、一ヶ月が経った頃、その違和感が確信に変わった。
朝教室に入ると、その生徒の机の上に花瓶が置かれ、一人の生徒が、まるで亡くなったような扱いをされていたのだ。
加害者の生徒たちは何にも言ってこない無能教師だと踏んだのか、俺が教室に入った時にそいつらは隠そうともしなかった。
ここで目を背けていた自分に嫌でも気付いてしまった。これは正真正銘のいじめであり、小学生であろうと、悪意を持った行いをしてしまうという事実に気付かされた。
だが、気づいたところで、何をすればいいのかわからなかった。全てを丸く収めるような考えも度胸も、その頃の自分には持ち合わせていなかったのだ。
最初は、学校を頼った。どうにかして事態を収集させるために、どうすればいいのか当時の先輩の教師や校長先生に聞いて回った。
だが、本気で向き合ってくれる教師は誰一人として存在しなかった。
それどころか、教師は口を揃えて「いじめられる子にも原因がある」と答えたのだ。
それが十年前のいじめへの世間の認識だった。
自分の力でしか、現状を変えることができないことに気付かされ、どうにかしてその生徒を守ろうとした。だがそれも間違った思案だったんだ。
行うこと全てが裏目に出てしまう。いじめている生徒を注意してもいじめが悪化し、いじめられている生徒に寄り添っても、加害者の子供たちに恨まれる形になってしまった。
その時考えられる全てのことで、いじめを止めようとしたが、結果的には余計なことをし、いじめを悪化させてしまった。
最後に生徒と話したのは、冬休みが終わり、三学期の最初の登校日だった。
その日、いじめられていた生徒は休まずに登校し、その放課後に自分のところにきた。
その亡くなった生徒が、俺に対して「お前のせいでいじめが悪化した」と罵詈雑言を並べ、突き放していたら、毎晩眠れないほどの苦しみに追われることはなかったかもしれない。
だが、その生徒は別のことを口にした。
「先生、来年の新学期から転校することになりました。先生が守ってくれなければ、とっくにこの教室からいなくなっていたと思います。だから最後まで味方でいてくれてありがとう…」
そう言って次の日に生徒は死んだ。首を吊って。
俺が殺した。事実だ。余計なことをし、浅はかな考えで禁忌に触れた。その結果だった。
いくら悔いても悔やみきれなかった。生徒が自分のところへ来た三学期の初日、あろうことか、一瞬自分が行ったことは良いことだったと錯覚した。それが自分の脚に引き摺られていく鉛玉のような枷として今でもくっついている。
生徒が自殺したことだけでも最悪の事実だったが、追い打ちをかけるような出来事が起こった。
いじめがあった事実を学校側は否定した。教育委員会も校長も自分の口を封じた。俺は生徒が自殺してしまい、事後処理や対応で追われていたが、その間に学校側は事実を有耶無耶にし、この事が、『いじめによって起こった自殺ではなく、生徒の精神的疲弊である』と亡くなった生徒自身の問題であるかのように扱われた。
この頃のいじめの定義は、『学校側が確認したもの』となっていて、全ての制度が腐っていた。だから、学校側が「いじめはなかった』と言えば、調査も確認も行われない。
そうして学校の評判を落とさないためにも、いじめていた生徒、教師、学校、さらには教育委員会までもが隠蔽に加担した。
その後、いじめ第二のピークをきっかけに、『本人の訴えがあればいじめと確認』と再定義されることになったが、その認識は遅すぎた。
こんな事件が起こったにも関わらず、俺は教師を続けていた。自分には何もできない。そう思っていたが、どうしてか教師と言う立場からは逃げられなかった。逃げたくなかった。
そうしてロボットのように教師を続けていたが、命を捨ててしまう生徒はいなくても、毎年のようにいじめや、加害感情である矢印が教室で発生してしまっていた。
しばらくは、それを見て見ぬふりを続けていた。先生という立場が口を出して、生徒に偏りができると、いじめは悪化すると学んだからだ。多分実際は、自分の責任で生徒を殺してしまうことを恐れていたんだと思う。
そんなある日、歴史の教材を軽く眺めていると、権威について書かれたページを見つけた。そこに書かれていた内容はフランス革命時に行われた恐怖政治『Terreur』についてだった。
『Terreur』とは、フランス革命が起こる前の恐怖政治のことだ。投獄や殺戮を繰り返し、見せしめによって、民衆を統治する。結果的に革命が起こり恐怖政治自体、淘汰されることになったが、教室でなら実行可能ではないかと、当時の俺は浅はかにも考えたんだ。
それが、今の六年二組で行われている、矢印のコントロールだ。
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